新入り
蒼は、憮然としていた。
華鈴という、鳥の宮の皇女で、将維の許嫁であった者が、将維の妃になるということで命を救われて龍の宮で助かっていたのだが、将維の気が維心と同じように強いため、その気を受けるに耐えられないとわかった華鈴を、将維が娶る訳には行かなくなった。
そうなると、神の世では、その皇女は処刑されることになる。なぜなら、敵であった宮の皇女であるからだ。
だが、同じように共に戦った宮の王である蒼か、月の十六夜が娶れば、その皇女は助かることが出来る。なので、その命を助けたい母の維月は、蒼に娶って欲しいと望んでいたのだ。
十六夜は元よりそんなことには興味は無くて、維月以外は眼中にないのでそれは無理だった。娶るなら、蒼しか居なかったのだ。
蒼は悩んだ。最近は、それほど仲がいい訳ではないにしろ、蒼には維心の妹の、瑤姫という正妃が居る。元は人であった蒼は、そんなに何人も妃を迎えるような感覚はなかった。なので、断りたかったのだが、蒼が断った時点で華鈴の行き場は絶たれ、将維の手によって処刑するしかなくなる。
元より王族の華鈴は、とっくに死する心の準備は出来ているという。それではあまりに哀れだと悩んだ結果、蒼はその話を受けることにした。
そして華鈴は、蒼の妃として月の宮へ来ることとなったのだった。
先に龍の宮で婚姻の夜を済ませた蒼は、華鈴を連れ帰って、かつて滞在していた華鈴の父、炎嘉の使っていた対の半分を華鈴に与え、そこに住まわせた。
華鈴は神の女に共通する素直で従順な、大変に美しい女であった。蒼は、苦労していた華鈴を幸せにしてやろうと、心に決めたのだった。
であるのに、分かっていて納得したはずの瑤姫が、機嫌を悪くしていて公の場にも出て来ない。そのせいで、不仲が噂され、蒼もほとほと困っていた。
だから、何人も妃など要らないと言ったのに…。
蒼はため息を付いたのだった。
そこへ、重臣筆頭の翔馬が入って来て頭を下げた。
「王、本日見回りに出ておりました軍神達より報告があったと、李関より知らせて参りました。」
蒼はいずまいを正した。
「何事ぞ。」
翔馬は頭を上げた。
「はい、神の女が一人、人の男が一人、半神の男が一人。こちらの宮に入りたいと願っておるとのこと。いかが致しましょう?」
蒼は立ち上がった。
「では、いつも通り関の房で、主が面談して参れ。それからオレが話を聞こう。」
翔馬は頭を下げた。
「は!では、そのように。」
翔馬は出て行った。関の房とは、結界内にありながら小さく結界を張られた小さな房で、誰の紹介でもなくいきなりこうして駆け込んで来た者の話を聞く場であった。仮にそこで暴れる様なことがあっても、外へ出る事は出来ない。そこで聞いて良かれとなれば、蒼が直接見に行く。蒼には一目見れば、だいたい悪意があるかないかぐらいは感じ取れた。月の力と、人の勘なのだと蒼は思っていた。
ここのところは駆け込みは少なかったのだが…。
蒼はそう思って、また物思いに沈んだのだった。
その少し前、明人は珍しく夜勤だった。
連隊長になってから、ついぞなかったのだが、分隊長が結婚して休みを許され、龍族なので龍の宮に里帰りしているのだ。それで明人がその間、その分隊長の任務を請け負っていた。
明人は今は独り身なので、別に夜勤があっても全然構わなかった。逆に下の隊員達と話が出来て、良かったと思っていた。
決められたルートを結界すれすれの外を、隊員10名と二手に分かれて飛んでいると、丁度地の亀裂の終わった所、東側の端に、三人の人影が見えた。人の気も感じる…こんな山深くに、日が落ちてから来る人など居ない。明人がその頭上に浮かぶと、そのうちの二人がこちらを見上げた。一人はキョロキョロとしている。見えていないのだ。
二人のうち、片方の女が言った。
