第五章 31話
メルトリーゼを前にした竜馬は困っていた。メルトリーゼはフェルノベリアほど堅物ではないが、テクンのように大雑把ではない。そして無表情も一因となり、竜馬が知る限り最も行動や感情が読みづらい神であった。さらに……
(機嫌が悪そうだ)
今日のメルトリーゼには注意しなければ服の色と混ざって分からないほど淡い影がまとわりついており、珍しく不機嫌さを表に出している。
(……ある程度親しくなったとは思うけど、これは嫌だったか……)
「座る」
「ん、あぁ。失礼します」
メルトリーゼの様子にどう話を切り出すかと言葉を選んでいた竜馬はそう促され、いつの間にか用意された椅子へ座る。メルトリーゼは貴族のティータイムで使われそうな小さくて丸いテーブルを挟んで竜馬の対面に座ると、いきなり本題に入る。
「ここに来た理由は分かっている。だけど、教えられる事は少ない」
「何も答えて貰えない覚悟もしていた。ヒントが貰えるだけでも十分ありがたい」
その言葉に一度頷いてメルトリーゼが言葉を続け、竜馬は一言一句聞き逃さないように耳を傾ける。
「まず、今回の事は貴方も予想している通り。誘拐」
「やっぱり計画的な犯行か」
「そう」
「冒険者の行方不明も同じ犯人?」
「そう」
「エリアが連れ去られた理由は? まさか、冒険者と間違われたのか?」
「……違う」
「なら目的は、ダメか」
そこまでは教えられない、と沈黙で答えたメルトリーゼ。竜馬は次の質問へ移る。
「これが一番聞きたいんだが……エリアは無事か?」
固い声での質問に、メルトリーゼは断言する。
「無事。命に別状はなく、怪我もしていない。もちろん貞操も」
「そうか! そうか……」
その言葉でひとまずは胸をなで下ろす竜馬だが、メルトリーゼの話は続く。
「朝がくるまで、彼女の心配はいらない。でも、犯人を捕まえて保護しないと以後の保証はできない」
「でも、そう言うって事はまだ捕まえられるんだな?」
それをメルトリーゼが肯定すると竜馬の表情から多少険が取れる。
「エリアの居場所は?」
「街の外」
「できれば、もう少し詳しく教えて欲しい」
「……移動していた。教えても貴方がそこに着いた時には居ない」
「神託で逐一場所を教えるのは、できないよな」
「そう。それは力の貸し過ぎ」
結局具体的な場所は聞けなかったが、ここで慌てても意味は無いと自分を落ち着かせて竜馬は問う。
「門番は怪しい者は通していないと言っていたと聞いているんだが、嘘なのか?」
「…………」
(メルトリーゼの厳密な基準は分からないけど否定はするし、無言は詳細は話せないけれど関係はある、と受け取っておこう)
「エリアを誘拐した犯人の人数は?」
「…………」
またも無言。竜馬がそう思った時、僅かにメルトリーゼが纏う影が少しだけ濃くなった。
「……実行犯は2人。仲間は多数」
声色は変わらなかったが竜馬は影と答えるまでの間が気になり、これ以上の質問は控えるべきかと考えると、途端にメルトリーゼは竜馬の様子に気づいて影を消した。
「聞きたいことは聞いていい。答えるかどうかは私が決める。だけど、別に貴方には怒ってない」
「そうなのか? なら不機嫌そうだったのは……」
「誘拐が教会で行われたのが不愉快なだけ」
(そういう理由か。俺がここに来るためにも教会かそれに準ずる施設が必要だったし、神様にとっても教会は特別なのかもな……それにしても、今の話でエリアがさらわれたのは教会の中なのが確定した。
教会はミシェル達だけでなくレミリー姉さん達も真っ先に調べて、何も見つからなかったらしいが……仲間は多数で冒険者の誘拐と同一犯なら計画的で組織的なら手がかりは残さないか)
竜馬はすぐにでも街の外の搜索に行きたい衝動に駆られるが、竜馬は神界から帰れる時がくるまで待たなければならない。そこで竜馬はメルトリーゼにこう話しかける。
「エリアの無事と、街にいない事が分かっただけでも収穫だ。ありがとう。お礼と言ってはなんだけど、何か俺に出来る事とか必要な物は無いか? この件が片付いてからなら、できるだけ期待に沿えるよう努力する」
