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決着

維月は、十六夜に呼ばれて維心と共に月の宮へ来ていた。維心は見るからに不機嫌で、十六夜は苦笑した。

「仕方ねぇだろうが、将維が言うんだからよ。」十六夜は呆れたように言った。「お前が死ぬ思いをしたのは分かる。維月に顔向け出来なくなる所だったんだしな。そんな記憶は消したいだろうし、殺したくて仕方ないのは分かるが、ここは我慢しな。維月だって納得させなきゃ、お前が悪者になっちまうぞ?」

維心は唸った。

「ほんにいつまで引っ張るのだ、この件は。」維心は苛々している。「やはり斬ってしまえば良かった…後々維月に言われようとも、これほどに長く嫌な思いをせずとも済んだであろうに。」

維月は維心を見上げて困ったように言った。

「維心様…そのようなことはおっしゃらないで。確かに罰は受けておるでございましょう。神でなくなったのですわよ?きっと辛い事だと思いまする。」

十六夜は、維月に言った。

「あのな維月、死ななきゃ治らないヤツも居るんだよ。命を残して、さらに悪くなるヤツもな。明麗はもう、矯正出来ねぇかもしれねぇ…病んでるのかもな。」

維月は下を向いた。なんと言っていいのか分からない。でも、命を取るなんてそんなに簡単に決めていいのかしら…。

十六夜が、空を見上げた。

「…将維達が来たな。」

結界を抜けて、明人と嘉韻、その後ろに将維、初老の女、そして明維がスッと飛んで、明麗の屋敷のほうへ向かって行く。維心はそれを見てニッと笑った。

「…皆術には掛かっておらぬの。掛かっておるのは女だけよ。さて、結果を眺めに参るかの。維月、ごねるでないぞ。」

維月は黙って頷いた。十六夜も飛び上がって、明麗の屋敷のほうへと三人は向かって行った。


明麗は、思い通りに事が運んでいるにも関わらず、落ち着かなかった。

仙術をなんとかしようにも、あのファイルを博也は何としても開かせてくれない。早く芽衣に戻ってもらって、博也に術を掛けさせ、その上で開かせるしか道は残されていなかった。

屋敷に、芽衣が到着したのは、そんな時だった。

明麗は嬉々として戸を開き、皆を見た。芽衣は嬉しそうに明麗を見た。

「明麗様。只今帰りましてございまする。」

明麗は頷いた。

「よくやった、芽衣よ。して、皆連れて戻ったのか?」

芽衣は頷いた。

「はい。術に掛けておりまするので、何かの役に立つこともあろうかと。」

明麗は頷いた。

「ほんに…この皇子は龍王にそっくりであるわ。早く我を神に戻させよ。」

芽衣は、首を振った。

「それにには、気が拡散するとのこと。ここでは王に気取られて、なんと説明して良いのかわかりまぬ。とにかくは、全ての手筈を整えてからのほうがよろしいかと。」

明麗は、焦る気持ちを抑えながら言った。

「仕方がない。とにかく、この操る仙術だけでは心もとないゆえに、我はほかの仙術も身に付けようと思うておるのに、なかなかにそうは行かぬのだ。なぜなら、それを記したものが開けなくなっておる。それを開けるのは博也のみであるが、博也は王が許可せねばと申す。芽衣、あれに術を掛けて開かせよ。」

