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月に二度、ヤギになる

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/07/28


「おのれ学長! 私の論文をさも自分の功績のように発表しおって!!!」


自分の草稿を力いっぱい握りしめ、机を拳で叩きながら、ダンは叫んだ。


しがない非常勤講師ダンは、三年かけて『薬草と月齢の相関について』をまとめる。

しかし、それを、まるまる盗用されたのだ。


煮えくり返る怒り。

狂気と復讐心。

ダンは古書店で怪しげな魔導書を手に入れ、独学で禁断の魔法を研究。


ついに満月の夜、怨敵を恐怖の底に陥れる悪魔を召喚する儀式へと踏み切った。


……までは完璧だったのだ。多分。



怪しい魔法陣を描き。

窓から吹き込む夜風を受け、羊皮紙を掲げて呪文を詠唱する。


今まさに地獄の門が開き、恐ろしい上位悪魔が顕現――


ビューーー。


突如として吹き込んだ強風が、机の上に置いてあった「健康のためにかじっていたオーツ麦」と、その干し草を、盛大に撒き散らした。

穀物と葉っぱが舞い散り、召喚陣の真っ赤な線の上にパラパラと落ちる。


その瞬間に

光。

煙。

雷。

それらが一度に襲い、そしてすぐに静寂に戻る。


「ゴホッ、ゴホッ! ……くそっ、失敗か。悪魔どころか何も……ん?」


自分の足元にフサフサとした毛が生えていた。蹄《ひづめ》もある。

ダンは自分の手を見る。手にも漆黒の蹄《ひづめ》。


あわてて鏡をのぞき込む。

頭からは立派な角。長い耳。

そこには見事な「二足歩行のヤギ男」が映し出されていた。


「……私がヤギになったぁぁぁぁ!?」


召喚ではなく、まさかのセルフ変身。

しかもオーツ麦の葉が混ざったせいで、心なしか無性に草が食べたい。


「……少しだけ」

そっと一本、齧る。


「……」

もう一本。


「……おいしい」

気付けば夢中でもしゃもしゃ食べていた。

理性では「なぜ私は草を食べているのか」と悩んでいるのに、身体は実に素直だった。




夜が明けると、ダンは元の人間の姿に戻っていた。


「……戻った?」


鏡を見ながら、しばらく考える。

どうやら、この変化は永続的なものではないらしい。


だが、次の新月の夜。

再び、ダンの身体は光に包まれた。

そして、またしても立派な角と毛並み。


「またかぁぁぁ!!」


と叫び声をあげた後、コツコツと蹄《ひづめ》の音を響かせながら部屋をグルグルと歩き回る。


「……なるほど」


ダンは考える。


「前回は満月。今回は新月」


二度の事例だけでは断定できない。

しかし、条件としては十分に疑わしい。


「満月と新月の夜に変身する、と仮定しよう。理由は何だ……?」

……まあ、魔法だし?

