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交流

明人は、嘉韻と共に西の砦に降り立った。

真っ直ぐに飛んだらものの数十分で辿り着いた…前回、明維が怒ったのも道理だ。

ここは砦と言っても宮のような造りになっていて、龍王の皇子達が居る本宮と、横にある召使い達の住居の対とは離れて建っていた。

二人が入口に降り立って城壁をくぐると、脇にあるその召使い達の対が何やら騒がしい。明人がスッと視線を向けると、そこの窓には侍女達が鈴なりになってこちらを見ていた。何やらキャーキャーと聞こえて来る…おそらく、嘉韻だろう。嘉韻は龍には珍しい金髪に、絶世の美女で龍王の妃の候補になった女の息子。容姿にはこれでもかというほど恵まれているため、どこへ行っても女が騒いだのだ。明人は小声で言った。

「なあ嘉韻…きっとあれ、お前のせいだろうよ。」

嘉韻は歩いて行きながらちらりとそちらを見た。一層騒がしくなる。嘉韻はため息を付いた。

「…だとしたら面倒でならぬわ。ここでも結界を張らねばならぬか。」

本宮の入り口に着いたところだったので、中から歩いて来た明維がふふんと笑って言った。

「ここでは、そのようなもの、要らぬ。」

明人と嘉韻がえ?と言う顔をした。それを見た晃維が呆れたように言った。

「確かにそうよ。兄上の取り決めがあるゆえ。そこは安堵せよ。」

なんのことやらわからないまま、二人に促されて明人と嘉韻は中へと歩いて行った。歩きながら、明維が言った。

「我らは父の気を継いでおるゆえ、滅多な女では太刀打ち出来ぬのでな、そんな心配はない。我らの気を受けたら死する女のほうが多いのだ。」

晃維が頷いた。

「にも関わらず、ここへ来た当初、なんと兄上の寝室に忍んだ女が居っての。」

明維が笑った。

「そうなのだ。我はこれが軍神達が警戒するアレかと思うて、女を脅してやったのよ。我は別に構わぬが、一夜だけの相手になるぞ?我が気を受けたら死するゆえの、と申したら、慌てて逃げ帰りおったわ。ほんにあの様の滑稽な事と言ったらなかった。恥じよの。愚かな女は好かぬ。」

晃維は、居間の戸を抜けながら言った。

「で、兄上は触れを出されたのだ。この砦で、女が忍んで行って婚姻など認めぬとな。違えれば斬ると。」

明人と嘉韻はびっくりした。斬る?何もそこまでしなくても…。

明維は椅子に座りながら続けた。

「だがの、それでもやはり愚かな女は軍神達の部屋へ忍んで行きおった。我はそれを気取って、斬った。」

明人は思わず叫んだ。

「ええ?!」

明維はまた笑った。

「主は面白いの。話しておるほうは見ていて飽きぬわ。」

笑い事ではない。晃維が困ったように言った。

「本当に斬ったのよ。で、誰も二度と忍んで行かぬようになった。我らの触れを無視したのだから、斬られても文句は言えぬが、やり過ぎと言ったらやり過ぎよの。我はどっちでも良いが、兄上は徹底的に女がお嫌いであるから。」

明維はフンと鼻を鳴らした。

「愚かな者が嫌いなだけぞ。女が忍んで参る?馬鹿にしておるわ。そんなことでつられるほど、我は愚かではない。己と我を同じように考えておるだけでも無礼ぞ。」と嘉韻を見た。「主は同じ匂いがするの。気が合いそうで良かったわ。たまに女好きの龍もおるゆえなあ。」

嘉韻は、ホッとしたように頷いた。どうやら本当に考え方が同じらしい。明人は晃維のほうと仲良くなりたいと思った。どうも明維は気難しそうで苦手なところがある…。

「さて、では任務の話ぞ。」

明維が言った。明人と嘉韻は気を引き締めてその話を聞いた。


一夜明けて、博也は少し落ち着いて考えをまとめられた。

昨夜は、学校の、割り当てられている教師の部屋で眠った。とても家に帰る気になれなかったからだ。思えば、皆独身のうちはここで眠っているという。きちんと寝台もあるのに、最初からこうしておけばよかった。

博也は顔を洗って、鏡に映った自分の顔を見た。この目…。母が術で色を変えていた、ブルーグレーの瞳。昨日見た、王の目もまたこれと全く同じ色だった。そして、隠すことも出来ないほど、自分はあの王に似ていた。それは、一目見て分かった。他人ではない…。

考えれば、父は何も悪くなかった。母が勝手に出て行って、勝手に人に取り入って、そして人の世で自分を偽って育てたのだ。悪いのは、全て母ではないか。

人の父のことも、嫌いではなかった。人並みには可愛がって育ててくれただろうと思う。だが、あの神の父の話を聞きたい。神の父は、何が起こったのか分からず、ただ母を探していたのだ。それが、どれほど孤独であったことか…。

