第9段階 好きな人の告白
聖君は、しばらく、がっくりした様子で黙っていた。私は、ちゃんと話さなくちゃと思い、勇気を持って話すことにした。
「ごめんね…。私、信じられなくて」
「…俺が?」
「違うの…。そうじゃなくて、聖君がまさか、私のことを好きになってくれるわけがないって、そう思ってて…。好きだっていうのも、付き合うっていうのも、信じられなくて…」
「やっぱ、俺のことが信じられないってことじゃん」
「違うよ」
「そうじゃんか…。俺の言ってることが、信じられないってことでしょ?」
「……。信じたいけど、自信がなくて…」
「…なんの?」
「私、蘭みたいに綺麗じゃないし、スタイルも悪いし、背も低いし…」
「それが?」
「それに…、菜摘みたいに、明るくないし、運動も苦手だし、頭もよくないし、何もとりえないし…」
「……」
「だから、私なんて、好きになってもらえるわけないって…」
聖君は、黙り込んだ。
「聖君が、私のどこを好きになってくれたか、わからなくて。だから、きっと、友達としてってことなんだって思って」
「????え?」
聖君の目が、まん丸になった。
「じゃなかったら、私の気持ち知ってたから、気を使ってとか、悪いなって思ってとか…」
「は?????」
もっと、真ん丸くなる…。
「だって、わからないんだもん」
私も、これ以上なんて言ったらいいか、わからなくなって、黙ってうつむいた。
聖君も、黙っていた。どんな表情をしているのか、少し気になり、聖君のことを見ると、黙ったまま、私を見ていた。目が合って、私はまた、うつむいた。
何を考えているんだろうか。こんなに卑屈で、自信のない、コンプレックスの塊のような私のことを、もしかして、呆れているのだろうか。
「もっとさ、自分に自信持ったら…?」
聖君がぽつりと、そう言った。やっぱり、そう思うよね。でも、なかなか思えないから、私はいっつも苦しんでる。
「そうなんだよね。そうなんだけど…」
私が話をしだすと、聖君はまじめな顔で、
「うん…」
って、聞いてくれた。
「走るのも、遅くって、駄目だなって思ったよね?」
「何が駄目なの?」
「かっこ悪いっていうか、聖君も笑ってたでしょ?」
「え?ああ、さっき?違うよ。走るの遅いのに、頑張って走ってきてくれたんだと思ったら、いじらしくなっただけだよ」
「い、いじらしい…?」
「うん」
いじらしいって…?なんだか、恥ずかしくなった。いじらしいって、何?私は顔が熱くなるのを、こらえながら話を続けた。
「そ、それにね。印象も薄いでしょ?蘭とは、話しやすいって言ってたでしょ?すごく楽しそうだったし。菜摘は、好きだったから、意識して話せなかったんでしょ?でも、私のことは、あまり話しても話さなくても、よかったんだよね?」
「え?」
「なんとなく、そういうのわかってたけど…。私、いてもいなくてもいいんだろうなって。だけど、聖君と話せなくても、蘭とバカやって大笑いしてる聖君のこと、見てるだけで、幸せだったし…」
聖君は、黙って顔をふせた。
「蘭も、菜摘も、告白しなよとか、付き合いなよとか、もっと頑張ってとか、言ってくれてたの。でも、告白する勇気もないし、言うつもりもなかったし、彼女になれるなんて思ってもみなかったし、付き合う気だって、なかったんだ」
「そうだったの?」
「…だって、なんとも思ってくれてないなって、なんとなくわかってたし。ふられちゃうだろうなって、それもわかってたし…。それよりも、みんなで会って、わいわいできたらそれでいいって、思ってたんだ」
ああ、私、全部、ぶちまけてない?
「だから、菜摘にも、蘭にも、私が聖君のことを好きなのは、黙っていてって頼んでたの」
「でも、菜摘ちゃん、ばらしてたよ?俺に」
「うん、だから、びっくりして。でも、聖君が、菜摘を好きだってわかって、もう絶対にそっちを応援しなくっちゃって思って…」
「え?」
「だって、だって私のことなんか、好きになってもらえるわけないって、確実にわかってたし。もう、聖君の恋の応援するのが、きっと私の役目なんだ…くらいに思っちゃって」
聖君が、驚いた表情のまま、固まった。
「…そんなふうに思ってたの?」
「うん」
「そっかあ。じゃ、あれかあ…」
「え?」
「俺が、桃子ちゃんのことを好きだの、付き合おうって言っても、なかなか信じられないよね?」
「うん!」
そうだよ。ありえないことだよ、私の中じゃ…。
「じゃあ、信じられないことが、起きちゃってるわけだ」
「うん…。まだ、混乱してて…」
「……。混乱してるの?頭の中ぐるぐる?」
「うん…。思考回路もゼロ。真っ白」
「じゃ、俺が桃子ちゃんのどこを好きになったかとか、どんなふうに思ってるかとか言えば、信じられるかな?」
「え?!」
どこを?って私の…?
