第三章 38話
2014/6/30の投稿です。次回は7/3の予定です。
4日目
今日も朝から密林の中をひたすら歩く。周りが似た様な景色なので迷ったら大事だな……幸い飲み水は水魔法で確保できるし、食べ物は所々に食べられる植物や魔獣が居るから迷っても何とかなるとは思うけど。
そんな事を考えていたら進行方向に人の気配を感じた。
こんな所に人? それも1人か? ……俺も1人でここに来てるし、誰かが居てもおかしくはないが……何かの採取に来た冒険者か?
俺は警戒しながら近づいていく。すると1本の木の根元に傷だらけの鎧を着用し、体の至る所から血を流して倒れている男の冒険者が居た。死体か? と思ったその時、男がうめき声をあげた。
「う……」
「生きてるのか!? 『ライトボール』!」
俺は男に向けてライトボールを放つ。アンデッド系の魔獣でない事を確かめるためだ。死体がゾンビになっている事もレイス等の魔獣にとりつかれている場合もあるから救助活動にも慎重にならざるを得ない。
見た感じあの男性は自分で返答できるような状態でも無いので、これが1番手っ取り早い。
俺が放ったライトボールは真っ直ぐに男に当たったが、男には何の変化も無い。体が消し飛ぶ事も苦しむ事も無いという事は、彼は生きた人間だろう。
「今助けます!」
俺は周囲を警戒しつつも男に駆け寄る。
「大丈夫ですか? 聞こえますか?」
「う、うぁ……」
意識の有無を確かめるために駆け寄る時に声をかけてみたが、呻くだけだ。とりあえず治療が先か!
「『ハイヒール』『ハイヒール』『ハイヒール』『ハイヒール』」
俺は男の全身に回復魔法をかけていく。特に手足の傷からの出血が酷い、この状態じゃまず歩けないし戦えないだろう。……回復魔法をかけても血が止まらない? とりあえず、ディメンションホームに運び込んでヒールスライムにも手伝わせよう。何よりディメンションホームの中なら安全だ。
そう思って俺は男を抱えてディメンションホームを――
「!?」
ディメンションホームを使おうと一瞬男から意識を離した瞬間、男の体が崩れた。
男は体中の骨が無くなった様に柔らかくなり、男を抱えていた俺の両腕を取り込んで胸を張る様な体勢で伸し掛ろうとしてきた。
「ふんっ!」
俺は驚いたが、冷静に全身に電気を纏わせる。すると俺の腕を取り込もうとしていた男が感電し、動きが止まる。その瞬間俺は力づくで男……いや、男のような“何か”を振り払って地面に落とし、蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた“何か”はそこにあった木に叩き付けられ、崩れ落ちる。俺は続けて刀を抜き、火を纏わせて右足から左脇腹にかけて胴体を二つに叩き斬った。
しかし、“何か”はそれを気にした様子もなく、すぐさま逃走を試みるようだ。昨日のアンデッドスネークのように再生はしていないが、人の上半身が下半身を放り出して腕の力のみで俺から離れるために這いずりだした。
そして次の瞬間、“何か”は完全に人の形ではなくなり、小さなテイクオーストリッチの姿に変化した。
「あっ!?」
テイクオーストリッチに変化した“何か”は本物さながらの速度で逃走を始めるが俺は逃がすつもりはない。たった今、無くなった!
「『バリケード』! 『バインドアイビー』!!」
植物を操り壁を作る木属性魔法で“何か”の逃げる方向を限定し、同じく蔦を操って対象を絡め取る木属性魔法を使って捕獲を試み、成功した。この2つの魔法は植物を生やすか周囲の植物を利用して使う魔法で、周囲に木々が少ない場所だと非常に使い辛いがこの樹海の中では簡単に使える。
……尤も、下手をすると俺の行動の邪魔になる事もあるので使う場面はよく考えないといけない。
「おっと、逃がすか!」
蔦に絡め取られた“何か”が体を崩れさせて蔦から逃れようとしていた。それを見た俺はすぐさま従魔契約を行う!
