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明麗

明麗は、小さな宮の第三皇女だった。

幼い頃から外を走り回って自由に育った…父王が厳しくないかただったからだ。

しかし、こと宮の中の礼儀作法については、とても厳しかった。小さな宮の皇女だからと馬鹿にされないように、どこへ行っても恥ずかしくないようにと、明麗はすべての作法は身に付けて育った。

歳の近い姉達の嫁ぎ先が次々と決まって出て行く中、明麗は気強く宮に残っていた。まあ、一人ぐらいいいだろうと、父王も婚姻を急がせることもなかった。

200歳が迫ったある日、いつもと同じように宮の回りの森を散策していた明麗は、とても美しい顔立ちの神に出逢った。

一目で恋に堕ちたが、相手はただ礼儀正しく距離を置いて話すのみ。明麗はがっかりしながらも、毎日その辺りを散策してその神を探した。その神も、毎日のようにそこで歩いていた。

とても幸せに思っていたある日、宮に縁談の話が舞い込んだと聞かされた。明麗は悲しかった…自分は皇女。決められたらそこへ嫁ぐより他、ない…。

その日から、森にも散策に出掛けなかった。そんなことをしたら、きっと諦められなくなってしまう。

婚儀のその日まで、明麗は部屋で泣いて過ごした。

婚儀当日、迎えに来た相手の宮の輿に乗せられて、明麗は飛び立った。そこは北西に領地を持つ宮。その王が自分をぜひにと言ってくれていると聞かされた。きっと、数居る妃のうちの一人、我なんて、所詮小さな宮の皇女だもの…。

そう思いながら、入れられた部屋で頭を下げて待っていると、聞きなれた声が言った。

「…焦らすではないか、明麗。なぜにあれから森へ出て来なんだ。」

明麗が驚いて顔を上げると、そこには、恋しい神が立っていた。

明麗はあまりのことに、我を忘れて抱きついた。

「ああ、碧様…!お会いしたかった…!」

明麗はあまりに幸せなことに、しばらくは信じられなかった。碧は、正式に妃に迎えるために、宮を通して婚姻の話をしてくれていたのだ。

そして、碧には一人の妃も居なかった。碧は言った。

「我を王と知らずに共に居てくれたのは、主が初めてよ。明麗、我は生涯主以外を娶るつもりはない。時期が来たら、主を正妃にしようぞ。我の世継ぎを生めば、臣下達も否とは言うまい。のう、明麗…。」

それから二人は、傍目にも眩しいほど仲睦まじく過ごした。明麗も、これほどの幸せがあるのかと思った…願わくば、碧様のお望み通り、早く子を…。

そんな最中、宮では、宮の安全のため、さらに北の宮の皇女、奈津を妃にとの話が持ち上がった。格上の宮になるので、正妃として迎えなければならない。碧は首を振った。

「そのような。我は妃を迎えるつもりなどない。」

臣下達は食い下がった。

「しかし王、ここは月の宮も近く、月の宮と渡りを付けようにも龍の宮と渡りを付けようにもツテがありませぬ。このままでは何かの折、月の宮や龍の宮と渡り合うことになるやもしれませぬ。今のうちに、力の強い宮とつないでおくことが肝要なのでございます。」

碧は立ち上がった。

「我はそのような理由で妃を迎えぬ!わかったの!」

臣下達は顔を見合わせた。王は我らのことを考えてくださらぬのか…。

明麗は、自分の中に、ついにもう一つの気が芽生えたのを感じた。お子が!これで碧様にご報告出来る…。

碧を探して宮を歩いていた明麗は、克に呼び止められ、そして、奈津のことを聞いたのだった。


明麗は悲しんだ。碧様は、決して約したことは違えぬとおっしゃったのに。我は所詮、小さな宮の第三皇女。なんの力も無い宮の…。

臣下達が、自分が役に立たない宮の皇女だと思っていることは分かっていた。でも、碧さえ自分を必要としてくれていたなら、良いと思っていたのに。

明麗は、泣きながら腹を押さえた。碧様のお子。でも、きっとこの子は正妃の子には気圧されてしまうだろう。そんな辛い思いをさせるぐらいなら…。


明麗は、思い切って宮を出た。どこへ行けばいいのか分からなかったが、きっとどこででも生きて行けるだろう。この子と二人で、頑張ればいいのだもの。誰も、自分を知らない所へ行こう…。

