第59話 もうちょっと余韻というか
もうちょっと余韻というかなんというか、時間をくださいよ女神様!
こっちの文句が聞こえているのかいないのか。
女神は、すっと指を差す。
その指の先に見えたのは……フィッツジェラルド王国、王都の王城。
最初にわたしたちが召喚された場所。
わたしとカリンちゃんは、半透明の幽霊みたいになったまま、その城の真ん中を通って、どんどん落下していく。
途中で王様だとかブロニー・ベネットのおじいちゃんだとかキーファー第三王子だとかが、わたしたちを見たような気がするし、キーファー第三王子は「か、カリン⁉」とか叫んできたし。
でも、見えないエレベータに乗せられているみたいに、わたしとカリンちゃんはまっすぐに降りていく。
地面も通り越して、その下へ……。
そして、見えた。
倒れた男神。
それに取りついている真っ黒で、不溶性の老廃物というか……腐って濁ったスライムみたいな魔。
その濁りからポコポコと湧き出でてくる魔物たち。
うげ……。
「お、お姉様……あ、あんなの、どうしたらいいの……」
カリンちゃんがぼそっと言った。
歴代の勇者でも倒せなかった魔……なんだよね。
「念のため、できないのは承知で聞くけど。宝珠を修復したみたいに、カリンちゃんあれ、どうにかできるというのは……」
聖女様の浄化の光がぱああああっとあたりを照らして……なんて。
「あ、あたしは……宝珠を修復だけしか……」
カリンちゃんは自分の両手をじっと見ているけど、何にも起きない。浄化の光なんて出ない。
それは、そうだ。
物語の主人公だって何だって、いきなり訳の分からない力が湧き出て、敵を倒すとか世界を浄化するなんて、無理。
そんな力があるのなら、その力を発揮するための伏線だの道筋だのが必ずある。
カリンちゃんは宝珠を修復するための力しかない。
仮に、聖女としての他の力を有しているのだとしても、今、ここで、ご都合主義的に新しい力なんか湧いてこない。
わたしだって、そう。
いきなり勇者的な役割を与えられて。
あの不定形ゲル状態の魔をなんとか倒せなんて言われても。
勇者の力なんてないし。
聖剣とか勇者の剣とか聖なるアイテムとかなんて、持っていない。
聖女のサポートキャラ的に、テントなんてオカシナ具現化スキルを有いていたっていうだけ。
テントを畳んで、それで魔をぶん殴って浄化できるなら……って、無理だよね。いや、ありか?
歴代の勇者が出来なかったこと。
女神だってあの魔を浄化とか倒すことなんてできなくて、宝珠と他の神様たちのサポートで、ここに、魔を封じてきただけ。
そんなのをわたしがなんとかできるなんて……。
「あ、いや。できないと思ったら、何もできないわね……」
漫画が原作の、アニメの、有名なセリフ。
諦めたら、試合は、そこで、終わり……。
上を見る。
透けて見えるお城。女神も見える。三人の従者みたいな神様は原形をとどめているけど。曜日の神様たちは。
日曜日がスンダーク。月曜日がマンダーク。ティーシュダーク、オンスダーク、トーシュダーク、フレイダーク……で、土曜日がロールダーク。
誰が誰だか区別はつかないけど、七人の、大理石みたいにすべすべな体から、花びらが一枚一枚はがれていくみたいに……、落ちていく。減っていく。存在がなくなっていく……。
本当に、もう、力がないんだ。
この世界は……わたしが、ここで、なんとかしないと……本当に、数百年後には、きっと。
女神だって力をなくして、魔がこの世界を横行して……滅ぶ。
見上げる。
大理石でできた彫刻みたいに、女神の表情は動かない。
だけど、わたしを見てる。
じっと。
運命を、見てる……なんてね。
「カリンちゃん……」
「は、はい! アイリスお姉様」
「……今度から、わたしのこと、あやめって呼んで。白石あやめ。それがわたしのホントの名前だし」
念のためって、本名をずっと名乗ってこなかった。この世界に隷属されるとか、魔法使いに支配されるとか、ラノベのお約束を警戒して、名乗った嘘ではないけど嘘の名前。でも、もう、いいよね。
「あ、あやめお姉様……」
わたしはにこっと笑う。
「今から、あれ、倒してくるから。カリンちゃんの本名は、倒した後に教えてね」
「お、おねえ……さま?」
「絶対に、聞くから。聞いてみせるから。だから、祈って待っててっ!」
とんって、カリンちゃんの肩を軽く叩いて。
わたしは男神と魔の元に走る。
「やってやろうじゃないのっ!」
わたしの持っているスキルはテントだけ。
だったら、それを使う。
「出ろっ! レベル5!」
具現化させたテントの中から、簡易折り畳みベッドを取り出して、それを魔にぶん投げる。それからテントを畳んで、両手に持って、男神ごと魔をぶっ叩く!
