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第五章 7話 英気を養い昇格試験へ

 竜馬が差し出したのは、麦が入った袋だった。そのほかにある物は調理器具と米しかない。


「これって、ただの麦やん」

「麦で甘い物を作れるのか?」

「麦芽水飴、って知らないか? そのまま舐めてもいいし、料理に使ってもいいんだけど」


 エリア達は首をかしげる。


「砂糖みたいな物かな?」

「料理に使う甘いものとなると大昔から砂糖か黒糖、メープルシロップにハチミツ、あとは果物が定番やからなぁ……ウチも聞いたこと無いわ」


 それを聞いて、竜馬は少なくともこの国に水飴は無いのだと判断した。


「とりあえず、作業をしながら説明するよ」


 竜馬は用意した両端に取っ手のついた中型の鍋を2つ、薬作りに使う布を1枚、すり鉢とすりこぎ、ボウルを数個その場に並べ、まず鍋の片方に水魔法で水を張る。


「ここに研いだ米と水を入れて、『ヒート』」


 その瞬間米の入った鍋が煮立ち、ボコボコという音と熱気が鍋から立ち上り始めた。


「このまま暫く煮込んで、お粥を作るんだが……そのあいだに」


 竜馬はボウルの1つに麦を入れ始めたが、ボウルに入れた麦を袋に戻し、またつぎ足すを何度も繰り返している。


「もしかして、分量が分からないのかい?」

「昔祖母が作ってくれた思い出の味なんだけど、作り方はうろ覚えで……存在を思い出したのも今さっきだし、米の量より少なくて良いのは確かなんだが……まぁいいか! 今回は試しだ。『ウォーター』、そんでもって『グロウ』」


 適当にボウルの3分の1ほどまで麦を入れ、その上から水魔法で水をかける。このまま本来なら数日水を変えながらゆっくり発芽させるのだが、竜馬はさらに植物を成長させる木属性魔法を使い、その場で発芽させた。


 次に竜馬は水を捨て、発芽した麦(麦芽)をすり鉢とすりこぎですり潰す。それをエリア達は半信半疑で見つめながらも、麦芽をすり潰すのを手伝う。




 そして20分後。


 粥として食べるためではないため、沸騰に近い温度で煮込まれ続けた米は既に形を殆ど失いドロドロのペースト状になっている。この中にすり潰した麦芽を加え、米に含まれるデンプンを麦芽が持つ酵素と反応させることにより糖化を促す。


 しかし糖化に適した温度は60度前後、今のままでは温度が高すぎるので、氷魔法を使い、徐々に粥を冷ます。


「そろそろいいか? 麦芽を入れたら軽く混ぜて……上手くいってくれよ……『リアクション』」


 糖化も本来であれば一晩から一日ほど時間をかけて行う必要があるのだが、竜馬は闇魔法を利用してデンプンの糖化を促進を試みた。鍋の中身を混ぜながら魔法をかけ続けると、鍋の中の粥の様子がサラサラの液体へと変化していく。


「なんか、ちょっとだけ甘い匂いがしてきたっすね!」

「ホンマやなぁ……」


 嗅覚の鋭い獣人族の2人の鼻には、ほのかに香る程微かだが、確かに甘い香りが届いていた。そして腐ったような悪臭は無い。竜馬が念のため『鑑定』を使うと、有害物質は含まれていないことやデンプンが糖化されたことが確認される。


 後はこの液体を布で漉し、残った汁から丁寧に灰汁を取りながら煮詰めると――


「完成!」


 出来上がったのはハチミツに似た液体、量はおおよそ大きめの茶碗一杯分といったところだろう。それを竜馬は竹で作られた箸に巻き付けようとする。


「『フリーズ』」


 煮詰め方が足りないのか粘度が低く、上手く箸に付かなかったため竜馬は氷魔法で温度を下げて固くして巻き取り、女子五人とセバスに配る。勿論自分の分も取っている。


「これが水飴……」

「材料が米だから米飴とも呼ぶけど、まぁとりあえず食べてみて。まずこうして練って、空気を含ませて」


 竜馬は自分の分の水飴を箸で練り、白っぽくなっていく様子を実演する。そのままでも食べられなくはないが、竜馬は駄菓子の水飴を思い出してつい練っていた。練れる程度に固まっているのは氷魔法で冷やしたからで、暖まればまた柔らかくなるので素早く練って食べる。


「うん、美味い! 懐かしいなぁ……」

「あっ、本当に甘いよ」

「独特の風味があるが、悪くない」

「優しい甘さですわね」


 水飴の甘味は竜馬に懐かしさを感じさせ、エリア達も気に入られた。そこで懐かしさに浸る竜馬に、ミヤビが声をかける。


「リョウマはん、これ米と麦で作れるなら、ウチで作ってもええかな?」

「そうだな………………個人で使う分は遠慮なくどうぞ。店の商品として売りたいのなら、うちやスライムの巣穴亭で自由に作って使う権利さえ確保して貰えれば文句は無いよ。それから材料は米ではなく芋でも作れる」


 しばし考えて竜馬は自分の要求を伝えたが、その内容にミヤビは眉を顰める。


「おとんならそれくらいの条件は呑むと思う、でもそれだとリョウマはんの取り分少なすぎるんとちゃう?」

「いや、十分だよ」


 竜馬は食材そのものを取り扱う商人ではないため、その分野に関しては横のつながりが無いに等しく、スライムの巣穴亭で使われる食材の仕入れも殆どギムルの店とミヤビの実家であるサイオンジ商会に頼っている。よって水飴を売るとしても、サイオンジ商会以上の取引相手に心当たりが無い。


