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なぜ探偵は未来の絵を探し求めたのか【後編】


 高橋の遺体は死後一ヶ月以上が経過していた。つまり失踪直後に崖から落ちて死んでいたことになる。警察は自殺が濃厚と考えているそうだ。

 その根拠となったのは、高橋が残した『未来の絵』。


 荒俣は第一発見者となり、なぜ現場にいたのかを説明する際に絵の話をした。もちろん予知を信じる者はいない。結果、高橋は晶の実家に来る前から飛び降りを画策していたのだろうという見解になった。


 だが、それでは整合性が取れない。


 仮に『崖に立つ男の絵』が自殺を示唆するものだったとしたら、同様に『屋敷の絵』も『花火の絵』も何らかの予告でなければならない。ただし三階屋敷の火災は晶の母親による焼身自殺が原因とされている。

 他の二枚を差し置いて一枚の絵のみを証拠として扱うのは無理がある。


 普通に考えれば選択肢は二つ。全てが真、または全てが偽。


 全てが真、すなわち全ての絵が高橋からの予告状とした場合、高橋は偽装工作を施して晶の母親を殺害し、自ら命を絶ったことになる。

 対して全てが偽だったとした場合、本当に予知能力が存在したか、あるいは一連の出来事と高橋の絵は無関係。


 荒俣は、答えを知りたかった。



「こちらが高橋様の絵です」


 画廊の主である青年から差し出されたものは男女が抱き合う絵だった。モデルは高橋と晶だろうか。

 念の為、裏側も見せて貰う。そこにはサインと『未来6』という文字。


「6枚目か……お兄さん、これはいつ描かれたのですか?」


「一年前です」


 高橋と晶が同棲を始めたのは半年前。それを予知したものにも見える。


 荒俣は頭を抱えた。晶から提示された以外の絵を見れば新たなことが分かるかもしれないと思っていたからだ。だが結果はこの通りだ。


「他にも高橋哲也の絵はありますか?」


「今はこの一枚だけです」


「今は、ねぇ……」


 目を細めて呟くと、青年は笑みを浮かべた。


「荒俣様、お話を聞かせて頂けませんか?」



 日頃は業務上知り得た情報は誰にも漏らさない。だが、この時に限っては一連の詳細を青年に伝えた。


「お兄さんは聞き出すのが上手だねぇ。探偵に向いてるんじゃないですか?」


「荒俣様は敢えて詳細をお話になったように見えましたが」


「バレました? やはり貴方は探偵に向いている」


 表情を引き締め、荒俣は青年を見据えながら言葉を続けた。


「話を聞いて、何か、気付きましたよね?」


「さあ」


 澄ました顔の彼に対し、畳み掛けるように述べる。


「ここに、今は、一枚しか高橋の絵はない。つまり以前は何枚もあった。現在、そのうちの幾つかは篠崎晶が所有している。違いますか?」


「それはお答えできません」


「なぜ?」


「お客様の情報を漏らす訳には参りません」


 明らかに嫌味だ。荒俣は「殊勝なことだねぇ」と一つ零し、仕切り直すように落ち着いた口調で話し始めた。


「違和感があったのですよ。高橋は少なくとも二十枚の絵を描いている。その中から篠崎晶の提示した絵は三枚。16、19、番号無し、といった具合に連番ではなくランダムで。それにもかかわらず、その三枚はいずれも今回の騒動を連想させる絵柄だった」


「凄い偶然ですね」


「絵の内容通りに事が起こったのだとしたら凄い偶然ですが、事実に沿って適当な絵を揃えたのだとしたらどうでしょう?」


 青年は何も言わない。


「高橋のアトリエには屋敷の絵と花火の絵があった。最後に描かれたという崖に立つ男の絵はなかったのですが、篠崎晶は、この画廊から入手した」


「お答えできません」


「まだ黙っていて下さい。とにかく、彼女はある画廊から絵を入手したと言っていた。もしかして高橋は、絵が出来上がり次第、画廊に販売を委託していたのではないですかね。そう仮定すると、高橋が失踪した時、アトリエには一枚も絵がなかったことになる。篠崎晶はこの画廊から屋敷の絵も花火の絵も入手したのではないですか?」


