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帰還

蒼は、母の人の体が滅び、月へと帰った事実を十六夜から知らされた。

確かにあの体はもう100年近くも若いまま保って使っていたもの。その上母は、龍の子をその体から6人も生んだのだ。

不死である月であるので、体が滅んでも、本体の月に戻るだけ。だが、母は月になってからまだ一度も月へ帰ったことがなかった。なので記憶が混乱して、未だ蒼達人の頃の子が小さい時の記憶しか持っていないのだと聞いた。

十六夜が維月を連れて、やっと月の宮に実体化した時には、もうひと月経っていた。

維月を溺愛していた維心のことも、当然のことながら覚えてはいなかったが、それでも母は記憶の奥底に維心を置いているようで、維心の名を聞いた時に涙を流した。十六夜は、維月を今まで同じように龍の宮へ置くことを決め、それで記憶を戻して行こうと考えているようだった。


一応の落ち着きを見た蒼は、ふと博と博也のことを思い出した。そう言えば、働き出してから様子を聞いて居なかった。

「翔馬をこれへ。」

蒼は傍の侍女に命じ、しばらくして翔馬がやって来た。

「王、お呼びでしょうか。」

頭を下げる翔馬に、蒼は言った。

「そう言えば忘れていたと思うての。博と博也はどうであるか。」

翔馬は微笑んで顔を上げた。

「これはこれは王、臣下のことをお考えになっていらっしゃる。」翔馬は嬉しそうに言った。「はい。博は最初慣れぬ様子でありましたが、今では良い戦力となっておると板前の充も申しておりました。博也はのびのびとコンピューターの授業を行っておりまして、それには他の教師達も出ておったりしておりまするな。マザーコンピューターの事については、まだ時間が掛かるとのことでありましたが。」

蒼は満足げに頷いた。

「それはよかった。で、明麗はどうか?」

翔馬はそれこそ良く聞いてくださったとばかりに頷いた。

「まさに素晴らしい神でありまする。侍女であったなどと思えないほどに品のある身のこなしでありまして、嗜みも申し分なく、今では宮の侍女達の教育を任せております。」

蒼はほほう、と感心した。

「確か、碧殿の宮の侍女であったとか。あの宮はそれほどに良い人材を揃えておるのか。オレは龍の宮以上の規律正しい所は、見たことがなかったのだが。」

翔馬は頷いた。

「確かにそうでございまするね。龍の宮ほどの場所はないと聞いておりますのに。碧殿の宮にはあのような侍女が居ると…」翔馬は眉を寄せた。「しかし、当の碧殿はあのように宮に篭りがちのかたでいらっしゃるので、王もお会いしたことはないようでございまするが。」

蒼は首を振った。

「いや、神の会合で会うのだ。今度の会合の折には、少し話してみよう。」

蒼は、月を見上げた。今日も十六夜の気配はない。きっと母さんの所へ行っているのだろう。蒼はそう思って、母が早く前の母に戻ればと願っていた。


その月の会合は北西の地であった。神の王が続々を集まり、そして王のみが入ることを許された会合の間へ集い、今月はどうだったか思い思いに話し、改善策を考え、雑談して終わる。

会合では、維心にも会った。母の様子を訊ねると、すこぶる元気であるとのことだったが、まだ記憶は戻らないらしい。それでも仲睦まじくやっているようで、維心は穏やかだった。

ふと見ると、碧が相変わらず難しい顔付きで居るのが目にとまった。蒼は、ここぞとばかりに寄って行った。

「碧殿。」

蒼が呼び掛けると、相手は慌てたように頭を下げた。そう言えば、月の宮の方が格上になるのだった。蒼は苦笑して、言った。

「そのようにかしこまらずに。話したいと思うておったので、声を掛けたのだ。」

碧は驚いたような顔をした。黒髪にブルーグレーの瞳の、顔立ちの整った神だった。

「蒼殿が我に?いったい何のお話であろうか。」

蒼は頷いた。

「我はこのほど、宮に人の世からの帰還者を三人受け入れたのだが、その中に碧殿の宮から参ったと言っておる侍女が居った。これがたいそう品が良くたしなみも深いので、碧殿の宮は何と良い侍女を揃えているものかと感心しておったのだ。」

碧は怪訝な顔で眉を寄せた。

「我が宮の?」と、考え込むような顔をした。「…いや、我の侍女達は、誰一人欠ける事はなく、この100年ほどは来ており申すが。それにそのように品が良いとは…解せぬこと。」

