第1章 名を呼ぶ声 1
ユリエルとセラヴィは、ドワーフの国との捕虜交換へ向かう。
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捕虜交換の場へ向かう道は、森の奥からゆるやかに景色を変えていった。
白樹の幹が重なり、苔が厚く、踏みしめても音を吸い込む森の内側。そこから幹の間隔が少しずつ広がり、下草が減り、土の色が深緑から淡い茶へ移ろう。やがて足元に小石が混じりはじめ、風が包むものから押すものへと変わる。
森と鋼の境に近づくにつれ、森の匂いの奥に鉄の匂いが混じった。
白樹が途切れた先は、岩と低木の地だった。湿りは薄れ、空気は乾き、森と鋼の匂いが、まだ混ざらぬまま隣り合っている。
リュネが頭の上で小さく身じろぐ。
「……ユリィ?」
「あらあら、大丈夫よ」
平静を装い、そう答えながら、胸の奥が緊張で微かに震えている。
境界の中央に捕虜。その背後に鋼の将。
ーーあの人が、ドワーフの将……
距離があるのに、存在がはっきりと伝わる。
細身だが無駄のない体躯。重厚な鎧。揺れない立ち姿。剣に触れずとも、抜けば速いと分かる。
「レン」
鋼の陣営で側近の声が響いた瞬間、ユリエルは世界が傾いた気がした。
――……レン
――…蓮
百合江の心臓が強く打つ。
前世での蓮との別れの情景が、昨日のことのように溢れ出る。
――眩暈がする
鋼の将が一歩前に出る気配を感じ、ユリエルは今に戻る。
鋼の将の瞳は漆黒だった。
星のない夜空のような、深い黒。
百合江の記憶の中の蓮も、同じ瞳をしていた。静かな黒の奥に、感情が高ぶると赤銅の光が滲む瞳。
目の前の彼は、低く、澄んだ声で静かに名乗る。
「鋼の王の名代、王太子レンヴァルト」
「本日の捕虜交換を、つつがなく執り行う」
宣言は簡潔で、揺らぎがない。背後の鋼の兵が同時に姿勢を整える。
――だめよ。今はユリエルとしての役目がある
ユリエルも前へ出る。
「エルフ王の名のもと、本日の――」
その瞬間。
「うわぁぁぁ!!!」
森側の列から影が飛び出した。
「森と鋼のあいだ」を読んでいただきありがとうございます。作者のヒトツキト樹です。
とうとう、鋼の国と交わるところまで進みました…!
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