力比べ
将維が次の日、西の砦へ行くと、晃維が慌てて出て来て将維を迎えた。
「兄上、お話がありまする。」
将維は頷いた。
「しかしなぜに主は正気であるのか、晃維?あの女は主には手を出さぬか。」
晃維は驚いて将維を見た。
「…ご存知であられたか。」
将維は頷いた。
「皆知っておる。父上も十六夜も蒼もの。」
晃維はホッとしたように将維を見た。
「実は兄上、この術には限りがあるようでございまする。」晃維は言った。「我を術に掛けようとしたのは、警戒しておったのでわかった。明維兄上は、恐らく全く警戒しておらぬ時にやられたのでありましょう。我は素知らぬふりで術をかわし、気付かぬふりをした。つい、昨日のことでありまする。将維兄上が帰られてから、あまりに明維兄上の反応がおかしいのであの女を疑い、そして話に参ったのでありまする。その時、あの女は我を術に掛けようとした。」
将維はフフンと笑った。
「おもしろい術よのう。我も蒼の所で調べて参ったが、あれはなかなかに利用できるものぞ。しかし、我らのような力の強い神には通用せぬ。特に父上など全くもって無理であられる。そこそこの力を持つ神であるなら、警戒してさえ居れば避けれる術ぞ。その証拠に明人は術に陥っておるが、嘉韻は無事ぞ。あれは掛かっておるフリをしておるだけ。蒼に報告して参ったらしい。」
晃維は頷いた。
「はい。明人は何やら夢見がちな顔つきでありまするが、嘉韻は目がしっかりしておりまする。あれは術に掛かっておる目ではない。」
将維は頷いた。
「あれを破るのは簡単ぞ。女の身であちこちに気を配るなど難しいはず。気を散らせば済むことであるのだ。ま、解決しようほどに。見ておるが良い。」
晃維は頷いて、将維を伴って明維の部屋へと歩いた。
明維は、そこに座っていた。相変わらず無表情で、目に力はない。しかし、傍らの女は嬉しそうな顔をした。
明維が立ち上がった。
「兄上。お待ちしておりました。」
将維は頷いた。
「主、考え直したのか。さすがに己の身がもったいない事を悟ったのであるか?」
明維は頷きもしなかったが、首を振りもしなかった。
「兄上、あれほどの女、我ではもったいない。我は兄上にこそどうかと思うたのでありまする。」
将維は面白そうに明維を見た。
「ほう?我にと。我の妃となれば、将来は龍王妃。そういうことか?」
明維は頷いた。
「それにこそ、相応しいかと。」
将維はフフンと笑って、明維を見た。
「のう、明維よ。我が6歳の時に宣言したことを覚えておるか?忘れてはおるまい。」
晃維が後ろで息を飲んだ。明維は、無表情だった。
「どのお話しでありましょうか?」
将維は笑った。
「忘れたはずはあるまいに。我と取り合った女のことぞ。僅か6歳と5歳という歳での。しかし、我の気持ちはあれから少しも変わっておらぬ。我の妃は決まっておる…正妃もの。ゆえ、誰であっても龍王妃の座には就けぬ。忘れたとは言わせぬぞ、明維。未だに主は、我の妃になる女を想うておるであろうが。」
隣の女が少し困ったような顔をした。知るはずがないからだ。しかし、少しでも明維の意識を解放すれば、明維の力では簡単に自我を取り戻してしまう。それが出来ない。どうやって切り抜けるかと悩んでいると、将維は追い打ちを掛けるように言った。
「どうした、明維?主、諦めるのか?まあ、主では我には敵うまい。それが懸命ぞ?」
将維は、わざと己の根付けを落とした。明維の目が、それを追う。維月が手作りして、兄弟達に配った、扇や刀に付ける飾り。一つ一つ丁寧に、宮の細工の龍に教わって作ったのだという。維心と同じように5つの玉が付けられていたのは、この将維の根付けだけだった。後はきれいに仕上げてあったものの、皆玉が3つずつで、それに気付いた明維が将維にくって掛かったのは記憶に新しい…維月が、将維を父上と同じほどに思っているのかと、明維が相当に怒っていたにも関わらず、将維はこう言い放った…維月は我のものでもあるのだ、明維。主のものではない。主の母ではあるがの。
明維は、突然に立ち上がった。
「…我の、機もあるはずぞ!」明維は叫んだ。「我とて父上とさほど変わらぬ!兄上ほどではなくとも…!」
将維は満足げに根付けを拾い上げると、大事そうに刀の柄に付けた。
「…おお明維、やっと戻ったか。ほんに主は手間のかかる事よ。」
明維は、ハッとしたように自分の手を見た。そして、隣に居る芽衣を見ると、顔色を変えた。
「こやつ!我を謀りおったか!」
将維はフッと笑った。
「油断したの。」と芽衣に向かって言った。「さて、こちらを見よ。先程から、我に術を掛けようとしておるのではないか?」
芽衣は、ぶるぶると震えながら将維を見た。視線を合わせて、必死に術を放っても、将維はびくともしなかった。
「…そうか、その程度か。」将維は不敵に笑いながら、芽衣に視線を合わせた。「では、我の番ぞ。」
