事実
博也は、一人作業に没頭していた。
最近は、屋敷へ帰ることにしていたが、今の母と一緒に居るのは、実はつらかった。まるで母ではないような、何かに憑かれてでもいるような様子に、傍に居るのは気が滅入ったのだ。
それよりも、ここで作業をして、早く王に喜んで頂けるほうがいい。博也は、ひたすらにキーを打ち続けた。
ふと、入り口に大きな気が三つ立ったのを感じ、そちらを振り返ると、なんと龍王と、蒼と十六夜が並んで立っていた。蒼が進み出て、言った。
「博也、話があるんだ。」
博也は手を止めて蒼に向き合った。
「…何かあったのでしょうか。」
戸惑っている。蒼は頷いた。
「今、マザーを作ってくれてるんだと思うんだが、データの移行とかどうなっている?」
博也は言った。
「今はまだ、こちらへ吸い上げている状態です。吸い上げられたものから順に、共有できるようになっておりまするが、まだ移されていないものもございます。」
蒼は、嘉韻に向けて、空に言った。
「嘉韻、どの端末についてるハードだ?」
《入口から、三つ目の》皆がそちらを見る。《本棚に背を向けているものです。》
蒼はそのパソコンのスクリーンセーバーをマウスを動かして止め、デスクトップを見た。目ぼしいフォルダを見ていると、そこに、「Rei.senjutu-matome」と名のあるものが目に入った。
「これか!」
蒼がそれを開くと、立ち上がったファイルには、綺麗に分類された仙術の掛け方や解き方の一部始終があった。蒼は博也を振り返った。
「…これは?もう吸い上げてあるか。」
博也は頷いた。
「はい。それは一週間ほど前に終わっておりまする。」
こんなものがあったとは知らなかった。蒼がうなだれていると、博也がためらいがちに言った。
「王…誰がいつそれを開いて見たかを、記憶するようになっておりますが。」
蒼は顔を上げた。
「本当か!今すぐ調べよ!」
博也は頷いて、まだ線が何本か出ている機器の方へ戻り、目まぐるしくキーを押した。フォルダ名を入れると、ザッとリストのようなものが並んで出ている…接続した日、時間、接続していた長さを示す数字、接続場所、接続した者。その順に横に並んだものが、縦に無数に並んで出た。
そして、その接続場所と接続した者は、皆同じだった。
「…オレの、屋敷のノートパソコンだ…。」
博也は呟いた。そうか、母さんだ…。母さんは、これを見てあんな表情をしていたのだ。また、何かを企んで…王にご迷惑をおかけしている。
茫然としている博也の肩に、蒼は手を置いた。
「すぐにロックを掛けよ。」
博也はハッとして、蒼を見た。
「はい。今も見ているので、おそらく母には気取られまするが…。」
蒼は頷いた。
「構わない。もしも聞かれたら、知らぬ風で、システム異常が起こってるだのなんだの言ってくれ。博也、オレにはもう、主の母を庇えないのだ。維心様に忍んだり、今は、龍の宮の第二皇子に仙術を掛けさせて操っている。明人まで、今は術に落ちてしまっているのだ。」
博也は衝撃を受けた顔をした。明人殿…!明人殿にまでご迷惑を!博也はサッとキーを叩いてロックを掛けた。
《王、では、我は仙術に掛かっているフリをしておきまする。ご指示がありましたら、月からご連絡ください。我は明人を守らねば。》
蒼は見えないのを承知で頷いた。
「気を付けよ。頼んだぞ、嘉韻。明日、将維がそっちへ解決に向かうゆえ。」
《はい。それでは。》
嘉韻の念は消えた。維心が感心したように言った。
「なんとのう、さすがは元鳥の宮の次席軍神の息子。あれを咄嗟に避けるとは。」と、維心は踵を返した。「嘉韻のことは、将維にも言っておこうぞ。では、我は帰る。これ以上維月を一人にしたくないのでな。」
「どうせ結界でがっちり守っているくせに。」
十六夜が言うと、維心は驚いた顔をした。
「なぜに知っておる。」
維心は、維月が寝ている寝台をさらに小さな自分の結界を張って防御し、通常の領地の結界、そして宮の結界、そしてその小さな結界と三重構造で守った状態でここへ来ていたのだ。十六夜は呆れた。
「違う、オレが言ってるのは通常の結界のことだ。お前、維月を箱に詰めて来たのか。」
維心は眉をひそめた。
「箱に?出来るならそうしたいが起きてしまうだろうが。結界を張って来ただけぞ。ゆえに心配であるし帰る。」
維心は飛び上がった。十六夜は呟いた。
「どれだけ心配性なんでぇ。あんな結界、普通じゃ抜けれないよ。ま、オレは別だが。」
