第三章 36話
2014/6/23の投稿です。次回は6/26になります。
迷宮から帰った俺は休息と準備に2週間使い、ギムルから南東に17日間の旅をしてとうとうシュルス大樹海へと立ち入った。今はそれからシュルス大樹海の中を移動し始めて2日目の昼だ。
ここに立ち入る冒険者もいるため一応道はあるのだが、細くて整備がされている訳ではない。今俺が歩いてるこの道もまるで獣道だ。
おまけに大樹海と呼ばれているだけあり、周囲には大きくて蔦に覆われた木々が密集していて視界が悪い。今までに旅したどの場所よりも、木々の影や茂みから飛び出してくる魔獣を発見しづらくなっている。
「これでも、他の冒険者よりはだいぶマシなんだろうけど……今までの旅よりキツイな」
シュルス大樹海の中でも何度か冒険者とすれ違ったが、彼らは常闇草を使った虫除けを使っておらず、シュルス大樹海に生息する虫やヒルに悩まされていた。
常闇草の虫除けは祖母がこの樹海の中に篭る様になってから開発した物で、一般的な物ではないらしい。俺が知っていたのは樹海の移動が楽になるようにとのガイン達の配慮だったようだ。
普通の冒険者は市販品の虫除けを使っていて、虫に効果はあるがヒルには効かない。更に時間が経つと樹海の中の行動によってかいた汗で虫除けの効果が薄れ、時々虫除けを体に塗らなければ虫にも効果がなくなるそうだ。
「この環境で汗をかかないなんて無理だよなぁ……」
ここの環境は、ジャングルに近いと思う。ヒルが居るし、何より湿度が高い。この環境では俺でも流石に汗をかく。俺がすれ違った普通の冒険者達は皆汗だくで、汗と薬が混ざった独特の臭いを放っていた。
俺は冒険者達とは出来るだけ会わないようにと願いながら歩を進めている。
別に俺は彼らが臭いから会いたくないと思っているのではない。臭いは不快ではあったが、それは仕方ないだろう。ただ、冒険者達の視線が不愉快なんだ。
シュルス大樹海はDランク以上の魔獣が跋扈する危険地帯。そんな場所に俺みたいな子供が、それもたった1人で歩いていれば声をかけられる事も死なないうちに出て行けと注意を受けるのも分からなくはない。相手側からは迷い込んだか無謀な少年冒険者と思うのも無理は無いだろう。
この樹海が柵で囲まれている訳ではないのだから、冒険者ランクが低くても入ろうと思えば入る事は出来る。命の保証は無いし、他の冒険者に見つかって低ランクである事がバレるとまず厳重注意をされるだろう。俺はそれを避けるためにCランクまでランクを上げたんだ。
しかし、それでも昨日の夜に泊まった中継地点の村……村というよりベースキャンプだったが、そこでは多くの冒険者に樹海の外に帰るよう言われた。
その場合は俺のギルドカードを提示してCランクの冒険者だということ、そして俺がシュルス大樹海に住んでいたから大丈夫、里帰りだという設定を話して納得して貰うのだが……それを伝えると大抵の冒険者は良い顔をしない。
実力があるならばと止められはしなかったが、俺の歳でCランク冒険者という実力を持っている事に程度の差はあれど、妬みを覚える人は多かった。隠していても言葉の節々に刺が出た人や刺は出なかったが妬みを覚えている人もいたし、今朝なんかは罵声を浴びせてきた人も居た。
罵声の人の時はベースキャンプから出た後にすれ違い、何度目か分からない説明をしてる最中にラプターの群れが襲ってきたので仕方なく共闘したのだが、その人を含めた6人のパーティーが倒した数より俺1人が倒した数の方が明らかに多かったんだ。
彼らも弱いとは言わないし俺がいなくても対処は出来たと思うが、プライドが傷ついたらしい。関わるのも面倒だし、なだめている他の人も気持ち的には似た様な物だったらしく、居心地が悪かったのでその時は罵声の人が他のメンバーに宥められている間に一言声をかけてお暇した。
