第一章 2話
~Side ラインハルト・ジャミール~
森の中で出会い、傷を負ったヒューズのために薬をくれた少年の後について森の奥に入っていくが、なぜ彼はこんな所に? 見た所まだかなり幼いが……
「本当にこの先に休める所があるのか?」
「わかりません。ですが、先ほどの薬も毒ではありませんでしたし、あの少年に敵意は無いのでは?」
「罠で狩りをしてるらしいからな……そういう狩人は森の中で安全地帯を作って身を隠す事がありやす。そういう野営場の類の物ならあるかもしれませんぜ」
付いてくる他の3人も少々不審に思っているようだ。敵意はなさそうだが、こんな子供がこんな森の奥に居るのは確かにおかしい。来ている服は安物だが、清潔だから盗賊の類では無いだろうが……
すると突然彼が立ち止まる。
「どうした?」
「罠……獲物、捕れた……すぐ来る」
「獲物がかかってたのはいいが、すぐ来るとはどういうこと……!」
突然少年の近くの草むらの中から1匹のスライムが出てきたので、咄嗟に剣を抜きスライムに斬りかかる。
しかし少年は私とスライムの間に立ちふさがってきた。何を! ……クッ!?
少年が流れる様な動きで腰から短剣を抜き、短剣の切っ先を斜め下にして掲げるようにして振り下ろされた私の剣を受け流し、柄頭で私の手首を打とうとして来た!
咄嗟に後ろに飛び下がり少年と距離を取るが、彼も同時に後ろに飛び下がった。私が切ろうとしたスライムを連れ……まさか。
「貴様何をする! ラインハルト様お下がり下さい!」
「待て! 少年、そのスライムは君の従魔だったのか?」
その問いに少年は深く、何度も頷いた。
「剣を収めろ、ジル」
「しかし!」
「収めろ! 今回の事は私に非があった、彼は自分の従魔を傷つけられまいと守ったに過ぎない。それに彼は追撃もしてこない。何より彼は、私に怪我を負わせるつもりは無い様だ」
でなければあの一撃の意味が無い。刃ではなく柄頭を使う意味がない。しかし一体何なんだこの子は、私はこれでも剣には自信があったんだぞ?
「申し訳なかった、君の従魔とは知らなかったんだ。しかし、スライムとは懐かしいな。私も初めはスライムからテイムを始めたものだ」
「……従魔、術師?」
「元従魔術師だ。数年前に連れ添った魔獣が年で戦えなくなってな、それ以降テイムをしていないんだ。旅も辞めてしまったからな。昔はレッドホースやブリザードエイプ等を連れていたぞ」
「…………凄い人?」
「我が家が代々従魔術師の家系なのでね、色々とコツや世話の仕方を幼い頃から教えられていたからさ。魔術の才能は特に秀でた所がないよ。剣ならばそれなりに自慢できる腕はあると自負しているがね」
少年はスライムが持ってきていたウサギを腰の袋に入れ、再び歩き出す。それから先でも時折立ち止まり、その度にスライムが小動物を持ってきていた。そして歩き続けると崖が見え、その周辺が少し開けた場所に出る。
「待つ」
彼はそう言うと手を岩肌にかざして土魔法を使った。岩肌の一部が溶けるように崩れ、洞窟の入口が現れる。
「中、どうぞ……」
「ありがたい」
どうやらここが彼の言う“家”らしい。なるほど、崖の中に土魔法で洞窟を作っていたか。確かにこれなら安全かもしれない。そう思いつつ我々が中に入ると、少年は入口に魔法をかけた。それを見たカミルが少年に話しかける。
「これ、結界魔法? 珍しい魔法を使うんだね。効果は隠蔽かな?」
彼は1度頷いてから答える。
「……逃げられる……5人、安心」
「そ、そう。ありがとうね……」
我々がいまだに警戒しているのに気づいていたか。あとで謝らねばな。それから少し洞窟を進むと、綺麗に地面と壁が均され、石と木でできた家具が置かれている部屋についた。周辺の壁には灯りの魔法石があり、部屋は十分に明るい。
「これは」
「思っていたより、大分しっかりした家だな」
「こっち……怪我、寝かせる」
「すまんな。ヒューズ、横になれるぞ、しっかりしろよ」
「お……おぉ」
「ポーション……来る」
彼はそう言って入口とは反対方向にある穴に入っていった。
「ふぅ、とりあえず一息付けそうだな」
「はい、運が良かった」
「彼には感謝ですね」
「…………」
「ゼフ、どうした?」
「この部屋、おかしくありやせんか? 罠の類って意味じゃ無く、割と長く人が生活をしてる痕跡があるのに家具が1人分しかありやせんぜ?」
