第5段階 好きな人に近づく
菜摘と、新百合ヶ丘で待ち合わせをした。私はいろんな思いが交差して、複雑だった。電車に乗っている間、菜摘はずっと、今日も聖君とたくさん話すんだよって私に言った。
駅に着き、店に向かった。
お店は、洋館風の素敵な建物だった。ドアを開けると、すでにそこには聖君と葉一君がいた。
「こんにちは~~!」
菜摘は元気に入っていった。聖君のお母さんがいた。綺麗で、優しそうな人だ。ちょっと、聖君に似ている。
それから、お父さんもお店に現れた。まだ、若い感じの、素敵な人だ。
聖君が、私と菜摘ちゃんを紹介してくれた。
聖君のお父さんも、お母さんも、菜摘が聖君の妹なんだってこと、知ってるんだよね…。
聖君は、いきなり、
「今日は俺、桃子ちゃんと二人で、水族館に行きたいんだけど。別行動してくれない?」
と、言い出した。
「え?!」
突然で、私はびっくりした。菜摘も驚いていた。
「とりあえず、4人で、行かない?」
と、葉一君が言ったけど、それでも、聖君は、二人で行動させてと言い張った。ああ、菜摘といるのが辛いのかもしれないし、そうやって、菜摘をわざと遠ざけようとしているのかもしれない。
「私も、そうしてくれると嬉しい」
精一杯だった。それだけは、どうにか言えたけど、なんだか菜摘の顔は見れなかった。
聖君は、私の手をとって、さっさと歩き出した。お店を出て、早足で歩く。私は、必死で早歩きで、(ほとんど走ってたかな)あとをついていった。
しばらく歩いたところで、聖君は手を離して、
「ごめん」
って言った。それから、ゆっくりと歩き出した。
「水族館、本当に行くの?」
私は、聖君に聞いた。
「え?行くよ。なんで?」
「だって、演技だったんでしょ?だったら、もういいかも…」
「え?何が?」
聖君は、不思議そうな顔をした。
「菜摘、もう疑わないよ。私と聖君が、付き合ってるって思ってると思うよ。それが狙いだよね?」
「……」
「それとも、私へただったかな。演技してるのばれちゃったかな」
「……」
聖君はしばらく真剣な顔で、黙っていた。何を考えているのだろう…。
「桃子ちゃんってあれだ」
いきなり聖くんは、私の顔をまじまじと見て、言ってきた。
「小型犬に、似てる…」
え、え~~~~~~っ?!何、それ…。
「マルチーズとか、チワワとか」
小さいから~~?
「小さいから?」
と、聞いてみると、
「うん、っていうか雰囲気も。なんかおどおどしてて、目も丸くて」
って、言われた。
「おどおど…?してるかな、やっぱり」
「あ、悪い意味じゃないよ」
「……」
思い切り、落ち込んだ。でも、的を得てるし、私って聖君から見たら、おどおどしているように見えるんだ。
なんだか、蘭や、菜摘とは大違いだ。
「悪い。その…」
聖君が、困ったように言った。
「菜摘みたいに、どうどうとしたいっていつも、思ってるんだ」
「え?」
「でも、なかなかできなくて…」
私がそう言うと、聖君は、黙り込んだ。
そして、
「水族館行こうよ」
って明るく、言った。それから、私の手を取り、ゆっくりと歩き出した。
ドキドキだった。
きっと、私が落ち込んじゃったから、そう言ってくれたんだ。元気づけようとしてくれてるんだ。
ああ、私が聖君を、元気づけなくちゃいけないのに。
聖君は、水族館についても、
「はぐれないように、手、つないどく?」
って聞いてきた。私は、嬉しいのと恥ずかしいので、顔があげられず、こくって小さくうなづいた。
いいって断った方が良かったのかなとも思ったけど、でも、なんだか、断るのも気がひけたし…。