芽衣は少し考えるようなそぶりを見せたが、すぐに頷いた。

「はい。博也様は、どこに?」

明麗は頷いた。

「こちらぞ。」

明麗は隣の部屋へと入って行った。博也は、ハッとしたように振り返った。

「母さん?あれ、芽衣じゃないか。戻って来たのか…どうしたんだ?」

そして、開かれた戸の向こう側に、尋常でない気の量を感じて、慌てて部屋から飛び出した。

そこには、将維、明維、明人、嘉韻が、まるで人形のようにじっと立っていた。

「…どうしてここに、こんなに気の大きな軍神達が居るんだ?」博也は明麗を振り返った。「母さん!何を企んでるんだよ!」

明麗はフッと笑った。

「企んでるだなんて…神に戻って、私は未来の龍王妃になるのよ。」明麗の目は、何かに憑かれているようだった。「あの皇子の気を見て。あれほどの気、まるで龍王のよう…皇子が二人も支配下にあるのよ。皇子の妃になって、皇子達に龍王を討たせれば、我はすぐに龍王妃になるわ。あなたもあんな小さな宮の皇子でなくなるのよ?龍の宮に来ることが出来るわ。だって、思うがままですもの。」

博也は、身震いした。なんて大それたことを!

「正気じゃない。母さん、どうしてそんなになってしまったんだ!ここでひっそり生きて行けばいいじゃないか!」

明麗はとんでもないという風に博也を見た。

「何を言うの!このままでは我はすぐに老いて死んでしまうのよ!でも、仙術というものを見つけたわ。博也、あのファイルを開いて。」

博也は、首を振った。

「断る。絶対に開かない。」

明麗はわなわなと震えたかと思うと、芽衣を見た。

「いいわ。芽衣、やりなさい。」

芽衣はまた少し、止まったが、術を繰り出した。

博也は、いきなり何かが飛んで来たのを感じて、咄嗟に気を発してそれを跳ね返した。

「…なんだ?」

明麗は叫んだ。

「何をしているの!」と、明人と嘉韻を指した。「あの軍神達を使いなさい!」

芽衣は二人の方を見た。二人は、すっと歩いて博也の腕を掴んだ。博也は必死に抵抗した。

「止めてくれ!明人殿!嘉韻殿!」

二人の目は、博也を見ない。博也は思った…術に掛かっているのだ。このままでは、オレもこの術に掛けられて、あのファイルを開かされてしまう!

博也は精一杯暴れて、明人達を振り払おうとした。しかし、軍神なのだ。なす術もなく抑えられてしまう。その力はかなり強く、博也は暴れてバランスを崩し、床に倒れて呻いた。

「手は傷つけては駄目!キーを打てなくなるわ!やるなら足をやりなさい!」

博也は我が耳を疑った。母親が、息子を道具のようにしか見ていない…。もう、母さんは母さんではないのだ。

「…やめよ。」低い声が上から降って来た。「もう、十分であるな。」

途端に芽衣がとろんとした目で、そこに人形のように棒立ちになった。明人と嘉韻が博也から手を離して、膝を付いて頭を下げる。将維が、明麗を睨んだ。

「主の企み、聞かせてもらった。」将維は冷めた目で言った。「元より、人になってしもうた神がまた神に戻る方法などない。我の虚言に踊らされたの。それに、我に術を掛けようとは…片腹痛い。そのようなもの、我に効かぬわ。残念であったの。その術我が使わせてもろうたぞ。その女は、我の術中よ。どうだ、我の術は巧みであろうが。」

明麗は、膝間付いた。

「そのような!我を人にしてしもうたのは、我のせいではありませぬ!龍王様は、我をこのようなことにしてしもうた。その責任があるのではないですか。我は何も悪いことはしておらぬのに!」