「確かに……まさか、あの少年は1人でここに住んでいるのか?」
「あの年で従魔術や結界魔術、土魔法を使えるのには驚きましたが、それでもこんな森の中で一人での生活なんて普通出来ませんよ」
「見た目通りの年齢では無いのかもしれんな、エルフではなさそうだが」
そんな話をしていると、彼と彼のスライムがポーションの瓶を大量に持って来た。
「ポーション……来た」
「ありがとう、この礼はいつか必ずしよう」
「……気にしない…………作れる、いくらでも」
その言葉に私を含めた全員がポーションの瓶と少年を交互に見る。そしてカミルが叫んだ。
「このポーション、君の自作なの!?」
声の大きさに少年の体が一瞬ビクリと震えたが、少年はすぐに首を縦に振って肯定した。そう言われてみればポーションの量が多すぎる。明らかに個人で購入する量ではない。
「水」
そう言って少年は後ろのスライムに持たせていた、石の器に満たした水を勧めてくれた。
「ありがとう」
「助かる」
「ありがてぇ」
「ありがとね」
「……そうだ」
「ん?どうかした?」
「名前……リョウマ」
事ここに至って、我々が互いに名乗りもしていない事にようやく気づいた。
「リョウマというのが君の名前か。申し遅れた、私はラインハルト・ジャミール、ジャミール公爵領の領主だ。この度は我が部下の危機に力を貸してくれてありがとう」
「!? 失礼、しました!」
「いやいや、かしこまらないでくれ、君は恩人なのだから。それに、言葉遣いも今までと同じでいい」
「…………ありがたい」
「うむ。そしてこっちは右から部下の剣士のジル、斥候役のゼフ、魔法使いのカミル、怪我で寝ているのが槍使いのヒューズだ」
「ジルだ、君のおかげで助かった。先程までは失礼した」
「警戒……当たり前」
「ゼフだ、よろしくな」
「僕はカミルだよ、よろしくね。いや~魔力切れで回復魔法が使えなくてね君が居なかったらどうなってたか…本当にありがとね」
「いい」
「我々はこの森の外周を馬で迂回していたんだ。そこで盗賊に襲われてな」
「盗賊自体は何とかなったんだが、盗賊との戦闘中にブラックベアーが出てきやがったのさ。それで不意打ちを食らってヒューズがやられちまってな」
「倒しはしたけどヒューズの傷の具合が思ったより悪くて、迂回で街までじゃ間に合わないから森を突っ切ろうとしてたんだよ」
そう言うと彼は納得したように頷き始めた。
「しかし君はどうしてここに? 狩りというのは聞いたが、それにしてはずいぶん長く住んでいるような形跡が見て取れるが? それにその年で狩りをしたり、複数の魔法やポーション作りまで出来るのには驚いたよ」
「祖母、祖父……習った……元、冒険者」
ほう、元冒険者の祖父母が居るのか。
「その2人はどこかに出かけているのか?」
そう聞くと僅かに彼は顔を俯かせてこういった。
「…………亡くなった」
「そうか、すまない」
「いい……3年、前の事」
「「「「3年!?」」」」
「ちょ、ちょっと待てよ、少し前とかじゃないのか!?」
「君、何時からここに住んでるの!?」
「3年前……村、出た……僕……よそ者、だから」
排他的な村に居たのか…多かれ少なかれそういう事はあるが、酷い所もあるらしいからな…
「村から追い出されたのではなく、自分で出たの?」
「村人、横暴……祖父母の稼ぎ……九割五分……持っていく」
「九割五分!?」
「何ちゅう滅茶苦茶な……そりゃあ新しく来たよそ者を冷遇する村はありやすが、そりゃやり過ぎだろ」
「よくそれで生活できていたな」
「祖父母……薬と、武器……良い物……高い……生活、できた…………でも、もう2人……居ない……作れない……2人、言った……別の街……行け……
だから、村……出た……ここに、住む……生きられる、から…………」
村で虐げられていたことによる人間不信か……
「なるほど、理由は分かった。しかし、あまり勧められた事じゃないな。森には強い獣も魔獣も出る。君くらいの年齢の子供には危険だ」
「大丈夫……3年、生きてきた……」
「しかし」
「そうだ! ちょっと待って」
突然カミルが自分の荷物をあさり始めた。
「あったあった、これだよ」
「ナニ? ソレ」