一瞬にして芽衣は身を震わせたかと思うと、夢見るような表情になった。将維は言った。
「そこへ座れ。」
芽衣はすっと座った。
将維は感心したかのように芽衣を見た。
「おもしろいの。本当に掛かったわ。仙術とは、ほんに困ったものであるが、こちらが使うには案外に便利であるかもしれぬ。」と、明維を見た。「主も座るのだ。明人と嘉韻をここへ呼べ。」
晃維が頭を下げて侍女に指示すると、侍女は出て行った。目の前の芽衣はまだボウッとした感じで一点を見つめている。明維はそれを憎々しげに見ながら、そこから離れた椅子に座った。将維と晃維も座り、待っていると、我に返った明人と、嘉韻が入って来て頭を下げた。
「お呼びでありましょうか。」
将維は頷いた。
「おお、明人も術が解けたようよの。嘉韻に聞いたか?」
明人は、まだ少し混乱しているようだったが、頷いた。
「はい。我は術に掛かっておったのでありますね。嘉韻は、咄嗟に己を閉じたのだと言っておりました。」
明人は恥じているようだ。嘉韻は気取ってそれが出来たのに、自分にはまだ、緊急時に咄嗟の判断と行動が甘い…。
将維が苦笑した。
「明維ですら掛かった術ぞ。油断をしたらそうなるよの。ま、そんなこともあるのだと学んだだけでも良い。その辺に座るが良いわ。今からいろいろ聞いて状況を把握せねばの。」
二人は、端のほうに座った。それを見て、将維は言った。
「では、主が知ることを答えよ。ここへは誰の指示で来た。」
芽衣は、ためらいもなく答えた。
「明麗様の。」
将維は続けた。
「指示の内容を全て詳しく話せ。」
芽衣はよどみなく言った。
「神の力を無くした明麗様の代わりに術を掛けて、明維様の妃になれるように計らうようにとのご指示でした。明維様に近付くには、龍王妃様が届けさせていた品を持って参ればすんなりと入れるだろうとのこと。明麗様は宮の侍女であられたので、全てご存知で言われたように事は進みましてございます。」
将維は顔をしかめた。母上のご厚意をそのようなことに使うとは。
「…明麗とは、どうやって意思疎通をしておった。」
芽衣は、懐から携帯電話を出した。
「月の宮から持って参ったこの機械と申すもので。文字を打ち、連絡を取っておりました。」
将維はそれを見た。月の宮にしかない携帯電話。これで人になった明麗でも連絡が取れたと申すか。
「…我の妃になりたいと申したのは、明麗か。」
芽衣は首を振った。
「明麗様は、神に戻りたいとおっしゃった。その方法が将維様の妃になることしかないと我が思うたので、そのようにおすすめして、明麗様がそれを望まれました。そして、支配下にあった明維様に書状を書かせ、将維様をここへ呼んで術を掛けようとしました。」
将維はますます眉を寄せた。
「…龍王妃になりたいと?」
芽衣は頷いた。
「それこそが神の世の女の最高位。神に戻り、その地位に就くことをお望みでした。」
将維は黙り込んだ。そんなことを考えるとは。将維が考えていると、明維が言った。
「兄上、斬って参りましょう。我が月の宮へ行って…」
将維は手を上げてそれを遮った。
「…芽衣。では、無事に我に術を掛けることが出来たと明麗に知らせよ。それから、指示が欲しいと申せ。」
「はい。」
芽衣は携帯電話を手に取って、文字を打ち始めた。明維が驚いて将維を見た。
「兄上…」
「あれの尻尾を掴みたいのだ。」将維は言った。「何しろ母上が殺すなと言うのでな。どうしたものかと我も考えあぐねておっての。父上が判断なされるであろうが、そうなると間違いなく処刑されるだろうが…。別に我が殺しても良いがの。しかしのう…そうすると…維月が…。」
明維がピクッと眉を寄せた。
「…兄上。聞きたいと思うておりました。たまに母上を名で呼ばれる。それに我が術に掛かっておる間、母上に、我の目の前で…、」
将維は明人達をちらと見た。
「後での。今はこれの始末が先ぞ。」と、明人を見た。「主ら、我を連れて帰るのだ。術に掛かったふりを致すからの。主らも掛かっておることになっておるから、そのように。そうして、明麗の化けの皮をはがすのだ。出来れば、母上の目の前が良いが…十六夜と父上に連絡を取るか。」
芽衣の携帯が、ぶるぶると震えた。明麗からの返信があったようだ。
「読め。」
将維が命じると、芽衣はそれを開いて読んだ。
「…すぐに月の宮へ来させるように。我は別の仙術を探すために、今努めておる途中なので、主も共にこちらへ戻るように。」
将維はニッと笑った。
「決まったの。では、参ろうぞ。」と、明維を見た。「主も来るか?」
明維は頷いた。
「はい。兄上に聞きたいことがありまするし。」
将維は苦笑して立ちあがった。
「我らを術に掛けておると思い込ませよ。」芽衣に、将維は言った。「いつもの通りに振舞うのだ。気取られてはならぬ。」
芽衣は立ち上がった。
「はい。」
明人と嘉韻を先頭に、一向は月の宮へ向けて飛び立った。




