人
博也は、急いで治癒の龍を連れて屋敷へ飛んで帰った。母は、まだ心細げに座っている。維心に斬られた髪の部分は、再生を施されて元に戻っていたものの、髪の下は少し毛が無い所があった。見えないようにしているので、それは気にならないのだが、そこを隠すように髪を結っているので、博也は母が気にしているのを知っていた。
本来なら、再生を施されれば、元に戻るはずだった。だが、龍王のような力の強い神に斬られてしまうと、簡単には元に戻らないらしい。その傷が治らず、それが原因で後に命を落とすことまであると聞く。しかし、母の傷は一応塞がっていたし、そこは博也もホッとしていた。
「症状は?」
宮の治癒の龍が言う。明麗は答えた。
「…飛ぶことも出来ませぬ。」明麗は下を向いた。「それどころか、気を読むことも、己の気を発することすら出来ませぬ。これは、何ゆえでしょうか。」
治癒の龍は、じっと手を翳していたが、それを離して、言った。
「切り離されておりまする。」龍は言った。「明麗殿の、神としての力を。今はただの人でしかありませぬ。」
博也は仰天した。そんなことが起こるのか?!
「しかし…母は髪を斬られただけで。」
治癒の龍は博也を見た。
「力や命、それに縁なども、皆頭の所に集結していろいろな形でつながっていると聞きまする。おそらくは、その折に知らず神の力の部分を切り離されたのでしょう。龍王は命を司る神。神としてのお命が、そこで切れたものと思われまする。」
明麗は愕然として、膝を付いた。博也が龍に聞いた。
「では、つなぎ直すことは可能でしょうか?」
龍は首を振った。
「黄泉に送られたようなもの。取り返すことは叶いませぬ。」龍は頭を下げた。「これは我でなくとも手に負えないもの。では、失礼致しまする。」
「あの…!」
博也は呼び止めようとしたが、龍はスッと出て行った。思えば、龍であるのだから、龍王は、今は蒼が王であっても、かつては自分達の王であったはず。その王の勘気に触れた女など、これ以上診ることはないといったことなのだろう。博也は母を見た。今や神ではなく、人になってしまった母。もう、いくら父上が許すと言っても神の王妃にはなれず、気の補充すら出来ないので食べて命を繋がねばならない…。
博也は母をなだめて寝台に寝かしてから、蒼に報告するため宮へと戻ったのだった。
蒼は、居間でまだ十六夜と話していた。
深刻そうな顔をしているところを見ると、また母のことを話しているような気がする。博也は頭を下げた。
「王。ご報告に上がりました。」
蒼は頷いて、傍の椅子を示した。
「座るが良い。」
博也は座って、状況を話した。
十六夜が、聞き終わってしばらく黙っていたが、口を開いた。
「…やるだろうな。いや、出来るんだ、維心には。昔同じように、これは知っててやったんだが、罰を与えるために神の命を切り離したのを見たことがある。」と蒼を見た。「ほら、領嘉の時だ。」
蒼はあ、と思い出した。
「そうだったな。命までは取らなかったんだ…温情だった。本当なら、殺されていてもおかしくなかったのに。」
十六夜は頷いた。
「そうだ。明麗の時は殺そうとしてたんだが、オレが邪魔したからああなって、きっとその位置が神の力の場所だったんだろう。だとしたら、あれは元には戻らねぇ…その治癒の龍が言ってたように、黄泉に送られたようなもんだからな。領嘉だってあれからどうしても駄目で、仙人になったぐらいだからな。」
博也は顔を上げた。
「では、仙人になればいいのですね?」
蒼は、十六夜と顔を見合わせた。
「博也…誰でもなれる訳じゃないんだ。領嘉は仙骨があったし、元々仙人について修行してたしな。同じ仙人の涼や裕馬だって、あれは地に頼んで無理にしてもらったものだし。だからって、地は誰にでもそうしてくれる訳じゃない。だから、無理だ。」
十六夜が頷いて博也を見た。
「人として生きる方法を探した方がいいな。オレ達も考える。お前は心配すんな。」
博也は頷いて、立ち上がって頭を下げた。
「オレも考えてみます。人として、人の世でオレが一緒に生き直してもいいと思っています。オレの母親なんだから、責任持たなきゃならないし。」
蒼は首を振りたかったが、出来なかった。どうしても行き場がなけば、そうするより仕方ないかもしれないからだ。
「…とにかく、オレ達も考えてみるから。そうならないためにも。」
博也は頷いた。そして、そこを出て行ったのだった。
明麗は、ただ呆然と机に向かって座って外を見ていた。目の前には、月の宮に来てから覚えたパソコンが起動していたが、そちらは見ていなかった。
人に、なってしまった。誰が近付いて来ても、気配も読めない。森を散策しようにも、そこまで歩いて行かねばならない。定期的に空腹という状態になり、何か食べないと体が動かなくなって来る。しかし、自分一人のために何か作る気にもならなくて、結局支給されているパンを食べたり、果物を食べたりしているだけだった。
博也は王にご報告をと出て行った。今の自分は、どれ程に厄介者なのだろう。碧様も、こんな自分に愛想を尽かして今後関わらないと申し渡して来たと聞いた。自分はただ、ここを出て、また世話をしてくれるかたを探していただけだった。
…どんな神も女なら例外なく望んで来るのだと思っていた…確かに龍王は高望みかもしれなかったが、たくさんの妃のうちの一人になら、簡単に収まれるものだと思っていたのに。あれほどにお美しいかたが、あれほどに恐ろしいとは…。
明麗は、皇子の将維にしておけばよかったかもと、まだ思っていた。しかしもう、神ですらない明麗には、何を望んでも叶えられる事はなかった。
何気なく見た画面の端に、博也が今作っているという、マザーコンピュータのアイコンが出ている。明麗は興味本意でそれを押した。
途端に色々な項目に分かれてフォルダが開き、明麗は感心した…結構な量の情報にアクセス出来るようになっている。他のパソコンの情報も、全て皆で共有出来るなんて。
明麗は、気になる項目を目にし、それを開いた。
諦めなくて、良いかもしれない…。
明麗は、食い入るようにそれを読み漁った。
そのフォルダは、「Rei.senjutu-matome」と、書いてあった。




