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聖女召喚に巻き込まれた就活中の一般人、具現化スキル『テント』で異世界を東奔西走!  作者: 藍銅 紅@『前向き令嬢と二度目の恋』2巻 電子2/10


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第58話 あ、あああああああ……もう!


何で浮かぶかなあ! あの邪気のない顔! いや、オルカたちは魔物なんだけどさあああああああ。


カリンちゃんがしがみついていないほうの手で、わたしはわたしの頭をがりがりと、掻く。


大学で、先輩たちや同級生たちに借りたラノベ。一緒に見たアニメ。


あ、あああああああ! もう! 想像力とか空想力とか妄想力とか! 意図せずに、鍛えに鍛えてもらった楽しい時間。


自由に!

心のままに行けって!

どんなお話でも、言っていたような気がする。


少なくとも、わたしの大学時代の知人たち友人たちはめっちゃくちゃ自由。


たとえ、それぞれに、葛藤とか悩みとか抱えていたとしても。

一緒に騒いで歌うときなんかは……、鎖を引きちぎって前に進めって感じで。


わたしは、そんな自由さに感化されて……、それまでのお嬢様で、親のしつけを守るいい子をやめたくなって……。


う、うううううう……!


「……カリンちゃんが宝珠を治したんだから、すぐさまどうこうしないといけないっていう緊急性はないよね!」


うーうーうー……。

唸る。

唸ってしまう。


ここで、この世界を見捨てて、さっさと元の世界に帰せって言えない自分は馬鹿だと思う。


思うけど!


全部、知らないって、日本に帰って。就職して、自立したとしても!


後悔するだろうなあああああああああああ! あー、馬鹿だ!


「交渉、させてもらう! 魔に対峙して、死ぬ確率が高いならっ! わたしの人生に心残りがないように! 最低限! 一度元の世界に戻して、父と母と優太お兄様に別れを告げさせなさいよ! 家族に一言くらいいいでしょ!」


女神を睨む。


「それからもう一つ! カリンちゃんは元の世界に戻してあげて! あっちで普通に暮らせるよう……」


言いかけたら、カリンちゃんは「嫌! 駄目!」って叫んだ。


「あたしはお姉様と一緒に行くもん!」

「カリンちゃん……」

「アイリスお姉様が日本に帰るんなら一緒に帰る! この世界にいるっていうのなら一緒に居る! 魔に対峙するっていうのなら、あたしだってついていく!」

「で、でも……、危険だよ?」


死ぬ可能性も否めない。

死なないまでも、碌なことにはならないだろうし。


だって、これまでの勇者とされた人って、誰一人として魔を払ってこれなかったはず。

払えているんなら、カリンちゃんが聖女として宝珠を修復する必要なんて、なかったはずだしね。


「せっかくできた……、これまで、あたしが、いくら望んでも手に入れられなかった、大事な女友達を、一人で死なせるのなんて嫌よっ!」

「カリンちゃん……」

「駄目だって言っても、絶対に付いて行くからねええええええええ!」


涙目で、毛を逆立てた猫みたいになって。


ああ……、ありがたいなあ……。


「ありがと」


泣きそうになるから、小声で伝えた。


異世界に来て、できた友達。わたしにだって、初めてのトクベツな女友達みたいな感じだし……って、思いに浸る間もなく、視界が暗転した。


何なんだ! って、絶対にあの女神どものせいだろうけど……って、悪態をつく間もなく、見えたのは……見覚えのある部屋。


大理石とアイボリーの穏やかな色合いの内装に吹き抜け。南向きの窓からは自然光が差し込み、リビング全体を明るく照らす。アンティークなデザインの大型シャンデリア。ペルシャ絨毯、クラシカルなソファはお母様の趣味で、白地の生地に金とピンクの大柄な花が刺繍されている。


