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森と鋼のあいだ ー大往生 のち 恋をするー  作者: ヒトツキト樹


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第1章 目覚めたら、森の民だった 3

「ねぇ…セラ…ヴィ?」

 「……私、どうして倒れてたの?」


 尋ねる声が震えた。

 

セラヴィは一瞬、視線を落とす。迷いではなく、言葉を選ぶ間の沈黙。


 「森の魔力循環が乱れていたんだ」

 

森が、呼吸している――さっき感じたあの鼓動が、言葉になる。


 「俺は異変を察知して軍議で調査を訴えた。だが……止められた。保守派の者たちに。『森は我らのものだ。調査など不要』だと、いつも通りの結論でね」

 

淡々とした口調の奥に、怒りを押し殺す硬さが混じっている。

 清一さんも、感情を表に出さない人だった。その代わり、背中に全部背負う。


 「君は――乱れ、弱りゆく森の姿に君は、待つことができなかったんだ」


セラヴィの若草色の瞳の光を強めて、まっすぐこちらを見た。


 「単独で“修復術式”を試みた。森を戻すために。……君らしい無茶だったよ」


 “君らしい”と言われても、百合江には実感がない。

 けれど――胸の奥が、ちくりと痛む。

 

守ることに頑固。

 必要なら信念も曲げる現実主義。

 自分の命を軽視しがち。

 

それは百合江にも、確かにあった性分だ。焼け野原に苗を植えはじめた時、止める声を聞かずに手を動かした。自分が倒れてもいいと思ってしまった。

 

セラヴィが続ける。


 「術式は途中で魔力が暴走した。……君は倒れ、意識を失った。身体は生きている。でも、いつ目覚めるかはわからない。だからおれは、こうして待っていた」

「おれらの生が長いことにこれほど感謝したことはなかったよ」


 百合江は何も答えず、ただ高速で思考を処理した。

 

つまりセラヴィは、目の前にいる私の“混乱”を、転生者の戸惑いとは思っていない。

 暴走の後遺症。目覚めたばかりの妹ユリィの混乱として受け止めている。


 ――そうだ。私は、ここで“百合江”を名乗る必要はない。

 ――この世界では、ユリエルとして扱われる。


 理解はできる。

 でも、心が追いつかない。


 「……あらあら……」


 また口癖が喉から零れ落ちる。

 百合江は苦笑しそうになって、うまく表情が作れない。


 セラヴィがほんの少し目を細める。


 「実は暴走した魔力の影響で、記憶がすべて、なくなっているかもしれない。と言われていたんだ」

 「でも、その口調……やっぱり、君だ」


 “君だ”と言われるたび、胸の奥が二重になる。

 百合江としての私と、ユリエルとしての私が、同じ身体の中で擦れ合う。


 それでも。


 セラヴィの存在は、確かに落ち着きをくれる。

 清一さんに似た“盾”の温度があるからだ。

 守られてしまうことが怖いのに、守られていると息ができる。

 矛盾を抱えたまま、百合江――ユリエルは小さくうなずいた。


 「……ユリィって、呼ぶの?」

 「うん。小さい頃からそうだ」


 小さい頃。

 知らないはずの時間が、言葉の端々にある。


 セラヴィは立ち上がり、手を差し出した。

 強引に掴まない。距離を残し、選択を委ねる手。


 ユリエルはその手を見つめる。

 ユリィエル同じく、細くて、長い指。


畑仕事で荒れ、ごつごつとした清一の手とは全く違う。

 でも、”守る”ことを知っている、”盾”の手だ。


 恐る恐る、指先に触れる。

 温かい。人の温度。懐かしさや安心感が身体を包み込むのはユリエルの記憶なのだろう。


 それだけで、胸の奥の氷が少し溶けた。


 「……行こう。王がお待ちだ。君が目覚めたことは、この国にとって軽い出来事じゃない」

 

セラヴィは“転生”を知らない。

 けれど彼の言う通り、これは軽い出来事ではない。

 

森の呼吸が乱れた。

修復術式が暴走した。

妹が倒れた。


そして――百年を生きた百合江が、この身体で目覚めた。


 百合江は知らない。          


  偶然ではない。

 転生は偶然ではなく必然。


 でも、その必然の意味は百合江にはまだ見えていない。



 セラヴィに導かれ、樹の裂け目をくぐる。


 外は、森の光で満ちていた。

 息をするたび、森の空気が肺の奥を撫でる。

 呼吸する大地の上で、ユリィは小さく震えた。


 ――終わりの先には、続きがあるのね。


 それが百合江やエルフ、この世界のとって救いなのか、試練なのか。   

         

 ――まだ分からない。


 ただひとつだけ、すでに百合江はわかったことがあった。

 セラヴィの背中は、確かにユリエルを守る”盾”であること。それはまるで、百合江を守り続けてくれた清一のような背中。 

           

ーーあらあら、そういうことなのね。


この背があるなら、また百年くらい、どうにでもなる気がしてきた。


間に合わなかった過去が、ここから動き出す。



「森と鋼のあいだ」を読んでいただきありがとうございます。作者のヒトツキト樹です。


やっと、物語が動き始めます。

書きたいことが多すぎて減らせない…( ˊᵕˋ ;)


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