第2章 境界が裂けるとき
だがその奥で、確実に何かが変わり始めている。
そしてそれは――
森だけの問題ではない気がしていた。
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それでも、森の奥は静かだった。
白樹の葉が揺れ、柔らかな光が地面に落ちている。
見た目だけなら、いつもの美しく穏やかな森と変わらない。
だがユリエルの胸の奥には、あのざらつきが残っていた。
魔力の流れは歪んでいる。
止まりかけた水のように、どこかで引っかかっている。
その原因は、まだ見えない。
ユリエルはリュネが向いていた、南東の方角を見た。
そのときだった。
遠くから、馬の近づいてくる音が聞こえてきた。
「伝令です!」
やがて一騎の騎兵が森の道を駆けてきた。土煙を上げて止まり、馬から飛び降りる。
「参謀殿!」
息を切らしながら敬礼する。
ユリエルは静かに問いかけた。
「何があったの?」
伝令は短く息を整えた。
「国境で兵が動いています」
周囲の兵たちが顔を上げる。
「森の兵です。五大貴族の一部がひそかに部隊を動かしています」
ユリエルの眉がわずかに動く。
――停戦は成立したばかりなのに
だが強硬派の貴族たちは、もともと鋼への武力行使を主張していた。交渉を快く思っていない者も多い。
「理由は?」
「鋼が兵を集めているという報告が入ったためだと」
短い沈黙が落ちる。
ユリエルは静かに息を吐いた。
「鋼は、実際に動いているの?」
伝令は頷いた。
「はい。ただし――」
言葉を切る。
「進軍が遅いのです」
「遅い?」
「兵は集まっているようですが、前へ出ません」
兵の一人が低く言った。
「様子を見ている……?」
ユリエルは少しだけ考えた。
鋼の国は軍事国家だ。動くと決めれば、迷わない。
だが今回は違う。
「指揮官は?」
伝令が答える。
「王太子レンヴァルトです」
ユリエルの視線がわずかに動いた。
――レンヴァルト
漆黒の静かな瞳が浮かぶ。
鋼の軍が本気で進むなら、すでに国境で衝突しているはずだ。
それが起きていない。
――止めている
ユリエルは森の奥を見た。
「……戦わせないつもりなのかもしれないわね」
言葉の真意がわからず、兵たちは顔を見合わせる。
そのとき、肩の上でリュネが小さく動いた。
「……ユリィ?」
ユリエルの髪を握りながら、不安そうに森の奥を見ている。
「こわい……」
ユリエルはこどもを安心させるかのように、そっとリュネの頭を撫でる。
「あらあら、大丈夫よ」
だが、その言葉の奥で、胸の鼓動は速くなっていた。ユリエルが問う。
「セラヴィは?」
「すでに国境へ向かっています」
森の兵の暴発を止めるためだ。
――あぁ…
――私はまた、間に合わないの?
ユリエルが空を見上げると、森の風が少し強くなり、葉や魔力の流れも、どこか落ち着かない。
自然も。
私たちも。
同じように揺れている。
そしてその境界で――
森と鋼の兵が、互いに刃を向けようとし
ていた。




