第四章 12話 試合(前編)
本日2話同時更新、この話は1話目です。
竜馬は鞘から引き抜いた刀を見て問題が無いか最終確認をするが、刃こぼれ等は一切見られない。
この刀に使われているアダマンタイトの強度は相当な物で、気を纏わせなくても無茶をしなければ刀の薄い刃がこぼれる事はまず無く、鉄板も軽く切れてしまう。気を纏わせれば敵を鎧ごと切り裂く事も出来る。
アダマンタイトは純度が高ければ高いほど硬度と靭性、耐熱性と耐食性も高くなる金属だが、その分純度が上がると加工が難しくなる。やる事は普通の刀の鍛造と変わりは無いが、鍛冶に必要となる炉の熱量と作成にかかる時間が段違いになる。
なお竜馬の刀の素材はアダマンタイトが77%、世間の職人が鍛造で加工できる限界と言われる75%を2%超えた高純度のアダマンタイトで出来ている。
その75%も限界を探るとそこまでなら何とかいけるという話で、アダマンタイト製の武器は鉄を混ぜることでアダマンタイトの純度を60%程度まで落とし、加工し易くした合金である事が多い。ただし、それでも高級品なので常に取り扱える店は少ない。
一方、竜馬が武器を引き抜いてからはエリア達も刀を見ていた。リエラは刀の素材に気がつき、それ以外の4人は武器について素人なりに竜馬の持つ刀がありふれた物ではないと感じ、警戒心が湧いたのだ。そこでセバスがルール確認をする。
「使用する魔法、武器、道具に制限は一切ございません。勝敗は審判である私、セバスが判断させて頂きます。お嬢様方は私が勝負あったと判断した場合、その都度退場して頂き5人全員が退場となりましたら負け。同じく、リョウマ様が先に有効な攻撃を受けた場合はリョウマ様の負けとなります。よろしいですね?」
その言葉に、竜馬達は互いに相手を見据えながら同意した。
「では…………試合開始!!」
「「『ファイヤーボール』!」」
「『ロックバレット』!」
試合開始の直後、魔法使い3人が先制攻撃に魔法を放つ。竜馬はエリアとミヤビが放った火の玉を躱し、ミシェルのロックバレットによる石の弾は軽く気を纏わせた刀で切り落とす。
そして反撃として竜馬が魔法を放つ前に、リエラが切りかかる。
「はっ!!」
竜馬とリエラの打ち合いが始まり、互いの武器が合わさる度に金属音が鳴り響く。
リエラの剣の振りは中々に早く、威力もしっかりと乗っている。それを見た竜馬の評価は上々だ。
(多少型通りな気もするけど、今は加減しているとは言え俺の反撃にも対応しているし……今まで戦って来た生徒や冒険者と比べると……技量はDランク冒険者位か? 多少経験不足な感じはするけど、それはこれからどうとでもなるだろう)
そんな事を考えつつ、竜馬は脳天めがけて振り下ろされる剣を刀で受け流してリエラの右側面に入り、翻した刀の峰で面を打ちに行く。しかしこの攻撃は持ち上げられた盾で防がれた。
その直後、リエラは竜馬が受け流した剣を盾の下、盾で隠れて見えづらい位置で横薙ぎに振り抜く。
竜馬は後退する事で剣先を躱し、一度距離を取った。そこに間髪入れずに横から魔法が飛んでくる。今度はファイヤーアローが3本。彼女達は、竜馬相手に遠慮が一切無い。
「『ウォーターウォール』」
竜馬が魔法を使った事で突然空中に水の壁が発生し、3本の火の矢を防ぐ。ここで竜馬は標的を変更し、エリア達を狙ってみる事にした。ファイヤーアローを防いだウォーターウォールが崩れ、地面に落ちると同時にエリア達に向けて駆け出す。
「させないっす!!」
エリア達の所にたどり着く前にカナンが進路に割り込み、竜馬を牽制する。
(なるほど。リエラさんが前衛、エリア達が魔法による攻撃や援護、そしてカナンさんはリエラさんが抜かれた場合に足止めをする役か……)
竜馬がそう考えていると、カナンが体から魔力を放出し始める。それを魔力感知能力で察知した竜馬は、更に吹き出した魔力が両腕についた腕輪に込められていく事に気がつく。
(魔法道具を使ってくるな)
「いくっすよ!」
その言葉と共に、カナンは弾丸の様な早さで竜馬に突っ込む。
(余裕を持って対応は出来るが……予想以上に早い)
「えぇいっ! せやっ! はぁっ!」
竜馬はカナンの連続攻撃を捌きつつ、分析する。
(……技量は正直それほどでもない。基礎が身に付いたばかりみたいだけど、やはり早いな。元々犬人族という身体能力の高い種族に加えて、おそらく肉体強化の魔法を使ってる。カナンさんは魔法を使えないはずだから、あの魔法道具の効果。おまけに……)
