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森と鋼のあいだ ー大往生 のち 恋をするー  作者: ヒトツキト樹


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18/21

第2章 潮の町、月の泉

この森の異変と鋼の動きが、やがて運命を結びつけること。

そして――

百年の人生で得た、百合江の知識が、森と鋼の運命を動かすことになるということを。


ーーーーーーーーーーーーーー


中立商業圏ラグナ=ルミナは、明るく賑やかな街だった。


港には船が並び、岸壁では荷を運ぶ者たちが行き交い、商人の呼び声や異国の言葉が絶えない。水面には太陽の光が反射して、まぶしいくらいにキラキラと輝いている。


森の王都とはまるで違う空気だ。


ユリエルはその光景を眺めながら、ふと懐かしい感覚を覚えた。

前世で清一と歩いた街や商店街の呼び込みの声。 いつもの畑仕事を離れて、出向いた街はどこもかしこもキラキラとしていたように思う。


ーーあらあら。ふふっ


小さく笑う。


――商人が多い街は、どこでも明るくなるのね


「何か言ったか」

横でセラヴィが振り向く。


「いいえ。いい街だと思っただけ」


ーー小さいころから何度も来ている街にいまさら…?

セラヴィは怪訝に思いつつも、歩を進めた。


停戦交渉は、街の中央にある会議館で行われた。

どの国の紋章も掲げられていない石造りの広間。長い卓を挟み、森と鋼の代表が向き合う。


席についたユリエルの視線が、向かい側の人物で止まった。


鉄黒の髪。広い肩。


――レン…

――あらあら、えぇっと。レンヴァルトね。


国境の捕虜交換以来に向き合うこととなる。 あのときより静かな空気をまとっている。


だが、瞳は同じだった。

星のない夜のような漆黒。その奥に強い意志を秘めた赤銅の熱が浮かぶ時がある。


レンヴァルトもまた、ユリエルを見ていた。


「……森の参謀か」

「ユリエルです。捕虜交換のとき以来ですね、レンヴァルト王太子」


短い言葉だけが交わされる。


その様子を、後ろでセラヴィが静かに見ていた。

ヴァレルはさらに冷静で、まるで盤面を読むような目で二人のやり取りを観察している。


交渉は意外なほど穏やかに進んだ。


兵を動かさないこと。

国境付近での監視。

停戦協定の期限は設けないこと。


両国の代表として王の名のもとに書面が交わされ、停戦は成立した。



その夜。

ラグナ=ルミナは昼よりもさらに賑やかだった。


酒場からは様々な国の音楽が流れ、どこかでは陽気な歌声が響いている。

通りには、聞き慣れない言葉で笑い合う声があちこちから重なり、多くの種族と国の人々が行き交うこの街らしい夜のざわめきが広がっていた。


酒場の灯りが港の水面に揺れている。


その喧騒から少し離れた場所に、小さな森があった。


交渉後、物珍しそうに滞在先の館内を散策しているユリエルに、エルフ使節館の管理人が教えてくれた場所だ。


「街の外れに古い泉があります。静かで落ち着ける場所ですよ」


ユリエルはそこへ来ていた。

泉は月の光を受け、静かに揺れている。街の灯りが遠くに見えた。


ーー静かで落ち着くわ


背後で枝が踏まれる音がした。

ユリエルは反射的に振り向き、わずかに身構える。


現れたのは、レンヴァルトだった。


一瞬、視線がぶつかる。


「……お前か」


予想外だったのは明らか。鋭く周囲を警戒している。

ユリエルの胸が小さく震え、藤色の瞳がわずかに揺れた。


――やっぱり、似ている


蓮。


あの人と同じ瞳。

星のない夜空のような漆黒。

そして感情が揺れるとき、奥に灯る赤銅の光。


レンヴァルトは、自分を見つめるエルフの視線にわずかな違和感を覚えていた。


――敵を見る目ではない。


むしろ、どこか懐かしいものを見るような目をしている。

敵意をまったく感じさせないユリエルに、レンヴァルトも警戒を解く。


「こんなところで何をしている」


ユリエルは泉を指して、微笑んだ。

「宿の主人に聞いたの。静かな場所だって」


レンヴァルトは周囲を見渡したが、どうやらユリエルは1人のようだ。


――無防備すぎないか……?


短く息を吐く。それから少し間を置いて言った。


「聞きたいことがある」

「交渉の場では聞けなかった」


視線がユリエルへ向く。


「森は荒れているのか」


ユリエルはすぐには答えず、泉の水面を見つめてから、静かに頷く。


「ええ」

「…そうか」


それだけだった。


「鋼炉が揺れている」

レンヴァルトはユリエルの素直な返答に答えるかのように、口にした。


互いに参謀だ。国の秘密があることは分かっている。沈黙が落ちた。


泉には月の光が鮮やかに反射し、揺れている。


その光を見ながら、ユリエルは考えた。

この街にいる、商人、船乗り、職人、そして住人たち。戦とは無関係な人たちだ。

だが戦になれば、彼らの生活も簡単に壊れる。


前世の記憶がよぎる。

出征。

戻らなかった人たち。間に合わなかった手紙。


藤色の瞳が揺らめき、白銀の髪が風に揺れる。

エルフにはめずらしいウェーブがかった髪は、フワフワと周囲の空気をまろやかにしているように感じる。


――この人もまた、戦場へ向かう人間なのね。


「…戦に…なるのかしら」


レンヴァルトは答えずに、泉を見つめている。


「レン…ヴァルト王太子」


レンヴァルトがユリエルを見る。


「人は、みな帰る場所を持っているわ」

「あなたも、そうでしょう」

言葉が少しだけ揺れる。ユリエルはレンヴァルトの漆黒の瞳をまっすぐに見つめる。

自分でも驚くほど自然に言葉が続いた。


「だから」


小さく息を吸う。


「生きて戻りなさい」


レンヴァルトはしばらく何も言わなかった。


「ユリエル…と言ったな」

「なぜ、お前がおれにそう言うのかは分からない」

「だが、努力はする」


それだけ言うと、森の影へ歩き出す。


ユリエルは自分に戸惑いながらも、なぜだか小さく笑った。


――ふふっ。わたしは何を言ってるのかしら

――でも、なんだかスッキリしたわ

そして、帰路へと向かう。


――ユリエル…か…妙な女だ


レンヴァルトは振り返り、白銀のウェーブを揺らしながら、月明かりの中を歩いていくユリエルを静かに見つめた。そして、帰路へと歩き出した。


森と鋼。ユリエルとレンヴァルト。

それぞれの運命は、まだ誰も知らない場所で、

着実に動き始めていた。


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