魔王カフェ
「こ、ここが……」
俺の名前は遠山昇。
18歳。
大学生。
趣味は、カフェをめぐる事。
嫌いなことは部屋を片付ける事。
得意なことは特にない。
特技も特にない。
学力はそこそこ。
運動は、高校の時に文化部だったから、結構なまっていると思う。
簡潔に述べれば、俺はどこにでもいる、これと言って特質のない人間だ。
小学校や中学の自己紹介カード的なものに、『特技は?』とか『自分を一文字で表すなら?』と言う質問があると、大抵三十分は悩む。
俺はそのくらい普通の人間。
というか、あの自己紹介カードの欄、誰のためにあるの?
あんなの真剣に読んでいる人見たことないぞ。
そんなことはさておき、俺は今、とあるカフェの前にいる。
俺において、もっとも強い個性、『カフェ巡り』。
今はその最中なのだ。
「魔王カフェ。図書館の様な静けさ。キャッチコピーはおもろいな。」
魔王カフェ。
皆さんは最初にこの名前を聞いたらどう思うだろうか。
RPGデザインの、若者たちが集うお店。
はたまた、斬新なデザインの今流行り系のお店、などだろうか。
『魔王』と『カフェ』の異色の組み合わせに、中々想像がつかないと思う。
『図書館』などと言う単語も出てきているのがますます謎である。
それって、『魔王』じゃなくて『賢者』のような気もするが。
賢者カフェではだめなのか。
色々と思うところがあるが、出向くのが一番手っ取り早い。
という事で、開店初日に訪れてみた。
魔王カフェというネーミングから、出店三か月前から目を付けていたのだ。
「確かに、雰囲気は落ち着くカフェってとこだな。けど、魔王要素が見当たらんぞ。」
俺は確かにカフェ大好き人間だ。
だがその前に、一人の男であることを忘れないでほしい。
『魔王カフェ』といったら、魔王とカフェ、両方を感じさせる店でなくてはならない。
俺もまた、少年という名の勇者なのだから。
「やべぇ、今のセリフかっけぇ……覚えとこ。」
そろそろ前振りにも飽きてきたし、本題に入ろう。
このカフェは、朝六時からやっているという珍しいカフェ。
好奇心旺盛な俺は、開店当日の朝五時五十五分に来た。
図書館なのだから、早朝に来るのは間違っていないはず。
だが、若干早やすぎた。
まだ空いている様に見えないが、『close』とも書かれていない。
もしかしたら、入れてくれるのだろうか。
「鍵が開いていたらもう開店してるかもな。」
ドアに手をかけてみる。
木製のドアの取っ手は、見た目以上に冷たく、少し身震いしてしまった。
今は真夏だが、早朝という事もあって、そこまで暑くないからだろう。
取っ手が、自分の体温を感じさせたところで、俺はドアを引いた。
手応えはある。
一つカフェあるあるを言わせてもらうと、ドアが案外重い。
「こんにちはー?」
ドアを開けて見ると、左手にはよくあるレジの計算機があり、そのままカウンターが続いていた。
右手には、ソファー等が置かれた、主に四人席が並んでいる。
内装は木製で統一されていた。
静かな雰囲気で、ここまで来てもまだ、『魔王』要素が見当たらない。
図書館なのはわかるが。
「えーっと……」
誰からも返事がないので困る俺。
当たり前だ。
やはり、六時まで待った方がよいだろうか。
とりあえず適当に席に座って待つことにする。
長いカウンターに腰掛けてみる。
「メニューでも見て……あれ?」
暇つぶしにメニューの確認を行おうかと、カウンターの上を探る。
だが、いくら探してもそれらしいものはない。
他のテーブルにも、メニューどころか何も置かれていなかった。
シンプルをテーマにでもしているのだろうか。
「おすすめを聞けばいいか……」
メニューはとりあえず断念。
すると、まったくもってすることがない。
暇だ。
「あー、でも六時まわりそうだな……」
五時はもうすぐ終わりを告げ、開店時間の六時になろうとしていた。
流石に、六時になれば何か進展があるはず。
ワクワクとドキドキが止まらない俺であった。
「3……2……1……」
六時へのカウントダウンを自然にとる俺。
もう針が一動きすれば六時になる。
「0。」
「いらっしゃいませ。」
カウントダウンを終了するや否や、店員さんがどこからともなく現れた。
俺は多分顔が赤くなった。
それもそうだろう。
大きな声でカウントダウンを行っていたのだから。
「えっと、その……」
咄嗟の事であたふたしてしまう俺。
制服を着た少女は、カウンターの前に歩み寄ると、俺に向かって言った。
「ご注文は?」
単刀直入に言われたが、メニューがない。
さっきの作戦でいこう。
「おすすめってあります?」
「少々お待ちください。」
店員は『おすすめ』を聞いた途端、店の奥へと戻ってしまった。
カフェのおすすめなんて、大抵見当のつく物だろう。
コーヒーとか、手の込んだジュースとか。
しばらくすると、さっきの店員が、オシャレなコップを持って戻って来た。
「えーっと、これは?」
目の前には、透明な液体が注がれたコップが置かれた。
見た感じ水だが、最近は透明なジュースなどもある。
もしかしたら、その手の飲み物かもしれない。
「水です。」
少女はきっぱりと答えた。
水?