俺が従魔契約を行うと、“何か”はピタリと動きを止めた。俺と“何か”の間に魔力のつながりが出来、契約に成功した事を確信する。
そして一度ディメンションホームの中に連れて行き、魔獣鑑定を使うと“何か”の正体が明らかになった。
「やっぱり……人間の上半身からテイクオーストリッチに変わっていく間にそうじゃないかと思ったが、当たりだったな」
魔獣鑑定の結果はこうだ。
ミミックスライム
スキル 擬態Lv10 擬態対象記憶Lv2 高速移動Lv8 肉食獣誘引Lv2 肥大化Lv7 縮小化Lv7 捕食Lv3 消化Lv4 吸収Lv4
こいつは人でもテイクオーストリッチでもない。擬態Lv10、このスキルのせいで騙されていたがスライムだったんだ。
「見事に騙された。襲いかかってくるまで本物の人間だと思ってたぞ。……いや、この高速移動スキルにテイクオーストリッチの姿で素早く逃げ出そうとした所を見ると、擬態した状態では擬態した相手の能力まで再現出来るのか? 肉食獣誘引スキルはテイクオーストリッチのスキルでもおかしくないし……」
そう考えてスライムの姿に戻っていたミミックスライムにテイクオーストリッチになるように指示を出し、ディメンションホームの中を走らせた所、その速度はやはり本物のテイクオーストリッチそのものだった。これは凄いな……
擬態と一緒にある擬態対象記憶スキル、これはそのまま擬態する対象を記憶するスキルだと思う。というのもミミックスライムが他には何に擬態できるか確かめてみたらテイクオーストリッチとラプターの2種類にしか擬態できなかった。
先程の男の姿は一回きりだったようで、もうあの姿にはなれないらしい。多分、何らかの条件を満たさないと自由に擬態は出来ないんだろう。
肥大化と縮小化スキルを持っているのは意外だったが、これはおそらく擬態する対象の大きさにサイズを合わせるためだろう。擬態してないスライムの姿はバスケットボール位の大きさだ。このサイズで擬態しても手乗り魔獣になるだけで、敵を騙せるとは思えない。
最後に捕食スキル、これは……
「こいつは捕食者側なんだな、被食者じゃなくて」
スライムは基本的に生態系のヒエラルキーの最下層で、人や他の魔獣によって簡単に殺されたり捕食されたりする。しかしこのスライムはそんな過酷な環境で生き抜き、被食者から捕食者になったんだと思う。俺の勝手な想像だけど、獲物を狩って食べる事には関係があると思う。
それから妙なのはミミックスライムには他のスライムのように分裂のスキルが無い。スライムに分裂ではない増え方があるのかどうか、今すぐには分からないのでこの件は保留としよう。
とりあえず、驚かされたが一件落着だ。
俺はディメンションホームから出て密林の中を再び進む。そして1時間程が経つと所々密林の木々が倒されていて少し見通しが良くなってきた。
「湖が近いな」
この倒された木々は俺が目指している湖に近くなった証拠だ。なぜなら、この木々を倒したのはキャノンボールライノスという平均的な体長が3m程の巨体を持つ魔獣で、水場の近くを拠点としてその周辺に生息する。倒れた木は餌になる。
ちなみにキャノンボールライノスはBランクの魔獣だが、こちらから手出しをしなければまず何もしてこない。繁殖期は群れるし気が立っているが、それでもむやみに刺激しないように気をつけて離れていれば襲っては来ないという基本的に温厚な魔獣だ。
ただし、一度怒りを買うと冗談では済まない。キャノンボールライノスの最大の特徴は体を覆う皮膚と体毛。これらは本当に生物の体の一部なのかと疑いを持たれる程に硬く、魔法もイマイチ効きが悪い。防御力だけならAランクの魔獣にも匹敵すると言われている。
更にキャノンボールライノスは通常の状態でもその巨体に似合わぬ速度で地を駆ける事が出来るらしいが、成体になると無属性魔法の肉体強化を使える様になるそうだ。
頑強で重い体。それに負けない力。それを更に強める強化の魔法。これらが1つになって行われる突進の威力は凄まじく、直撃を喰らえばまず致命傷になる。
なお、キャノンボールライノスが生息するのはシュルス大樹海だけではなく、時折生息域から迷い出た個体がどこかの草原や森で見つかる事もある。そんな個体の中には突進で街の門や外壁を突き破った個体も過去には居たらしく、“壁砕き”なんて通称があるくらいだ。
そんなふうに事前に調べた情報を思い出している間に、湖が見えてきた。
……湖、といっても泥水だな。飲用は出来るかもしれないが、人が飲むには浄水と煮沸消毒の手間をかける必要があるだろう。まぁ、俺は水魔法を使うから関係ないが……周囲の様子は……
「……何も居ないな。よし」
キャノンボールライノスやらその他の魔獣が居るかと思ったが、その心配はなかった。今のうちにここを抜けていこう。
