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第一章 5話

 ~Side 竜馬~


 どうした? 質問に答えてから4人の目が怖いんだが、何かやらかしたか?


「素晴らしい」


 は? どうしたんだ? 素晴らしいって何がだ?


「凄いわリョウマ君! あなたは今まで世界中の従魔術師が抱いていた謎を解き明かしたのよ!」

「!?」


 どうしたのこの人達!? 目に力がありすぎ! 話に食いつき過ぎ! 色々怖っ!


「奥様、ラインバッハ様、落ち着いて下さいませ。リョウマ様を怯えさせてしまいます」

「あああ! ごめんなさい、怖がらないで」

「悪かった、つい興奮してしまっての……」

「大丈夫……です……」


「2人がこうなった理由を話すとだね……君の話したビッグスライムがテイム出来ない理由は今まで何人もの従魔術師が調べても解明できなかった謎なんだよ。


 ビッグスライムは凄く強い訳じゃないけど、戦いづらい魔獣だから、敵の足止めとして使うためにテイムしようとする人は多かったらしい。今でも時々居るそうだよ。でも……」


「ビッグスライムのテイムに成功した例は1度もない。そしてテイムに失敗した者や、従魔術の要である従魔契約が効かない事を問題視したプライドの高い従魔術師により“ビッグスライムをテイム出来ない理由”は長い間研究されていたんじゃ。


 しかし、成果が出ずに現在では研究の規模は大幅に縮小し、未だにその研究成果は出ておらん。この世界の誰にも突き止められなかった理由を、君はたった1人で突き止めたのじゃよ」


 うわ……何かすごい事になってんな。


「む~、反応薄いわね……。こう言えば分かるかしら? “ビッグスライムをテイム出来ない理由”の研究が始まったのは、従魔術がこの世界に広まった約300年前から始まったとされているわ。


 あまりにも成果が出ないから今の研究機関でこの件は、体の良い閑職扱いなの。300年前から研究されても解けず、誰もが諦めた謎を、あなたが解いたの。これが興奮せずにいられますか!」


 どうすっかな……


「どうしましょう?」

「登録よ! テイマーギルドに登録して、発表すべきよ!」


 あ~そうなるか……しかしこの人達の反応からすると、発表したら大騒ぎで面倒そうだな……

 でも森から出る良い機会か……?


「街か……」


 つい口から出たその言葉に、4人と後ろに控えるメイドと執事が反応する。


「あっ……ごめんなさい、街は嫌だったわね……」

「登録と発表は無理強いせん、じゃが、これは本当に大きな発見なんじゃ。それは分かってくれ」

「分かり、ました……あ……立ち話してた……中にどうぞ……」

「そうでしたわね、おじゃましますわ」


 外は獣とか居るし、立ち話しもあまり長いと危ないからな。

 俺は家の中に全員を招き入れたが、周囲の警戒と馬の世話のために護衛の殆どは外で待機するそうだ。室内に入ってきたのは公爵家4人、前に来たジルさん、ゼフさん、カミルさんヒューズさんの4人、それから老執事とメイド2名だ。公爵家なんて貴族に失礼の無いよう、奥に行って紅茶を淹れる。


 実はこの紅茶、前に襲って来た盗賊の持ち物だった。同じ物が何個もあったから、おそらく盗品だろう。それをこの前ヒューズさんに渡す槍を見繕っていた時に 偶然見つけた。金が必要なかったし、殺した相手の物に手をつけるのも気分的に微妙だったから放っておいて、そのまま忘れてたんだな…お茶があるならさっさ と確認しとけば良かった。


 とりあえず上物の茶葉のようだし、賞味期限も問題なさそうだからいいだろう。


 問題はカップだ、11人分のカップのなんて無いから急いで土魔法で作り出す。そうしてお茶を淹れ、一昨日見つけた蜂の巣から採ったはちみつ+同じく一昨日見つけた生姜+レモンのような果実の汁で作った運動部のレモン風シロップを持って戻っていく。


 砂糖替わりになる物これしか無いが、大丈夫だよな……?