「ふっ」
「おおっと、危なかったっす……」
竜馬はカナンの連続攻撃の隙を縫い胴を狙ったが、先程の竜馬と同じように後ろに飛んで躱された。カナンは竜馬の動きを先読み出来ている訳では無いが、攻撃をギリギリで躱すか防ぎ続けている。
(どうもカナンさんは目と反射神経がかなり良いらしいな。俺の攻撃を目で見てから避けているようだ。俺の攻撃を目で追えてるし、ギリギリだけどフェイントにも対応している)
「そらっ!」
竜馬はここで1つ試すことにした。
刀を片手で持って振りかぶる事でカナンの視線をそちらに誘導し、空いた手で隙の出来た脇腹に、視界の外から軽めの打撃を入れた。
「くっ、まだまだ!」
拳での一撃は大して効いた様子は無く、直ぐに反撃が行われる。しかし今回、視界の外からの攻撃は簡単に当たった事により、竜馬はカナンの強さが目の良さと魔法道具による強化による物だと判断した。更に加減をしたとは言え、脇腹への打撃は本来なら有効打。それが効かなかった事から肉体硬化の魔法道具を所持している事が予想された。
そして竜馬の予想通り、カナンは彼女が持つ魔力に任せて、両腕に付けた2つの魔法道具を発動しながら戦っている。
(素質はあるかもしれないけど、まだまだだな。魔法道具ありでD……いや、技量を考慮するとEランク。無しだとF。ゴブリン相手なら充分戦える力はあるだろう。ここからはもう少し力を出してみるか……)
そして5分後
「『アイス――』」
「『フレイムランス』」
「『――ランス』! ……また、ですわね」
「おかしいね……ボク達の魔法が全部潰されてる」
竜馬が少しずつ様子見を辞めていき、今5人は劣勢に陥っている。前衛の2人は辛うじて竜馬が後衛3人に襲いかかるのを阻止し、魔法使いの3人は援護を行っているのだが……彼女達の放つ魔法はことごとく竜馬の魔法で対処され、手も足も出ない状態だ。
「リョウマはんが滅茶苦茶なのは知っとったけど、何やねんアレ、っ! 右や!」
1箇所に固まっていた3人は、竜馬が打ち込んだ魔法をミヤビの言葉で一斉に右に避けた。彼女達は試合が始まってから常に3人で離れずに行動する。何故なら彼女達3人がバラバラに行動した場合、カナンとリエラだけでは守りきれないからだ。
3人の中で一番多く魔法を放っているのは一番魔力が多いエリア。彼女は竜馬と前衛の2人の距離が空くとすかさず魔法を撃ち込み、前衛2人の援護を行っている。ミヤビとミシェルも魔法を放つが、エリア程は魔力が無いので乱発は出来ない。
「は……ふっ!」
「『スタンアロー』」
疲労の色が見え始めたカナンとまだ余裕のある竜馬。カナンが限界を迎え、押し切られる前にリエラの雷魔法が飛んだ。そして竜馬が魔法を回避した隙にカナンが下がり、今度はリエラが……と、前衛の2人は互いをフォローしながら交代で竜馬をくい止め、息を整えてまた向かっていく。
今の竜馬は平均的なDランク冒険者のパーティーを制圧出来る位の力は出しているが、カナン達がしぶとく粘っている。竜馬はその気になれば5人を倒せるが、諦めない彼女達を見て、彼女達が諦めるまではどこまで粘り続けられるかを見せて貰う事にしていた。
そんな中、試合を見ていた見物人から女子5人に向けた応援の声が飛ぶ。
「がんばれー!」
「いいぞー、嬢ちゃん達!」
「息の根を止める気で行けー!」
何時の間にか試合を見ていた見物人が、エリア達5人に応援の言葉をかけるようになっていた。しかしこの声援が聞こえているのは見物人とセバス、そして戦いつつも余裕のある竜馬。応援されている等の本人達は試合に余裕が無く、耳に届いている様子は無い。
(いつもの事だけど、俺には一切応援の言葉が無いな……ブーイングが来ないだけマシか)
竜馬がそんな事を考えた時、エリアとミヤビの魔法が放たれ、ミシェルが大声でリエラとカナンの名前を呼ぶ。その後は手で何か合図をし、呼ばれた2人は無言で頷いた。
彼女達は明らかに何か策を練っている。竜馬にはここで全力を出し、先手をとって策を潰すという手もあるが、5人の出方を待つ事にする。
そして警戒する事十数秒、リエラの動きが突然変わった。
「はぁあっ!!!」
(今までとリエラさんの動きが変わった! 勝負を決めに来たか?)