ああいう空気は嫌だけど、万人に好まれるなんて無理だ。多かれ少なかれ負の感情を抱かれる事は仕方ないとは思うし、耐えられない事は無い。けど、少なくともこの樹海の中では耐える必要性があるとは思えないので適当に流している。
前世でも、似た様な事はあったからな。スルーは出来る。前世は妬まれるより見下される事の方が多かったが……やることは同じなのだから些細な違いだ。
ちなみに、今の俺は少々他人の負の感情に敏感な状態にある。何故かと言うと、魔王の悪影響の片鱗だそうだ。
他人の負の感情をぶつけられるのはストレスになる。受け取り方によって耐えることも、切り捨てる事も、悩む事も出来るが、負の感情をぶつけられているのを知った上で全く何も感じないという人は少ないだろう。
魔王は自身の欠片の持ち主に対し、周囲の人間の持つ自分に対する負の感情を感じやすくさせて精神を疲弊させ、弱った心への侵食を早める様に仕組んでいたらしい。
これはギムルを出る前にガイン達に会って聞いたんだが、ガイン達の処置で抑えられているので視線や言葉が気に障る程度に抑えられているそうだ。何の処置もしなければ少々日常生活に支障をきたす程の影響が出ていたらしい。
「ま、今考えても仕方がない。それより……」
「ギャアッ!」
俺は静かに腰の刀に手をかける。次の瞬間右の茂みから1匹の魔獣がのしかかる様に前足の爪を縦に振るって来た。
俺は一歩引いて爪を躱し、右に向きながら刀を引き抜くと同時に魔獣の首を一閃して仕留めた。だが周りからはまだ多くの魔獣の気配がする。今の一匹が来るまでは奇襲を狙って気配を殺していたが、今は奇襲が失敗した事で気配を隠さずに迫ってくる。
「グルルルル……」
「ギャッ! ギャッ!」
「ギイッ!」
今襲ってきている魔獣はラプターという馬より少し小さい位の大きさで恐竜に似た魔獣だ。後ろ足2本で走り、知能が高くてすばしっこく、奇襲や集団での狩りを得意とする。ラプターという魔獣は数が多く、種類も多い事で知られているが、シュルス大樹海に生息するラプターは比較的小柄で体色が緑色をしているため周囲の風景に溶け込んでいる。
30匹程の群れに囲まれたが、特に問題は無い。襲ってくる奴から順に首を撥ねてやればいい。
ラプターの群れは俺を取り囲んで前から後ろからと攻撃をしてくるが、俺はその尽くを避けて淡々と首を撥ねていく。
そうしていると、どんどんと俺の周囲にはラプターの死体が積み重ねられていき、勝てないと判断したラプターの群れは蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。
「逃げ出すまでに9匹か、流石に頭が良いと言われるだけはあるか?」
ゴブリンなら仲間がやられても愚直に突進する事が多いし、それと比べたら断然頭が良いだろう。とりあえず、仕留めた分は回収しておこう。襲ってきた魔獣とは言え、無駄にしては悪い。
「『ディメンションホーム』」
俺は周囲を警戒しながらディメンションホームを使い、グレイブスライムを出して死体を回収して貰う。
グレイブスライムの能力を調べた所、遺体安置スキルはアンデッド系の魔獣だけではなく、生き物の死体も保管出来る事が分かった。更に、腐敗などの保管した物の状態が悪くなるのを防ぐ効果がある事も判明した。
流石に絶対に腐らない様には出来ないが、実験では外に出しておいたら1,2日で腐る肉をグレイブスライムに保管した場合、10日も腐らないまま保管できた。
これにより、仕留めた魔獣や動物を解体して得た革や肉の保存状態が格段に良くなった。
「やはり、グレイブスライムは便利だな」