「お待たせ……しました、紅茶です」

「あら、ありがとうございます」

「良い香りね、いただくわ」

「ふむ、随分良い葉を使っておるようじゃの?」

「襲って来た盗賊……の、荷物に沢山ありました……」

「なるほどのぅ……ほう、旨いな」

「ええ、本当に」

「茶葉の香りがよく出ています。リョウマ様は何処かで淹れ方を習ったのですか?」


 前世、とは言えんよな……


「祖母……お茶が好きでした……」


 理由:祖父母=万能。3神は本当に良い言い訳を考えてくれた。俺は自分で考えた嘘とかすぐバレるからな……前世じゃバカ正直と言われたなぁ……自分ではそうは思わないがな? 何故かただ事前に予め決められた事を言うだけなら、嘘でもスルッと口から出てくるんだ、これが。おまけに神様の手紙では、既に祖父母役の方の魂を呼び出して許可をとってくれたと書いてあった。感謝が尽きないな……


「お好みで、蜂蜜も、どうぞ……」

「いただきますわ」

「俺も貰うぜ、蜂蜜なんて高級品、中々口にできねぇからな」

「ちょっ、ヒューズさん!」

「一昨日……蜂の巣からとりました……ただですから……カミルさんもどうぞ……」

「え、そう? じゃあちょっとだけ」

「お前も俺と変わらねぇじゃねぇかよ」


 そこでエリアリア……だったかな? お嬢様がお茶を飲んで何かに気づく


「あら? このハチミツ、ただのハチミツじゃありませんね? 何か入ってますか?」


 げっ!? ジジャ(生姜)とラモン(レモンもどき)ダメだったか!?

 執事がすぐさまチェックした、ヤバイかな?


「ラモンの実の汁を混ぜてありますな、爽やかで良い味です。しかし、それだけではない様です」


 良かった! 毒物とか思われなくて! ここは素直に答えとこう。実際毒は入れてないし。


「ジジャの根……入れてます……」

「この風味はジジャでしたか。辛味のある薬草としか思っていませんでしたが、このように味を引き立てるとは」

「……ジジャ……料理に使えます……肉、サカナ……臭み消えます……」


「これは良い事を聞きました。今度屋敷の料理長に教えてみましょう。ありがとうございます、リョウマ様」

「どういたしまして」

「リョウマさんはスライムの研究だけでなく、お料理もお得意なの?」


「……長く作ってますから……それなりに……興味があること……集中します……研究します……今はスライムの研究ばかり……してます……気づいたらスライム、1000匹居ました……」

「あらあら、面白い人ですわね。そうですわ、よろしければリョウマさんのお力を貸して頂けないでしょうか?」


 突然何を言い出すんだ? このお嬢様。


「どういう事、ですか?」

「実は私、先日御祖父様達から従魔契約をする許可を得られましたの。その手始めとしてこの森でスライムをテイムするのです。そこで、スライムの専門家の竜馬さんのお力を借りたいのです」

「……必要無いですよ? ……スライムのテイムに……手助けなんて……」

「いえ、恥ずかしながら、私にはどのスライムが良いか悪いか、見分けが付きませんから」


 スライムに良い悪いは無いんだけどなぁ……


「……ただのスライムに……差はありません……選ぶなら……進化させたいスライムを選んで……適したスライムを選ぶべき……でも、時間、かかります。……戦力が欲しいなら……他の魔獣にすべき……長く飼う気がないなら……手間をかけて選ぶ必要、無いです…………それでも、スライムを選びますか?」

「はい、初めての従魔ですから。末永く大切にしますわ」


 うわ~……純真な笑顔向けてきた……まぁ、この子なら本当に大切にしそうだし、手伝うか……


 ん? 何で俺“この子なら本当に大切にしそう”なんて思ったんだ? 今までそんな事分かった事無いのに……俺、騙されてる? 色気? 精神年齢的に40超えたオッサンがこんな子共に?…………考えるのやめよう。


