二,お菓子の箱
今日も大忙しです。
ノギクは走り回り仕事をします。客がノギクにお菓子を持ってきてくれました。
ウツギは、そのお菓子を受け取り愛想笑いをしています。ノギクは胸が高鳴りました。お菓子なんて食べたことがないからです。
嬉しくて、今日の仕事は楽にさえ思えました。
檻の掃除中も笑みがこぼれます。「調子にのるな」等、言われましたが気にもしませんでした。もちろん、親切な男性も知っていました。まるで、自分の事のように喜んでくれる男性にノギクは思いました。
「彼にもお菓子を持ってきてあげよう」
急いで掃除を終わらせ、夕食を食べに行きました。
相変わらず、固いパンとスープだけですがお菓子があるので平気です。
ノギクは食べ終わりましたが、ウツギはまだ食べています。
ソワソワしながら待っているとウツギが不思議そうに聞きました。
「何だ?飯がすんだら仕事に戻れ」
冷たく言われましたが、ノギクは一生懸命にお菓子の事を伝えました。
なかなか、ウツギには伝わりませんでしたが何とか伝わったみたいです。
「あ〜、菓子の事か!」
ノギクは首を縦に振りました。ウツギは悪びれることなく言いました。
「もう、食った!旨かったぞ、もっと頑張って客から菓子をもらってくれ」
ノギクは驚き、酷く動揺しました。そんな様子をみてウツギは怒鳴りました。
「何か文句でもあるのか!?飯も食わしてやってるだろうが!そんなに、菓子が食いたいなら箱でも舐めてろ!」
怒鳴りつけ、ノギクが貰ったお菓子の箱を投げつけてきました。ノギクは空っぽのお菓子の箱を抱きしめ走って仕事に戻りました。
冷たい床に座り、軽いお菓子の箱を見つめました。
箱の蓋をあけると、甘い香りがします。よく見ると粉が残っていました。
ノギクは嬉しくなり、粉を必死で舐めました。甘くて不思議な味がしましたが、とても嬉しくて何度も舐めました。
「親切なおじさんにあげれなかったな」
ノギクが少し残念に思っていると、また奇声が聞こえたので止めに走りました。
何かを、ゆっくり考える時間ですらノギクには無いのです。
そんな毎日を過ごし、だんだん弱々しくなっているノギクを客は心配しました。
以前、お菓子をくれた客はノギクに「ひどい目にあわされているのか?」と尋ねましたが、ノギクは首を横に振りました。
縦に振った所で、口がきけない自分は上手く説明できないと思ったからです。
「なら、良いが…。何かあったら個々まで来なさい」と言い住所が印された紙を渡してきました。
今日も大盛況だった見世物小屋の後片付けや掃除を淡々と済まし、親切な男性の部屋をしていると真っ赤な血溜まりを見つけました。
ノギクは慌てて、男性に身振り手振りで伝えます。しかし、男性は目が無いので分かりません。
ノギクは急いでウツギを呼びにいきました。
身振り手振りで伝えるノギクをウツギは鬱陶しく思いましたが面倒くさそうに立ち上がり、ノギクについて行く事にしました。
ノギクは、血溜まりを指差して見せます。ウツギは一瞬にして檻から出て部屋に戻ってしまいました。
ノギクは意味が分かりませんでしたが、とにかく掃除をして綺麗にしてから部屋に戻りました。
部屋ではウツギが煙草をふかし、苛立っています。
「まったく!あいつは要らないな!伝染病なら大変だぞ!?死ぬ前に売り付けてやる!」
ノギクは傷つきました。優しくしてくれる人がいなくなる事と死ぬかもしれない事に。
ウツギは、すぐに電話をかけ売買業者に話しをしています。長い会話でしたが、何とか折り合いがついた様で電話をきりました。
「飯代にもならねぇな!」
ウツギは吐き捨てるように言い寝室に向かいました。
ノギクは悲しくて仕方ありません。ですが、何もできないのです。