第三章 39話
2014/7/3の投稿です。次回は7/7になります。
5日目
アンデッドの群れを退けてから一夜明け、朝からコルミ村に向けて進んでいくと今日も何度かアンデッドとの戦闘になった。村に近づくにつれてこの前の迷宮で感じた陰鬱な空気が漂っている気もする。迷宮の様に魔力が溜まっている感じはしなかったが、独特の澱んだ空気ははっきりと感じた。
そうして歩いて行く内にとうとうコルミ村の外壁が見えたのだが、すぐに中に入るのはやめた。代わりに闇魔法のハイドを使って気配を隠し、近くにある大木に登って壁の中の様子を伺う。
「コルミ村ってここまで大きい村だったのか。形は正方形で一辺が大体400m位か? シュルス大樹海の外に出ればこれ以上の規模の街は幾らでもあるけど……キャンプとは比べ物にならない大きさだ」
やはり廃村になって時間が経っているからか、魔獣が一気に雪崩込まない様に作られたと思われる小さめの門は壊れ、壁も崩れている場所が数箇所ある。元々あった村の入口は1箇所の様だが、今は崩れた壁から自由に出入り出来そうだ。
壁の内側には朽ち果てた村の建物と生え放題の下草、そしてその上に犇めく大量のアンデッド。更に空中には無数のレイスが漂っている。
「……酷いな……この辺にアンデッド系の魔獣ばかりなのはこの村のせいか」
しばらく観察していたらゾンビやスケルトン等、人型のアンデッド系魔獣は罠を作り、狩りをして獲物を村に持ち帰っているのが分かった。今はまだ昼前だから時々だが、夜になると活発に狩りが行われるのだろう。
狩られた獲物は村の中心部にある広場らしき場所に集められてから分配され、食べられている様だ。アンデッドなら狩った直後に食べてしまってもおかしくないんだが……とにかく、連中は食べずに一箇所に集めてから食べている。
そして集められた獲物の残骸の中からアンデッドが出てくる事がある。きっとこのアンデッドが集まっている村に放置されていたせいだろう。この状態じゃアンデッド化するのも無理はない気がする。
「流石にあの数ともなると、困ったな……」
まず、何と言っても数が多い。見えている個体だけで700は居るだろう。更に小型の獣が元となったアンデッドは下草に隠れて見えづらいし、崩れかけた建物や外にいるアンデッドの陰に隠れているだろう。おまけに獲物を集めているアンデッドは鎧や剣を装備していてグールより強そうだ。
正直に言うと、戦う事は出来ると思う。でも数が多くて魔力切れや体力切れが心配だ。長期戦でじわじわやるか? それとも一気に……
こうしてしばらく作戦を考えた結果、とりあえずアンデッドが本領を発揮できない昼間の内に戦いを仕掛け、1日で倒しきれないと判断した場合は一旦離脱し、ディメンションホームの中で一夜を明かす。そして翌日また攻め込むという方法を取る事にした。
この村に用がある以上アンデッドとの戦闘は避けられないだろうし、どうせやるなら先にある程度数を減らして遺産回収の間の安全を確保しよう。
それにこの世界では亡くなった方がアンデッドになるのは大半の場合誰も望まない。中にはアンデッドになる事を死後の恥と言う人も居て、アンデッドを倒すという事は死者への供養にもなると考えられているそうだ。……多分、人型のアンデッドは元々この村の住人だろう。そう考えると放置するのも気が引ける。
幸い俺にはスライムという助けがあるし、レミリーさんとの修行で光魔法を教わり、独自に改良した対アンデット用の魔法も幾つか用意してある。魔法の方は威力と範囲重視のため魔力切れが怖いが、今日1日で倒しきらなければならない訳ではないと割り切れば良い。
この環境で人間が住んでるなんて事は無いだろうし……
「今日1日は魔法を撃ちまくって終わりかな?」
そう呟きつつ俺は行動を開始した。
まず木から飛び降り、一気に門に接近。門の前に立って門番をしているアンデッド5匹に向けてライトショットを2発。門番のアンデッドは人型のゾンビで、ライトショットで纏めて消えていく。
「『ホーリースペース』『ライトショット』!」
門で一度ホーリースペースを発動し、気づいて近寄ってきたアンデッドをライトショットで牽制する。