そうやって、夕闇の迫る道を歩いていると、背に袋を背負った、人の男が人里の方へ降りて行くのに目を止めた。人は、娯楽に山などに登るのだという。明麗はそれを見ていて、いきなり決心して駆け出した。

「お待ちを!」相手は振り返って、びっくりしたようにこちらを見た。「我も共にお連れくださいませ!」

男は、本当にびっくりした。とてもこの世の者とも思えないほど美しい女が、着物姿で、こちらを向いて必死に言っている。男は歩み寄った。

「どうなさったんです?こんな山道を、そんな着物で。」

「我は、神。」明麗は言って、ふわりと浮き上がって見せた。「我は訳あって、ここには居られませぬ。どうか共にお連れ下さいませ。」

男は目を丸くしていたが、言った。

「…だが、誰かが追って来るとか?」

明麗は首を振った。

「有りませぬ。どうか、我を共に。」

男は呆然として、しばらくそのまま立っていたが、頷いた。

「いいでしょう。私は増田博。」

「我は明麗。ああよかった。では博様、どこへ参りまするか?」

博は困って明麗の手を取った。

「そうですね、私の車へ行きましょう。それから、髪のかんざしとかそう言った目立つものを取って、人の服を買わねば。」

明麗は大真面目に頷いた。

「はい。人のふりを致しますのね。」

博は苦笑した。

「…神様とは。」

明麗は、博に伴われて、人の世へ降りた。

そしてすぐに博と婚姻関係となり、博也は博の子として産んだ…生まれてすぐ、気を封じて偽りの気をまとわせて。


そのまま、博が生涯を終えるまではと思っていた。

だが、博也の気の成長が早い。しかも、やはり王の子であるので、その気は明麗の術だけでは抑え切れなくなって来た。

そんな折、明麗が唯一信用出来る者として連絡を取っていたのが、乳母の芽衣(めい)だった。芽衣には博也が碧の皇子であることを話していた。芽衣はとても心配して、神の世の動向をいろいろと連絡してくれていた。そこで月の宮を知った。

月の宮は龍の宮と並ぶ大きな宮。名だけは知っていたが、まさか人の世からの帰還者を受け入れる宮であったとは。

碧の宮に居た時に臣下達が話していたのは、月の宮と懇意になりたくてもツテがないと言ったことだった。ならば、碧が月の宮に受け入れられた、我らを知ることはないはず。

急がなければ、人の世に置くには博也の気が大きくなり始めていた。明麗は自分の力の全てを使って博也を押さえ付けていた。そんなことはつゆ知らず、博也は人として生きていた。残ってもいいと言っても、結局は絶対に神の世を選ぶだろうことも、その血ゆえに分かっていた。

そして、二人を伴って、月の宮へやって来た。思ってもみなかった高待遇のこの宮で、生涯過ごそうと思っていたのだった。


「我は、これで良いと思うておりました。」明麗が泣きながら言った。「先に逝く博さんは、恩人であるのだから幸せなまま見送って、博也はここで居場所を見つけて楽しく生きて…。我もここで居場所を見つけたと思うておりました。ここではどこから来たとか宮の大小は関係なく接してもらえる。こんなに良い宮があったのだと…。」

博也が、涙ぐみながら言った。

「じゃあ、父さんは父さんじゃなかったのか?母さんは父さんなんて好きじゃなかったんだ。誰でも、自分を世話してくれる男ならよかったんだよ!オレと父さんを騙して…オレの父さんは、あの王だっていうのか!」

明麗は、今や碧とそっくりな、博也の瞳を見て頷いた。

「ごめんなさい…。あなたは神の王の子。あの、碧様のお子なの…。私のせいで、こんなことになってしまったの…。私は博さんを支えようと思っていたわ。愛しているのは、碧様ただ一人だけれど…。」

博也は、母の口からはっきりと聞いて、どうしたらいいのか分からなかった。オレが皇子。湧き上るこれは、気なのだ。王の父から譲り受けた気…。オレは半神じゃなかった。

「なんでそんな…勝手だよ!母さんは、自分勝手だ!好きなんだったら、あの王の所で食らいついてたら良かったじゃないか!何逃げてんだよ!おかげで、オレも父さんも、人生めちゃくちゃだよ!」

博は叫んで飛び出して行った。明麗はそれを聞いて涙を流して下を向いた。あまりにも正当な言葉に、蒼も何も言えなかった。どうしてこんなことになってしまうものか…。

ソッと居間の横の、侍女の通用口から抜けて去って行く人影があったのを、蒼も明麗も知らなかった。

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