第7段階 好きな人の役に立つ
蘭が、
「スタバあったよね、この辺に」
って、言いながら歩いていると、
「その前に、トイレ行きたい」
と、菜摘が言った。私も行きたかったから、一緒についていった。
トイレに入り、出てくると、菜摘が泣きそうな顔をして手を洗っていた。私が、横に行き、手を洗うと、私の方を向いて、泣くのをこらえながら、
「ごめん、話を聞いてくれる?」
って、言った。
「え…?何?」
そこに蘭が手を洗いに来て、
「どうしたの?深刻な顔して、何かあった?」
と、聞いてきた。
「私、桃子にどうしても話したいことがあって…。こんなことを言っても、桃子困るだけだってわかってるけど」
菜摘は、目に涙をためていた。
「でも、辛くって…。このままでいるの辛くて」
聖君のことだって、ピンときた。どうしよう…。でも、私がここで動揺したら駄目だ。必死で、冷静さを保とうとした。
「私、ずっと隠してたけど、ずっと、聖君のことが好きだったんだ」
ああ、やっぱり…。
「え?何言ってんの?!」
蘭が、驚いていた。
「もし、そうだとしても、何で今言うの?今日見ててわかったじゃん。桃子と聖君、うまくいってるの。それも、今まで、菜摘が仲を取り持っていたんでしょ?」
「そうだけど、でも、もう苦しくて、黙っていられなくて」
「ちょ、ちょっと待ってよ。今さらそんなこと言っても…」
蘭は、私と菜摘の顔を、交互に見てそう言った。
「桃子、お願い。聖君と、別れてくれないかな。今さらだってわかってる。でも…」
菜摘は私の顔を見て、そう言ってきた。
「菜摘?何言ってんの?おかしいんじゃないの?」
蘭が、菜摘の腕を掴んだ。
「…。別れられないよ。私…」
必死だった。別れるなんて言って、一歩引いちゃったら…。聖君は困ることになる。
「そ、そうだよね~~。別れてくれって言われても、今は、桃子が付き合ってるんだから」
蘭も、必死な感じでそう言った。
「でも、聖君も、私のことを好きなんだって、葉君が言ってた…」
菜摘が、少し声を震わせて言った。
「え?何それ?うっそ~~。じゃ、なんで、桃子と付き合うのよ?」
「だから、桃子のことはきっと、本気じゃないと思う…。なんか、今日見てても、違ってるって思った」
「え?」
蘭が、驚いていた。
菜摘も、そんなことを思ってたの…?
「ちょ、ちょっと何それ。でも、桃子が聖君のこと好きなの、あんた知ってたじゃん!それも応援して…」
「だから、ごめんなさい」
「信じられない。そんなこと、今さら言われてもだよね?桃子…」
私は頭がパニックしてた。どういえば言い?どういったら言いの?駄目なんだよ。私と別れても、付き合えないんだよ。だって、血がつながったお兄さんだから。
そんな言葉が頭に浮かび、必死でその言葉を消す。何を言っていいか、適当な言葉が見つからない。
「私も、聖君が菜摘のこと、好きなの知ってたけど、それでも、聖君、私と付き合ってて…」
「え?知ってたの?桃子」
蘭が、驚いた声をあげた。
「あ…!」
これは、言っちゃいけなかった…。
「知ってて、菜摘には黙ってたの?」
どうしようか。黙っててくれと頼まれたなんて、言えないし…。
「それ、ひどくない?ああ!もう、なんなの、二人とも。自分のことばっかじゃん。友達じゃないの?!信じらんないよ!」
蘭はそう言うと、呆れた顔をして、トイレを出て行った。
菜摘は、ぼろぼろ泣き出した。そして、蘭のあとを追いかけた。私も、あとを追った。でも、私が泣くわけにはいかないって、泣かなかった。
蘭はもう、聖君たちのところに行ってた。すごい剣幕で、怒っていた。
私たちが蘭のあとから歩いていくと、聖君がこっちを向いた。私は、聖君にどう謝ったらいいのか、これから先どうしたらいいのか、頭の中がぐるぐるしてた。