「ダメでしょうか?」


 公爵家令嬢の頼みじゃな……断わったら不味いか……? 言葉遣いだけでただでさえ不安だってのに、せめてもう少しスムーズに喋れないもんかね。


「……僕で良ければ……お手伝いさせて頂きます……ただ、今選べるのは……3種類……だけです……」


「何故その他の種はダメなんですの?」

「進化条件が未確定……が1つ……餌が無いのが1つ……女性にはさせづらい方法が1つ……です…………能力的には……1番お薦めですが……」

「そのスライムの進化条件と、選別方法はどんな物なのかしら?」

「お母様……今は私が話しているのです、初めての契約の準備ですから、邪魔しないでくださいまし」


「良いじゃない、スライムの進化条件なんて聞いたこと無いんだもの!」

「ごめんなさい、お母様は1流の従魔術師ですが。魔獣の話になると見境が無いのです」


「大丈夫です……スライムの進化条件は、食事。……食生活で……違う種に進化します……


 スティッキースライムならグリーンキャタピラー……ポイズンスライムなら毒草……


 スライムには1匹1匹嗜好があり……それがそのスライムに向いている進化です……無理に……嗜好と違う物を食べさせ続けた場合……進化が遅く……能力に差が出ます……


 無理に食べさせる物によっては……最悪の場合……死んでしまいます……」

「なるほど、それがスライムの進化の条件なのですね?」


「栄養があると……進化しやすいです。……食事を与えると……進化が早まります。……選別は毒草、グリーンキャタピラー……洗った動物の骨……使います。……それぞれに集まるスライム……ポイズンスライム、スティッキースライム、アシッドスライムになれます……」


「リョウマさんがおすすめと言っていた3種は何というスライムですの?」

「クリーナースライム、スカベンジャースライム、ヒールスライムです……」

「聞いた事のない種類ですわね………お母様達はご存知ですか?」

「ヒールスライム以外、儂は聞いたことがないのぅ」

「私もだ」

「知らないわ、クリーナースライムとスカベンジャースライムはどんな能力を持っているの? スキルは?」

「お薦めの理由が……そのスライムが持つスキル……“清潔化”と“消臭”にあります」

「清潔化と消臭? 聞いた事無いスキルね…」

「消臭はまだ分かるが、清潔化とは?」

「……見て貰った方が……早いです……待ってて下さい……」


 俺は奥に行き、手頃な布に厨房で血抜きしていたウサギの血を塗りつけて、クリーナースライムを1匹連れて戻った


「お待たせしました……これがクリーナースライムです。……こちらをご覧下さい……」

「血まみれの布? それをどうするの?」

「こうします」


 頭の中で横にいるクリーナースライムに指示を出す。スライムは俺の持っている布をとって、体に取り込み、核の周りをぐるぐると回している。……何度も見てるけど、洗濯機みたいだなといつも思う。


 そして十秒後、スライムが布を吐き出して触手のように伸ばした体で布を掴み俺に渡す。それを俺は広げて見せる。それを見て公爵家4人は珍しい物を見た程度の反応だったが、執事とメイド2人の目がギラリと光った。


「血が無くなってるね? それに少し色が変わっているが、溶けたか?」

「スライムに吸収されたのね、これだけなの?」

「いいえ奥様、それだけではございません」

「アローネ?」


 公爵夫人の言葉にメイドの一人が口を挟む、どうやら彼女はアローネと言うらしい。


「リョウマ様、そのスライムは、“汚れ”を食べるのですね?」

「その通りです」

「どういう事?」

「そちらの布の素材からして、先程までの布は血だけではなく色々な物で汚れていた事が見て取れました。今の布の色が本来の色です。


 汚れと言う物は、放置すればするほど落ち難くなるのです。そしてそれを放置していたのが先ほどの状態ですわ。あれを手洗いした場合、どんなに時間をかけて も今のような元の生地の色にはなりません。汚れがこびりついていましたから。つまり、清潔化のスキルとは、頑固な汚れを落とす能力、ですね?」

