第53話 北に行く前に、この東の宝珠
北に行く前に、この東の宝珠はどうするかと言えば……。
修復自体はすでに終えている。
だけど、熱くて持てないから、元の祠の位置に移動させることもできなくて。
しばらく……、数週間とか数か月とか、宝珠の温度が冷えるまでは見張りを置いて、そのままとのこと。
移動可能な温度になったら、改めて、騎士団とかの誰かが、元の祠の位置に宝珠を戻すって。
そちらはもう、他の騎士団の皆様にお任せ。
わたしとカリンちゃんは下山して、今度は北に向かう。
ただし、東の山にやってきた大勢の騎士団員を全員引き連れていくのではなく……、北に向かうのは少数精鋭。
わたし、カリンちゃん。その護衛兼世話役として引き続きマグノリアさんとカメリアさん。イグニス副団長とナイジェルさんは当然として。
あとは青の騎士団から二名、白の魔法師団から二名。
合計十名。
少ない……とか思っちゃうんだけど。まあ、東の山のときは人海戦術が必要だったから、すんごい大勢いたしねえ……。落差がすごい。
「それ以上ですと、荷物が膨大になりまして……」
「はあ、荷物……」
北の結界島は、すんごーく寒いらしいんです。
どのくらい寒いのかというと、海が凍って、結界島まで歩いていけるってくらい。
そんな極寒の地では、人間が住める状態じゃない。結界島はつまり無人。しかも氷に閉ざされている。
防寒着と食料を大量にもって行かないといけない。人数が増えれば増えるほど、荷物も増える。
防寒服。うん、かさばる。
ええと、エスキモーの人たちが着ているような、カリブーの皮を仕立てたアノガジェ……とかいう衣装に似ている……かな。
フード付きの上着もズボンもブーツすら、毛を外側に出して仕立ててあるからもっこもこです。耳当て付きの帽子ももっこもこ。ショールとか毛布とかも大量にある。
わたしのテントスキルで毛布は用意できるけど。
スキルに頼っていたら、たとえば、わたしが気を失ったりとかで、テントのスキルを使えない時があったら困るからと、必要最低限はそろえるって。
うん、危機管理、大事! さすがイグニス副団長!
で……、十人分の防寒服とか帽子とか毛布とか。それだけでもすんごい量。
更に飲み物と食べ物?
飲み物は氷を溶かせば何とかなるかもだけど……食べ物。
氷の大地には食料品店なんてないものね。宿もないし。全部持って行かないといけない。
人数が増えれば増えるほど、荷物も増える……。
というわけで、十人以上は無理って。
で、いきなり結界島に行くのではなくて、最北の街にしばらく滞在。なんか準備するものがあるって話で。
うん、まあ、準備とかはお任せです。
で……、寒い。
もうすんごく寒い。とにかく寒い。室内にいても、凍えそう!
宿屋の廊下でも吐く息が白く見えます……。
室内はさすがに暖炉があるからマシだけど。
わたしとカリンちゃんは暖炉の火が燃え盛る室内から出たくない、出たくないと唱えております……。
トイレに行くのすら凍えるのよ……。
ロシアとか南極って、こんな感じかしら? 九州人には未体験の寒さ……っていったら、カリンちゃんも「関東平野は温かなのよ……」って。
ああ……、お外に出たくない……。
マイナス三十度の世界では、バナナで釘が打てるとか、鼻毛も凍るとか聞いたことがある……。
温度計で気温を計測したわけじゃないけど、多分外は、そのくらいの寒さ。
う、ううう……。
最北の街よりさらに寒い、北の結界島なんて行きたくない……。
でも、イグニス副団長に「準備が出来ました」って言われたから、行かないと……って、決死の覚悟で外に出たら!
なんと!
もっふもっふしたお犬様がいらっしゃった!
うーわー、なにこれ! かわいいいいいいいい!
思わず駈け寄ったら……、近くまで駆け寄ったら……。
わたしとカリンちゃん、お犬様を見上げてぽかーん……。
遠くから見た分にはひじょーにかわいらしかったの!