将維はまるで嫌なものでも見るような目をした。

「何よりもその、心持ちが悪いの。見ておると気分が悪うなるわ。我の刀の錆にもしとうない。」と横を向いた。「牢へ引っ立てよ。父上が処断なさるであろうて。」

明維が、足を踏み出した。

「そのようなことを待つこともない!」明維は、刀を抜いた。「殺してしもうたら良いことぞ!」

将維はその腕を掴んだ。

「待て、明維。気持ちは分かるが、父上に決めて頂くのだ。案外と人のまま、早く老いて参るのをじわじわと味わわせたほうが身に応えるのかも知れぬぞ?」

明維はそれを聞いて、踏みとどまった。

「…確かに、すぐに殺してしまっては、己の過ちを悔いる時間もなかろうが…。」

将維は頷いた。

「人は死するのも速い。殺さずとも、気が付けば死んでおるであろうよ。」

明麗は、それを小刻みに震えながら聞いていたが、ついに、声を上げて立ち上がった。

「嫌よ!もう神に戻れないなんて!すぐに老いて死んで行くなんて…私を神に戻して!」

明麗は、懐剣らしきものを手に将維に飛び掛かって行った。

「将維様!」

博也が叫んだ。しかしその時には既に、明人と嘉韻が刀を交差させて明麗の前に出し、明麗はそれに阻まれて将維に到達することは出来なかった。将維はなんでもないように振り返った。

「主ごときが我を刺せると思うたか?甘いの。」と、明人と嘉韻を見た。「縛り上げて早よう牢へ。」

「は!」

二人が答えて明麗を振り返ると、明麗は怯えた目で二人を見た。

「嫌よ!牢なんて…私は皇女なのよ!」明麗は、後ずさった。「龍王妃になるのよ!人のままで老いて行くなんて嫌!」

嘉韻が気を発した。

「…観念せよ。もう終わりだ。」

その手から懐剣が飛ぶ。明人が気を出した。細く長く、それは縛り上げる為のものだった。

「おとなしくしねぇと、痛い目見るだけだぞ?」

「来ないで!」明麗は叫んで、涙を流した。「我は…老いて醜くなりたくなどない!」

一瞬だった。

明麗は髪からかんざしを引き抜き、自分の胸に突き立てた。

「何を…!」

明人は慌てて手を差し伸べたが、明麗は前向きに倒れ、その反動で突き立てたかんざしは胸深くに突き刺さり、明麗の体は激しく緊張したかと思うと、次の瞬間脱力状態になった。

「母さん!」

博也は慌てて駆け寄った。しかし抱き上げることもなく、辺りは見る見る血だまりが出来、母はピクリとも動かなかった。

「…逝きよったか。」将維は言って、踵を返した。「たわいもないの。我は去ぬ。」

将維が出て行って、その後ろを明維がフンと鼻を鳴らして出て行った。

「…博也…。」

明人がなんと声を掛けていいか困っていると、奥から気配を消した蒼と、十六夜が出て来た。

「…こんなことになろうとは。」蒼が言った。「博也…宮に部屋を与えるゆえ。これからはそこで過ごすが良い。」

博也は母の傍に膝を付いたまま、蒼を見上げた。

「王…お気遣い、恐れ入ります。」

蒼は明人を見た。

「葬ってやるが良い。せめて、ここの墓所の、塚の方への。」

明人は頭を下げた。

「は!」

蒼が呼んでいたのか、軍神達が袋を持って入って来た。明人は軍神達に指示し、明麗を袋へ詰めさせると、墓所の方へと飛んで行った。

嘉韻は、博也を促した。

「さあ、宮へ。」

博也は足を引きずるように屋敷から出て行き掛けて、もう一度振り返った。始めてここへ来たあの日、親子三人で、それは珍しくて新しい生活に期待と不安を持っていたっけ…。母さんは、毎日あれほどに生き生きと暮らしていたというのに…。

博也は、涙ぐんで、嘉韻に連れられて屋敷を出て行った。残された芽衣を、蒼は見た。

「どうしたものか。」

十六夜が手を翳した。

「記憶を消すか。あの術のこともあるし、こいつから記憶を消しちまうのが一番だ。で、オレがこいつの宮へ送り届けて来るよ。」

蒼は頷いた。

「そうだな。忘れてもらうか。もう一人の侍女も、同じようにして帰してくれ。」

十六夜は、頷いた。

「わかった。」

十六夜は、芽衣と侍女に光を降らせ、そして記憶を取り去ると、二人を眠らせて連れ去って行った。

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