その単語に俺は疑問府を浮かべる。
おすすめが水なのか。
「……どこかの美味しい水なんですか?」
~の雪解け水などの、海外の美味しい水なのかもしれない。
だとしたらかなりレベル高いんじゃないか。
俺は期待に胸を膨らませる。
「水道水です。」
「え?」
再び彼女はきっぱり答えた。
水道水?
水道水ってあの水道水?
「人体に問題ないことは確認済みです。安心してください。」
俺が呆気に取られていると、少女が補足した。
そんなことをフォローされても、何も変わらんのだが。
「えっと、店員さん?」
「はい?」
少女は可愛らしく答えた。
少し注意してやろうかとも思ったが、可愛くてついやめてしまった。
少女は、自分よりも年下の様であるし。
「……メニューってないんですか?」
「当店ではそのようなサービスは取り扱っていません。」
あれってサービスなのか。
俺は再度疑問符を浮かべる。
とにかく、メニューがないという事は……
「え、じゃあここって……何を提供しているんですか?」
少女は一度目を閉じると、俺の質問に答えた。
「お客様の好きな食べ物は何ですか?」
「……オムライスですけど……?」
「ご注文、受け付けました。」
「え……?」
聞くと、少女はまた奥に戻ってしまった。
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少女がいなくなってから、いくらか時間が過ぎた。
今回は中々戻ってこない。
俺は、試しに水道水を飲んでみる。
「うん。水だな。」
味も特にしない。
少し思ったのだが、もしかして彼女はオムライスを作っているのだろうか。
文脈的にはそんな感じがする。
だが、メニューはないのだし、材料もそろっているのだろうか。
「んー、まぁお腹空いてるからいいんだけど。」
朝ご飯は食べていない。
オムライスなら一日中食べていられるから、出されても大丈夫だが。
「ん?」
どこからか、足音がする。
すると、エプロン姿になった、先程の店員が戻って来た。
「おまたせしました。オムライス、約三百円です。」
「え?安くないですか?」
カウンターの上に、一つ皿が置かれる。
そこには、本当にシンプルなオムライスが。
別にしゃれているわけでもないが、見た目は完璧なオムライス。
「あの……料理得意なんですか?」
「……職業にする程度には。」
彼女は、エプロンを外すと、再び俺に問いかけた。
「ケチャップのサービスもありますが、いかがいたしましょうか。」
確かに、このオムライスにはケチャップがかかっていない。
「じゃあ、お願いします。」
聞くと、少女はケチャップを持ちだした。
「なにか、書いてほしい物などありますか?」
「……おすすめで。」
『ここはベタにハートマーク』と、少し思ったが、この店はメイド喫茶じゃない。
あまり気持ちの悪い男子の趣味を押し付けるのはやめよう。
美味しいオムライスが食べれれば、俺はそれでいいんだ。
「できました。」
「……」
彼女には、心を読む能力でもあるのだろうか。
俺は、ケチャップがかけられたオムライスを見て思った。
「どうぞ、召し上がってください。」
俺が中々オムライスを食べないのを見て、少女は言った。
少々動揺はしたが、スプーンを手にする俺。
何故かと言えば……
「ハートマークだよな……」
確かに、そこにはハートマークが描かれていた。
しかも、見事にきれいな。
「いただきます。」
一口食べてみたものの、普通に美味しい。
三食これでもいけるんじゃないか、と言うレベル。
カフェではなく、飲食店でもいいんじゃないだろうか。
「案外いいお店かも……」
こんなに静かな店で、オムライスを頬張れるなんてよいではないか。
図書館の様に静かだし。
音楽すらかかっていない。
早朝の日差しが注ぎ込む中、静かに食事をする。
「毎日通おうかな……」