「うん」
知りたい。でも、やっぱり、知りたくないかも…。
「えっと…。小型犬みたい。今も目、まんまるで、ポメラニアン…。あれ?この前はマルチーズだった。あ、そっか。服の色か。今日は、茶色だからか」
「……。ポメラニアン?」
え、ええ…?!
「笑顔は、なんか、綿菓子?」
「綿菓子…?」
ええ~~~~?!
「それから、えっと。さっき後ろ歩いてて、ポニーテールが左右に揺れて、面白いなって」
面白いって…。何?それ…。緊張して聞いてたのに、思い切り力が抜けた。
「あはは!」
「え?」
なんで?私、笑われた…?!どうして…?
「ごめ…。あははは。でも、可愛くてさ。桃子ちゃん」
「か、可愛い?」
「ごめん、ああ、腹いてえ…」
なんか、馬鹿にされてる?からかわれてる?そんなことないよね…。でも、私ってそんなふうに思われてた…?
なんだか、だんだん落ち込んできた。「好き」っていうのと違うんじゃないの?ああ、ペットみたいな感覚なの?
「はあ。わかった。ちゃんと白状するから。しっかり聞いてて。それで俺が言うこと全部、信じてくれる?」
聖君は笑うのをやめて、真剣な顔をした。
「……。うん」
もう、わけがわかんない…。しっかり聞いててって言われても…。
「可愛いんだ」
「え?」
……。え?
「可愛いし、いじらしいし、なんか桃子ちゃんといると、やばいんだよね」
「やばい?」
「う~~ん。なんて言ったら1番ぴったりくるかな~~。桃子ちゃんのどんな表情も、仕草も、どれ見ても、可愛いなって思えちゃうんだよね」
ど、ど、どれをとっても、可愛い……?!
「あ、今も…。真っ赤になってて、可愛いなって」
私、真っ赤?
慌てて、顔を両手で隠したけど、
「あ、それも…」
って、聖君に言われた。
「嘘だ」
って、言うと、小さい声だったからか、
「え?」
って聞きなおされ、もう一回少し大きな声で、
「嘘だ」
と言うと、聖君が、
「嘘じゃないよ」
って、言った。でも、そんなことを言われても、信じられない。
「小型犬みたいで可愛いし、綿菓子みたいで可愛いし、ポニーテールが揺れてるのとか、後姿とか、歩き方とかも、可愛いなってさっき、後ろ歩きながら、思ってたよ」
「…嘘」
「嘘じゃないって。俺、こんな恥ずかしいこと、嘘つかないよ。嘘で言えないよ」
嘘だ。嘘だ。そんなの…。
「今も、思考回路ゼロ?頭の中、ぐるぐる?」
私は、黙って、こくってうなづいた。
「でも、なんとなく、俺が桃子ちゃんを好きだっていうの、信じられそう?」
「……」
まだまだ、信じられそうもない。でも、言えなくって、黙っていると、
「あれ?まだ、信じられない?」
と、聖君は聞いてきた。小さく私はうなづいた。
「さて…、どうしようかな、俺。どうしたらいいかな」
聖君が、小さくため息をした。本当に困っているようだった。
「い、いつから?」
私はこわごわ、聞いてみた。
「桃子ちゃんのこと、好きになったのってこと?」
「うん」
「いつからだっけ?菜摘ちゃんに、桃子ちゃんが俺のことを好きだっていうのを、聞いて…。それで、少し意識するようになって。それからかな」
私が、好きだっていうのを知って…?
「意識して、桃子ちゃんのこと見てたら、すごく可愛い子なんだなって思って」
ええ?ええ~~~?!どうしようもない、駄目な子…じゃなくて?
