第6段階 好きな人からの頼みごと
その日、夜に菜摘から電話があった。
「急接近どころじゃないね。どうしたの?カラオケで、やっぱりいなくなった時、二人で何か話したの?」
と、菜摘が聞いてきた。
「ううん」
どう嘘をついていいか、わからなかった。
「じゃ、なんでいきなり聖君、二人で行動したいなんて、言いだしたのかな?」
「わからない…」
「…水族館行ったの?」
「うん」
「良かったね、デートじゃん」
「え?デートじゃないよ」
「なんで?りっぱなデートだよ」
「菜摘は?葉君と水族館…」
「行かなかったよ。海見て、ご飯食べて、帰ってきた」
「そうなの…」
「うん。なんか、二人だけじゃ、つまらなくなっちゃって…。あ~~あ、みんなカップルになっちゃうんだもん」
「……」
「私も、こうなったら、葉君と付き合っちゃおうかな~~!なんてね。葉君が嫌がるかな」
「わ、わかんないよ。葉君、意外と菜摘のこと」
「あ、いいよ。そういうこと言わなくても。じゃ、また月曜学校でね!」
「うん、おやすみ」
なんだか、菜摘明るくしてたけど、どっか無理してるみたいだったな。
翌日、お母さんが、買い物に行かないかって誘ってきて、妹のひまわりと3人で出かけた。ひまわりは私よりも背が高く、元気で明るい。菜摘みたいな性格だ。なんで姉妹でこうも、違うんだろう。
お母さんも、背がすらってしている。どうやら、私は、隔世遺伝でおばあちゃんに似ちゃったらしい。
買い物から帰り、家族でご飯を食べ部屋に行き、少し勉強をしていると、携帯がなった。着信を見たら、聖くんだった。
え?!慌てて、電話に出た。聖君から電話があるなんて、思ってもみなかった。
「もしもし…」
「桃子ちゃん?今、いいかな…」
「うん。大丈夫…」
なんか声が深刻な感じだ。もしかして、菜摘のことかな…。
「あのさ…。今まで葉一といたんだけど、ちょっと、ややこしいことになっちゃってさ。その…」
「菜摘のこと?」
「うん。今日、葉一、菜摘ちゃんに、会いに行ったらしくて」
「え?」
「あいつさ、菜摘ちゃんのことが好きなんだよ。この前白状した。俺に遠慮してて、今まで黙ってたらしい。それで、今日、こくってきたってさ」
「菜摘に?」
「うん。でも、菜摘ちゃんに、好きな人がいるって言われたって…」
「菜摘に、好きな人?だ、誰かな…」
「桃子ちゃんも、知らなかったよね」
「うん、菜摘、何もそういう話、しなかったし」
「……。俺なんだって」
「え?」
……ええっ?!
「菜摘が?聖君のこと?」
「うん」
「じゃ、私に遠慮して、ずっと…」
「いいんだ。それは…。それより、ちゃんと俺のこと、あきらめてくれないと困るんだ」
「え?あ…。そうだよね」
「あのさ…。変なことお願いするけどさ」
「え?」
「6人で会ったら、俺と付き合ってるって言って。それで、仲いいふりして」
「…うん」
うんって言ったけど、私どうやって、仲いいふり…。
「ど、どんなふうにしたら、仲よく見えるかな?」
聖君に、聞いてみた。
「え?」
「私、どうしたら…」
「あ、ああ。そうだな」
「うん」
「普通でいいや」
「え?」
「普通にしてていいよ。でも、なるべく俺のそばにいて」
「…うん」
「変なこと言ってるよね、俺。ごめんね」
「ううん。全然」
「じゃ、えっと、多分会うのは、来週の週末かな」
「うん、わかった」
「学校で、会うんだよね?菜摘ちゃんに」
「ん。大丈夫。何も聞いていないふりするから」
「ごめんね、なんか、嘘ばっかりつかせてるね」
「いいよ。大丈夫」
そう言うと、聖君は電話を切った。なんだか、聖君、すごく申し分けなさそうだった。
不安がよぎる。菜摘を騙しているみたいで、罪悪感も出てくる。でも、それでも、私は聖君のために、何かできるなら、それでいいって思った。役に立てるのであれば…。電話をかけてきてくれたことも、私を頼ってくれたことも嬉しかった。
しばらくは、聖くんの声がしていた携帯を握り締めていた。
聖君が、今、悩んだり、辛い思いをしているかもしれないのに、不謹慎だよね…、そんなことを思いながらも。