囲まれると面倒なので、俺はホーリースペースで門を塞ぐ事にした。他の場所から回り込んでくるかもしれないが、その時はその時だ。囲まれにくくなる、ただそれだけでいい。
「程よく集まってきた所で……『ホーリーフレイムカーペット』!!」
俺が目の前のアンデッドに向かってそう唱えると手のひらから大きくて明るい光を放つ炎が生まれ、玉となって放たれる。軌道上に居たラプターのアンデッドは胴体が消失し、地面に着弾した後は炎が広がり、多くのアンデッドが焼かれて消え去っていく。更に炎はあっという間に下草にも延焼して行き、広範囲のアンデッドを焼いていった。
この魔法は亡霊の街からの帰り道、ラインバッハ様から教わった火属性の中級魔法『フレイムカーペット』とレミリーさん直伝の『エクソシズム』を合わせた魔法だ。
フレイムカーペットは火属性の魔力を薄く広げて広範囲の敵を攻撃する魔法であり、魔力で生み出された火なので岩場などの可燃物が無い場所でも使えるが、ここにある下草の様な可燃物があれば効果が更に高まる。地面に零したアルコールの上に火をつけて燃え広がらせる様子を思い浮かべるとイメージしやすい。
そして火によって生まれる光にエクソシズムの効果があるイメージで作り上げた、俺なりの対アンデッド用範囲攻撃魔法の1つだ。魔力のコントロールが難しくて1回につき魔力を4万ほど使うという欠点があるが、効果は非常に高い。実際に今の1回で門から60mの範囲に居たアンデッドは消え去った。空中のレイス達も少しは減ったな。
元々違う属性の魔法を混ぜるのは難しいのに、光属性と何かを混ぜるのは本当に難しかった。その辺は今後の課題にしようと思う。ちなみに、この魔法を開発した時の実験台にはグレイブスライムの食べのこ……もとい、保管されていたアンデッドを使った。
「『ディメンションホーム』」
ディメンションホームの中からライトスライムとグレイブスライムを出し、グレイブスライムがアンデッドを集める間に状況を確認する。
火の粉による延焼が心配だが、この樹海は湿度が高いので多少なら問題ないだろう。延焼したとしても村の中になら構わない。それより魔法で下草が無くなって小型のアンデッドもよく見える様になったのは大きな利点だ。
おびき寄せられてきたアンデッドを見て、俺はまた魔法を放つ。
「『フラッシュグレネード』!」
俺はそう唱え、空に向かって光の玉を撃ちだし、目を瞑って片手で目を覆う。次の瞬間、光の玉が弾けて放出された魔力と僅かに差し込んだ光で瞼の裏が赤く染まる。
一見ただのライトボールに見える今の魔法は、ライトショットを開発した時に魔力を込め過ぎたアレを改良して1つの成功の形にした物。簡単に言えば光の爆弾だ。
光属性の魔力が炸裂するのでアンデッドには効果的。広範囲に広がり、魔力はホーリーフレイムカーペットの半分の2万で済む。ただし遮蔽物の陰に隠れられると効果が激減するし、炸裂時の光量が強いので直視すると一時的に視力を失う。今はやらないが、何時かはこれと風魔法の『サウンドボム』を合わせてスタングレネードの魔法を作ろうと思っている。
閑話休題
フラッシュグレネードが効いた様でアンデッド……特に空に漂っていたレイスは大分数を減らしたみたいだ。目を瞑っていたから具体的にどのくらいかは分からない。帰ったら、サングラスを作る方法とか探してみるか? 必要な事とはいえ、戦闘中に目を瞑るのはあまり良くない。
そう考えたところで、ふとある事に気づく。
あれ……? 敵の数が多いから用心したんだが、割と余裕があるな……アンデッドは居るけれど、そんなに苛烈に襲いかかってこない。というか……手応えが無い。
「……数は多いけど強くないのか?」
改めて観察してみると、亡霊の街のアンデッドより1匹1匹の動きが悪く手応えが無い。それに上位種も居ない様だ。
何か、気合を入れすぎて空回った気がしてきた……魔力、無駄にしたかな……
そう思った俺はキングスカベンジャーやグレイブスライムを総動員して門から離れ、積極的にアンデッドの討伐にとりかかる。