「お答えできません。ちなみに当画廊では委託販売はしておりません。こちらで扱っている絵画は全て買取らせて頂いたものです」


「高橋の絵も?」


「はい」


「その情報は隠さないんだ?」


「お客様には絵と作者の情報はお伝えすることにしています」


 荒俣はその言葉を聞き、小さく笑った。


「そういう理屈か。では質問を変えます。貴方は高橋から、『未来16』と『未来19』の絵を買取りましたか?」


「はい。高橋様の未来シリーズは全て買わせて頂きました」


 青年の口元が三日月型に歪む。


「お兄さんも性格が悪いなぁ。今の状況を楽しんでるだろ」


「滅相もないです」


「とりあえず、これで篠崎晶が高橋の失踪後に絵を入手したのは確定だ」


 自身に言い聞かせるようにそう言うと、青年が語り出した。


「それは不思議なことではないと存じます。篠崎様は婚約者が行方不明となり、その居場所の手掛かりを掴む為に絵を購入されたのかもしれません」


「実際はどうだった?」


「お客様の情報……」


「分かったよ。答えないんだろ」


「何より高橋様の絵の題名は『未来』です。ご本人から由来は聞かされていませんが、これから起こる事を描いたものだと考えるのが妥当ではないでしょうか」


 青年の言う通りだった。

 当初は晶がタイトルを書き足した可能性も考えたが、ここの絵にも『未来』と書かれていることから、高橋が命名したのは確実だ。


「しかし、もっと他の絵を見れば別の考えも浮かぶかもしれない。お兄さん、他のはどんな絵柄だった?」


「申し上げられません」


「は? 絵の情報は話せるんだろ」


「話せはしますが、それは私の主観によるものです。同じ絵を見てもある人は花火と思い、ある人は火災現場と思う。このように人によって見え方は異なります。私が口頭で絵の説明をしましても荒俣様に先入観を与えるだけです。どんな絵だったのか知りたいのならば実物を見るのが宜しいでしょう」


「ここに実物は一枚しかない」


「探し出して取り寄せも可能です。もちろん相応の報酬は頂きますが」


「えげつない商売だなぁ。分かった。何日で用意できる」


 晶からはまだ費用を徴収していない。上手いこと言い包めれば、絵の代金も併せて捻出して貰えるだろう。


「一日二日あれば一枚は手に入るかと」


「そんな早いのかよ。じゃあ、どうするかな……」


 荒俣は現在、三階屋敷の近くの民宿に寝泊まりしていた。未だ現地の警察から事情聴取など捜査協力の要請が度々入る為、事件が解決するまで晶とそこに泊まることにしたのだ。


「よし。お兄さん、絵が見つかったら民宿に送ってくれ」


 そう言って住所のメモを渡す。

 青年は深く頭を下げた。


「お買い上げ、ありがとうございます」





 翌朝、荒俣は扉を叩く音で起こされた。民宿には晶と宿泊しているが、若い女性と同室という訳にもいかず、彼女は隣の部屋にいる。扉を叩いたのは晶だろう。そう当たりを付けて引き戸を開ける。

 だがそこにいたのは、腰の曲がった老人だった。宿の主人だ。


「こんな時間にどうしました?」


「いや、お客さん宛に荷物が届いたんです。速達だったのですぐにお声掛けしたほうが良いかと思いまして」


 差し出された板状の荷物の送り主欄には『画廊』と書かれている。


 画廊の青年は絵の入手までの期間を一日二日と言っていたが、実際には、郵送時間を差し引くと、数時間も掛かっていないだろう。

 やや解せないが、早急な対応は有難い。荒俣は老人を追い返すと、さっそく包みを開いた。


 その絵は、花火の絵と構図が似ていた。ただし色使いが異なる。背景が暗く、中央の球体は青白く光っている。


「これは……」


 月だ。

 

 裏面を確認すると、タイトルは『未来18』。


 18が月ということは、19は花火の絵ではなく……


 荒俣はスマホの検索アプリを開き、『18月』と入力した。

 表示された結果を見て胸の内で呟く。


 これは確かに『未来』の絵だ。ただし予知能力によって描かれた絵ではない。

 すると問題はこの事実を晶が知っていたかどうかだ。

 

 荒俣は改めてスマホの画面を見つめた。瞬間、ある言葉が蘇る。


 ――愚かな人


 点は、繋がった。

 晶は未来の絵の真相を知っていたはずだ。つまり。


 そこまで考えが至った時、再び扉が叩かれた。

 やって来たのは、またもや老人だった。


「お客さん、また荷物が届きましたよ」


 老人の手には板状の荷物があった。

 それを見て思う。画廊の青年は実は絵の在庫を大量に抱えていて、それを捌く為に昨日の茶番を演じたのかもしれない。キャンセルをしないと、次々と絵を送りつけられる恐れがある。