そうだった。菜摘…。菜摘が聖君を好きだなんて、全然気づかなかった。私のために、ずっと、聖君が好きだったこと、黙っていたんだ。ずっと…。
胸が痛んだ。聖君とは、両思いだったんだ。
聖君だって、好きな子が自分を好きでいてくれて、本当だったら嬉しいことのはず。なのに、血のつながった妹なんだもん。絶対に、受け入れられるわけがなく、それってすごく、辛いことなんじゃないのかな…。
ぎゅ~~。聖君の思いも、菜摘の気持ちも考えると苦しくなった。やっぱり私、喜んでいる場合じゃないよね…。
勉強が手につかなくなり、私はお風呂に入って、そのまま寝ることにした。でも、ベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。
翌日、学校に行くと、菜摘の表情が暗かった。でも、変に探るのもおかしいし、気を使うのもおかしいし、蘭は普通に接していたから、私も、いつもと同じように接していた。
夜、メールが来た。聖君からだった。
「わ。メールも来た!」
一瞬、喜んだけど、あ、そんな喜んでる場合じゃなかったんだって、気を取り直した。
メールを見ると、やっぱり、菜摘のことが書いてあった。
>菜摘ちゃん、今日どうだった?
それだけのメール。
>今日は、菜摘、元気がなくて、心配しました。
と、ありのままを返した。
>そっか…。葉一も、めちゃ落ち込んでたよ。学校であっても、話しかけてこなかったし。
>葉君は、知らないんだよね。菜摘ちゃんが妹だってこと。
>うん、言ってない。ただ、菜摘ちゃんには、俺が菜摘ちゃんのことを好きだってこと、ばらしたみたい。
>え?菜摘に?
>葉一には、俺はもう菜摘ちゃんのこと、なんとも思ってないって言ったし、桃子ちゃんと付き合うってことも言ってあるから。
>それで、葉君、なんて?
>信じてくれなかった。で、今度6人で会った時に、俺の態度見て、嘘かほんとか、見破るつもりらしい。俺が、葉一の気持ちを知ってて、遠慮してるって思い込んでる。
>見破る?ばれたらどうするの?
>大丈夫だよ。
>でも、私うまくできるかな。
>桃子ちゃんは、自然にしててくれたら、それでいいから。ね?
>うん。わかった。
>じゃあ、おやすみ。
>おやすみなさい。
聖君は、それきりメールをよこさなかった。
「はあ…」
菜摘、今、どんな気持ちなんだろうか。聖君も、自分のことを好きだって知って…。
ああ、兄妹じゃなかったら…。両思いなのに。切な過ぎるよ。
淡々とメールをくれる、聖君の気持ちも考えた。どうして、こんな悲しい切ないことに、なっちゃったんだろう。
葉君もだ。自分の好きな子が、親友を好きだったなんて…。あ。私もか。好きな人は、親友が好きで、でも、その親友と兄妹で…。
なんだか、全部が知恵の輪みたいに、絡み合っているような気がしてきた。絡み合って、なかなかはずれない…。
私は、菜摘の様子を時々、聖君にメールをした。聖君は、菜摘のことを気にかけているようだった。
聖君は私のメールに対して、いつも、まじめに返事をしてきていた。
一週間はあっという間に過ぎた。菜摘はずっと、明るくいつものようにふるまっていたが、たまに、暗い表情を見せた。
6人で会う日が来て、みなとみらい駅で、聖君たちと待ち合わせをした。待ち合わせ場所や、時間は、葉君が蘭と決めたようだった。
菜摘は、聖君たちと会っても、歩いていても、葉君とも、聖君とも話をしないで、ずっと蘭と、しゃべっていた。とても、明るく元気に話しているけど、明らかに、聖君と葉君は避けていた。
私は、聖君に言われたように、聖君のそばになるべくいた。
手をつないだりするのは、できなかったけど、とにかく横にいるようにした。でも、聖君は、ずっと葉君や基樹君と話をしてて、歩く早さも葉君に合わせていて、私はついていくのが大変だった。
途中で、何かに足をひっかけて、さらに私は遅くなってしまった。
た、大変…。追いつかないと…必死であとを追っかけると、聖君が、こっちを見て、