「それもあります……正確に言えば……汚れ“のみ”を落とす能力です……」


 俺はスライムに指示して布を持っていた手をスライムの体に取り込ませる


「なっ!?」

「何ともありません……」


 普通のスライムは取り込んだ物を全て消化しようとする。だから皆さんには俺の手が溶かされると思っただろうな。全員の顔が強ばっている。しかし俺の右手は溶かされず、5秒でスライムは手から離れた。


「何とも無いのか……?」

「汚れのみを溶かしますから……人間は勿論……動物の肉も普段は……食べるように……命令しないと食べないスライムです」

「そんなスライムがいるのか……」

「心臓に悪いですわ、脅かさないでくださいまし」


 ヤバイか!?


「申し訳ありません……何時もの事ですし……あまり触りたくない布でしたから……」

「確かに綺麗とは言い難い布でしたわね」

「元はゴブリンの腰布ですから」


 俺がそう言うと護衛とお嬢様方は顔をしかめ、メイドさん達は更に興味を示した。

 何でもこの世界には『ゴブリンの汚れはこの世で一番落ちにくい』という言葉があるらしいからな


「このスライムがいれば……どんな状況でも清潔を保てます……旅の間、水浴び……出来ないでしょう?」

「ええ、体を拭く位しか出来ませんね…私、今回が初めての長旅なのですが、1日お風呂に入れないだけで気持ち悪い気がして……」

「このスライムが居れば……その問題……解決します」


 その言葉にお嬢様がすごい勢いで俺の顔を見た。怖いって、目とか色々! 奥様とメイド2人も目に力が入ってるし。


「……服と体……汚れと臭い……全部食べてくれますから……」

「それ! そのスライム……クリーナースライムでお願いしますわ!」


 ……やっべ! 何で俺自分でダメだっつった奴の利点売り込んでんの!? しかも一番言いづらい奴を! せめてスカベンジャーにしろよ俺!


「コレは選別方法が……」

「そんな! ここまで素晴らしいスライムを見せつけておいて、それは酷いですわ!」

「リョウマ様、私もジャミール公爵家に代々仕える家系出身のメイドとして、従魔術の基礎は学んでおります。どうか私めにもクリーナースライムの選別法をご教授下さい」

「私も知りたいわ~」


 絶対聞き出すっつー顔してる……


「リョウマ君、素直に話したほうがいいよ、今の女性陣を刺激しないで……」

「女性に……言いづらいです……」

「女性には教えられないと?」

「差別ですわ……私、悲しいです……」

「お嬢様達が知りたいって言ってるんだから、良いんじゃない?」


 なんか場を取りなそうとしたのか、カミルさんが適当な事言い出したのでカミルさんとついでにラインハルトさん、ジルさん、ゼフさん、ヒューズさんを部屋の隅に連れて行ってこっそり選別方法とその方法を知った経緯を話してみた。


「……君が言いたがらないのも分からなくは無いな」

「そんな方法なのか……」

「確かに、男から女には言いづらいね」

「女同士でも言いづらいと思いやすぜ……?」

「ま、なるようになるだろ」


 そう簡単に言い切ったのはヒューズさんだった、彼はそのまま後ろを向いて。


「お嬢! 奥様! 方法が分かったぜ! ついでにアローネもな!」


 女性陣に宣言した。

 何言ってんの!? あの人、何とかうまく言えるのか?


「本当ですか!?」

「ああ! お嬢、体洗え! そんで、汗で汚れた水を餌にしておびき寄せろ!」


 言ったーーーー!! あの人超ストレートに言った!! って……あー……女性陣にタコ殴りにされてるわ……


 その後、女性陣が落ち着いてからラインハルトさんが、ヒューズさんが先ほど話したその結論に至った経緯を話してくれた。


 ただの水と体を洗った水を用意して並べると、普通のスライムは綺麗な水に行くけど、クリーナースライムになれるスライムは何故か汗で汚れた水に集まるんだよな……。無事クリーナースライムになると、普通の食事は一切取らずに汚れと水のみで生きる変わったスライムなんだよ、クリーナースライムって……