私たちがみんなのところに行くと、何があったかを男性陣が、蘭に聞いているところだった。
「菜摘はね、桃子が聖君のこと好きだからって、いろいろと応援してたの。それで、二人がうまくいったのに、今さら、自分も聖君が好きだったって、言い出して」
「え?」
聖君も葉君も、驚いていた。菜摘がそれを、みんなにばらしちゃったことを、驚いていたんだろうな。基樹君だけが、まじめな顔で、菜摘に聞いた。
「なんで、今頃になって?」
「葉君が、聖君も菜摘のことが好きだって言ったからよ」
蘭がそう言った。
「何、何でお前そんなこと言ったの?」
基樹君は、今度は葉君に向かってそう聞いた。
「私が葉君に、聖君のことが好きだって言ったから。葉君が、悪いわけじゃない」
菜摘はそう言って、ぼろぼろ泣いた。
「だって、菜摘ちゃんも聖が好きで、聖も菜摘ちゃんのことが好きだってわかっちゃったら、言うしかないじゃんか。俺、二人の気持ち知ってんのに、黙っていられなかった」
葉君も、顔をひきつらせ、そう言った。
「でも、なんで、桃子ちゃんのことも、怒ってんの?」
基樹君が冷静に、蘭にそう聞いた。
「桃子も、聖君が菜摘のこと好きだってこと知ってたのに、黙ってた。そのまま、聖君と付き合ってた」
蘭は私を、怖い顔で見た。私は何も言えなかった。理由なんて言えるわけがなかった。
「……。なんか、絡み合ってるな」
基樹君が、そうつぶやいた。
「桃子ちゃん、こいつは、俺が菜摘ちゃんのことを好きだって言ったから、菜摘ちゃんをあきらめることにしただけだよ。悪いけど…」
葉君が私に、言った。
「でも、今は、私と付き合ってるし…。今さら、別れてって言われても、別れたくない」
他に何も、言葉が浮かばない。
「自分さえ良ければ、いいんだよね、みんな」
蘭が、冷ややかにそう言った。
「……」
みんな、黙っていた。でも、
「ごめんなさい。私がちゃんと、私の気持ちを桃子に、言ってたら良かった」
と、菜摘はそう言って、下を向いて謝った。
「お前は?お前の気持ちはどうなんだよ」
基樹君が、聖君に聞いた。
「俺に遠慮とかいらないからな」
葉君が、そう言った。
「俺は……」
「ひ、聖君は、菜摘に渡せない。だって、菜摘、応援してくれてたでしょ?」
私はとっさにそう言った。聖君が、ものすごく辛そうな顔をしていたから。
「……。でも、1番大事なのは、聖君の思いだと思うよ」
菜摘が、そう言った。
「桃子って、そういう子だったんだ。なんか、男の前だと変わるよね。女友達より男の方が大事?」
蘭の言葉が、胸にささった。でも、そう思われてもいい。これ以上、聖君が辛い思いをするくらいなら。
「そ、そうだよ」
私は必死で、そう強がった。
「蘭、もうやめろって」
基樹君が、蘭を止めた。蘭は、それでも、気がおさまらない感じだった。
「はあ……」
聖君が、重いため息をした。
「桃子ちゃん、もういいよ」
それから私に、そう言った。
何が、何がいいの…?聖君、どうしたの?
「そんな、頑張って演技しないでも。俺のためにさ」
そんな、そんなこと言わないで。聖君。
「だって…」
私は今まで我慢していたのに、涙が出てきた。
「俺、確かに菜摘ちゃんが好きだったけど…。駄目なんだよね。ごめんね」
菜摘ちゃんの方を向いて、聖君が優しく言った。
「駄目って?」
と、葉くんが聞いた。
「無理して演技って?なんで、お前のために?なんだよ、なんか隠してるのか?」
「ふう……」
また、聖君は、ため息をついた。それから、
「しゃべるしか、ないのかな…」
ってつぶやいた。
聖君、菜摘に本当のこと言っちゃうの?