「それとお客さん、お連れの方がお出掛けになりました」


「え? 晶さんが?」


「宅配屋から荷を受け取った時ですけど、お連れの方は私のことを見つめながら思い詰めた顔をして、急に出ていかれたんです」


 晶が見つめていたのは老人ではなく荷物のほうだろう。絵が届いたことで状況を察し、逃げたのかもしれない。

 追うか。だがその前に老人に確認したいことがある。


「お爺さんは、彼女のことをお連れの方って言いますよね」


「はい」


「……聞きたいんだけど、お爺さんは私と初めて会った時、以前も知らない人が来て火災が起きたと言っていました。その知らない人って、どんな人でした?」


「もちろんお連れの方ですよ。あの日だって私はお連れの方の後をつけていたじゃないですか」


 画廊の青年は言っていた。同じ絵を見ても人によって見え方は異なる、と。

 これほどまでに認識にズレがあったとは思いもしなかった。


「彼女は三階屋敷のお嬢さんですよ?」


「三階屋敷って篠崎さん? あそこには息子さんしかいませんよ」


「……その話、詳しく教えてくれませんか?」





 暗雲によって陽は陰り、崖に風が吹き荒ぶ。

 彼女は髪を棚引かせ、そこに立っていた。


「ドラマでは崖際の犯人は真相を語ってから飛び降ります」


 荒俣がそう声を掛けると、晶はゆっくりと振り返った。


「どういう意味ですか」


「全て教えて下さいって意味です」


「そして死ねと?」


「言葉の綾です。他人の不幸は蜜の味と言いますが、死なれたら後味が悪い」


 晶は何も言わない。自ら語る気はなさそうだ。


「いやぁ、晶さんには騙されました。最初に見せられた二枚の絵は屋敷と火事の絵ではなかったのですね。あれは『16塔』と『19太陽』の絵です。高橋さんの描いた未来の絵は、正確には未来を占うカード、タロットの絵だ」


「そうなんですね」


「晶さんはそれを知っていたはずだ。高橋さんを発見した時、貴女は愚かな人と言っていた。自殺するなんて愚かな人という意味だと思っていたのですが、実は違った。タロットには一枚だけ番号のない札がある。その名は『愚者』。崖に立つ男と同じく愚かな人という意味で貴女は呟いたのです」


 大きく息を吸い、すぐさま言葉を継ぐ。


「タロットは全部で二十二枚、組み合わせによって幾らでも物語を作れます。貴女は起きた出来事を基に絵を集めた。つまり高橋さんが死んでいると知っていた。なぜそれを隠したのか。答えは一つ。晶さんが、高橋さんを殺したのです」


 なおも晶は無言のままだ。


「火災の最中に高橋さんが失踪したというのは出鱈目で、それより前に貴女が殺していた。動機は婚約を破棄されたからでしょうか? その日、彼はある事実を知って晶さんを受け入れられなくなった。貴女は昔と姿が違う。貴女は、男だった」


 彼女の表情から察するに推理は間違っていないだろう。


「高橋さんを殺した後、母親も手に掛けたのですか?」


「違います」


「何が?」


「母は自殺です。母は、かつてのわたしに依存していたので」


「全て教えて下さい」


 そう言うと、晶は穏やかに語り出した。


「篠崎家は会社を経営してるのですが……」


 その会社は徹底した一族経営で上層部は親族の男達で占められている。篠崎家において女は政争の具でしかなく、晶の父も篠崎家に婿入りして管理職に就いた。そんな風習を晶の母は呪い、息子を利用して会社を牛耳るつもりでいたそうだ。


「いつも、お前は社長になる男だって言われてました。でも……」


 心が女である晶は家出をして性転換し、やがて高橋哲也と出会う。華やかな高橋に魅了されて晶は結婚を願い出た。そして運命の日を迎える。


「数年振りの実家で彼を紹介すると、母は、晶は男だ、と言って結婚に反対しました。哲也は初めてわたしの過去を知ったのですが、わたしは信じていた。それなのに……この場所で、彼は言ったんです」


 ――気持ち悪い


 眼下の森に吸い込まれていく高橋の姿。それを見届けた晶は再び実家に戻り、母に告げた。高橋を殺した、と。


「更に母にこう言いました。どうして女に生んでくれなかったのって」


 晶は、その時の光景を見ているかのように虚ろな目をしていた。


「すると母はゲラゲラ笑いながら灯油を浴びたんです。そして、一緒に死のうと叫んだ。わたしは逃げました。直後、屋敷が燃えた」


 話を聞き終えた荒俣は尋ねた。


「なぜ私に依頼を? 自殺を偽装するには手が込み過ぎだし、依頼しなければ高橋さんは発見されなかったかもしれない。少なくとも晶さんに殺人の嫌疑は掛からなかった」


「愛した人を弔いたかったんです」


「情が深いですねぇ」


「わたしは女ですから。そう、女なんです」


「ええ。立派な悪女だ」


「ありがとう」


 晶は笑った。


 その表情から一つの覚悟が窺える。荒俣は慌てて駆け寄り、腕を伸ばした。

 しかし手が届くより早く、晶は崖の向こうに消えてしまった。





 荒俣は二枚の絵を抱えて画廊を訪ねた。

 晶が死んで報酬が入らなかった為、絵を返しに来たのだ。


 中に入り、青年を見るや喧嘩腰に述べる。


「お兄さんはどこまで分かってたんだ?」


「何のことでしょう」


「真相に導くかのように情報を小出しにし、最後はこれだ……」


 荒俣は民宿に届けられた絵のうちの一枚を差し出した。


「篠崎晶は崖から飛び降り、木に衝突して即死。遺体は枝に掛かって逆さ吊りになった。この『12吊られた男』のようにな」

 

 生木にぶら下がる男の絵を青年は見つめ、口元に、三日月を浮かべた。



なぜ探偵は未来(占い)の絵を探し求めたのか 了

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