「まさか、そんな性質を持つスライムだったなんて……」

「すみません……」

「あ、えっと……リョウマさんの責任ではありませんので……」

「クリーナースライムは……女性が捕獲するには……辛いと思います」

「リョウマさん」

「?」


「私、諦めきれません……クリーナースライムがいいです」

「では、護衛の誰かに……」

「それはなりません、見習いとはいえ、これから従魔術師になるんです。人に頼ってはいけませんわ」

「……全て一人でやる事が……良い事とは……限りませんよ……?」

「それでも、最初の一歩は自分の足で踏み出したいですわ」

「……決めるのは……お嬢様です……」

「私は……私……っ! やりますわ! お水を、いただけますか?」


 その宣言に涙を流す周りの皆さん。お嬢様は顔を真っ赤にして堪えている。そんなに無理せんでも良いのに……というか何だこの空気は、スゴイ決断したみたいなのに、やる事は……なぁ……?


 とりあえず、ただ水を出して終わりじゃ申し訳ない気がするので風呂を使うよう勧めてみよう。


 普段はクリーナースライムだけど、元日本人としては湯に浸かりたくなる時もあるから風呂を作ったんだ。まさかこんな事になるとは思わなかったけどな


「お風呂、あります……使って下さい……」

「お風呂がありますの? ありがとうございます!」


 そして俺は水魔法で湯船に水を張り、火魔法で湯を沸かす。更に水魔法でちょうどいい温度にしてからお嬢様に湯が沸いた事を伝えた。


 お嬢様は嬉々としてお風呂に行き、メイドの2人は見張りと三助さんに行った。俺は他の人達と合流した。


「アイタタタタ……ひどい目にあった」

「自業自得だ」

「流石にアレはないですよ……」


 確かに、アレはデリカシーが無かった。俺も前世ではデリカシーが無いと言われていたが、そんな俺でもあそこまで酷くは無かった、はずだ。


「あ、リョウマ君、おかえりなさい」

「奥様……何というか……」

「いいのよ、本人が決めた事だし。それに、嘘を教えた訳じゃないのでしょう?」

「勿論です」

「ならいいじゃない。それに、あの子が従魔術師として真摯な姿勢を見せてくれるのは嬉しいわ。クリーナースライムを手に入れたいだけなら、リョウマ君に契約解除して貰って、譲って貰えば良いだけだもの」


 …………イマナンテイッタ?


「今なんて?」

「リョウマ君に譲って貰えば良いって言ったわ。もしかして、考えてなかった?」


 は、ははは……何でそんな簡単なことを思いつかなかったんだ俺は!


「全く……」

「いやー、青春してるなーって思ったわ。面白かった。でも、娘の心構えが嬉しかったのは本当よ?」

「そうですか……」


 何か、疲れた……

 その後風呂から出たお嬢様は風呂の湯を汲んで、俺の案内でスライムが比較的多く出没する場所に置きに行った。すると運良くすぐに風呂の水を選ぶスライムが出てきたので、それを捕獲して家に帰り、両親の目の前で初契約をした。


 その頃には少し遅い時間になっていたので、今日お嬢様たちは俺の家に泊まる事になった。俺はメイドさんと料理をし、その間に護衛の人も公爵家の人も交代で全員風呂に入っていた。


 夕食はお嬢様とのスライム捕獲作戦の最中にスライムに集めさせた動物の肉を、すりおろしたジジャと共に焼いて出した。


 すると公爵がえらい気に入ったようで何度もお代わりをしていた。他の人にも概ね好評だった。しかし、元日本人の俺としては微妙なんだよな……慣れたけど。塩も崖の中から岩塩がほんの少量しか手に入らないんだ……しかも鉱物が多めに含まれてるから、錬金術で分離・精製しないと体に悪い。錬金術がなかったら3年もの森籠もりは出来なかったかもしれない。とりあえず命に関わらない程度は確保出来てるが、満足出来る量ではない。