「うっわ、高級ホテルのエントランス?」

「あー……、わたしの家のリビングです……」

「うそぉ! 個人の住宅⁉」

「はい……」


異世界から我が家に帰してもらった……んじゃないよね。だって、わたしとカリンちゃん、大型シャンデリアの位置に、まるで幽霊みたいに浮かんでいるし。

しかも、優太兄様が、あんぐりと口を開けて、わたしたちのほうを見上げているし……。


「あ、あやめ⁉」

「はーい、優太お兄様」


お久しぶりーとか言うべきなのかしら……。


「お、お、お前……どうして浮いているんだ……」

「あははははは……」


力なく、笑うしかない。更に、優太の声が聞こえたのか。


「優太さん、どうしたの……」

「あ、あやめ⁉」


お母様とお父様が、リビングに駆け込んできた……。あー……。


「お父様、お母様、お久しゅうございます……」


浮いた位置からお父様とお母様を見下ろすのもなあ……とか思いつつ、ご挨拶。

このあたりが育ち……なのだろうか。


それはともかく。

この状況は、あの女神が、わたしの希望通りに、お父様とお母様と優太の兄様にさっさと挨拶をして、それで、魔をなんとかしろという……ご命令……、いや、思し召し……。


問答無用で、魔の対峙なりなんなりをさせるつもりだな、あの女神……。


こうなっては仕方がない。


状況説明も何もないままに、また、あっちの世界に連れて行かれては大変だから。


とっととさっさと言ってしまおう。

ぎゅっと拳を握る。

カリンちゃんは「お姉様……」と心配そうな顔。


大丈夫。

そばに居てくれてありがとう。

それから、目を瞑って思い出す。

イグニス副団長が、じっと黙ってわたしの話を聞いてくれた時のこと。


うん。言える。伝えられる。わたし、できる。


「お父様、お母様、優太お兄様。信じられないでしょうけど、わたし、異世界の勇者に選ばれて、その異世界を救う使命を得てしまいました」

「な、何を言っているんだあやめ……」


ラノベ文化を知らない父母には訳の分からない言葉かもしれないけど。

言ってしまおう。


「だから、ごめんなさい。わたし、優太お兄様と結婚はできません。ううん、たとえ勇者に選ばれなくても、兄は兄で。優太お兄様のことは家族として、妹として大好きだけど、結婚は無理」

「あやめ……」

「だから、優太お兄様。お兄様は、お父様とお母様に遠慮なんかしないで。ご自分の選びたい道を選んで。わたしは……、カリンちゃんと共に行くから」


カリンちゃんを振りかえる。


「カリンちゃんは日本でやり残しとか、伝えたいこととかある?」

「あ、あたしは、お姉様と一緒に行くけど……」

「けど?」

「あの、その……モデルの仕事、受けたのに、いきなり失踪して、迷惑をかけたかもしれないから、できれば、東京にあるカエデプロダクションの槙永マネージャーにごめんなさいだけは言いたい……」

「あー、そうだよね。カリンちゃんのせいじゃないけど、いきなり異世界転移だもんねぇ」


ちょっと考えた。電話……している時間、あるかな……?

って、思ったのに、わたしとカリンちゃんの足が、ゆっくりと薄くなっていく……。


女神め!


「優太お兄様、お願い! カエデプロダクションの槙永マネージャーって人、探して、カリンちゃんがごめんなさいって言っていたって伝えて! 優太お兄様ならできるよね」

「お、おいおいおいおいあやめ……」


ゆっくりと、腰まで、胸まで、消えるわたしたち……。


「お願いね! わたしが異世界を救えるかどうか分からないし、救ってもこっちに戻れるか分からないから。だから、お父様、お母様、優太お兄様、どうかしあわせになってね!」


最後の言葉まで、伝えきれたかどうか。向けた笑顔を、お父様とお母様と優太お兄様が見れたかどうか。


わからないまま。



わたしたちはまた、神様たちの真っ白い空間に戻されてしまった……。







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