 そもそも竜馬は売るつもりで水飴を作ったわけではなく、話の流れで作り方を思い出しただけ。独占しようとは思っていない。だからこそ竜馬は自分やスライムの巣穴亭で製造し、料理に使用する権利さえ得られればサイオンジ商会に自由にして貰って構わないと考えている。


 竜馬はそうミヤビを説き伏せた。


「ピオロさんには色々と良くしてもらっているし、独占やら秘匿で余計な面倒事を抱え込むよりサイオンジ商会と今後もいい付き合いを続ける方が利益になると思うから。ここはひとつ、今後ともよろしく、という事で」

「ほな、とりあえずそういう事にしとく。どのみち決めるのはおとんやから、手紙送っとくわ」


 ここでセバスが1つ提案する。


「手紙を書くよりも、帰省されてはいかがでしょうか? レナフならばここから遠くありませんから、私の空間魔法で送る事もできますよ?」

「あ、確かに」


 明日は竜馬も昇格試験で訓練を見ることはできない、そう思い至った竜馬もセバスの言葉に同意する。こうして話し、最終的にエリア達は明日、ミヤビの実家があるレナフに行く事に決まる。




「それじゃ、また明日」

「明日の昇格試験、頑張って下さいね」

「帰ってきたらBランクのギルドカードを見せてね」

「アタシ達もお土産買ってくるっす」


 廃坑の家の前。口々に応援の言葉をかけて街に帰るエリア達を竜馬は見送った。


「……昇格試験か……思えば試験なんて何時ぶりだろう? 登録の時に1度は受けたけど、あれは結果に関わらず登録は出来たしなぁ……寝る前に軽く体を動かすか」


 “試験前日の夜”という残された微妙な時間に何を行うかは人により違うだろうが、竜馬はここで魔闘術や影を操るなど、難易度の高い魔法の訓練を始めた。無論、万全に体調を整えられる範囲の軽い物だ。


 尤も、それが世間一般の人間に対しても軽いかどうかは分からない。そんな訓練を行った竜馬は程よい疲れを風呂で癒し、眠りについた。






 翌日


 朝よりも昼に近い時間帯。竜馬は昇格試験を受けるため、冒険者ギルドを訪れた。すると受付嬢のメイリーンから少し待つようにと伝えられ、そのままメイリーンと世間話をする事になる。朝の依頼を受注する冒険者の波が過ぎ去り、受付は手が空いているようだ。


「ごめんなさいね、予定していた対戦相手の冒険者が急病で来られなくなったって連絡があったの。すぐ見つかれば今日、あまり待たせるようなら日を改めるわ」


 ここで竜馬はメイリーンの言葉が気にかかった。


「それは構いませんが、見つからないんですか?」

「まずBランク以上となると、グッと数が少なくなるわね。その中から試験の相手を任せられる相手を選んで協力してもらうの。強いけど性格の悪い相手に当たって、試験で勝ったら逆恨みされる……なんて嫌でしょう?」

「当たり前ですね」


 それは当然だと竜馬は頷き、メイリーンは笑う。


「評判の悪い冒険者が弾かれるだけで、普通に活動している冒険者ならまず問題は無いけど、全体の数が少ないBランク以上でこの街に居る人に限定して、さらに今日これからすぐにとなるとどうしても見つけにくいのよ。

 実際に魔獣退治に行かせる試験もあるけど、監査役としてBランク以上の冒険者を雇う必要があるのは変わりないし、Bランク以上の魔獣は態々生息域まで出向かないと戦えないから手間とお金がかかるの」

「……ん? メイリーンさん、その条件だと相手として適任な人は結構居ると思いますよ? ジェフさんとか、ミーヤさんとか」

「条件には合っているけど、今は依頼を受けて他所に行っているのよ」

「そうだったんですか」


 ここで新人らしき受付嬢が竜馬とメイリーンの所にやってくる。


「メイリーンさん、ちょっといいですか?」

「はーい、何かしら? あ、リョウマ君は……」

「向こうで待ってますから、相手が見つかれば教えてください」


 メイリーンも仕事があるのでいつまでも世間話を続けるわけにはいかず、竜馬は依頼の内容が書かれた用紙を貼り付けた掲示板を眺めて時間を潰す。




 そして30分ほどが経った頃、掲示板を眺めていた竜馬にメイリーンの声がかかる。


「荷運びとか馬車の護衛依頼が多いな……」

「リョウマ君、相手が見つかったわよ!」


 これに対して竜馬はすぐに返事をし、メイリーンに案内されてギルドの裏に併設された試験場へと向かうと既にギルドマスターのウォーガンが男女の二人組と共に待っていた。


「悪いな、待たせちまって。準備はできてるか?」

「はい、大丈夫です。今日はよろしくお願いします」


 竜馬は既にスライムの糸で作られた特注の戦闘服の上から鎧を着込み、腰には刀を差している。用意ができていることを確認してそう答えた竜馬は、ウォーガンといた男女に挨拶をしたが――


「すまないが、人違いだ」

「君が戦うのは私達じゃないよ」

「リョウマ、その2人は回復魔法使いだ。試合で怪我をした場合は2人が治療にあたる」

「あ、そうでしたか。それでもよろしくお願いします」


 このやりとりで竜馬達の間にある雰囲気が朗らかになるが、そうなると対戦相手は誰なのか、という話にもなる。


「もしかして、今日の相手はギルドマスターですか?」

「違う。俺はお前さんの戦いぶりを見て合否を判断するだけだ」

「となると一体誰が――」

「俺だよ」


 竜馬が質問を言い切る前に、試験場の入り口から声がかかる。そちらを向けば、アダマンタイト製のハンマーを肩に担いだ大男が楽しそうに、そして獲物を狙うような獰猛な笑顔で歩く姿が目に入る。


「……なるほど、確かにBランク以上の冒険者ですね」


 竜馬の相手はSランク冒険者のグレンだった。

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