第2章(終) 森と鋼の暴走
そしてその境界で――
森と鋼の兵が、互いに刃を向けようとしていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
国境には、すでに両軍の兵が並んでいた。
森の兵が弓を引き、白樹の影の下で列を作る。
その向こうでは、鋼の兵が盾を構え、斧と槍を手にしていた。
互いの距離は遠くない。
誰か一人が動けば、すぐに衝突が始まる距離だった。
怒号が飛び交う。
「掘削を止めろ!」
「森が兵を動かしたのが先だ!」
言葉はぶつかり合い、空気は張り詰めている。
その最前に立っているのが、二人の男だった。
森の軍を押しとどめるように立つ、エルフ軍近衛将軍セラヴィ。
そして鋼の兵の前に立つ、ドワーフ軍将校王太子レンヴァルト。
どちらも武器を抜いてはいない。
だが背後の兵たちは、今にも前へ出ようとしていた。
そのとき。
森の奥から一人の影が走り出してくる。
エルフの兵たちが振り向いた。
「参謀殿!」
ユリエルだった。
白い外套を翻しながら、まっすぐ国境へ向かう。
「ユリィ!」
「止まれ!!!」
セラヴィが叫ぶ。
だがユリエルは止まらない。
森の列を抜け、
そして――
森と鋼の兵の中央へ立った。
境界の風が吹き抜ける。
その風に、ユリエルの外套のフードが外れ、白銀のウェーブが夕暮れの風に舞う。
いまにも戦いが始まりそうだったその場へ、一人の女が走り込んできたことに、森と鋼の兵たちは一瞬、動きを止めた。
鋼の軍の最前線に立っていたレンヴァルトは思わず目を見開く。
「……ユリエル」
その名がこぼれた瞬間、
漆黒の瞳の奥に、赤銅の光がわずかに浮かんだ。そしてその変化を、隣に立つヴァレルは見逃さなかった。
ユリエルは両軍を見渡す。
「停戦協定は結ばれています!」
ざわめきが広がる。
「両国の王の名のもとに交わされた協定です!」
森の兵が戸惑いの声を上げる。
「参謀殿……」
「しかし――」
鋼の兵から怒号が飛んだ。
「エルフの言葉など聞けるか!」
「退け!」
怒りが広がる。
そのときだった。
セラヴィが動いた。ユリエルへ向かって走る。
「ユリィ!」
「下がれ!!」
鋭い声だった。
「ここは戦場だ!」
その瞬間。
鋼の列から、矢が放たれた。
空気を裂く音。
レンヴァルトが振り向き、自軍へ叫ぶ。
「やめろ――!」
だが矢はすでに飛んでいた。
一直線にユリエルへ向かう。
その前に――
セラヴィが飛び込んだ。
鈍い音が響き、矢はセラヴィの肩に突き刺さった。
「……っ」
セラヴィの体が揺れる。
血が外套を染めた。
「セラヴィ!」
ユリエルが叫ぶ。
セラヴィは片膝をついた。
だがまだ意識はある。
痛みに顔を歪めながら、ユリエルを見上げた。
「……落ち着け」
声はかすれ、呼吸が荒い。
「ユリィ……」
言葉を絞り出す。
「魔力を……抑えろ……」
ユリエルの周囲の空気が、すでに震え始めていた。
セラヴィは必死に言う。
「暴走すれば……お前が……」
言葉が途切れる。
肩から血が流れている。
それでも最後の力を振り絞る。
「……倒れるぞ」
その直後。
セラヴィの体が崩れた。
痛みで意識が落ちたのだ。
「セラヴィ!!!」
ユリエルの叫びが響く。
その瞬間だった。
ユリエルの胸の奥で、何かが弾け、抑えきれない熱が溢れ出す。
地面の下で、魔力の流れが激しく揺れる。
止まりかけていた流れが、一気に解き放たれた。
風が吹き荒れ、森の白樹の葉が空へ舞い上がる。
兵たちが顔を上げた。
「……魔力だ」
「森が暴れている!」
空気が歪む。
森の魔力が、ユリエルへ集まり始めていた。
リュネが叫ぶ。
「ユリィ!だめ!」
だがユリエルには聞こえない。
視界が赤く染まる。
森の流れが、身体の奥に流れ込む。
止まらない。
抑えられない。
そして。
森と鋼の境界で――
魔力が暴走した。森の魔力が渦を巻く。
だがそれだけではなかった。
低い振動が、大地を走る。鋼の兵たちがざわめいた。
足元の地面が揺れている。遠く、ドワーフの都の方角で、黒煙が激しくたなびいていた。
鍛炉の煙ではない。
地下の鉱脈が、何かに呼応するように唸っている。
森の魔力。
鋼の大地。
二つの流れが、境界でぶつかり合う。
誰もがその光景を見上げていた。
森の兵も。
鋼の兵も。
そして、レンヴァルトも。
荒れ狂う魔力の中心で、ユリエルの体が崩れ落ちる。
境界を覆っていた力は、やがてゆっくりと弱まり、森は再び静けさを取り戻していった。
だが、その日、森と鋼の境界で起きた出来事は、ただの衝突では終わらなかった。
森の循環は揺らぎ、鋼の国でもまた、地の奥で流れが乱れ始めていた。
それは、ユリエルの暴走とは別のところで起きている、
まだ誰も気付いていない異変だった。
第2章【完】
作者のヒトツキト樹です。
このエピソードで第2章が完結です。読んでいただけてうれしいです^^
レンヴァルトにとって、ユリエルの存在が「なにか」になり始めているようです。
なかなか、進まないストーリーだな…と自覚しつつ、セラヴィやヴァレルのことも、もっとたくさん書いてあげたいと思ってます。
ブックマークや評価、コメントなど、励みになりますので、ぜひお願いします。