 食後はお茶を飲みつつ雑談をしていたら、突然公爵夫人がこう言ってきた。


「リョウマ君、これからどうするか、決めているの?」

「…………正直、迷っています……このままか……何処かに移り住むか……」


 研究も一段落というか、あの部屋を埋め尽くすようなスライムを見てやりすぎに気づいて頭が冷えたら、急に調味料とか食料品が欲しくなってきたんだよな~……そろそろこの世界を見て回ってもいいかと思ったし……しかし何て言えば良いんだ? 人間不信で引きこもってる子供が外の世界を見て回りたい! なんて不自然だしな……よし、ここはやはり万能の言い訳、祖父母を使おう!


「……祖父母には……街で幸せに暮らせ……言われました……でも僕は……ここに居ました……今の生活に不満は無いです。でも祖父母は……僕が……ここで生活する事……望んでないかもしれないと……考え始めました……」

「リョウマ君……」


 部屋の空気がしんみりして、目をつぶって何かを考えたラインバッハ様がこう言った。


「ならば……儂らと共に森を出ないか?」

「え?」


 え、何言ってるのこの人? 今日初対面だぜ?


「これでも我が家は公爵家、君一人の衣食住を賄う事は容易い。それにのぅ、儂は君のような優秀な従魔術師が森の奥に篭っているのが勿体無いとも思うのじゃ。町は嫌かもしれんが、少しだけ、森の外に出てみんか?」


 ……まさかそんな誘いをしてくるとは思わなかった。周りの人も文句は無さそうに『良いよ』って視線を向けてくるし……皆良い人過ぎて心が痛むな……俺嘘吐いてるんだけど……


「儂らは明日からふた月ほどギムルという街に行き、そして帰ってくる。ここに帰ってくる事は出来るから、この旅に、君も同行してみないかね?」

「旅……」


 俺は引き籠もりの世間知らずだからな……基礎的な知識を神様から貰っても、実際に見たわけじゃないし……コミュ障だし……この人達はいい人そうだし、1人よりは安心か? ここで行かなきゃズルズルとあともう2,3ヶ月は引き籠もりを続けるだろうし……


「そう……ですね。ご迷惑をかけると思いますが……同行させて頂いて……宜しいですか?」

「そうか! 来てくれるか!」


「僕自身……森の外に出る事……考え始めていましたから……」

「そうかそうか。では、旅の支度をせねばな。明日の昼まで出立は伸ばす。急で悪いが、それまでに用意をしてくれ」

「朝までで大丈夫です……元々物ありません。アイテムボックスを使えば……全部持っていけます」

「あら、その年で空間魔法のアイテムボックスを使えるの?凄いわね」


「祖母から、便利だと言われて……覚えました。使える人は多いと……聞きました」

「いやいや、下級魔法とはいえ上位属性の魔法だよ? 確かにアイテムボックスを使える人は多いけど、君の年で使えるのは十分凄いよ」


 そうなのか!? ……微妙に情報が抜けてるのか? それとも年齢を加味した情報じゃないのか? これは迂闊な事するとすると不味いかもな……俺は運が良かったかもしれない、常識の補足をしてくれる人ができて良かった……


「リョウマ様には従魔術以外の魔法の才もお有りのようですな。将来が楽しみでございます」

「本当ね、従魔術以外も、勉強したければ言ってちょうだいね? 教えてあげるから」

「リョウマさんと一緒にお勉強するのも、楽しそうですわね」

「ありがとうございます」


 俺は礼を言って家の片付けを始める。お嬢様やメイドさん達も手伝ってくれるそうなので、一番面倒な部屋を先に片付ける事にする。


「うぉっ、なんでぇこの部屋」

「武器や防具でいっぱいですね……」

「奥にあるのは毛皮ですかい?」


「物置……盗賊の武器防具……持ち物。……動物の毛皮、爪、牙……色々あります。街……お金必要……探せばお金あります……毛皮は寒い時に、役に立つから持ってます……どれが売れるか分かりません……教えて下さい」


