第1章 余波と、残像 2
ユリエルは足早に王の間から立ち去った。
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回廊に出ると、セラヴィが並ぶ。
歩調を落とし、ユリエルの顔を覗き込む。若草色の瞳は柔らかく、それでいて真剣だった。
「ユリィ、ケガはないか?怖くなかったかい」
「怖かったわ。でも、あの瞬間は考えられなかったの」
素直に答える。
セラヴィは小さく息を吐く。
「君は昔からそうだ。考えるより先に、守る方へ身体が動く」
穏やかに言葉を紡ぐ。
……まるで清一さんのようなことを言うのね。ユリエルは胸の奥で思う。自嘲気味にくすりと笑いながらセラヴィに問いかけた。
「あらあら、無茶だと思わないの?」
「思ってるよ」
即答だった。
「でも、止めようとは思わない。ユリィはユリィのしたいことをすればいい」
「おれは君を守るだけだから」
揺らがない声。
また、清一さんみたいなことを言う。もしかして、セラヴィも清一さんが転生しているのかしら……なんてね。
リュネがユリエルの髪から、顔を出す。
「せら しんぱい?」
「……少しね」
セラヴィは苦笑する。
怒らない。押さえ込まない。ただ隣に立つ。
それが彼の守り方だ。
夜。ユリエルは王宮庭園で月が輝く空を見上げていた。
レンヴァルトの瞳が浮かぶ。
漆黒の奥に滲んだ赤銅。
あの瞬間、確かに百合江の魂が揺れた。
「……違う人よ」
分かっている。蓮ではない。
それでも、胸の奥に残る熱は簡単には消えない。
そして、目覚めてから何度も何度も、胸の中で繰り返した問い。
ーーなぜ、私はここに来たの…
リュネが肩へ降りる。
「ユリィ さみしい?」
「……少しね」
風が静かに頬を撫でた。
同じ夜、鋼の陣。
岩場に設けられた天幕の前に、レンヴァルトは立っていた。長身で細身ながら無駄のない体躯を持ち、重厚な鎧を纏う姿は静かな威圧を放っている。漆黒の瞳は夜と同化し、その奥に秘めた赤銅はまだ消えていない。
その隣に立つのは側近のヴァレルだった。
鉄灰色の髪は、毛先へ向かうほど柔らかな淡金となっていく。その髪を腰まで伸ばし、毛先だけを軽く結んでいる。鋼の民の社会では見慣れないその色も、実用的ではないその長さも、彼はあえて切らない。言葉にせずとも、その在り方が彼という人物を静かに物語っていた。
深い琥珀色の瞳は澄み、年若い顔立ちは整っているが、その奥には常に冷静な観察者の光が宿る。軽やかな外套をまとい、鎧は最低限。柔らかさと鋭さが同居する立ち姿だった。
「かばわれたね…」
ヴァレルは琥珀色の瞳をきらめかせながら、わずかに目を細めた。口元もやや笑みを含んでいる。
レンヴァルトは視線を動かさない。
「エルフの参謀が、王太子をかばうか…」
穏やかな声で告げながら、レンヴァルトの横顔を静かに見つめる。
「……驚いた」
答えは短いが漆黒の瞳に赤銅の光が揺れる。
その一瞬の光を、見逃さずヴァレルは笑いながら、問いかける。
「気になる?」
「戦略上、注視すべきだ」
即答。
だがその瞳は、夜よりも深く揺れていた。