その結果俺の予想は正しく、この村に居たアンデッドはスライム達に任せておけば何とかなる程度の力量しか無い事が分かった。亡霊の街のアンデッドを基準に考えていたけれど、向こうの方が断然強い。迷宮は魔力が濃いそうだから、それが影響するのだろう。
ここには生前の記憶が若干残っているインテリゾンビはかなり多かったけど、生前のままという訳でも無い。おそらく屈強な戦士だった人も多少剣を使えるだけのゾンビやスケルトンになっていて脅威ではなかった。強くてもグールと同等かそれより少し弱い位だった。
何というか……何もせずに死霊誘引でおびき寄せなければただ家の中で座り込んでいるだけのアンデッドも居た。だが、外を歩いている奴よりもそういう奴の方が死霊誘引に抵抗していた所を見ると、魔獣というより浮遊霊や地縛霊といった認識の方が正しい気がする。
そう感じた俺は戦闘を行うという思いを出来るだけ振り払い、純粋に供養と思ってこの村の人達の冥福を祈りながらアンデッドを倒す事にした。しかし予定を変更して遺産回収を先にする。これなら囲まれてもスライム達が居れば問題ないだろうし、何となく彼らは後でしっかりと時間をとって丁寧に供養をしたい。
ひとまず目的地である祖父母の家に向かおう。休憩も取りたいが、どうせ休憩するなら何もない広場ではなく祖父母の家で休めばいい。
こうして俺は、アンデッドの冥福を祈りながら祖父母の家に向かう。
スライム達をぐるりと俺の周囲に配置し、荒れて草だらけの道を通り、歪んでいたが忍び返しのついた柵を幾つも超える。柵は村中に張り巡らされているので村に魔獣が侵入した場合に足止めする物だと思われる。
しかし、一部の柵は大きな建物があった痕跡が固まっている区画とほとんど崩れているが小さな家が多く集まる区画を隔てており、忍び返しが小さな家の区画の方に付いているのを見ると魔獣の足止めだけのためでは無さそうだ。
そしてたどり着いたのは村の西端。祖父母の家は他の家から少し離れて建っていた。
「ここが、賢者と武神の家……とてもじゃないが、そんな立派な人が住む様な家には見えないな」
外観はそこそこ大きいが、四角い箱に5本の煙突が付いているだけの簡素な建物だ。
壁の材質は岩で、屋根や窓には木材が使われている。まるで大きな岩をくり抜いて作られた様に見えるので、おそらく祖父母の土魔法で作られているのだろう。そしてここも同じく雑草で覆われていて、建物の壁には細い蔦が巻き付いている。
一見ボロボロに見えたが近づいて建物に触れてみると、見た目に反して壁は頑丈でビクともしない。住人が居なくなって長いのだろうけれど、安心感がある。
俺はアンデッドを警戒しつつ、建物の中に一歩踏み込む。
ギシリ……と床板が軋む。床板も木製だった、流石に床板の劣化は仕方がない。
「暴れるのは控えた方がいいな、この床じゃ……」
俺はそんな事を呟きながら簡単な家の探索を行った。とりあえず、ここに隠れているアンデッドは居ない様だ。
普通に探して見つけられる場所には物が殆ど無く、泥棒が入った様に荒らされていた。あっても精々壊れた物だった。
「クローゼットの中身は服だろうから、祖父母が亡くなった後に持ち去られたとして、ベッドまで持っていかれたのか? 壊れてない物、使える物は根こそぎ持っていった感じだな」
状況を口に出しつつ歩き、俺は目的の場所に到着した。
「ここだな」
そこは建物の一室で壊れた薬棚や机、そして3つの大きさが違う竈が並んでいる調剤室だ。ここで賢者と呼ばれた祖母が薬を作っていたんだろう。外から見た時に見えた5つの煙突の内、3つはここの竈に繋がる煙突だった。残りの2つは台所と祖父が使っていたと思われる鍛冶場に繋がっていた。
俺は真っ直ぐに3つの竈の内一番大きな竈に近づいて、太った人でも悠々中に入れる大鍋を下ろす。次にその下に積もった薪の灰や燃え滓を掻き出して竈の底を露出させる。
すると丸い線とその横に付いた2つの溝が目に入った。ここが遺産の隠し場所の入口だ。
俺は竈の中に入り、溝に両手をさしこみ指先を曲げて丸い線の内側に引っ掛け、気功で強化した体で真上に引き上げる!