「毛皮は基本何でも売れやすぜ、物によって値段が変わるだけでさぁ。値段は基本、動物の種類と革の大きさ、質で決まりやす。


 例えば、前にヒューズの布団替わりにしたブラックベアーの毛皮は質のいい物なら小金貨1枚位で売れる、それなりに高級な毛皮ですぜ。質が悪くてもあれ一枚売れば、庶民1人なら1月2月は楽に暮らせますぜ」


「お金の事は分かるかい? 銅貨、銀貨、金貨、白金貨があって、それぞれ大中小の3枚ずつの12枚があるよ」

「価値は小銅貨が1枚1スート、中銅貨がその10枚分の10スート、大銅貨がそのまた10枚分の100スートだ。


 一般庶民は大体80スートから100スートくれぇが1日に使う金だな。銀貨からは少し違って、小銀貨が大銅貨5枚分の500スート、中銀貨が小銀貨2枚分の1000スートだ。その後も大金貨までは5枚、2枚、5枚、2枚って続いていくぜ」


「銀貨は庶民の貯金や小さな店を持つ商人が主に使い、金貨は大きな店を持つ商人や貴族が使い、白金貨は大貴族や国同士のやり取りで使われる。それぞれの身分で使いやすい額になっている。庶民が金貨を持ってはいけない等という事は無いが、持っていても使いにくいだけだからな」


 ブラックベアーの毛皮って意外と高いな、何枚あったかな……


「という事は……ブラックベアーの毛皮……全部で8枚あります。全部質が悪くて大銀貨1枚として5000スートが8枚で40000スート……小金貨4枚分ですか?」


 俺がそう言うとカミルさん達が俺を見て言葉を失っている。


 え、俺何かした? それとも間違ってた?こんな簡単な計算もできないのかって呆れられてる?


「間違ってましたか? ……庶民1人の一日の生活費が100スート位で1ヶ月は30日で3000スート、2ヶ月で6000スートで、安くてもそれくらいになるなら大銀貨1枚の5000スートと考えて、それが8枚で40000スート……合ってますよね?」


「う、うん。庶民1人の生活費は100スートで1月30日であってる」

「ちょ、ちょっと待て、今計算すっから……あ~……すまん、分かんねぇ」

「お前は馬鹿か!」

「馬鹿で悪いかこの野郎! 俺は頭は良くねぇが、俺だって紙か何かに書いてやれば出来るぜ!」

「坊ちゃん、その歳で計算、それも暗算が出来たんですね。おみそれしやした」


 え、そこ!?


「え……?」

「リョウマ君、その歳で暗算ができるって凄い事だよ。その歳で計算が出来るなら、商人になれるよ。さっきの計算も正しかったし」

「あれだけの速さで暗算が出来るほど計算が得意ならば、商人や役所など、計算能力が必要な場所では重用されるだろう」

「祖母に、習いましたけど……凄いですか?」

「坊ちゃん位の歳で暗算ができるって子は滅多に見かけやせんね」

「大人になっても出来ん奴は多い。ここに居るヒューズは出来んし、私もリョウマ程の速さでは無理だ」


 えぇ~……それで驚かれてたん?


「それにブラックベアーの皮の数、よく一人でそんなに狩ったね? あれ、結構危険なんだよ? 一応この森の生物の頂点だし」

「罠と毒矢……近寄られなければ……安全です」

「それが出来れば狩人としちゃ一流ですぜ」


 こうして毛皮や武器の相場を聞きながら、アイテムボックスを発動して現れた黒い穴に放り込む作業を続ける。一部の武器と防具は売れそうに無かったが、毛皮は意外と良い値がつきそうだ。


 予想外だったのは、盗賊の荷物の中に結構なお金が入っていた事だった。俺はざっと中金貨40枚という大金が入った袋を見つけて驚き、周りの人達は俺が今までロクに盗賊の荷物の中身を検めていなかった事に驚いた。


