第42話 ありがとう、アイリスお姉様
「ありがとう、アイリスお姉様」
「え、えと、わたし、何もしていない……けど」
カリンちゃんは首を横に振った。
「だって初めから、アイリスお姉様はあたしにフツーに接してくれたから」
「そ、そうだったけ……?」
「うん。フツーっていうか、最初から大丈夫だよーって、言ってくれているみたいで。だから、あたし、安心した」
「えっと、混乱して泣いている女の子が居たら、慰めるのは当たり前だと……」
異世界にいきなり召喚されて、パニックしてたから、大丈夫だよー、わたしも日本人だからーって、安心してもらえばって。ただ、それだけしかしていないし。
でも、カリンちゃんは首を横に振る。
「大丈夫だって言ってくれた上に、名前とか、異世界の人に対する警戒とかしつつも、皆さんとうまくやって行けるようにしてくれたし」
「そ、そうだったっけ……?」
いや別に、特に何かしたわけじゃない。
名前は……、本名を知られたら相手に支配されるとか、そういうファンタジー系でよくある話をたくさん先輩たちから教わってたから、自然に偽名っぽいのを伝えただけだし。
この世界のみんなとうまくやって行けるように……? 覚えがないなあ。なんかしたかな?
きょとんと首を傾げたら、カリンちゃんは「ふふふ」と笑った。
「今だって、普通の女友達みたいにおしゃべりしてもらっているし」
「え?」
「あたし、誰かとこんなふうにフツーにおしゃべりしたことなんて、なかったし」
暇な女の子が揃っていたら、喋り倒すようなもんだとおもっているんだけどね、わたしは。
女の子同士じゃなくたって、大学の先輩たちなんて、暇があれば喋りまくるけど。
今月のラノベ、新刊が神! 主人公たん推せる! とか。
そんな話で二時間だって、三時間だって、喋り倒すよ?
「うん。それで、あたし、フツーになりたいって、ずっと思っていたの。それで、周りの女子も男子もみんなきれいでかわいくてかっこいい人ばかりだったら、あたしだってフツーに埋もれることができるよねって。芸能界だったら、そんな夢も叶うって思っていたんだけど」
「うん?」
右も左もみんな芸能人だったら。ま、人類が全員カリンちゃんレベルの美形ばかりだったら。そりゃあ、カリンちゃんだって、すんごい美少女! ではなくフツーのお顔、だろうけど。
そこまで追い詰められていたとは……泣ける。
「あたしの希望、もう、ここで叶ってる。アイリスお姉様と一緒とあたし、普通の女友達みたいにおしゃべりできる。だから、毎日楽しい!」
「カリンちゃん……」
「ずっとこのまま……っていうわけにはいかないかもだけど。ここで聖女やるのも、アイリスお姉様とだったらいいかーって。寧ろ日本に帰って、お姉様と離れ離れになるほうが嫌だな……って」
あ、そうか。日本って言っても……広いよね。
「カリンちゃんて、どの辺に住んでるの?」
「あたし、神奈川県。……一応、横浜」
「……横浜に在住の人って、そういう自己紹介する人多いよね。一応、横浜って。接頭語みたいに『一応』ってつけるの」
「え?」
「横浜って有名だし、すごい観光地だし。なのに、横浜出身でーすなんて、自慢しないんだよねえ。あ、神奈川ですって。謙虚だよね」
大学で知り合った横浜出身の人は、みんなそうだった。
どこ出身? って聞くと、神奈川ですって答えて。神奈川のどこって聞くと、ようやく横浜ですって答えるんだよね。しかも言いにくそうに。
「あー……。それは……、横浜市でも、ミナトミライあたりとか、中区とか、関内とかに住んでいれば、胸を張ってハマっ子だよって言うけど。……あたし、緑区だもん」
ごめん、九州から出たことがないわたしには「緑区だもん」の意味が分からない。
「何区でも、横浜は横浜じゃないの?」
「……違うのよ、お姉様。ヨコハマのイメージはベイブリッジにランドマークタワー。緑区は……今は動物園もあるけど、元々は市民の森っていう、森しかなかったようなところなのよ……」
わ、分からないけど……。どうやら、ハイソな都会のヨコハマって思われるのが駄目なのかな?
関東圏というだけで都会っ! って感じがするんだけど。
とりあえず、突っ込まないほうがいいかな……。
「で、お姉様は?」
「わたしは北九州。ヨコハマからだと距離、あるねえ……」
「う、飛行機で行き来するような……。ますます日本に帰りたくなくなる……。いや、いっそ、あたし、九州に引っ越そうかな……」
カリンちゃんはぶつぶつ言いだした。
本気で引っ越しを考えているのかな。
んー、日本に帰った後もカリンちゃんと仲良くできたらいいけど。
どうなるのかな……。
あと二か所。この東の山と、それから北の宝珠を修復すれば、日本に帰れる……はず。ブロニーおじいちゃんを疑うわけじゃないけど、帰るためには更なる条件があるかもしれない。たとえば、帰還魔法の発動には年単位で魔法の力をためないといけないとか。それに、カリンちゃんが日本に帰ることになったら、またキーファー第三王子がごちゃごちゃ言い出すかもしれない。
無事に日本に帰れたとしても……優太お兄様とわたし、結婚拒否は……難しいかな。ううん、しないとね。
いろいろと、しなくちゃいけないこと、考えないといけないことはあるんだけど……。今、考えてもどうにもならないというか……。あ。
「考えないといけないこと、まだあったか……」
「え? アイリスお姉様?」
ぶつぶつと引っ越し計画を立てていたカリンちゃんがわたしを見た。
「んー、暇があるなら、おしゃべりも楽しいんだけどね」
カリンちゃんとならいくらでも、延々と四方山話もできそうだし。
「……せっかく今、時間があるんだから。宝珠を修復しても、カリンちゃんの頭が痛まないように、なんとかできないのかなあって、そういうことも考えておかないとなんて……」
「お、お姉様……」
あら、キラキラしい目で見られてしまった。
「わたしのテント、レベル8で回復量が(大)になったから。カリンちゃんの痛みもすぐに取れるかもしれないけど。頭が痛くなってから頭痛薬を飲むって言うのじゃなくて、そもそも最初から痛まないようにはできないかな……って」
宝珠を直すとカリンちゃんの頭が痛む。
最低限あと二回、痛い思いをする。
だけど、痛まない方法があるなら、模索するべきだよねえ。
切羽詰まっているならともかく。今、暇ですし。
「……壊れた宝珠を手で触って、聖女の力ってのを発動すると、視界がね、真っ白になるの」
「え?」
「で……、声が聞こえるの」
「声? 誰かの?」
「誰の声かは分からないけど……複数人」
「大勢いるの?」
カリンちゃんはちょっと考えていた。
「二人や三人ではないけど、何百人はいない……。多分、十人前後? もうちょっと少ないかな……」




