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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

食用から寵妃への華麗なる転身!

作者: 桃色ぜりー

「彼が友人のカイルだよ」


婚約者に友人を紹介されて、ロゼッタは淑女らしく優雅に礼をとる。


「お初にお目にかかります。わたくしは、伯爵アルマンの娘、ロゼッタと申します」


「ああ、ロゼッタ」


 親しく手を差し出され、ロゼッタは顔を上げて応じようとした。

 整った顔。それも、恐ろしいまでに美しい。

 褐色の双眸はいたって穏やかだというのに、その奥に潜む獰猛な光を見つけてしまった。

 その瞬間に、ロゼッタは雷に打たれたように全身を痙攣させて硬直し、気絶した。

 


「いやっ、許して! 来ないでっ」


 ロゼッタは泣き叫んで広い空間を逃げ回った。

 まるで必死で逃げ惑うねずみを捕らえようとする蛇のように、黒く強大な影が執拗に手を伸ばしてくるのだ。 

 いくつもある扉には厳重に鍵がかけられ、逃げ場などどこにもなかった。

 そんなものが用意されているわけがないのだ。

 なぜならロゼッタは、食される為だけに放たれた生贄なのだから。

 

 逃げるロゼッタをすぐには捉えず、長く鋭い爪一本で追い回し、衣服を引き裂いてくる。

 散々逃げ回った挙句、摘み上げられた。

 闇の中で光る金色の二つの目に射抜かれて、恐怖のあまり身動きもできず、声さえ出せない。

 長くねっとりとした舌に乗せられ、巻き取られ、真っ暗な闇へと呑みこまれた。


 もがくように身体を起こすと、手を両手で包むように握られる。


「ロゼッタ」


 息を乱し、何度も瞬くうちに、心配げに覗き込む婚約者の顔が見えてくる。


「フィリップ様っ」


 ロゼッタは縋りつくように彼に抱きついた。

 フィリップが、怯える彼女を胸に抱き包んで、波打つ長い金色の髪を優しく撫でる。


「大丈夫だよ。僕がついている。だからもう何も怖くない」


 温かく逞しい腕にぎゅっと抱きしめられて、ロゼッタは頷く。

 けれど、一度思い出した記憶は、忘れようにも忘れることなどできなかった。 




   ◇  ◆  ◇  ◆  ◇



  

「お父様も見当たらないし、どうしましょう」


 長い廊下を歩き続けたロゼッタは、困り果てた。


 その日ロゼッタは、父のアルマン伯と共に王宮へ来ていた。

 親しい間柄でもある国王に、娘の婚約を報せるためだ。

 父と王宮についてから、二人は談話室に通された。

 そこで女官に出された紅茶を飲みながら、謁見の時間まで待つようにと言われた。

 二人が他愛もない話をしているところに、政務補佐官の父と働く同僚がやってきて、父を連れて行っていってしまったのだ。

 一人残されたロゼッタは、しばらく待っていたのだが、一向に戻る気配のない父を案じ、部屋を出てしまった。

 舞踏会や茶会などで、王宮には何度か訪れていたロゼッタだが、屋敷とは違い、王宮の敷地は広大だ。

 建物の中は、まるで迷路のように入り組んでいる。

 覚えるのは至難だ。

 迷う。

 わかってはいるのだが、不慣れな場所にひとりでいるのは非常に心細い。

 父の姿を見つけたら戻ろうと廊下の角を曲がった。

 薄暗い廊下の先に陽の光を見つけた。


「まあ、なんて美しいの」


 見えてきたのは、鮮やかな新緑と色とりどりの花々。

 回廊に面して、庭園が広がっていた。

 一流の庭師たちが手間隙をかけて育てた大輪の薔薇。

 真紅に染まる美しさに目を奪われて、庭に降りた。

 薔薇だけでも数種類はあり、多種多様の花々が植えられている。

 時間も忘れて魅入っていると、はたと、ここへ来た目的を思い出す。


「いけない、戻らなくては」


 父を探しに来たはずが、逆に自分が待たせることになってしまう。

 下手をすれば、国王の家臣が謁見の時間を告げに来ているかもしれない。


 多忙な国王陛下をおまたせしてしまったら……。


「絶対だめよ、そんなこと」


 慌てて回廊へと戻り、来た道を辿るが、案内された談話室が見当たらなかった。

 嘆息をつくと、背後からすうっと腕が伸びてきて、そっとロゼッタを包むように抱きしめた。

 ロゼッタは萎れた花が水を得て再び咲き誇るように顔を上げた。


「お父様……」


「やあ、ロゼッタ」


 色気のあるバリトン。

 見るものを一瞬で虜にするような美貌。

 以前、婚約者のフィリップに紹介された男だ。


 ロゼッタの身体は、一瞬で凍りつく。

 そうすることがまるで当たり前のように、頬に手が添えられて、極自然な動作でロゼッタの唇に、彼のそれが重ねられる。

 柔らかな感触に触れられて、ロゼッタの身体はガタガタと振え出す。

 抱きしめられてキスをされただけだ。

 何よりここは廊下の真ん中で、人気がないとはいえ、大声で叫べば直ちに衛兵が来るだろう。

 けれど、ロゼッタは叫ぶことも、逃げ出すこともできなかった。


 相手はつい先日、初対面として会ったのだが、前世の記憶を持つロゼッタにとってはそうではなかった。

 