いや、それよりも。


ダンは草むらを見る。


「今は草が食べたい」


どうにも「新鮮な草をモリモリ食べたい」という本能には抗えず、ダンは夜の村の広場へコソコソと繰り出した。

もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。


「めぇぇぇ……。いや違う! 私は人間だ!」


ちゃんと人語もしゃべれる。

そこだけは救いだ。


「……誰だ!?」


背後で鋭い声がする。

振り返ると灯りを持った村長だった。


「バ、バケモノ!?」

「待ってください、ダンです、非常勤講師のダンです」


「……」

「……」


しばらく見つめ合う。

村長が恐る恐る口を開いた。


「なんでしゃべれるの……?」

「……魔法のチカラ?」


「大雑把だな!疑問形かよ!」

「正直、私もよく分からなくて」


村長は頭を抱えた。


「なんでヤギになったの?」

「オーツ麦が」

「オーツ麦?」

「風で紛《まぎ》れまして」


意味が分からないが、村長は遠い目をした。


「ああ、……まあ、風なら仕方ないな……いや、仕方ないか?」

「うーん……」


「で、昼間は?」

「戻っています」


「毎日?」

「……いえ、まだ二回目です」


「二回?」

「前は満月でした。今日は新月です」


「じゃあ毎月その二日だけ?」

「分かりません。偶然かもしれません」

「そうかあ……」


村長はまだ遠い目をしている。


「まあ……人を襲わないならいいか」

「襲いません」


「草は?」

「ちょっと、いや、かなり食べたいです」

「そっかあ……」


村長がふと思いついたように言う。

「……なあ、ダン」

「はい」


「その、草は好きか?」

「好きというか……食べたくなります」


「じゃあ、そこの斜面だけ食べてもらえないか?」

「え」


「毎年大変なんだ」

「……専門外なんですが……」


「今はヤギだろう」

「否定ができませんね」


「まあ、君に頼むのは失礼かもしれんが」

「いえ、……非常に納得しやすい依頼ではあります」


ダンは真顔で答えた。

……ヤギの顔なので、何が真顔なのか分からないが。


ヤギになると草がやたら美味しい。

クローバーやら、若いヨモギやら、柔らかな新芽、などなど。


「……うま」

「うまいのか?」

「すごく。この斜面、日当たりがいいですね」

「味で分かるの!?」

「オーツ麦は少し甘いです」

「評論まで始めた!……えーと、じゃあ、この調子で頼む」

「承知しました」


もしゃもしゃ、もしゃもしゃ。

ヤギの姿のダンは美味しそうに草を食む。

おかげで斜面はきれいになった……。


◇◇◇


ダンがヤギ男になり、草をきれいに食べてくれる!


その噂はあっという間に村中へ広がった。


「ダン先生、来月の新月、空いてます?」

「申し訳ありません。二件入っています」


「満月は?」

「牧草地です」

「人気店か!」


「……票を作って順番にしてください」


ダンは律儀だった。

村の掲示板にはいつしか「ダン予約表」なるものまで作られ、満月・新月の草刈り予定は三か月先まで埋まっていた。




ダンはダンなりに、変身するたびにノートを開き、必死に現状を分析しようとしていた。


「やはり変身の周期は新月と満月。オーツ麦の成分が魔導書と反応して体に残留していると見るべきか……」


が。

「ダン先生ー! 牧草地がえらいことになってる! 助けてー!」

「……はい、今行きます」


ノートを放り投げ、一目散に牧草地へ走っていくダン。

復讐のために覚えたはずの魔法は、今や「完璧な環境配慮型・超急速草刈りスキル」となっていた。


「……うま。ここのクローバー、日当たりが良くてまろやかです。土もいい感じで……」

「草ソムリエだな。って違う!ダン先生、予約表に載ってないところ行かないでよ!」

「あ、すみません……。ええと、じゃあ牧草地は今回半分までで、この後すぐそちらに行きますね」


「すまんかったなあ、ダン先生、これ作業料の新鮮な野菜だ、持って行ってくれ!」

「あ、どうも……ありがとうございます」


作業料という名のお礼の品を抱え、家路につく。


(そういえば、私、非常勤とはいえ講師でしたよね?)

月に二度の草刈りだけのつもりが、気付けば日中は子どもらに勉強を教え、村人と話し込み……。

(……あれ?……私、学長に復讐するんじゃなかったっけ……)


一瞬、我に返りかけた時、別の村人からも声がかかる。


「はい、ダン先生。作業料の自家製チーズ、いつもありがとうねえ」

「あ……はい、こちらこそ、ありがとうございます……」


(チーズ美味しいよなあ。原材料を考えるといささか複雑な気分にはなるけど)

そんなダンを子どもたちが楽しそうに追いかけてくる。


「ダン先生ー、毛触らせてー」

「角は引っ張らないでくださいね」

「めぇ!」

「それ、私の鳴きまねですか」

「うん、似ててかわいい!」

「……はあ、まあ」


子どもは恐れ知らずだと思いながら、ダンは差し出された小さな手に大人しく蹄《ひづめ》を撫でさせていた。


「先生、明日は字の読み方教えてね!」

「……ええ、もちろんです」


◇◇◇


その頃。

論文を盗んだ学長は、新しい研究を発表した。


「オーツ麦については私が第一人者で──」


発表が終わると、司会が口を開く。


「それでは、ご質問のある方は挙手をお願いします」


一人の男が、おずおずと手を挙げた。


「この先の村に、先生より詳しいヤギがいますよ」

「……は?ヤギ?」


「草を食べながら土の状態まで当てます」

「何を言ってるんだ」


「日当たりが良いと、甘くなったり、まろやかになったりするそうです」

「……味見したのか?」


「はい、ヤギだから食べてました」

「ヤギならそうだろうな…って、だから、なんで!?」


ヤギ……?どうやって意思疎通……?

学長は、言っている意味がまるで分からず頭を抱えた。


◇◇◇


今夜も満月が丸く輝く中、元・非常勤講師のヤギ男は、満足そうに尻尾をフリフリさせながら草を食む。


「まあ、悪魔は呼べなかったが……。」


村を見渡す。

どこもきれいに草が刈られている。


ダンは満足そうに草を噛みしめた。


「よく考えたら、学長への復讐に悪魔を使う必要もなかったな。

論文の草稿も、日付入りの記録という証拠もあるし……うん、学会と連絡を取ろう」


少し間を置く。


「……まあ、その前にヤギになるとは思わなかったが」


お腹いっぱいの草(と、村人からもらった差し入れ)で満たされたダンは、夜空を見上げながら満足げに答えた。




「ぅめぇ~」




ー了《もしゃ》ー

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