「えっと…。他には?なんか聞きたいこと、ある?」
聖君に、聞かれた。
「菜摘のことは、本当に、もう?」
「ああ、うん。きっと、桃子ちゃんがいてくれたからさ、立ち直るの早かったんだと思うよ、俺」
「じゃあ、私も役に立てたの?」
「うん、もちろん」
そうなんだ…。嬉しい。
「良かった」
聖君は、しばらく黙ってから、
「店、そろそろ出る?」
って言った。
それから、私の家まで送ってくれると言った。でも、もう少し一緒にいたくって、
「すぐそこにね、大きな公園があるの。けっこう、気持ちがいいんだよ」
って、言ってみた。
「ふうん、じゃ、そこ行ってみたいな」
「うん」
良かった。もう少しいられる…。
「身長、何センチ?」
いきなり歩いていると、聖君が聞いてきた。あ、嫌だな。私身長の話、したくないんだけどな。
「147センチ」
と、小さな声で答えた。
「え?そうなの?150ないの?」
やっぱり…。そんなことを言われるかなって思ったんだ。
「…うん」
「そっか~~。じゃ、俺と30センチくらい、差があるんだね」
「177センチ?聖君」
「178センチかな。2年になってから、また伸びたんだよね」
「え?そうなの?私、中3の頃から変わってないよ?」
「成長期終わっちゃった…とか?」
「うん、そうかも」
ガク…。こういう話は、落ち込んじゃう。
「でも、背が小さいのも、可愛いじゃん」
…可愛い?本当に?聖君の顔を見ると、優しく微笑んでて、私も思わず、つられて笑ってしまった。
公園に着くと、ベンチがあって、そこに聖君が腰掛けた。私もその横に、座った。ちょっと恥ずかしかったけど…。
「夕日、綺麗だね」
聖君は、真正面を見ながらそう言った。
「うん。ほんとだ」
本当に綺麗な夕日だった。
「徐々に、日が短くなってるよね」
「うん」
「文化祭、いつだっけ?」
「え?うちの学校?11月の最初」
「そっか、あと1ヶ月くらいだね」
「うん」
「葉一や、基樹と行くからね」
「うん」
「制服見に…」
「え?何それ?」
「基樹とかと言ってるんだ。どんな制服なんだろうって。ちょっと楽しみ」
「ええ?平凡だよ?紺のボレロに、紺のスカートで、ブラウスには赤のリボンするだけで」
「へ~~。赤のリボン…。ところでボレロって何?」
「ブレザーが短くなったみたいなやつ…」
「へ~~。どんななのかな?」
「聖君の学校は?ブレザー?」
「そう、グレーのブレザー。女子もね。女子はこのパンツの柄で、スカートなんだ」
「チェックの柄なの?可愛いよね」
「う~~ん、そうかな?女子もネクタイなんだよ。リボンの方が絶対可愛いよね?」
「どうかな~~?わかんないや」
「やっぱ、楽しみだな」
制服が…?もしかして、女子高に来れるのを喜んでるの?とは、さすがに聞けなかった。でも、聖君の制服姿が、かっこよくって、それを思わず口にしてしまった。
「制服、かっこいいね」
「え?ああ、これ?そう?よくあるパターンでしょ?」
「うん。でも、私服もいつもかっこいいけど、制服もかっこいいよ、聖君。ちょこっと大人っぽくなるよね」
「え?そうかな」
「うん…」
かっこいいよ。めちゃくちゃ…。
「……。えっと…」
聖君は、少し照れたようだった。そっか…。聖君でも照れるのか…。私は、なんだか嬉しくなった。下を向きながら、ちょっとにやけるのをこらえていた。
すると、いきなり、聖君の顔がすぐ横にきた。
「え?」
すんごいびっくりして、私は慌てて、顔を遠ざけた。聖君は、すぐにまた、体制を元に戻して、下を向いたまま、黙っていた。
な、なんだったんだろう、今の。心臓がばくばくしている。なんで、顔を近づけたのか。また、からかうつもりだったのか。でも、何も言わないし…。頭の中がぐるぐるになった。
その時、ふわ…。唇にふわって感触。いきなり、聖君の顔が目の前にきてた。
エ~~~~~~~~~~~~~~~ッ?!
あまりにも突然すぎて、さっきみたいに、遠ざけることもできず…。っていうか…。
今のは、キス?!!!!!!!