聖君の手は、大きくてあったかくて、安心した。
水族館を回った。聖君は静かだった。蘭や菜摘となら、おおはしゃぎをしたり、笑ったりしながら回るだろうに、すごく静かに水槽を見ていた。
時々、視線を感じて、顔を上げると、目をそらされた。
あんまり楽しくないのかな…。それとも、菜摘のことで、まだ落ちこんでいるのかな。もっと、私が盛り上げないといけないかな…。
聖君は、ずっと手は、つないでいてくれた。ほんの少し私の前を歩いて、私が水槽の前で止まると、横から、ちょこっと話をしてくる。でも、聖君は、あとはなんだかだんまりで…。
なるべく、魚やイルカを見て、私は喜んだ。聖君も元気になってくれたらいいな。一緒に笑って、見てくれたらいいな…。そう思いながら。
水族館を出たのは、1時半を回っている頃。
「お腹空いたね。どっかで食べない?」
聖君が言ってきた。
「うん…」
「でも、この辺、混んでそうだな。ちょっと歩くけど、もう少しすいてるところに行かない?」
「え、うん…」
私は、聖君のあとをついていった。もう、聖君とは手をつないでいなかった。聖君は両手を軽く、ジーンズのポッケに入れている。まさか、手をつなぎたいとも言えず、そのまま後ろを歩いていった。
「ここ。海も見えるよ」
お店に入ると、眼下に海が広がっていた。
「わあ…」
海の見えるテーブルにつき、私は海を眺めた。
「水族館、満足した?」
聖君が聞いてきた。
「うん、とっても。ありがとう。楽しかった」
でも、そう思うと同時に、寂しさも出てきて、私は下を向いていた。
「本当に?」
聖君が、不思議そうに聞いた。
「え?うん」
「でも、なんか、寂しげだよ。ほんとは、みんなで回りたかった…、とか?」
「ち、違う」
私は慌てて、顔を横に振った。
「ただ…」
「うん」
「これで、もう、聖君とも会えないのかなって思ったら、なんか…」
「へ?」
聖君を見ると、また、不思議そうな顔をしている。
「なんか、寂しいなって…」
そう言うと、聖君は少し、困った顔をした。
「ごめんね、こんなこと言ったら、困らせるよね」
「…え?なんで?」
「なんでって、だって…。もう、なんの接点もないし。なのに、私がこんなこと言ったら、聖君、優しいから困っちゃうでしょ?」
「……」
また、聖君は、顔をしかめた。
「……。今日は、いい思い出になった。ありがとう。忘れないね、私…」
「えっと…。接点がなくなるって、どういうこと?」
聖君が、聞いてきた。
「だって、もう会う必要もないし」
「え?なんで?これからだって、6人でまた会えばいいじゃん?」
「でも、でも、聖君、今日も菜摘と一緒にいるの、辛そうだった。本当は会うのも、辛いんじゃないの?」
「う…うん」
やっぱり…。
「そうだよね…。まだ、好きだよね」
「……」
聖君は、黙ってしまい、下を向いた。
もう、お別れなんだよね。だって、会う意味がない…。私はそう思うと、涙が溢れてきて、慌ててハンカチを取り出し、拭いた。
「じゃ、二人で会えばいいじゃん」
「え?」
「俺と、二人で」
聖君、無理してる?私が泣いたりしたから?
「ううん。いいの…」
「え?」
「そんな、私のためにしてくれなくてもいいよ。悪いもの…」
「いや、でもさ…。これもなんかの縁だし、そんないきなり、さよならってしなくっても、いいんじゃね?」
「え?」
「俺もそのうち、菜摘ちゃんに会っても、なんとも思わなくなるかもしれないし」
「でも…」
いいんだろうか…。私が聖君と会ってても…。
「それに!言っとくけどさ、乗りかかった船だよ。もう降りるつもり?」
「え?」
乗りかかった船って?
