五,運命
今日も、大盛況の見世物小屋は大忙しです。
ウツギは「ノギクめ!絶対に見つけ出して締め上げてやる!」と、怒りが更に増しました。
段々と日が暮れ、客もまばらになってきました。
ノギクは椅子に座ったまま、もう完全に諦めていました。
「死刑を待つ囚人の気分」
ノギクは、いっそ早く見付けてほしい、とさえ思い始めていました。
日は完全に暮れ見世物小屋も閉店。ノギクは「いよいよだ」と椅子に座り直し覚悟を決めました。
案の定、ウツギは怒鳴り込んできました。
「ガウラ、ふざけるな!一体、何を考えてやがる!?」
「お前の我が儘には堪えられん!金儲けの役にもたたないのか!!」
「ノギクのガキもそうだ!だから、ガキは嫌いなんだ!」
「下ばっか向いてるんじゃない!」
ウツギの罵声は止まりません。ノギクは完全に諦めていたので怖くも悲しくもありませんでした。ただ、ガウラの事は気掛かりでした。
「もしかして、犯罪に巻き込まれたんじゃ…」
ノギクが、ぼーっとしているとウツギが檻の鍵を開け入ってきました。
「終わった」
ノギクが目を閉じた瞬間、部屋の扉が勢いよく開きました。
ノギクは驚きました。なぜなら、ガウラが立っていたからです。
もちろん、ウツギも驚きました。なら、椅子に座っている子供は誰なのか分からなかったからです。
ガウラは黙々と歩いてきます。
ノギクは急に嬉しさが込み上げてきました。「よかった!ガウラが帰ってきた」
何故だか、期待感も高鳴ります。
ウツギは固まっていましたが「ガウラか?」と低く怪しんだ声で聞きました。
ガウラは「はい、ガウラです」と答えると笑顔を見せました。ガウラは尋ねます。
「ガウラだと。なら、ここのガキは誰だ!?それに何で外に出てる!?」
「そこに居るのはノギクです。ノギクに外に出してもらいました」
ウツギは椅子に座っている子供のヴェールを奪い取りました。見慣れた、華奢なやせ細った顔のノギクが現れました。
ウツギは一瞬、驚きすぎてよろけましたが直ぐに体勢を整え怒鳴り出しました。
「何をしてる!?ガウラのドレスまで着て!一日中、俺を騙してやがったな!」
言い終わると同時にウツギはノギクを殴りました。
ノギクが椅子から転げ落ちても怒鳴りながら蹴ってきます。
「ふざけるな!裏切りやがって!何をしたか分かってるんだろうな!?」
ノギクは意識が朦朧としてきました。すると、ウツギはガウラに怒鳴りつけます。
「ガウラ!お前も俺を裏切ったんだ!次はお前だ!」
そう言うと、ウツギはガウラの元へ歩き始めました。
ノギクは体中が痛くて、意識は朦朧としていましたが、精一杯の力を出しウツギの足にしがみつきました。
ウツギは更に激昂しノギクを蹴り怒鳴ります。
「何だ!?それで、守ってるつもりか!お前を信用した俺が馬鹿だった!ガウラに唆されやがったな!」
ノギクは蹴られ続けながらも、必死でウツギの足を離しません。「友達なんだ!友達なんだ!」ノギクは強く想いしがみついています。
ウツギは更に強く蹴ろうとした時、ガウラが叫びました。
「お父様!止めてください!」
その叫び声にウツギは、蹴るのを止めガウラを見ました。ガウラは涙をぽろぽろこぼしているのです。
涙を流しながら、ガウラはウツギに訴えてきました。
「お父様!ノギクが死んでしまいます」
「使えない奴は死んでかまわん!」
「嫌です!私の部屋ですよ!勝手はやめて下さい」
「うるさい!勝手をしたのはお前だ!俺を裏切った奴は許さん!」
「私はお父様が好きです!お客様も大好きです!だから、仕事だって続けたいのです!」
「何だと?じゃあ、何で逃げたんだ!?」
ノギクは床で動けなくなっていました。朦朧としていますが、会話は何とか聞こえています。
ウツギの最後の問い掛けにガウラは黙りました。
ノギクは「ガウラ…、もう俺のせいにしてくれ」と心で強く想いました。
ガウラが口を開きました。
「私への興味を無くされるのは嫌です」
ウツギは意味が分からず言いました。
「何を言ってるんだ?全く意味が分からん!」
ガウラはノギクを見ながら冷静に言いました。
「私から、皆様の興味が無くなっていくのは辛かったのです。私は見世物小屋の華でありたいのです」
ウツギは首を傾げてしまいました。
ガウラは、見世物小屋の華であり皆の興味を独占していたからです。
ただ、ガウラは無表情で涙を流しながら同じ言葉を繰り返すだけです。
「私は見世物小屋の華であり、注目を浴び続けたい」
ノギクは「大丈夫だよ。ガウラは華だ。そして天使…」と心の中で呟き気を失いました。
ざわざわと騒々しい音と話し声が遠くから聞こえてきます。
「俺、何したんだっけ?」
騒々しい音がどんどん大きくなってきます。人々の笑い声も聞こえます。
「そうだ、仕事しないと」
ハッキリと音が聞こえ出し、人々の歩き回る足音が頭に響きます。
「なんだ?ここは何処だ?」
騒々しさと、明るい光も感じ出しました。
「外?そうか、外にいるんだ」
体は少しも動かず、力も入りません。ただ、まぶたは動きました。ゆっくりまぶたを開けると、灰色の世界と行き交う人々の足が目に飛び込んできました。
「俺は倒れているのか」
電車の音も聞こえます。どうやら駅前の様です。
「こんな所で寝てたら変な目で見られる」
体は全く動きません。ただ、人々が行き交う足と騒音を感じながら倒れているしかないのです。
「俺は、このまま死ぬのか…?」
動かない体と疲れきった心が重くのしかかってきます。
「…何で…俺が…」
もう考える事すら面倒になってきました。
行き交う人々の足音、話し声や笑い声、電車の騒音、駅前の独特な香りと賑やかさ。
小さな子供から、年寄りまでボロボロになり眠っている人は多くいます。
この大きな町では、珍しくもない光景なのです。
この大きな町では、この世に生命を受けたと同時に運命も決まっています。
どうあがいても運命には逆らえない、そんな大きな町です。
この町の黒一色の奇妙な家。
そこにも、運命には逆らえない人間が集まります。
そして、自分の運命よりも劣っている等と決めつけては笑い合うのです。もちろん、奇妙な家の住人も。
町も奇妙な家も、全てがいつも通りで人々は賑やかに暮らしています。
定められた運命に向かって。
ローズブーケ