蒼も眉を寄せた。

「…それは誠の事であろうか?明麗と申す者であるが。」

碧は明らかに驚いた顔をして、蒼を見た。

「明麗と?」と、蒼の袖を掴んだ。「それは…黒髪に明るい茶色の目の女ではないか?」

蒼は驚いた。

「あ、ああ…確かにそうよ。知っておられるのか?」

碧は小刻みに震えている。側の臣下が気遣わしげに碧を見た。

「王…それはもしや…。」

蒼は碧をじっと見て待った。碧は何とか己を抑えると、蒼を見た。

「…我の妃よ。」碧は言った。「20年ほど前に、行方知れずになり申した。それ以来捜し続けて…まさか人の世に居ったとは。」

蒼は仰天して碧をまじまじとみつめた。だが、それならば博は…。

「碧殿…しかし、人違いであろう。明麗には夫と子が居る。そのような事は一言も…。」

「人違いがどうかは、会えばわかる。」碧は蒼に言った。「どうか蒼殿、我を連れて参ってくれぬか。」

碧の必死の形相に、蒼は迷った。連れて帰ったら恐ろしい事になるのでは。

「しかし碧殿…。」

「連れて参るが良い。」維心の声が言った。「王の妃であるのだぞ。他の女とは違う。蒼、しらなんだのであるから今までは良いが、主が娶るつもりもないのなら、連れて参れ。妃というのは、簡単に降りて良い地位ではない。王の許可なくは無理、略奪でもされておれば別であるがの。」

蒼は、仕方なく頷いた。確かに王の許可なく何事も出来ないのが神の世の理。連れて帰るしかない…。

「では、我と共に。」と、李関を呼んだ。「李関!帰るぞ。」

維心は頷いて、蒼に言った。

「我も付いて参りたいが、維月を置いて来て居るゆえ…このまま宮へ戻る。良しなにの。義心!」

維心も義心を呼ぶと、宮へと慌ただしく戻って行った。

蒼は碧とその臣下、軍神を連れて、月の宮へと帰還したのだった。


明人は、博也に会いに学校へ来ていた。博也の今の職場は学校と言っても主に図書室なので、明人はそこへ赴いた。

思った通り、博也は図書室で画面と向かい合っていた。

「よお、博也。今、話いいか?」

博也は顔を上げた。

「ああ、明人殿!」博也は嬉しげに笑った。「どうぞ。こんな時間に珍しいですね。」

まだ昼間だったのだ。いつもなら、任務を終えてから夕方にやって来ることが多い。

「実は急に非番になった。それでここへ来たんだが…オレ、一年ほど西の砦に修行に行くことになってな。」

博也は驚いて明人を見た。

「またえらく急ですね。」

明人は頷いた。

「王の命だ。ここは李関殿も父上も龍の宮から来たから、神の軍がどうなのか知ってる訳なんだが、オレ達月の宮で育った軍神は全くそういうのに揉まれたことがねぇ。だから、平和なうちに行って来いとさ。オレも、いつ龍の宮へ帰るように言われるか分からねぇし、今のうちに出来ることはやっとこうと思ってな。」

博也は、残念そうに視線を落とした。

「…せっかく仲良くなったのに。でも、まあ、明人殿は人の世で育ったとは言っても、完全な神ですからね。どんどん強くなるんだろうなあって思う。」

明人は笑った。

「どんどん?ないない、オレはそんなに努力するほうじゃねぇからな。嘉韻には負けちまうだろうよ。」

博也は目を輝かせた。

「え、嘉韻殿も一緒に行くんですか?いいなあ、憧れですよ、あの立ち合いの姿は。オレも軍神になれたらいいのにって、嘉韻殿を見て思ったぐらい。ま、半神じゃ無理ですけどね。」

明人は、博也が嘉韻に憧れていたのを知っていた。最初に嘉韻の立ち合いを見た時の、目の輝きを知っているからだ。だが、軍神になるには、神であっても気が強くなければならないこと、半神ではとても無理なことを聞かされて、がっかりしていたのだ。

軍神なんて、そんないいものでもないのに…。明人は思って立ち上がった。

「じゃあ、それだけ挨拶しに来たんだ。また一年後には戻って来るし、行きっぱなしな訳じゃねぇから。」

博也も立ち上がった。

「お気を付けて。戻ったらお話し聞かせてください。」

明人は頷いて、端末を指した。

「一年後には、もっと進んでたらいいな。」

博也は苦笑した。

「ま、ぼちぼちやります。」

明人は手を振って出て行った。

上空には、会合から戻られた王と、それに付いて行った軍神達、そしてどう見ても月の宮の者ではない者の気がたくさん結界を抜けて入って来た。王が、誰か客人を連れて来たのだろうか。

博也はとりあえず、約束通り王にご報告すべく書類をまとめ、宮のほうへと向かって行った。

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