 何故荷物を検めなかったのかと聞かれたが、特にお金は必要なかったし、悪くなった食べ物が入っていたりしたのでスライム達に綺麗にして貰った後はしっかり確認せずに適当に物置に放り込んであった。と正直に答えたら呆れられ、仕留めた盗賊の持ち物を確認しないのは、只働きと同じだと言われた。


 どうやら指名手配されている盗賊以外は退治しても大した賞金は出ず、命懸けで行う盗賊退治には割に合わないからだそうだ。ちなみに多くの盗賊に賞金が出ない分、退治した盗賊の持ち物は全て討伐者の物になる。でなければ誰も盗賊退治をしなくなるからだそうだ


 こうして物置の整理を終えた後は一人で厨房、調剤室などを回って必要な物をアイテムボックスに入れていった。


 ……つーか、殆ど食材や薬の材料しか無いんだけどな。後はこの世界に来た時に3神から貰った基本的な物だけだし。


 後は……そうだ、スライムは連れて行けるんだよな? 置いていく訳には行かない。そう思った俺はラインバッハ様に聞きに行く。


「ラインバッハ様」

「どうしたんじゃ? リョウマ君」

「旅にスライムは……連れて行っても宜しいのですか? ……全部でスライム17匹分になります」

「ああ、勿論じゃ。従魔術師が従魔を連れる事に何の問題もない」

「馬車に余裕はあるし、スペースは取れるよ」


 そうか、良かった


「ありがとうございます」


 俺がそう言うと笑顔で『いいんだよ』と言ってくれた。本当に良い人たちだな


 日本で同じような状況を考えたら…………ヒッチハイクしてた奴に乗って良いと言ったら17匹のペットも乗せてくれと言われたような物だろうに……うん、俺なら絶対乗せない。1匹2匹ならともかく、17匹は多すぎるわ。そもそも免許持ってなかったけど。


 公爵家の方々にも感謝が尽きんな……そうだ、感謝といえば神様達だ。一応しばらく出かけるし、挨拶しておくか。


 そう思って、俺は家の最奥部に作った修行部屋に向かった。そこは単に広いだけの真四角の部屋だが、入口から見える正面の壁が括れていて、そこに土魔法で作った俺をこの世界に送った神様達の像が置かれている。


 この世界の宗教では偶像崇拝も禁止されてなかったし、神様の像を自作するのも罪ではない。敬虔な信徒は教会の像や教会で買える小さな像をお手本として祈りながら毎日少しずつ彫る人もいるらしい。一部の地域ではそれが推奨されている所もあるそうだ。


 それを知った俺は土魔法の練習がてら、神様達への感謝を込めて像を作り、訓練場に置いてある。前世の道場の神棚的な感覚だ。


 神様たちの前で訓練をしたり、祈ったりしている。祈るといっても、俺の場合普通に話しかけてるだけなんだがな。一度会ってるし。今日も普段通り話しかけようと思ったが、万が一誰か来ると不味いので入口を土魔法で塞いだ。


 傍から見た人が信心深ければ神様にタメ口なんて許せないだろうし、そうでなければ石像に話しかける頭の危ない子だからな……俺は石像の前で座禅を組み、数分間瞑想をしてから目を開け、言葉を出す。


「今日も1日無事に終わりそうだ。……神様だから知ってると思うが、今日来た客と一緒にちょっと出かけてくる。目的地はギムルって街らしい。……ようやくこの世界に来て初めての旅だ、これで教会に行くって約束が守れるな。ただ、いつ帰れるか分からないからとりあえず荷物は全部持っていく……もし、ここに戻らないようなら……また新しい場所で像を作るわ。じゃあ、またな」


 そう言い終わってから俺は立ち上がり、入口を開けて訓練場を後にした。


 その後はクリーナースライムとスカベンジャースライムに指示を出し、物置など空き部屋の大掃除をして貰った。


 その直後に執事さんから護衛を休ませられる部屋があれば提供して貰えないかと言われたので、快く空き部屋を貸した。やはりちゃんとした壁があって安全な塒はありがたいらしく、護衛の皆さんにはお礼を言われた。


 全ての準備が終わったので俺も寝室に行き、就寝した。


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