第2章 鋼の国、戦の声
窓の外で風が吹いた。
葉が揺れる。
その音は、いつもより少しだけ鋭く聞こえた。
まるで、森からの呼びかけのように。
ーーーーーーーーーーーーーーー
鋼の都は、熱を帯びていた。
朝だというのに、炉の煙が街の上にたなびいている。
金属を打つ音。重い槌の響き。
それが、この国の呼吸だった。
王宮もまた同じだ。
石と鋼で組まれた広間。
柱には武具が掛けられ、壁には戦の紋章が刻まれている。
床には黒い鉄の線が走り、炉の熱がわずかに空気を揺らしていた。
軍議の間には、すでに重臣たちが集まっている。
軍の将たち、技術官、鉱炉管理官。
鋼の国を動かす者たちだ。
その奥に、ドワーフ王が座っている。
岩のような体躯。
胸まで伸びた灰色の髭。
老いてなお、その瞳は重厚な鋼の刃のようだった。
卓の片側に、レンヴァルトが立っている。
広い肩。引き締まった体。
鋼の王太子であり、戦場で鍛えられた軍人の姿だった。
天井からの光を鉄黒の髪が艶やかに反射し、漆黒の瞳はどこまでも静けさをたたえている。
その静けさの奥に、鋼より硬い意志がある。
「兵を動かす」
王が言った。
「……なぜ」
レンヴァルトが、かすれた声を絞りだし問いかけた。
「エルフが王太子に刃を向けた」
「それだけで十分だ」
王の低い声が、揺るぎなく広間に落ちる。
軍の将の一人が頷く。
「百年戦ってきた」
「終わらせる時だ」
「鉱脈を守るためにも押し返すべきだ」
次々と声が重なる。
鋼の国の言葉は単純だ。
戦うか、退くか。
レンヴァルトが口を開く。
「父上」
視線が集まる。
「わたしは無傷です。犯人はその場でエルフによって、取り押さえられました」
「処罰したという書簡も届いています」
なんとか感情を抑え込み、事実だけを述べる。
「攻め込む理由がありません」
将の一人が鼻で笑うように言い放つ。
「甘いな、王太子」
「森は掘削を止めろと言い続ける」
「こちらが退けば鉱脈は守れん」
口々に意見が飛び交い。軍議は熱を帯びていく。
「よろしいでしょうか」
その熱気を切り裂くように、一人の声が上がる。
ヴァレルだった。
王太子の側近であり、鋼軍の若き戦略参謀である。
その軍略は、この場の誰より鋭い。
「戦えば、森はさらに強く反発し、鉱脈も守れないでしょう」
「戦は最後の手段とすべきです」
軍議の空気がわずかにざわつく。
将の一人が鼻で笑った。
「鋼の国の戦を、そんな髪で語るとはな」
その視線は、毛先にかけて淡金色へと輝くヴァレルの長い髪へ向けられている。
ドワーフの髪色の多くは鉄灰や漆黒であるため、ヴァレルの髪は色も長さも異質だった。
ヴァレルは王だけを見据えている。
髪は結ばれず、肩に落ちたままだ。耳は隠れている。表情も変わらない。
そのときだった。
ヴァレルの口元が、わずかに緩んだ。
艶やかな微笑だった。嘲りではない。怒りでもない。
ただ、余裕だけがそこにある。
「なるほど」
静かな声が広間に落ちる。
「鋼の国の軍議では、髪も議題になるのですね」
「私は、戦の話をしているものと思っていました」
その瞬間。
ヴァレルを嘲った将は、突き刺さる視線を感じた。
レンヴァルトだった。
鋭い目。戦場で敵を射抜くときの目だ。
将は口を閉じた。
ヴァレルはそれに気づいている。だが何も言わない。
王太子の前で、余計な火種を広げる必要はない。
王が短く言った。
「……弱い」
そのとき、扉が勢いよく開き、兵が駆け込む。
「急報!」
全員の視線が向く中、兵は膝をつき、息を整えながら言った。
「鉱炉より報告!」
王の眉が動く。
「申せ」
兵の声が震えていた。
「鉱炉の揺らぎを検知しました」
一瞬、広間の空気が凍る。
鉱炉。
それは鋼の国の心臓だ。その異常は、国家の異常を意味する。
――まずいな…
レンヴァルトの胸に冷たい感覚が走る。
ふと、あのエルフの顔が浮かんだ。
森の女。
藤色の瞳には静けさをたたえていた。
王の声が落ちる。
「詳しく報告しろ」
鋼の国の空気が、静かに変わり始めていた。