博也は、一人様子を伺おうと、宮へと向かった。

父の気を探すのは、容易だった。今まで使えなかった気が、ビックリするほど広範囲に強く使えるのだ。それが自分の本来の力だと思うと、博也は戸惑った。

父の気を辿って行くと、父は、客間から出た庭に一人、立っていた。何を思っているのか分からなかったが、博也は恐る恐る、呼びかけた。

「あの…」

碧は、振り返って驚いたような顔をした。博也は、なんと言っていいのか分からず、とにかく言った。

「父上で、いらっしゃいますか?」

碧は本当に驚いた顔をしたが、頷いた。

「そう。我は主の父だ。その気が何よりの証拠。我と同じ気よ。」

昨日の荒れた気と違い、今日の気は穏やかだった。博也は、自分と父の気が共鳴しているのを感じた。

「オレは…人の世で育って、ここへ来てやっと神とは何か知りました。蒼様に気遣って頂いて、大変に良い生活をしておりまする。母のことは昨夜話を聞きました。母の勘違いと我がままのせいで、これまでお一人にしてしまっていたこと、オレからお詫び致します。」

碧はまだ驚いたままだった。この息子は、我の気持ちが分かると言うのか。同じ気のせいか…?

「…それでも、まだ探しておったとは、我も愚かよな。」碧は自嘲気味に笑った。「あれはとうに我に見切りを付けておったのであろう。でなければ、このように長く身を隠しておるなどと…。」

博也は首を振った。

「いいえ。母は、父上一人を今でも愛しているからこそ、戻れないと思っておったと言っておりました。今でも、父上だけだと…。なので、それをお伝えしたいと思って、来たのです。」

碧はじっと、自分そっくりの博也を見た。この息子は、我の心配をしておるのか。

「しかし…どうすれば良いのか、我には分からぬ。」

博也は、頷いた。

「母が全てをきちんと整理するまで、お待ちください。オレが母に、それをするように申します。それから、母と落ち着いて話してみてください…父上のお気持ちを話して、母の気持ちを聞いて頂きたいと思う。オレの人の父のことが気になりまするが…それは、オレが最期まで面倒を見るつもりでおりまするから。」

碧は、眉を寄せた。

「それはならぬ。主は我の子。宮へ戻って皇子として学ばねばならぬのに。」

博也は、首を振った。

「オレはまだ20歳です。父は50歳。人の寿命をご存知でありましょう。」

碧はしばらく考えて、頷いた。

「そうであるな。我も意地になっておったやもしれぬ。博也よ、我もよく考えようぞ。」

博也は頭を下げた。

「では、御前失礼致します。」

碧は頷いた。

「またの、息子よ。」

碧は言って、博也の後姿を見送った。願わくば、あれがここまで育って来るのを見たかった…。


しかし、博也に言われるまでもなく、明麗は博と話し合うことになってしまっていた。

昨夜、博也は帰って来なかった。明麗は自分のせいであることが分かっていた。何もかも、自分が浅はかにもあのように思いつめて、王に確認もせずに宮を出てしまったがために起こったこと。それも、自分一人で生きて行くならまだしも、人の男を巻き込んで、その人生を狂わせてしまったのかもしれない。博也は、あの人の子ではない。それを悟らせぬために、早くに婚姻をして…。

なんとずるい女であったことか。明麗は今更ながらに思った。事が発覚しなければ良いと思っていたのは事実だった。だが、やはりそうはいかなかった。己がやったことは、己に返って来るのだ…。

博が、帰って来た。いつもより遅い帰宅だった。博はなぜか言葉少なで、どうしたのだろうと明麗は思った。そんな博に、こんな大きな事をどう切り出したものかと悩んでいたが、博は、いきなり言った。

「…博也は、オレの子じゃなかったんだな。」

明麗は、驚いて顔を上げた。なぜ知ってるの…?

その顔色を見て、博は続けた。

「今日、宮で王にお届け物を届けて次の間に置いて帰ろうとしたんだ。そしたら何か言い争う声が聞こえたから、いけないと思いながら、聞いてしまった…王の妃だったんだな。博也は、皇子。半神なんかじゃなくて、完全な神で、しかも王族。次の王じゃないか。」

明麗は頭を下げた。

「ごめんなさい…私は、こんな風に知らせるつもりじゃなかったのに。博さんを見送って、博也と二人ここで何百年と過ごすのだろうと、そう思って…。」

博は、明麗を見た。

「勝手だな。」博は蔑むように言った。いつも優しい博の冷たい声に、明麗は凍りついた。「勝手だよ。自分が良かったらいいのか…オレや、博也のことなんて何も考えてないじゃないか。お前は逃げて、そして自分の付いた嘘からも逃げて、逃げ切れると思ったのか?そろそろ、償わなきゃならないんじゃないのか。」

博は、踵を返した。戸に向かって歩いて行く。明麗は博を呼び止めた。

「博さん!」

博は、言った。

「オレがお前の居場所だったのは、人の世までだろう?もう必要ないはずだ…出て行くよ。王に別の房を頂きたいと願い出る。もう金輪際、関わらないでくれ。みんな嘘だったなんて思い出したくもない。さっさとあの王の宮へ帰ればいいだろう。」

博は出て行った。明麗は何も言い返せなかった。私は皆を傷つけることばかりしてしまったのだ。

宮に向かって自転車を漕ぐ、博の頬には涙が伝っていた。

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