流石にそれは無理だが、値段も安いし、気軽に来れそうだ。
他のカフェも回りつつ、定期的に来ることは可能だろう。
「あ、あの……」
俺は店員に話しかける。
オムライスを作ってくれた店員だ。
というか、この店には彼女以外の店員がいなさそうに見える。
「はい。」
少女は、カウンターの向こう側で、本を読んでいた。
「ここって、頼めばなんでも作ってくれるんですか?」
一番気になっていたことを聞く。
オムライスが可能なら、他の料理も可能なのだろうか。
「材料があれば作れます。一週間ほど前に、連絡を入れてくだされば、材料も用意いたします。」
つまり、大抵の家庭料理なら作ってくれる。
そうとらえていいのだろう。
それで、リビングという事か。
「へぇー、すごいですね。」
少女は、再び読書へと戻ってしまった。
中高生くらいの女の子に見えるのだが、あまり明るい雰囲気ではない。
なんというか、落ち着きがあって大人な感じ。
この店もきっと、親の手伝いか何かでいるのだろう。
となると『魔王』はお父さんの趣味か何かなのだろう。
「……」
静かな雰囲気を台無しにしないように、黙々とオムライスを食べる。
そして、
「ごちそうさまでした。」
完食した。
ボリューミーだったが、美味しかったので余裕で食べれた。
今度来るときは、何か他の物を食べようか。
「……何か飲み物いただけますか?」
「紅茶にコーヒー。果物はあるのでジュースも作れます。」
ジュースまで作る気なのか。
と言うか紅茶あるなら、水道水出さなくてもいいんじゃないか?
少し疑問に思う。
「……紅茶で。」
「かしこまりました。」
何となく気分的に紅茶。
そもそも、ブラックはあまり得意じゃない。
大抵のカフェじゃあ、カフェオレとか、カフェラテとかおいてるから、いつもそっちを頼む。
「紅茶、100円です。」
「え?」
店員さんが紅茶を淹れてくれた。
だが、驚くのはその値段。
安すぎないか?
ちょっと笑ちゃったぞ。
「つーか、赤くね?」
「『紅』茶ですから。」
普通の紅茶は、どちらかと言うと茶色。
だけれど、この紅茶真っ赤なんだが。
「まぁ、その……いただきます。」
普通だ。
普通に美味しい。
何か真っ赤だけど。
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「あの、お勘定お願いできます?」
「はい。」
しばらくして、俺は口を開いた。
少女は本を置くと、カウンター越しに近づいてきた。
見たところ、ファミレスなどで見かける、計算装置的なものはないようだ。
「オムライス300円。紅茶100円。計400円。以上です。」
財布を開いて、四百円を取り出す。
ある意味ワンコイン以下なので、何だかお得な感じがする。
普通カフェに行くと、この二倍、三倍は使うのが普通なのだから。
「はい。確かに。」
少女は四百円を受け取った。
「それと、任意参加なのですが、お名前をお聞かせ願えると嬉しいです。偽名でも構いません。」
「……別にいいですよ。」
少女に名前を聞かせると、ひらがなで『とおやま のぼる』と書いてくれた。
実名をさらすのは抵抗があるが、ひらがなならまだ大丈夫だろう。
「ありがとうございました。」
少女は礼を言った。
ふと思い出したので、俺は気になったことを聞く。
「そう言えばこのカフェ、どこが魔王なんですか?」
質問すると、少女は少し雰囲気を変えて言った。
「それは、私が『魔王』と言う意味ですよ。」
「……?どういうことですか?」
俺が動揺していると、少女は俺の服を引っ張った。
勢いで、俺はカウンターに肘をつく。
そして彼女は、俺の耳元でこう言った。
「また来てくれないと、魔法であなたの事、食べちゃいますよ?」
身に染みるような、少々怖い声だった。
だが、少女は俺の服を離すと、少し優しく微笑んだ気がした。
魔王って言っても、『元』ですよ?