「ここから東にまっすぐ、徒歩4時間で目的地のコルミ村に着くはず……何とか今日中には村に着けそうだ」
俺は用意しておいたコンパスで方位を確かめ、東に進む。
道中は何度かラプターとブレードラットの襲撃を受けたが、倒して進み続ける。
ラプターはともかく、ブレードラットという魔獣はなかなか戦いにくい相手だ。見た目は小さくて可愛いけれど、あいつらの攻撃は洒落にならない。
ブレードラットはまず手足と膜の部分を広げて滑空してくるんだが、その膜の部分が鋭い刃物みたいな切れ味を持っていて、滑空してくる勢いで頚動脈や喉を掻き切ろうとしてくるからだ。
魔獣は小さいからといって侮れる相手ではないと心底思う。
周囲を警戒しつつ黙々と歩き続けていると段々と生き物の気配が減ってくる。警戒を強めて進むと、前方に人影が見えた。
「また人……いや、ゾンビか」
俺が草をかき分ける音に反応したのか、こちらを向いたその人影は腹部が大きく抉れて喉笛を何かに噛みちぎられている。あれが生きた人間で無い事は明らかだ。
「『ライトボール』」
俺は濁った目でこちらに向かってくるゾンビに向けてライトボールを放つ。近づいてくるまで待つ必要は無い。俺が放ったライトボールは綺麗にゾンビの頭部に着弾し、頭を消し飛ばした。
これでこの場は問題なく済んだが……
「シュラーッ!」
「ヒュー……ヒュー……」
「ガルルルゥ……」
「『ライトショット』ふっ!」
あれから1時間、何故か出てくる魔獣がアンデッド系の魔獣ばかりになった。周りにいるのはお馴染みのゾンビとレイス、更に魔獣や獣の死体がアンデッド化したビーストゾンビが居る。
ビーストゾンビの種類は多種多様。ラプターやブレードラットは勿論、生きている時は体色を変化させて周囲の風景に溶け込んで硬い先端を持った長い舌で獲物の急所を狙い撃つアンカーカメレオンというCランクの魔獣まで居たし、ドーピングビーという赤と紫の体を持つ毒々しい蜂の魔獣のゾンビを見つけた時は肝を冷やした。
ドーピングビーはAランクの魔獣だ。ただし、ドーピングビー自体は巣を襲撃しない限り人を襲う事は無いし、個々の力が強い訳でもない。戦闘能力で言えば普通の蜂と大差なく、精々小さくて早いので倒しにくいだけ。事前に適した用意をしておけばEランクでも討伐は可能。
そんな魔獣が何故Aランクという高いランクに設定されているかというと、その理由はドーピングビーの毒と生態にある。ドーピングビーの毒には魔獣の肉体を強化する効果と凶暴化させる効果がある。
ドーピングビーは戦闘能力を殆ど持たない代わりに毒で他の魔獣を強化し、強化した魔獣に巣を守らせて共生する魔獣なのだ。凶暴化したら巣も危ないのではないかと思うが、毒によって凶暴化した魔獣は巣を襲わない。
なお、ドーピングビーの毒針や巣に蓄えられた蜂蜜は様々な薬に加工する事が出来るので高く売れる。しかし生半可な腕では巣の周りに居る魔獣にやられてしまうので流通量はかなり少ない。そもそも限られた場所にのみ生息している魔獣ではないのでどこに行けば見つかるかが予測できず、巣やドーピングビーに刺された魔獣の発見例自体が少なかったりする。
そのためドーピングビーの毒に侵された魔獣が発見された時は多くの冒険者がその周囲に群がるらしい。ちなみにドーピングビーに刺された魔獣を見極めるためのポイントは目の異様な充血と刺された場所に現れる鮮やかなすみれ色の斑点だ。
尤も、今ここに居るビーストゾンビは全部アンデッド化する際にそういった特殊な能力を失っているので驚異ではない。仮に生きていたとしてもゾンビに毒は効かないので問題無いんだ。
「今はドーピングビーよりラプターのゾンビの方が厄介だな」
ラプターのゾンビは知性を失って集団戦が出来なくなっているが、俊敏さは健在でグールかそれ以上に動きが素早い。
日も暮れてきたし……仕方ない。俺は四方にライトショットを連発し、周囲のアンデッドを吹き飛ばす。そして――
「『ホーリースペース』『ディメンションホーム』」
レミリーさん直伝のホーリースペースで安全地帯を確保し、ディメンションホームからライトスライムとグレイブスライムを全て出した。
「流石に移動中は足が遅すぎて出せなかったが、移動しないなら存分にスライムの力を発揮できる」
それからはまぁ……作業になった。
グレイブスライムの死霊誘引でおびき寄せて飲み込ませ、暴れる奴はライトスライムが光魔法で撃ち倒し、アンデッド以外の魔獣が来れば、スライム達を守りつつ俺が仕留める。
アンデッド討伐は問題なかったが、今回のアンデッドは随分と暴れる奴が多かったな。亡霊の街のアンデッドよりしぶとく死霊誘引に抵抗していた。
少し気になるが、まぁ良いだろう。もう暗いし、今日はここで休むとしよう。
明日こそはコルミ村に着きたいな……