底にあった円の内側が俺の腕力により、ゴリゴリと音を立てて持ち上がっていく。そして俺の太もも辺りまで持ち上がった所で持っていた筒状の床石が完全に抜けた。俺がそれを竈の外に置いて床を見ると、そこにはポッカリと空いた地下通路があった。
明かりが無いのでライトボールを下に放ってみる。
「大体、底まで3mって所か? 周りは全部壁と同じ様な石みたいだな……所々凹んでいるから手がかり足がかりは十分そうだ」
俺は火の付いた布を投げ込み、それが燃え尽きるまで様子を見て穴の中に空気がある事を確認し、風魔法で換気をしてから穴に入った。
ガイン達から教わったのはこの入口までの道程だけで、この奥に何があるかは詳しくは教えて貰って無いんだ。一応罠等は無いと聞いているが念には念を入れておこう。
穴の底に着くとそこはただの通路だった。光魔法で明かりを灯して通路を歩く。そして数秒後には広くて大きな部屋に着いた。
部屋の奥には中身がぎっしり詰まった本棚や大量の武器が入った樽、中身の分からない箱や袋が置いてある。そしてその手前、つまりその大量の物と俺の間には石の机があり、その上には薄い本の様な物が目に付く様に置かれていた。
手にとってみると本ではなく紙を何枚か束ねただけの物で、前半には祖父母がこの村に来るまでの簡単な経緯やこの村に住む事にした理由などが簡単に書かれていた。
まず祖父母は歴史に残る戦士と魔法使いとして名を馳せており、当時の貴族や商人から部下に護衛にと勧誘が絶えなかった。そして正当な手段から違法な手段まで、様々な勧誘を受け続けた祖父母は辟易していたようだ。
それがきっかけで2人は煩わしい勧誘を避け、他人が容易に入ってこれず薬の材料も手に入り易いこのシュルス大樹海の中に隠れ住む事を決めたらしく、最終的に辿り着いたのがこの村だそうだ。
この村は元々シュルス大樹海の中心部への遠征及び資源の確保をするため、国が主導で行った遠征計画により作られた村だったらしい。普通のキャンプの様にただ休むだけではなく武器や防具の職人、医師、下働きの人員を護衛し連れてきて働かせ、中心部に踏み込むための用意を整えられる様にするための大掛かりな拠点作りをした様だ。
尤も中心部はアンデッドスネーク等の強い魔獣が多く生息している魔窟のため結局計画は頓挫したらしいが……作られた村には当時募集されていた冒険者達とその冒険者達が連れてきた、もしくは買い取った奴隷の一部が残った様だ。
働くにしても過酷な環境だからか、職人や下働きの人員の中には奴隷が多く居た様らしい。国は計画の失敗で使ってしまった無駄金を少しでも取り返すため、奴隷の一部を街の設備や結界魔法を込められた高価な魔法具と共に冒険者達に売った。
その後この村は公的には村ではなく冒険者が使う薬草採取の中継地点として扱われる様になり、管理は冒険者が自分達の活動のため自主的に行う事になる。住民に税金の支払い義務も無くなったそうなので、実質的に自治権が与えられた様な物だな。
そうして時が経つ間に強いが素行の悪い冒険者、理由は様々だが人目を憚りたい者等が次第に集まり始め、更に長い年月を重ねる内に村の中で独自の掟が作られ、身分差が大きくなっていたらしい。
身分は概ねその者の強さで決まり、素性は殆ど関係が無かった。流石に強ければ村長になって好き放題出来る訳では無かったが、村の防衛に貢献したり村の大きな収入源になる物を提供出来れば村に住む事と自由は確保出来たそうだ。
更にこの村では弱い者は強い者に守られなければ生きて行けないので弱い者は強い者に服従し奉仕する事を強制され、様々な理不尽がまかり通っていた。そんな状況を見た祖母はこの村に居た身分の低い者達の扱いを気の毒に思い、彼らの生活を改善したいと考えた様だ。
しかし村長は生まれも育ちもこの村で幼い頃から村の身分の頂点近くに立っていたため、これがここでは当たり前なのだと、村人の扱いに何も感じていなかった。
そんな村長と祖母の意見は交わる事など無かった。代わりに村長はそれが不満ならばお前達が多く金を稼げば身分が下の者の扱いに手心を加えるとの条件を出され、祖父母がそれを了承して祖母が薬の研究と病に罹った村人の治療、祖父がその補助をする生活を始めたそうだ。
正直、俺にはかなり辛い生活に思えるが2人にとってはそれほど辛くは無かった様だ。
手紙を読む限りでは2人は村の誰よりも強かったんだろう。”金の事は月に1度、薬草採取のついでに大樹海の中心部まで足を伸ばして魔獣を2,3匹狩れば良く、薬の実験に付き合ってくれる被験者もいた”と簡単に書かれていた。
世間から身を隠せて祖母の薬の研究に適した場所、という意味ではここ以上の環境はそうそう見つからなかったのかもしれない。
「……薬の事、村人の事、2人は良い人達だったんだなぁ……ちょっと規格外な人達だったみたいだけど……」
前半の内容はここまでで、後半は祖父からの遺言だ。
後半の内容を纏めると……今これを読んでいる者、つまり俺にこの部屋にある全ての物を譲るという事だな。
もうじき寿命が尽きそうなのでこの部屋にある物は使い道が無い。しかし、妻と共に冒険をして手に入れた金や思い出の品がこの村の村長の手に渡るのは我慢がならないという理由でこの隠し部屋に隠す事にしたらしい。処分はどうしても出来なかったそうだ。
その後は出来れば村人じゃない奴が見つけて欲しいとの希望だったり、箱は遺跡で手に入れた魔法道具だという説明が何行かにわたって書かれていた。
「ティガルさん、遺産はありがたく頂きます。メーリアさん、薬の研究は俺が引き継がせて頂きます。2人とも、どうか安らかにお眠り下さい」
俺は手紙を読み終えたあと、そう言ってからその場で手紙と遺品に向けて黙祷を捧げる。
そして、俺は部屋にあった遺産を全てディメンションホームの中に回収した。中身を検めるのは後でゆっくりやろう。