「危ないよ、走ったら」
って言ってくれた。それから立ち止まって、私が行くまで待っててくれて、そのうえ、私の方に手をさし出した。
手をつなごうってことだよね…。でも、私は葉君や基樹君もいるし、躊躇した。それでも、
「はい、手」
と、聖君は、言ってくる。恥ずかしいけど、私は手をつないだ。そうだよね、付き合ってるふりをするなら、手ぐらいつながないと…。恥ずかしがってる場合じゃないよね…。
「やっぱり?二人付き合ってるの?」
って基樹君が、聞いてきた。
「うん」
聖君が、そう答えた。
「そっか~~!じゃあさ、今度ダブルデートしようぜ!」
と基樹君が言った。なんて答えていいか、わからないから、私は黙っていた。すると、横で葉君が、私に向かって、
「なんか、必死だね」
って、ぼそっとつぶやいた。
え?!見え見えかな。そうだよね。私きっと、顔もひきつってるよね…。
「どうしよう…」
って、聖君に言うと、
「何が?」
聖君は、わかっていないようだった。
「だって、必死だって。なんか、ばれたかな」
「はは、大丈夫だよ。いつもどおりにしてれば」
聖君は、笑ってそう言うと、つないでた手にぎゅって力をいれてきた。
「うん」
まだ、緊張はとれなかったけど、でも、聖君の手のあたたかさと、力強さで、安心した。
みんなで、赤レンガ倉庫に行き、そこでアイスを食べた。
「それ、何アイス?」
いきなり、横にいた聖君が聞いてきた。
「イチゴ」
と、答えると、
「うまそう。ちょっと俺のと交換して」
って言って、私のアイスをスプーンですくって、食べた。
わ…。顔が近づいてくるし、私は緊張してしまった。
「こっちも食べてみる?メロン味」
「え?!」
聖君のを?いいのかな…。でも、これも付き合ってるふり…だよね。しないと駄目だよね。
「うん」
と、うなづいてみたけど、照れくさくて、なかなか手が出せずにいると、小さなスプーンにすくって、
「はい」
って、聖君が食べさせてくれた。
う~~わ~~~~~~!!!!
もう、頭の中は真っ白。ふりをしているのなんて、どっかに飛んでいったかもしれない。
まず、これって、えっと…。間接キスだし…。
はいって、食べさせてくれるなんて…。なんか聖君、優しいけど、こういうことまでするとは、思わなかった。
あ、そうか…。落ち着け、私。ふりなんだよ~~、これも。それなのに、こんなに動揺してどうするの…。私があまりにも、動揺しているからか、それを見て、聖君が笑っていた。
その様子を、少し離れたところから、菜摘が見ていた。表情がこわばってて、また私は、罪悪感が襲ってきた。
こんなふりなんてしてて、いいのかな…。
それから、4人で海を見に行った。ぶらぶら歩いている時にも、聖君は私の横にいた。もう、葉君とは話をしないで、静かに海を見ていた。
菜摘と、蘭と、基樹君は、楽しそうに話をしていた。その少し後ろに葉君がいて、ちょっと離れたところを私たちが歩いていた。
私は、聖君に言われたとおり、ただ、隣にいるようにした。聖君は、この前と同じく、海を静かに見ていた。
ワールドポーターズに入り、お昼をみんなで食べた。私の前には聖君がいて、その横に葉君がいた。また菜摘は、葉君や聖君と話をしないで、蘭たちと話をしていた。
「桃子ちゃんって、彼氏今までいたの?」
ご飯を食べていると、いきなり葉君が聞いてきた。
「ううん…」
と答えると、
「じゃ、今回が初めての彼氏?」
って、また聞いてきた。
「え?!」
あせって、私は思わず、聖君を見た。
「俺が、彼氏1号なんだ。へ~~」
聖君が、ご飯を食べながらそう言った。
「うん、そうなの」
って、私が言うと、
「そっか。で?二人でもう、デートとか行った?」
って、また葉君が聞いてきた。
「まだ」
「二人で会うことって、なかなかないし。ああ、この前、水族館に行ったくらい?」
って、聖くんが言った。
「あ。そっか。水族館に行った」
慌てて、私もそう言った。
「ああ、あんとき。別行動し時。ほんとに、水族館行ってたんだ」