スライムに食べさせても良いけど、保存が出来るにこした事は無い。特に毛皮の処理がだいぶ楽になった。
毛皮を剥ぎ取ったら皮に付いている肉や油を削ぎ落としたり、植物から抽出したタンニンでなめし作業を行わなければ腐ってしまう。クフォから貰った生存術スキルに自然の中でサバイバル生活を送るため、最低限の加工の知識はあったが、これは工程も多く手間がかかる。
ガナの森に居た時は定住していたので作業場を作ってこまめに加工をしたけど、今は解体しても街の職人に渡すかスライムの餌にしていた。
しかしグレイブスライムが居れば暇ができるまである程度時間を稼げるし、より良い状態で職人の下に持ち込むことが出来る。非常に便利なスライムだ。
そんな事を考えつつ歩いていると、獣道が少し広くなり、遠目に岩の壁が見えた。
「あれが次のベースキャンプか……めんどくさいな、今日は泊まらずに突っ切るか」
俺は足を早めてキャンプに向かう、嫌な事はさっさと済ませてしまおう。本当はこっそり壁を回り込むことも考えたが、こそこそ移動してる所を見張りに見つかると魔獣と間違えられる事があるそうで、ベースキャンプの周りでは隠れないという暗黙の了解があるらしい。
だから問題を最小限に抑えるにはとっとと入って、とっとと出ていくに限る。
そう思ってベースキャンプに向かった……んだが……
「幾ら君がCランクだといってもだね――」
「ここはガキの来る所じゃねぇんだよ!」
「――だいたい君1人でなんて無謀で――」
やっぱり面倒になった……
よりによってキャンプの入口の傍で3人の冒険者に止められ、俺は説明をしたものの口々に小言や説得をされる。そのせいで注目を集めてしまい、どんどんと冒険者がよってきている。
妬みや不満混じりの言葉が不快なのに加え、視線が痛い。もうこいつらぶっちぎって強引に出て行くかなぁ……
そう思っていた所に、一際大きな声が響く。
「邪魔だ! 入口で固まってんじゃねぇ! あとギャーギャー喚くな!」
声の主はガタイが良く、身長が2m近い大男だった。
「グレンさん……」
「道開けろや、邪魔で仕方がねぇ」
「でもこの子……」
「ああん? んなのほっとけよ、冒険者の命は自分で守るのが当たり前だろうが。馬鹿な事して死んでもそれはそいつの責任だろ。1人でここを彷徨いてんのは俺も同じだぜ?」
「グレンさんとこのガキじゃ――」
「だから死んだらそいつの責任だっつってんだろうが! ……大体、そのガキを見た限り、怪我一つ負ってねぇじゃねぇか。そのガキにここまで無傷でたどり着く事が出来る実力がある事くらい見て分かれや」
グレンと呼ばれた男がそう言うと、周りで傍観していた冒険者たちは興味が失せた様に立ち去り、俺に言葉をかけていた連中は閉口した。チャンスだ、今のうちに出ていこう。おっと、その前に礼を言わなきゃな。
「グレンさん、ですか? ありがとうございます」
「あん? 別に構いやしねぇよ。狩りに行くのに邪魔だっただけだ」
そう言って外に出ていくグレンさん。俺はもう一度頭を下げ、入って来た方とは反対側の出入り口から出ていく。そしてしばらく歩き、先ほどのキャンプからだいぶ距離をとった所で呟く。
「ああいう人ばっかりなら良いんだけど、無理な話か……」
あのグレンさんという人は俺に負の感情を持っていなかった。あの人の様に俺を妬まない人が居るのも分かっている。
道中で冒険者とすれ違った時も、キャンプで絡まれた時も、そう言う人の言葉は有り難いので心に留めておこう。たまには負の感情ではなく善意か正義感か良く分からない理由でしつこい人も居て、それはそれで困るけどな。
それから俺は、また襲ってきた魔獣を追い返したりしながら、ひたすら歩き続けた。