「月の宮の軍神のかたでございまするか?我は王、碧様の宮の侍女でありました明麗と申します。これは我の子の半神、博也、あちらは夫の人で博でございます。ゆえあって人の世に下っておりましたが、こちらの宮に受け入れていただきたいと参りました。お取り継ぎ願えませんでしょうか。」
明人は答えた。
「ではしばし待て。我が王にお伺いする。」
明人は、軍神の一人に合図した。その軍神は頭を下げ、結界の中へと飛び去って行った。
それを見送ってから、明人はそこへ降り立った。
人としてならかなり美しい女と、姿は中学生ぐらいの男の半神と、そして全くこちらが見えていない背の高い人が三人、所在なさげに立っていた。明人は、明麗に言った。
「人の世から戻られることになさったのか?」
明麗は頷いた。
「はい。」と、夫のほうを振り返った。「失礼して、夫にも見えるように術を掛けてよろしいでしょうか。」
明人は頷いた。
「我がやろう。」
明人は、その男に術を掛けた。男はいきなり見えた明人に驚いたようだったが、頭を下げる。明人は軽く返礼した。
「こちらは人の世からの帰還者を受け入れているとは言っても、神の世の理で動いている。主の夫は、それに従えるのか?」
明麗は頷いた。
「それは我から重々話しておりまする。理解しておるものと思っております。」
明人は慎重に頷いた。
「主、ここからは神の世。王に絶対の忠誠を誓わねばならぬ。我も人の世にて育ったのであるので分かるが、人の世の人権云々は通用せぬ。命も全て王に任せることになる。本当に納得しておるのか?」
相手は、緊張気味に頷いた。
「はい。我が子も半神であるので、人の世では暮らして行きづらくなると聞きました。ですので私も、慣れるよう努力いたします。」
明人は、まだ実感していないのだろうと思った。人の世では、なんだかんだ言っても金さえあれば、自分の好きなものが買えたし、好きなことが出来た。働くにしても、労働基準法があった。だが、神の世にはない。王の役に立って初めて何か与えられる。仕事も、休みなく1、2か月働き続けることだってある。ここは王が考えて休みをコンスタントに下さるが、それが出来ない時もあるのだ。不満が溜まって、出て行くことを選ぶ人も多い。一度出て行ったら、戻って来てもここには絶対に受け入れてもらえない。特に人は、術でこうやって見えるようにしてもらって、初めて月の宮も、神も見ることが出来るのだ。やはり人の世でも無理だったとまた戻って来た所で、それが見えることはなく、そして二度と術を掛けてもらうことはなかった。
そうして、その辺りで野垂れ死ぬ者も、実は多かったのだ。明人は、明麗を見た。
「王の使いが、もうすぐここへ参るであろう。神が人の世で馴染むのが難しいように、人が神の世に馴染むのもまた難しい。よく話し合って決めるのだぞ。一度この月の宮を出れば、二度と受けれてもらえることはない。この辺りの、人の屍の多さを見ても分かるであろう…戻って参っても、例え死しても中へは入れてもらえぬのだ。我らは定期的にそれらをまとめてあちらの塚へ埋めてやるが、それが多いのも確か。人の夫に、よく知らせておくと良い。」
先程の軍神が、翔馬を連れて戻って来た。明人はそれを見上げた。
「翔馬殿。」
翔馬は、息を切らせてそこへ降り立った。
「おお、珍しいの、明人。主が夜勤とは。」
明人は頷いた。
「兼信が龍の宮へ戻っておるので。我が代わりよ。それで、王はなんと?」
翔馬は懐紙で汗を拭いて言った。
「おお、関の房へ入れよとのことだ。我が詳しい話を聞く。さ、こちらへ。」
翔馬は、三人を促して結界に触れる。そこは穴が開き、中へと開いた。
「さ、では中へ。」
三人は頷いて、緊張気味に歩いて行く。
明人はその後ろに続いて入って行った。