振り下ろし、切り上げ、横薙ぎ、袈裟斬り。先程までは激しく攻めていてもどこか堅実な戦い方に見えたが、今のリエラの戦い方は必死。竜馬に全てをぶつける様な苛烈さだ。
「シールドバッシュまで……!!」
「えいっ!」
ここでリエラにカナンが加勢するが、同時にエリアから多量の魔力が放出される。その魔力は見物人の一部にも感じられたようで、竜馬の目には視界に入った数人の魔法使いの目が釘付けになったり、どよめきが起こっているのが見えた。そして次の瞬間――
「なっ!?」
エリアの魔力が竜馬の体を包み込み、重圧に変わる。
(体が異様に重い、動きが阻害される)
竜馬は気功で重い体を軽減し、回避と防御に重点を置くが、次第にまた体が重くなってゆく。
(エリアの魔力の放出も続いているのを加味すると、呪いか? ……いや違う。呪いの魔法には独特の陰鬱な雰囲気がある筈、それが感じられない。それに何かに掴まれているような重さ……となると)
「念力か」
そう竜馬が口にした瞬間、目の前にいるリエラとカナンの顔に焦りの色が浮かぶ。
無属性魔法『念力』
無属性の魔力により、対象にだけかかる力を生み出し荷物の運搬に使う魔法。ただし運ぶ物が大きく重くなるにつれて消費する魔力も増えていく。更に、運搬中は常に魔力を使い続けなければならないため非常に燃費が悪く、限られた状況を除いて使う者は滅多にいない。
だが、膨大な魔力を持つエリアならば話は別。魔力任せの力技で竜馬を抑えている訳だ。
そこで竜馬は真っ向から対抗する。
「『念力』!」
「負けませんわ……」
竜馬はエリアの魔力による拘束を、自分自身の魔力で押し返す! 竜馬とエリアの魔力のせめぎ合いが始まる。
魔力の量は拮抗しているが、魔力の扱いには竜馬の方が長けていた事で、徐々に竜馬の体にかかっていた重さが軽減されていく。しかし、目の前のリエラが竜馬が魔法に対処し終わるまで黙って待っている筈が無い。
右手に持った剣を、竜馬から見て左斜め上から袈裟斬りに切りかかるリエラ。竜馬は刀を持つ左手を持ち上げようとするものの、ここでエリアが全力で妨害にとりかかる。魔法の対象を竜馬の体全体ではなく、刀を持つ左手一本に絞った。
(他は動く。でも左手だけが非常に重い、っつーか、若干痛みが……気功が使えなかったら骨が折れているかもしれないな)
竜馬の武器を持つ手が動かないまま、リエラの剣が迫る。ここで竜馬は左手を諦め、そっと右手を下から円を描く様に動かし、リエラの右手首に添えて剣を逸らす。そのまま振り下ろされていく手首を掴みながらリエラの体の右側面に入り、そのまま背後に回り込もうとする。
リエラは背後を取られるのを阻止するために右回りに振り返り、竜馬に体を向けて掴まれた右腕を引こうとする。だがその瞬間竜馬はリエラ動きに逆らわず、一歩踏み出して体を左に捻りながら腕を押し出し、手首をリエラの右肩越しに後ろまでまわす。
自分の腕を掴む手を振り払おうとするあまり、重心が後ろに偏っていたリエラは体勢を崩し、そのまま転がる様に投げられてしまった。
「リエラ!」
竜馬がリエラを投げる所を見たエリアの集中が途切れ、リエラの身を案じて叫んでしまう。これがきっかけとなり、竜馬の左腕の拘束が一気に解ける。
(動く!)
もう1人の前衛であるカナンが竜馬の追撃に向かい、竜馬に渾身の突きを放ったが、間に合わずに紙一重で躱される。そして彼女の目に映ったのは刀の峰。
次の瞬間、ゴンッという鈍い音が鳴った。
「はうっ~っくぅ!」
「カナ、っ!」
先ほど投げられたリエラが起き上がると、峰打ちされた額の痛みに苦悶の声を漏らすカナンを尻目に、竜馬がリエラに襲いかかる。後衛の3人からの攻撃魔法が降り注ぐが、竜馬は止まらない。
リエラは辛うじて体勢を整えた事で2回は竜馬の刀を剣で受け止める事に成功したものの、3回目で顎に柄頭での一撃を受けて崩れ落ちた。
ここでセバスが宣言する。
「カナン様とリエラ様は退場となります」
その一言を残し、セバスは空間魔法で瞬時に2人を離れた場所に連れて行き、審判に戻る。
試合はまだ終わらない、しかし、彼女達には前衛を務められる者が居なくなってしまった。