「気にしなくていい。私からもお礼が言いたい」
「俺に? 何かしたっけ?」
竜馬は最近の事を思い出すが、これといって礼を言われる心当たりは無い。強いて言えばアンデッド関連の事が思い浮かぶが、今までもグレイブスライムの餌の確保のために度々アンデッド討伐をしていたので、いまさら礼を言われることではないと考える。
しかし、メルトリーゼの礼はまさにそれに対する物だった。
「ゴーストハウス」
「質問ばかりで申し訳ないけど、あの魔獣が関係あるのか?」
「あの魔獣は迷惑だった」
そしてメルトリーゼは語る。
曰く、ゴーストハウスは魔力を餌とし、魔力を使ってアンデッドを生み出す魔獣である。そしてゴーストハウスが建っていた場所は、現在のトレル峡谷にある魔力溜りの1つだった。
「貴方が魔王の欠片を見つけてガインに届けた後、私達はトレル峡谷の魔力の流れを変えて整えた」
当時は魔王の欠片が取り除かれたため、魔王の欠片がそれまで吸収していた魔力までもがかつての処刑場跡の一帯にあふれていた。それを神々はトレル峡谷全体に、魔力の流れを変えて概ね均等に行き渡るようにしたと言う。トレル峡谷のいたる所で魔石が採掘できるようになった事や、弱いアンデッドが増えたのはこのためだ。
しかし、調査に入った調査隊が周囲に魔力が多ければ魔力の回復が早まり、魔石やアンデッドも魔力の多い場所の方が多く見つかる。だからその付近に拠点をという理由で、よりにもよって新しい魔力溜りに要塞を建ててしまう。そして調査隊が調査を終え、解体して放置された要塞がいつしかゴーストハウスになった。
「なるほど。でも魔力が元で、あそこが魔力溜りって事は、生み出されるアンデッドは……」
「無尽蔵。いくらでも生まれて、その度に世界の魔力が消費される」
「おおぅ……」
額に手を当てた竜馬の口からそんな声が漏れる。地球から魔力を譲り受けて世界を維持している神にとって、ゴーストハウスは悩みの種だった事を理解したのだ。そして黙って話を聞いていた竜馬だったが、ここでふとある事が頭をよぎる。
(…………ん? ゴーストハウスが生まれたきっかけは調査隊、調査隊が来たきっかけは散らされた魔力で、それは魔王の欠片が取り除かれたから……元を辿ると、きっかけは俺か? ……まぁ、それを今言っても無駄だし、魔王の欠片をほっとく方が危なそうだし、気にしないでおこう)
「? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。そういえば、こうしてメルトリーゼと2人で話すのは珍しいな。いや、宴会の時にしか会ってないから初めてか?」
「初めて。私達は魔王の欠片を処理してる時以外は暇を持て余しているから、もっと頻繁に来てもいい。とくにクフォが暇だとうるさい」
竜馬の脳裏に少年の姿をした神の姿が思い浮かび、表情には微かな笑みがうかぶ。
「想像できた?」
「簡単に。今度何か暇潰しになるものを考えてみるよ」
竜馬がそう言った所で、淡い光がちらほらと輝く。
「時間か」
「頑張って。後は時間との勝負……急ぐべき、だけど女の子四人は貴方か誰かと共に居させた方が良い」
「全力を尽くす」
ここで竜馬は一つ思いついて言葉を続けた。
「ついでに教会で誘拐をした奴も捕まえる。エリアを誘拐した犯人なら、まとめて見つかる可能性は高いからな」
そう言うとメルトリーゼは数秒の間黙り込み、こう言う。
「竜馬さん、懲らしめておやりなさい」
「ご隠居かっ!? 何処で覚えたんだそれ……」
何故か突然時代劇風に喋ったメルトリーゼに竜馬が驚きが混じったツッコミを入れ、その直後に脱力するが、当の本神は無表情のまま可愛らしく首をかしげる。
「貴方より前に来た地球人が言っていた。なにか違う?」
(そういえばアサギさんも喋り方が時代劇風で、いつか聞いた話では先祖の師匠が転移者らしいけど、その人か?)