「聖君」
思わず、止めようとしたけど、聖君は話し出した。
「俺も知らなかったことで、ついこの前、親から聞いた」
「え?」
みんながいっせいに、聞いた。ああ、話しちゃう!聖君…。
「菜摘ちゃんが、店に来て、母さんが驚いてた。母さん、俺の父さんと会う前に、菜摘ちゃんのお父さんと付き合ってたんだ」
「…え?」
菜摘が、一瞬青ざめた。
「別れたあとに、俺を妊娠してることに気づいた。もう、父さんとは出会ってたあとで…。それで、父さんが、母さんと結婚して、俺のこと子供として育ててくれた」
「……」
みんな、黙っていた。
「俺、菜摘ちゃんとは、血、つながってるんだ。菜摘ちゃん、俺の妹なんだ」
「……」
菜摘が、力なくその場にしゃがみこんでしまった。
「菜摘、大丈夫?」
蘭が、そばによって支えてあげた。
「桃子ちゃんは、俺が菜摘ちゃんのことを好きだって、葉一と俺が話しているのを偶然聞いちゃって、それで、自分はあきらめるからってさ。俺のこと、応援するって言ってくれた」
「え?」
蘭も、菜摘も、同時に私を見た。
「それで、俺、桃子ちゃんに本当のことを話した。でも、絶対だれにも内緒にして欲しいって言った。それに、付き合ってるふりもしてくれって、頼んだ」
「…じゃ、桃子、全部知っててわざと、さっきあんなことを?」
蘭が、そう言った。
「そうだよ。演技だよ。俺のために。桃子ちゃん、友達思いのいい子だって、蘭ちゃんも知ってんでしょ?」
「……」
「ごめん。桃子ちゃんを悪者にするとこだった。ほんと、ごめん」
聖君は私に向かって、頭を下げてそう言った。
「私は、私はぜんぜん…」
悪者になったって、そんなの、聖君の辛さに比べたらどうでもいいことだったのに。
「ごめん。菜摘ちゃんには、絶対に言わないようにするつもりだった。それに、多分このこと、菜摘ちゃんの親も知らない。俺の親、言ってないと思うよ」
聖君は次に、菜摘に向かって謝った。
「……。兄妹?」
菜摘が、やっと状況を飲み込めたのか、言葉を口に出した。
「ごめん、葉一。お前にまで黙ってたけど、でも、言ったら、菜摘ちゃんに知れちゃうかもしれないって思って、黙ってた」
それから、聖君は、葉君の方を向き、申し訳なさそうにそう言った。
「……」
葉君は、黙っていた。
しばらくみんな、黙っていたけど、
「立てる?菜摘」
蘭が、菜摘にそう聞いた。
菜摘のことは、私が送っていくと言って、蘭は菜摘のことを支えながら、歩いていった。その後ろを基樹君がついていった。
蘭は別れ際に、私に謝っていた。ううん…。謝ることなんてないのに…。
「桃子ちゃんは、俺が送るよ」
聖君が言った。
「…ごめん、桃子ちゃん。まじで、ごめん、俺」
と、葉君はすごくすまなさそうな顔をした。それから、次に聖君に向かって、
「でも、俺はお前には謝らない。そういうこと、隠して、俺に何も言ってくれなかった」
って言った。
「ごめん」
聖君は、葉君にまた謝った。
葉君は一人で、そのまま、駅の方に向かって歩き出した。私は、ベンチに腰掛けた。聖君も横に座った。
力がどっと抜けた感じがした。
「ごめんね。桃子ちゃん、俺、変なことに、巻き込んだ」
なんだか、聖君も力が抜けた感じで、そう言った。
「ううん」
「あやうく、桃子ちゃん、友達なくすところだった」
そんなの、いいのに…。それに私だって…。
「……。私、わからない」
「え?」
「さっきの演技だったか、本当の私だったか、わかんない」
「どういうこと?」
「私、本当に、離れたくないって思ってたかもしれない」
「俺から?」
「うん」
そう言うと、勝手に涙が溢れ出していた。
「そっか…」
こくんとうなづいたけど、聖君は黙っていた。
しばらく黙っていた聖君が、口を開いた。
「変だよね。なんでこんなになったのかな」
それから、聖君は何かを考え込んで、そして、
「やっぱり、あれかな。みんなちゃんと自分の気持ちを、しっかりと言っていたらよかったのかな」
って言った。
「え?」
「自分の気持ちを隠したり、押さえたり、ごまかさないで、初めから素直に言ってたら、こんなことにはなってなかった」
素直に…?
「俺も、菜摘ちゃんが傷つくだろうって、兄妹だってことを隠そうとした。でも…、はっきりと、言わなくちゃいけないことだったんだ」
「だけど…」
そんなこと言ったら、菜摘傷ついてた。
「そうしたら、桃子ちゃんに、変な芝居頼まなかった」
変な…、芝居?