「俺が、傷ついてるの助けてくれようとしたんでしょ?今日もさ」
「…うん」
「じゃ、こんな中途半端で、投げ出さないでよ」
「投げ出す…って?」
「一応ね、俺、まだ傷ついてる最中だし。その…。俺と父さんのこと知ってるのは、桃子ちゃんだけだし、他に相談する相手もいないんだよ?俺」
「そっか…。そうだよね」
そうだ…。私しか知らないんだった。聖君の辛さや、悩み…。
「でも、私でいいのかな」
「いいも何も、桃子ちゃんしか知らないことだし」
「でも、それ、しかたなく話したことでしょ?」
「う…」
聖君が、困っている。
「だ、だとしても…」
困ってる。なのに、ここで私、投げ出すなんて、できないよ。
「ごめん。わかった。私、相談に乗る。途中で投げださない」
「……」
「私が、なんの役に立てるかわからないけど…。でも、何かの役に立てるなら嬉しいし」
そうだ。私、本当に聖君の役に立ちたいもの。
「うん…。思い切り、役に立ってると思う。もうすでに」
聖君がそう言った。
「ほんと?」
本当に…?
「ほんと!」
聖君が、力強くそう答えた。
「…。良かった」
嬉しい。もう、役に立ててるの?私。今日も、何もできなかったけど、少しでも役に立てたの?
聖君を見ると、窓のほうを向いて、海を眺めていた。
「ああ、海、綺麗だな…」
私も海を見た。本当に綺麗だった。
ご飯を食べ終わり、お店を出て、海沿いの道を歩いた。その時も聖君は、静かだった。聖君は、海のほうを見て、まぶしそうな顔をしながら、歩いていた。
私はその少し後ろを歩いた。時々聖君の顔を見て、その表情を見て、また、下を向いて歩く…。何か話さなくちゃって思っても、何も浮かばず、そのまましばらく、黙って歩いていた。
「あ、とんび」
聖君の声で、私も顔を上げた。大きなとんびが、浜辺の上を旋回していた。
「俺、子供の頃、浜辺でハンバーガー取られたことある」
「え?」
「すげえ、怖かった。いきなりびゅって飛んできて、ハンバーガーだけ取って行った。友達とマックで買って、浜辺で食べようとしてたんだ。よく、父さんや母さんから、とんびは怖いよって聞かされてたけど、まさかな。手に持ってるのをくわえていくとは思わなかったよ。カラスより、怖いしでかいんだよね」
「そうなんだ」
「うん、だから、桃子ちゃんも気をつけたほうがいいよ。浜辺で何か食べないようにね」
「うん…」
「とんびに油揚げさらわれたって、あれ、本当にありそうだよね」
「?」
「あ、でも、あれは、比喩ってやつか」
「・・・・・。」
「例えばさ、俺がぼ~~ってしてる間に、てんで知らないやつに、好きな子持ってかれちゃうみたいな…。あれ?ちょっと違う?」
「え?うん、そんなようなことだと思う」
「だよね?」
「うん」
「じゃ、気づけて良かったって事か」
「え?何?」
「あ、なんでもないっす」
「?」
「とんびに油揚げ、さらわれないようにしておこうって話」
「え?何それ?」
「あはは…。意味不明?」
「うん」
聖君は、しばらく笑って、また黙って歩き出した。ゆっくりと、私の歩く早さにあわせて。
駅について、
「今日はサンキュー」
と、聖君は両手をジーンズのポッケにつっこんだまま、軽くお辞儀をした。
「あ、うん。こちらこそ」
私も、軽くお辞儀をした。
「じゃね。またね」
聖君は、右手だけポッケから出し、手を振った。
「うん。またね」
私はそう言うと、改札口を通り抜けた。
ホームの方に行ってから、振り返った。もう、聖君は、いないだろうなって思いながら。でもまだ、改札の向こうに立っていた。そして私を見て、手を振った。
私も、聖君に手を振った。でも、なんだかすごく照れくさかった。
電車に乗って、考えた。「またね」のまたっていうのは、いつなんだろうか…。
私から会おうって、誘うのなんて出来そうもない。また、聖君の方から、誘ってくれない限り。
でも、誘ってくれることは、あるんだろうか。メールや電話が聖君から、来ることなんてあるんだろうか…。
そう思うと、なんだかもう聖君に会うのが、最後だったように感じてきて、ああ、今、もっとよく聖君を見ていたら良かった…って後悔した。
電車はもう、動き出していた。窓から改札口のほうを見たけどもう、改札口すら、見えなくなっていた。