「これは小型確認水晶さ! これは簡易な身分の保証と一番高いレベルから5つのスキルを確認できるんだよ。これに触れた人が犯罪者なら赤く光る、罪を犯してなければ青く光る。その後に名前と種族と年齢とスキル5個が映し出されるんだ。これでレベルの高い戦闘スキルを持っていたら、僕は反対しないよ」
なるほど、実力不足を盾に説得しようという腹か。
「分かっ、た」
彼はそう言って水晶に触れようとして、何かを思い出したようにカミルに聞く。
「前、盗賊……襲われた。殺した……罪か?」
「本当にそれが盗賊なら、問題ないよ」
それを聞いて納得したのか、彼は改めて水晶に触れた。光は青、盗賊を殺したかはともかく、彼は罪を犯していないということだ。しかし、水晶を見ていたカミルの表情が一気に青ざめた。
「な、なにこれ」
「どうし……!?」
後ろから水晶を覗き込んだジルも息を飲んだ。それを見て私とゼフも水晶を覗き込んだが、映し出された彼のスキルを見て絶句した。
映し出されたスキルは
家事Lv10 精神的苦痛耐性Lv9 肉体的苦痛耐性Lv8 病気耐性Lv7 寒さ耐性Lv7
だった
ありえん! 何だこのスキルとレベルは!!? 家事Lv10はとりあえず置いておくとして、精神的苦痛耐性、肉体的苦痛耐性に病気と寒さ耐性まで! しかも全てLv7以上だと!? 一体どんな環境に置かれればこんなレベルになるのだ……しかも年齢が11歳、という事は8歳からここに住んでいるという事になる。
「どう、した?」
「え、え~っと……残念だけど、戦闘スキルは出なかったな~」
そこか!? 話すべきはそこなのか!? そう思いながらカミルを見る、他の2人も同様だ。そんな私たちをカミルは『じゃあ何て言えば良いんですか!!』と考えているであろう事がよくわかる表情で睨みつけてくる。
済まない、カミル、確かにこれについては聞くに聞けない。
「すまないが、トイレを貸してくれないか」
何か言おうとして、私の口をついて出たのはそんな言葉だった。他3人に思い切り睨まれる。……これに関しては仕方あるまい、私がこの場から逃げようとしているのは事実だ。
「奥、案内する……スライム……沢山……心配無い……」
「うむ、これでも元従魔術師、君の従魔に手出しはしない」
そして彼についていくと、奥の部屋には夥しい程のスライムが居た。
「これは凄いな。これほどまで大量のスライムを見たのは初めてだ」
「……研究……のため……」
「研究とは?」
「進化、スライムの」
言われてみれば、目に見える範囲に居るスライムは全てただのスライムじゃない! スティッキースライム、ポイズンスライム、あれはアシッドスライムか! それに何だ? あの2種類のスライムはわからん。この森では上位種は極まれにしか見つからないはずだ。
「これは君が進化条件を見つけて進化させたのかね?」
「そう」
「魔獣の進化条件の研究は従魔術師と召喚術師にとっては非常に重要な物だ。しかし進化条件1つ見つけるのにも長い時間がかかる。それを複数見つけているのだから大したものだ。全てスライムなのが少々残念といえば残念だが……」
「スライム…………ダメか?」
「こう言っては悪いが、スライムは弱い魔獣だ。進化させても弱い。従魔術師・召喚術師にとっては基礎を学ぶための魔獣としてよく使われるが、それ以外の価値は無いとされている。大抵の場合は基礎を学んだらスライムを捨てるか始末して次の魔獣、ホーンラビットをテイムする。ホーンラビットならばまだ愛玩用としてもそれなりに愛されるからね」
「……世知辛い」
世知辛い、11の子供の感想がそれか?
「それが大多数の意見だというだけで、全ての従魔術師がそう思っている訳じゃないさ。少なくともポイズンスライムの毒やアシッドスライムの酸は侮れない。
基礎を学んだ後、テイムしたスライムを役立てる方法としては有効だと思うよ。ポイズンスライムやアシッドスライムなら、戦力的にはホーンラビット以上だからね」
「スライム…………便利……役に立つ」
「魔獣を知り、特徴にあった使い方、戦い方を判断して指示を出すのが従魔術師に1番必要な事だ。君はそれがちゃんと分かっているようだね」
「着いた、ここ、トイレ」
「ああ、ありがとう」
そう言えばトイレを借りると言っていたんだった。今更気まずくて嘘をついたなどと言えなかった私は、用を足したフリをして元の部屋に戻っていった。