葉君は、何かを聞き出そうとしているような、そんな感じだった。
「楽しかったよね?」
聖君が、笑顔で聞いてきた。
「何が1番印象に残った?」
葉君が、まだ聞いてくる。
「え?イルカかな。イルカの水槽で、自由に泳いでるところ」
「ああ、あれね。他には?」
会話じゃなくて、取調べみたい。
「熱帯魚も綺麗だった」
「ふうん…。他には?なんか印象に残ったこととかなかったの?それ、初デートでしょ?もしかして、人生初のさ…」
「え?あ!そうか。そうだったんだ」
私の、初のデートだったんだ。そう思ったら、顔がつい赤くなってしまった。
「初デートか~~」
と、聖君もつぶやいてから、
「混んでたよね?そういえば。連休中だったから」
って言ってきた。
「あ、うん。それで…」
手をつないで歩いたの…と言おうとしたけど、それはさすがに恥ずかしくて、言えなかった。
「それで、何?」
葉君が、聞いた。
「ううん」
私が、首を横に振ったけど、葉君はまだ、聞いてくる。
「何?混んでてどうしたの?」
「混んでるから…、ああ、もしかして、俺と手をつないでずっと歩いた…とか?」
聖君が、助け舟を出してくれたけど、照れて私は下を向いた。
「ふうん…」
葉君は、それ以上は聞いてこなかった。
なんだか、緊張で喉が通らなくて、半分以上も残してしまうと、聖君が、
「もう食べないの?俺食べてもいい?」
って聞いてきて、私の分をぺろって食べてしまった。
わ…。私が食べてたスパゲッティ…。
なんだか、今日は聖君、いつもと違う。あ、そうか。ふりをしているんだった。
それから、天気もいいし、ランドマークタワーの展望台にあがらないかってことになり、6人で移動した。
展望台に上がると、すごい絶景が広がってて、思わずみんなで、声をあげた。
そこでも、聖君は私の横に来た。他の4人とは少し離れて、二人で景色を見ていた。
「すげえ、車がミニカーに見える」
「ほんとだ~~」
二人で喜んで見ていた。そこへ葉君が来て、
「ちょっと、悪い、こいつ借りるよ」
って、聖君を連れて行ってしまった。
しばらくしても戻ってこない。一人で、外を眺めていたけど、どんどん不安と寂しさが募る。
ああ、隣に聖君がいてくれるだけでいい…。黙って、一緒に海を見ているだけでもいい。ただ隣にいてくれるだけでいいな…。
ぼ~って外を眺めていると、黙って聖君が隣に来た。
「あ…」
やっぱり、こうやって、ただ隣にいてくれるだけで、いいな~~…。
「どうだった?葉君」
気になって、聞いてみると、
「ああ、なんかね。桃子ちゃんが俺のことを好きだってのは、まるわかりだってさ」
「え?!」
そんなことを言われて、びっくりした。まるわかりなんだ…。
「そ、そうなんだ」
「うん、だから俺、言ったじゃん。普通にしてたらいいってさ」
「え?!じゃ、いつも、私顔に出てた?」
「うん。すぐに真っ赤になるし、わかりやすいよね」
え~~。じゃ、聖君にも、いっつもばれてたんだ。
「で、俺は演技をしてるように見えるって言われた。なんでかな」
「……。やっぱり、友達だね、わかっちゃうんだね」
「そうかな」
「うん。わかっちゃうんだよ」
ふりをしているの、気づくよね、やっぱり。私はふりじゃなくて、ずっと、本当に恥ずかしがったりしてたけど。
「俺、何も今日は演技してないけどな」
聖君は、窓の外を眺めながら言った。
「え?」
「菜摘ちゃんを好きだったのと、桃子ちゃんを好きなのと、俺の態度が違って見えるかもしれないけどさ…」
「好きって?」
今、好きって言った?
「だから、好きっていっても、ちょっと違う」
「?」
どういうこと…?
「えっと…」
聖君が、ちょっと困った顔をした。
「そろそろ、おりない?」
ちょうど、その時蘭ちゃんが言ってきた。
「のど渇いちゃった。ここにもカフェあるけど、どっか別のところに入って、お茶しようよ」
6人で、エレベーターに乗った。私はさっきの聖君の言葉が気になってたけど、聞きなおすのも恥ずかしくて出来なかった。