「そうしたら、付き合ってるふりもなし?」
「うん」
「そうだよね」
何でかな。また、涙が勝手に出てきた。
「でも、ちょっと嬉しかったんだ」
「え?」
「今日もドキドキしてた。ふりしてるってわかってたけど…」
「ふりじゃないって」
「……」
いいのに…。もう、そんなふうに優しくしなくても。
「ふりじゃないから」
聖君は、もう一回私に言った。
「もう、みんなでは会えないのかな。会えないよね。それに…」
「俺とも?」
そうだよね…。聖君とも会えない。こんなことになったらもう…。
「うん…」
「どうする?会うのやめる?」
聖君が、聞いてきた。
「…うん」
私はうなづいた。
「会いたくないから?」
違うよ…。会いたいよ。これからだって…。
「ううん…」
私は思わず、首を横に振った。
「菜摘に、悪い」
私が、そう言うと、聖君が、
「じゃ、本心は?」
って聞いてきた。
「本心?」
「うん」
本心なんて、言えない…。
「ね、もうやめようよ。隠すの。さっき言ったじゃんか。自分の正直な気持ちを言わないで隠してて、こんなに混乱した。もう、素直な気持ちでいない?」
「素直な?」
「そう。桃子ちゃんの素直な気持ち」
「私の?」
「うん」
「…聖君は?」
「え?」
「聖君の、今の素直な気持ちは?」
「俺は、桃子ちゃんとこれからも会うつもりだけど」
「…みんなで?」
「二人で」
「え?」
二人でって…?
「だから、付き合っていきたいって、思ってるけど」
「…え?」
付き合いたいって…?
「えって聞かれてもな…。えっと…」
聖君が、困った顔をした。
「俺さ、桃子ちゃんが好きだよ」
「嘘…」
好き?好きって…?
「嘘じゃないって」
「でも、菜摘のこと」
「だよね…。こんなに早くに心変わりって普通、ありえないよね」
「…嘘だ」
「…ショック?」
「え?」
「こんな簡単に心変わりする男で、ショック?」
違う、そうじゃなくって…。
「ううん」
私は首を横に振って、
「でも…。そんなの信じられない」
って言った。
「…そっか」
そう言って、聖君は黙った。しばらくすると、
「俺の素直な気持ちは言った。で、桃子ちゃんは?」
って、聞いてきた。
素直な気持ち、素直な気持ちは…。一緒にいたい、それだけ。
「私は…、聖君と、一緒にいられたら…。それだけで、嬉しい」
言ってから、恥ずかしくなった。
「そっか…」
聖君は、ただそう言って、すって私の手を握った。
「俺、そろそろ帰んないと…。店の手伝いあるんだ」
「え?」
「駅まで、一緒に帰ろう」
「うん…」
手をつないで、私たちは歩き出した。聖君の大きな優しい手、つないでると安心する。
「菜摘、大丈夫かな」
私はいきなり、菜摘のことが気になった。
「…うん、大丈夫だよ。蘭ちゃんもついてるし、お母さんやお父さんもいるし」
「うん…」
「俺もすげえ、ショックだったけど、桃子ちゃんがいてくれたし、母さんや父さんが、ちゃんと俺が大丈夫って信じてくれてたから」
「え?」
「うん。信じてくれてるんだよな。そんでいつも、見守っててくれてたんだよな」
聖君は、少し宙を見ながら、独り言のようにそう言った。
私も、役に立ってる?少しでも役に立ってるの?
家に帰ると、蘭から電話があった。
帰りも、あまりのショックだったみたいで、菜摘は、ほとんどしゃべらなかったって。それで、しばらく菜摘についててあげるから、桃子とはいられなくなるかもって…。学校でも話せなくなるかもって言ってた。そして、桃子は大丈夫?って聞いてくれた。
「うん、私は全然…。菜摘についててあげて。今きっと、ショックで、何も考えられないくらいかもしれないから」
「うん、わかった。でも、ごめんね。桃子も大変だったのに、私何も知らないで、ひどいこと言って」
「大丈夫」
「そう…。聖君もきっと、ショック受けてたんだよね。桃子は、聖君についててあげるんだよ」
「うん。わかってる」
そう言って、蘭は電話を切った。
蘭は、怒ってたけど、でも、あれも友達を思う気持ちが大きいからだって、そう感じていた。
私は、菜摘のことも気になったけど、聖君が言うように、ご両親や、蘭がいるんだから、大丈夫だって思うようにした。
そして、私は聖君の役に立てるように、何か出来ることがあったらしよう…そう思った。
ああ、そういえば、これからも付き合うとか、好きだって言ってたな。
あれって、もしかして、友達として付き合っていこうとか、嫌いか好きかでいったら、好きってことかな。英語で言う、ライク。ラブじゃなくって…。そんな感じだったのかな…。