「あやめお姉様! 叩いても無理っ! なんでそんな無謀な! ヤケなの⁉」
大丈夫、カリンちゃん、わたし、冷静。
ちゃんと、後で、カリンちゃんの本名を聞くから。
畳んで持ったテントを今度は開く。
男神を叩いたからなのか、魔物にも痛覚があったのか。
べちゃり……と言うか、ゆらりと言うか。魔が、動いて、わたしのほうを見た。
魔には目なんてないんだけど、睨まれたような、気が、した。
「こっち、来なさいよっ!」
触手のようなヘドロが、わたしに向かって伸びる。
うひいいい!
「女神様っ! 魔を、このテントの中に入れて! 出さないようにしてっ!」
先に頼んだわけじゃなかった。
女神がわたしの指示通りに動いてくれる保証もなかった。
だけどわたしの持っている武器というか、スキルはテントだけなのよ!
それに、このテントスキルって、どう考えても女神たちがわたしに授けたものでしょう? 違う? 違ってもいいや、とにかく、魔をテントの中に入れて!
わたしの気持ちや考えが通じたのかどうか。
女神はすうっと降りてくると、男神の遺体と思しき体を抱きあげて。そして、男神と女神の身体を小さくして。女神は男神ごとわたしのテントの中に入った。魔は、その男神を、女神から取り返そうとするかのように、テントの中に自ら入ってきた。
それから、三人の従者みたいな神様が、テントを抱きしめるようにして支える。
消えかかりそうだった、七人の神様たちも、テントの周りに寄っていく。
そうして、風が吹く。
わたしとカリンちゃんを、この場所から地上へ、城のほうへと押し出す。
「な、何なの……。お姉様、何をしたの……?」
「倒したわけじゃないよ。魔を、女神と男神ごとテントの中に入れたの。封じたと言ってもいいかもしれない」
ただそれだけ。
「て、テント……って」
「うん。レベル5のテントは状態の異常を回復するの。近視も治るし、頭痛も治る」
「へ?」
「魔が、たとえば、もともと人間だったら。そうしたら、いつか、魔の状態から単なる人間に戻るかなって。あ、神様かもしれないけど」
「え、えぇ⁉」
単なる想像。いや、空想。
男が一人に女の二人。
よくある三角関係。
ドラマとかにもよくあるじゃない。
男がいて、女二人とオツキアイをしていた。
で、男は片方を選んで。選ばれなかった女は、男を恨んで刃傷沙汰とか……、殺して自分のものにするとか……。
魔は、男神を女神に取られたくなくて、魔になってしまった情念……とかなのかなあって。勝手な妄想よ。
実際にはどうか知らないけど。
女神が男神を抱えてテントに入ったら、魔は追いかけてテントに自ら入ったし。
神様レベルだともっと高尚な、それこそ聖なる力と魔なる力の戦いがあったのかもしれないけど。
「数百年、封印の宝珠だった神様たちが、テントごと、女神と男神と魔を封じているだろうから。その間に魔っていう状態異常が、回復するといいね」
願う。
近視や頭痛を治すのとは違うかもしれないけど。
どうか、状態の異常を回復してください。
元に戻ってください。
魔ではなくて、元のあなたに戻ってください。
これで、世界が救われるのかどうかなんて、分からないけど。
わたしは、わたしにできることはした……。
わたしとカリンちゃんは、この場所から離れて、どんどんと高く、上に……。
下を見たら、三人の従者様みたいな神様たちが、わたしを見て、微笑んでいた。曜日の神様たちもだ。
だから、大丈夫だよね……。
そうして……。
「あ、あやめお姉様っ!」
「うわああああああああああ!」
台風とか竜巻とか。分からないけど、すごい力で、わたしとカリンちゃんは、どこかに吹っ飛ばされた……。女神筆頭に、あの神様たちは、わたしたち人間のサイズとかスケールとか、全く考慮しないのねえええええええええええええええ!
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次回最終回です。