維心は、そのまますごいスピードで龍の宮へと帰って行った。
宮へ帰ると、結界の中で、維月がシクシク泣いていた。維心は慌てて維月に駆け寄った。
「おお維月、目が覚めてしもうたか。すまぬの、月の宮へ行って首謀者を追い詰める方法を考えておったのだ。」
維月は涙に濡れた目で維心を見上げた。維心はいたたまれなくなって、維月を抱き締めた。ああ、やっぱり連れて行けばよかった。どうして我は置いて行ってしもうたのか…維月が心細く思うて我を待って泣いておるなど、我には耐えられぬのに。
一方維月は、維心が自分に何も言わずに、こんな所に篭めて出て行ってしまっていたのが悔しくて泣いていたのだ。どうして私は維心様より先に寝てしまったんだろう…。私もその話を聞きたかったのに。そう思うと、また涙が出て来た。維月がぽろぽろと涙を流すと、維心はさらに抱き締めて言った。
「もう、絶対に主を一人にせぬゆえ。我は一人出掛けたりせぬ。ゆえに、安心するが良いぞ。そのように泣くでない…もう、我が傍に居るであろう?」
維月はびっくりした。維心は、自分が一人で寂しくて泣いていたと思っているのだ。でも、これからは連れて行って下さると言っているし。
維月はにっこり笑って、維心に抱きついた。
「はい。次はお連れ下さいませ。」
維心はホッとして頷いた。
「約そうぞ。さあ、維月、まだ月は高いゆえ…休もうぞ。」
勘違いはあるが、二人はそれでうまく行っていた。
明麗は、何度も何度も仙術のファイルを開こうとして失敗していた。
これまでは、簡単に開くことが出来た。なのに、いきなり消えたかと思うと、パスワードがどうのと出て開かなくなった。何が起こっているのだろう…まさか、気取られたのではあるまいか。明麗がイライラしていると、博也が帰って来た。
「ただいま。」
その声を聞いて、明麗はわざと機嫌よく何事もなかったような顔をして、迎えに出た。
「博也、お帰りなさい。遅かったのね。コンピュータのお仕事って大変なの?」
博也もまた、何でもないように、肩を回しながら答えた。
「も~今日はシステムがトラブって大変でさ。」と、疲れたように椅子に腰掛けた。「一度ダウンしたけど、復帰させて、それからセキュリティを強化して帰って来たよ。段々吸い上げている情報も増えて来たし、念の為と思ってさ。」
明麗は頷いた。
「そう、大変だったのね。でも、セキュリティって難しそうね。母さんも人の世でパソコンは少し習ったけど、その仕組みまで分からないから。」
博也は頷いた。
「それでいいんじゃないか?そういうの作るのは、オレ達システムエンジニアの仕事なんだし。使い方さえ分かってたらいいと思うよ。ここのセキュリティは、絶対破れないように何重にもしようと思ってるんだ。王に聞いて、とりあえず誰でも閲覧出来るものと、そうでないものに分けなきゃなー。」
明麗は言った。
「そうね、勉強関係は残して置いた方がいいんじゃない?何かの指南書とか。母さんも、今暇だし勉強していたのに、そのファイルが開かなくなって困ってるのよ。」
博也は立ち上がった。
「何を閲覧可能にするかは、王が決めることだ。オレはそれまで、とにかく全部守っておかなきゃならないし。すまないけど、母さんは図書館の本でも借りて来て読んでくれ。」
明麗は眉を寄せた。
「でも、本がなかったら?私、あれは絶対に…」
「ごめん、疲れたし」博也は歩き出した。「もう風呂に入って来るよ。家でまで仕事の話は勘弁してくれよ。」
明麗はさらに追い縋ろうとしたが、博也が脱衣所に入ってしまったのでそこで止まった。
せっかく、効果的な仙術を探している所だったのに!見ている場所が悪かったのか、植物に関することばかりしか読めていない。今のところ、芽衣に教えたあの仙術が一番役に立つもので、他はまだ見つけらていないのに…。
芽衣は、うまくやっているようだった。明維はすんなりと支配下に置き、今は月の宮の軍神も押さえて居ると連絡して来た。明日は、将維がきっとあちらへ来ると、芽衣は嬉しそうだった。芽衣に任せておけば、自分は神に返り咲き、将来は龍王妃の座に就くことが出来る。神の世で一番安定し、将来の心配のない位置。明麗は、そこに上りつめる自分を思って高揚していた。
…しかし、あの仙術だけでは物足りなかった。絶対に、効果的でもっと直接的なものがあるはず…。
明麗は、何としても博也にあのファイルを開かせなければと思っていたのだった。