ええと……、シベリアンハスキーっていうよりは、もう少しスピッツ寄りの、なんとなく丸みを帯びた顔付きのお犬様でね。
もふもふの毛皮と愛嬌のある顔付き。
可愛い。
愛らしい。
もふもふ。
でも……。
「でっかい……。い、犬……? 熊? いやもっとでっかいけど……」
多分、牛よりも大きい。多分、ゾウ……よりは小さい。ええと、サイとか? サイよりも大きい?
でっかいです……。そして、重そう。重量感がある上に、毛皮が……。ああ、あったかそう。
「マラミュート犬と呼んでおります。人懐っこく、命令もよく聞きます」
あ、ああ。シベリアンハスキーじゃなくてアラスカン・マラミュート的な感じなのねこのでっかいお犬様。
ええと……。某モノノケの、お姫様が跨って乗っていた、山神様のお犬様的な感じ……。でも、顔はかわいいお犬様……。
「マラミュート犬に跨って乗りますと、足腰はあたたかです」
ああ! リアルにモノノケのお姫様ごっこができる……って、そんな場合じゃないけど。
とりあえず、某山神様みたいに歯を剥きだして噛むことはなさそうなので、そっと触れてみた……。
お、おおう……。もっふもふ……。
もうちょっと、わっしわっしと撫でても……マラミュート犬は嫌がらない。
何て素晴らしいの……。うっとり。
毛皮を着て、マラミュート犬に引っ付いていれば、大丈夫かなー。それでも上半身は寒いかなー。毛皮もこもこの耳当て付き防寒帽子、被っている上からマフラーも巻いているけど。
「そりにアイリス様のテントを乗せて、カリン様とアイリス様はそのテントの中に入っていただくのも良いのですが。ラマ・グラーマのときのように、乗っていただいても」
「え! いいんですか⁉」
「もちろんです。ですが、一人乗りになりますので、練習はいたしましょう」
「練習……」
「跨って、手綱から手を離さなければ、まあ大丈夫ですから。それから、いくら足腰が温かでも、顔は凍りますので」
「凍るのね……」
ああ、やっぱり……。
「はい。ですから、マラミュート犬に乗った後も安心せずに、顔回りが凍らないようにお気を付け下さい。もちろん耐寒魔法はかけますが、それは気休め程度にお考え下さい」
耐寒魔法。そういう便利なものはあるけど、たとえばマイナス30度がマイナス20度に感じる程度。
極寒の地では、大差がないようなもの。
マイナス30度の世界で、お犬様に跨って疾走すると、風をまともに受けるから……、感覚的にはマイナス30度よりももっと冷たく感じるだろうし。
まつげ、凍るかもね。
まつげどころか鼻の中まで凍りそうよ。
でも……。
わたしもカリンちゃんも、乗る気満々です。だってねえ、リアルモノノケのお姫様……。
とりあえず、練習方々、お犬様に乗ってみます。
わー……。足腰はあったかいです。電気毛布のようです。
でもわたしの顔がシベリアです。
瞬き、ちゃんとしないと、目が凍りそう……。
実際、吐いた息で口を覆ったマフラーが凍り、肌に張り付く。そのままでは危ないと感じて、マフラーを時々手で払う。鼻の中が凍ると、なんて表現すればいいのか、えーと、ニョモっとした感覚になる。変な感じ。
でも、氷原というか、凍った海の上は恐ろしくきれい。
天然の超巨大スケートリンクみたい……って、表現力、ないわね、わたし……。
ええと……、あ、思い出した。氷床だ。
南極大陸とかグリーンランド。広大な地域を覆う陸氷の塊が、氷床。降る雪が解けないで、万年雪になって、積み重なって、下のほうの雪が氷に変わる。南極氷床なんて、平均お熱さが2450メートルとか、どんだけ分厚いの……。
まあ、四国と同じくらいの大きさの氷山があるくらいだから、この異世界で一千年も解けていない氷の海は……きっと四国より大きい氷山なのかしらね。
東は火山で、北は氷山というか氷床。北の結界島が海ごと凍っている……。
うーん、この世界の気候って、どうなっているんだろう……?
ま、ツッコミ入れても分からないわね……。
とにかく、お犬様に乗る練習を重ねた。とても楽しかった。
というわけで、さあ、行こう!
最後の四つ目の宝珠を修復しに!