「その人は貴方の国の文化が好きで学んだと言っていた」
「日常的には使わな――って、日本の文化が好きで学んだ?」
その言い回しに微妙な違和感を覚えた竜馬が聞くと……
「その人は日本人なのか?」
「心は日本人だと自称していた。サムライの集団に憧れて、こっちではその集団の服の色にちなんだ名前を名乗っていた」
(なんか、日本に間違ったイメージを抱いているか、日本文化オタクの外国人な気がする。味噌とか醤油の製法を伝えたのがその人なら、後者か? そういう人でもたまにそこまで詳しいのに何故!? と思うほど基本的なところで思い違いをしてたり、感覚の違いで理解しづらい事するんだよな……
そういや昔、取引先に日本文化大好きで日本語ペラペラなのに、腕に“便座”ってタトゥーを入れた外国人社員が居たなぁ……漢字がCool! とか日本に来て感動した物の名称を彫ってもらったとか話していたけど、あれ彫らされた人は何を考えながら彫っていたんだろう?)
ここで未だに首をかしげているメルトリーゼを見て、竜馬が訂正する。
「あー……それは何というか、演劇の中でしか聞かない言葉遣いなんだよ」
「そう」
そんなやりとりをしている間にも、竜馬をとりまく光は強くなり、別れの言葉と同時に意識が体へ戻っていく。
意識を取り戻した竜馬は緩んだ気を引き締めなおし、礼拝堂の椅子から静かに立ち上がって外へ出た。メルトリーゼとの会話でほどよく肩の力が抜けていた竜馬の顔を見た神父に雰囲気が変わったと言われるが、竜馬は祈ったら心が落ち着き考えが纏まったと言ってお布施を渡し、見送りを受けて薄暗い街を駆ける。
(この辺は岩場や崖が多い、通れる道は限られているはず。まずは宿で皆に声をかけよう。しかし、俺が神の子だと知っている人には神託だと言えば理解してもらえると思うがホスロウさん達には……)
足を勧めながら聞いた情報をどう伝えるかを考えるが、ここで思わぬ邪魔が入った。
「!!」
人がすれ違うにも苦労するほど細く、人気のない路地を右に曲がると、20m程離れた位置に布で顔を隠した1人の人影を確認する。それだけなら怪しくともただの通行人に見えるが……その人影は弓と紙が結わえ付けられた矢で竜馬を狙っている。
既に曲がり角から道へ踏み込み、左右は壁。弓に気づいた竜馬が咄嗟に刀の鯉口を切ると同時に人影も動きをみせ、弦の音と共に矢が放たれた。と同時に人影が忽然と消え去った。
竜馬は刀を立てて左手で鞘を押し下げながら右手で上へ引き抜き、手首と腕で素早く心臓へ迫り来る矢へ振り下ろした。暗がりの中で不意をうたれたにもかかわらず、寸分の狂いもなく矢を断ち斬るが、矢を斬った拍子に結わえ付けられていた紙が宙を舞う。
「『探査』! 空間魔法使いだったか……」
竜馬は即座に無属性魔法の探査だけでなく、自身の目と耳も使い周囲の様子を探ったが、襲撃者や伏兵らしき者は居ないことが確認できただけ。竜馬は静かに刀を鞘に納め、次に目を向けるのは2つに分かれて落ちた矢とバラバラになった紙くず。
気づいたのは断ち切る直前だが、矢に付けられた紙にとくれば、矢文を想像するのは容易い。竜馬はすぐさま地面に散らばる紙くずをかき集める。
(攻撃はエリアを誘拐した犯人だと思えば分からなくもないが、どうして今? なんで態々姿を見せるような真似をした? 大体、矢文なのに何故急所を狙ったのか)
幸い道が狭い上に風もなかったため、紙は4つに分かれていたが一部も失われることなく無事に回収された。そして集めた紙を一枚になるよう並べ、文字を読むと、いかにもな脅迫文が書かれていた。
リョウマ・タケバヤシ
エリアリア・ジャミールの身柄を預かっている。
助けたければ指定する時間、指定する場所に一人で来い。
この手紙の内容を口外すれば人質の命は無い。
(指示に従わなくても、俺が口外しなくてもバレたら同じくエリアの命は無い、か。あとは街を出るまでの指示に、場所と時間だけ)
脅迫状を読み終えると、竜馬は乱雑に頭を掻く。
(変だ。どうして俺が名指しで呼び出される? 普通は家族のラインバッハ様が呼び出されるんじゃないか? それにこの場所……)
脅迫状で指定された場所はトレル峡谷内、それもかなり距離があり、今から普通に向かったのでは指定の時間に間に合わない。しかし、空間魔法が使える竜馬なら間に合わせる事が出来る距離。つまりは竜馬が空間魔法を使える事を前提として場所と時間が指定されている。
「……犯人の狙いは、俺を呼び出す事なのか……?」
その呟きに答える者は誰も居なかった。