な、何してるの?って言ったつもり…。でも、口からは、
「○▽×■☆!」
言葉になってなかった。ううん、声すら出ていなかった。
「だって、最高のキスのチャンスだったじゃん、今…」
ちゃ、ちゃ、チャンスって……!!!ってまた、言おうと口をあけても、声が出てこない。
「あ、さっき、一瞬、気をぬいたでしょ?一回目は、回避できたけど、そのあとまた、俺がキスしようとするって思ってなかったでしょ?」
「もう!!!」
やっと、声が出た。もう、信じられない!!いきなり過ぎる。顔から火が出る。私は顔を両手で押さえた。きっと、真っ赤なんてもんじゃない。
「あはは、可愛いよね。本当にさ」
「もう…」
両手で押さえてるから、小さな声しか出なかった。
もう…。からかってるの?本気なの?可愛いって、本当なの?
なんか、わからなくなる…。ぐるぐるだ。
でも、聖君は、そんな私の気持ちなんておかまいなしに、いろんな話をしてきた。
「そういえばさ、今日さ…」
って学校であった話とか、おじいちゃんは、ヨットに乗ってるんだって話とか…。
初めは恥ずかしさで、下を向いたまま、聞いていたけど、聖君のいろんな話が聞けて、だんだんと嬉しくなってきて…。
いつの間にか、私も、話をしていた。
「猫、飼ってるんだよね?なんて名前?」
「しっぽって言うの」
「へえ、可愛いね。しっぽが長いの?」
「ううん、全然ないの。短いの。なのに、お母さんがしっぽってつけたの。変でしょ?」
「あはは。変だね。猫は1匹だけ?」
「ううん、もう1匹。それは、茶太郎…。でも、ほとんど白い猫で、背中の一箇所が茶色いの。これも、お母さんがつけたの」
「お母さん、ネーミングセンスあるね」
「え?ないんじゃない?普通つけないよ」
「だから、いいんじゃん」
「そうかな~~」
「桃子ちゃん、兄弟は?」
「妹がいる。ひまわりっていうの」
「夏生まれ?」
「うん」
「桃子ちゃんは、春生まれ?」
「うん。3月。桃の花の季節…」
「ああ、やっぱり」
「聖君は、クリスマスイブだよね」
「うん。誕生日でも、クリスマスでもいいから、プレゼントちょうだいね」
「ふふ…。じゃ、両方あげようかな」
「まじで?」
「うん」
私がそう言うと、本当に聖君は、嬉しそうな顔をした。
「ひまわりちゃんは、年いくつ?」
「今、中2」
「じゃ、うちの杏樹よりも、一個上か」
「うん。でもね、妹なのに、私より背が高いの。158センチもあるんだ」
「へえ…。そうなんだ」
「お母さんも、背が高いの。すらってしてて…。私はおばあちゃん似なんだって」
「あはは。桃子ばあちゃん」
「え?私がおばあちゃんじゃないよ」
「ごめん、でも、おばあちゃんになった桃子ちゃんも、可愛いだろうなって思ってさ」
「え~~。どうして、そんなのイメージするのかな。犬に似てるとか、綿菓子とか…」
「あはは…。だって、似てるから。そんなイメージあるんだもん」
私がふくれっつらをしていると、
「あ、その顔も可愛い」
って聖君が言った。それを言われるたびに私は、真っ赤になってる。
「ほんとなのかな…。もしかして、からかって遊んでる?」
「うん、ちょっと。だって、すぐに真っ赤になるから面白くて」
「やっぱり~~?酷い…」
「あはははは…」
え~~?笑ってるし…。本当に私のこと好きなのかな?それすら、疑っちゃうよ。
そんな話をしているうちに、日がすっかり暮れてきて、聖君は、
「送ってくね」
と、私の家のまん前まで、送ってくれた。それから、
「じゃ、またね」
と、すごくさわやかに、聖君は言って、来た道を戻って行った。
家に入り、部屋に行き、ベッドに寝転んで、今日聖君と話した内容を、思い出した。まだまだ、信じられない。あのキスさえ、ふわってした感触だけで、夢でも見たのかなって、そんなふうにも思えてくる。
明日になったら、目が覚めたら、全部夢でしたってことは、ないよね。
全部、私の妄想でしたなんてことは、ないよね。
今日がエイプリルフールってこともないよね。
どっきりじゃないよね…。
いろんなことをあれこれ、考えながら、また、聖君の言った言葉を思い出していた。