「お、お見逃しください、竜王陛下」 

 

 麗しすぎる顔が満足げに微笑む。


「そなたに、人化を見せた覚えはないが。我に気づいたことは褒めてやろう」


 目に涙を溜めて半泣きになりながら許しを請うているというのに、竜王は腕に力を込めて、華奢な細腰を強く引寄せる。

 人の姿をした竜。 

 それが彼の正体だ。


 ウィルディーチ王国の中央には、人も獣さえも踏み入れぬ深い谷がある。

 その谷に、人が地上に誕生するよりも遥か昔から竜が住んでいた。

 彼らは強大な魔力を有し、天を統べ、地上のあらゆる生物の頂点に立つ圧倒的な強者だ。

 気性は激しいが、他種生物と争うことはない。


 ある時、ウィルディーチが他国の侵略を受け、滅亡の危機に直面した。

 国の存亡を賭け、ウィルディーチ王は竜に助けを求めたのだ。

 竜王は供物と引き換えに、一夜にして敵国から領地を守った。

 供物には、百人もの若い娘が選ばれ、竜王に食された。

 娘の多くは貧しい農村から取り上げられ、その中にロゼッタも含まれていたのだ。


 竜王に食され命を落としたロゼッタだが、再び生を得て同国に戻ってきた。

 よもや転生しても繰り返されることになるなど、思いもよらぬことだ。

 短命の人とは違い、竜は数千年の時を生き続ける。

 ありえるといえば、ありえるのかもしれない。


 竜王は腕の中で涙ぐんで怯えるロゼッタに目を細めた。


「案ずるな、殺しはせぬ」


 それを聞いたロゼッタは、あからさまにほっと安堵の息をついた。


「我もそなたのことはよく覚えておる。以前とは多少姿は異なるが、そなたの我を誘う芳香は少しも変わらぬ」


 間近で見る竜王の双眸は金色に染まり、食されたときの生々しい感触が蘇り、全身が粟立つ。 

 ロゼッタは混乱する頭で必死で言い訳をする。 


「と、殿方を誘うような香水などつけてません」


 香水自体つけてはいなかった。


 長い指先がロゼッタの唇に触れる。


「そなたに余計な匂いをつけさせぬように、我がフィリップに命じた」 


 ロゼッタの瞳がゆっくりと見開かれる。

 婚約者のフィリップに香水をつけないように頼まれたのはほんの三日前のことだ。


 竜王が、ロゼッタの髪を美しく結い上げた留め具を外す。

 蜂蜜色の長い髪が、広がって流れるように落ちる。

 汗の匂いが混ざった香油の甘い香りが漂う。


「香油も禁じる。そなたを愛でる妨げになる」


 ロゼッタは、理解できずに漠然と嫌な予感を覚えた。


「あの、私はフィリップ様と婚約しているのですが、一体、何のお話をされているのでしょう?」


 竜王は嘲るように笑むと、ロゼッタからすっと離れた。

 ロゼッタの緑玉の双眸を見つめる。

 彼女から取り上げた髪留めを口元に寄せると、ロゼッタに見せ付けるように、はめ込まれたエメラルドの宝石に口づけた。


「食用から妃にしてやろう、という話だ」


 微笑む金色の瞳は、どこまでもロゼッタを呑みこんだ捕食者のものだった。

 

 また、食べられる。


 ロゼッタは、一歩退く。

 両手でドレスを掴みあげると、同時に全速力で逃げた。

 


 ウィルディーチの危機を救った竜王の求婚を断れるはずもなく、ロゼッタはフィリップと婚約を解消。

 3ヵ月後には、竜の谷へと連れ去られた。

 食べられることもなく、生涯王妃として大切に扱われるのだった。

 

 


読んで下さりありがとうございます。


以前から竜に食べられて転生してまた出会う、という設定で構想を練ってました。

中編ぐらいの長さで考えていたんですが、全く構想できず。

諦めて、まだ挑戦したことのない短編にすることに。

思ったより短くなりました。


追記:これ以上思いつかなかったのですが、なんとなく続きが書けそうです。

と言うわけで続編を連載ではじめます(10/21)


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