第4段階 好きな人の苦しみを知る
聖君の家に行く日がやってきた。私は、どんな服を着ていくかとか、前の日から悩んでいた。ドキドキもしたし、不安もあった。
私は、聖君の前で、もっと自然に話が出来ないかなとか、菜摘や、蘭みたいに、話がしたいなとか、そんなことを思うようになっていた。
だけど、それが出来そうもないこともわかっていて、私は、また落ち込んだりしないか、それが不安だった。
ところが、朝、いきなりお母さんが私の部屋にやってきて、
「悪いけど桃子。今日おばあちゃんのところに行ってくれない?」
と、言ってきた。
「え?なんで?」
「おばあちゃん、ぎっくり腰になって、動けないんだって。おじいちゃん、仕事休めないし、お母さんも今日、お客さんはいってるし…」
おじいちゃんは、絵の先生をしてて、お母さんはエステを家でしている。
「桃子、行って、いろいろとおばあちゃんのお世話してくれない?他にいないのよ。お父さんは出張中だし」
「うん、わかったよ…」
断れるわけがなかった。
「ありがとうね。よろしく頼むわ」
私はおばちゃんっこだ。お母さんは私が、幼稚園の時からエステの仕事をしてて、おばあちゃんの家に、よく預けられていた。
とても優しくて、私はおばあちゃんが大好きだった。そんなおばあちゃんをほっておいて、聖君の家には行けないって思った。
すぐに、
>ごめん。用事が入って、今日はいけない。
と、菜摘にメールをした。菜摘は、
>せっかく聖君に会えるのに、その用事どうにかならないの?
って、メールをよこした。
>ごめん。大事なおばあちゃんのお見舞いだから。
そうメールをすると、菜摘からわかったってメールが返ってきた。
正直、会いたかった。でも、少し、ほっともした。
でも、やっぱり、聖君のことを思い出すと、あの笑顔が見たいな、声が聞きたいって悲しくなった。
夜、菜摘から電話があった。
「行って来たよ。一人になっちゃったけど」
「え?なんで?」
「蘭ね、今日基樹君と二人で会いたいけど、いいかなって朝メールがきて…」
「二人で?」
「うん、付き合ってるんだって」
「え?!」
「聖君に、菜摘も蘭も行けなくなったから、一人になっちゃったけどってメールしたら、菜摘ちゃん一人でも待ってるよってメールくれたから、一人で行って来たよ」
「そ、そうだったんだ」
「うん。あ、でもね、聖君に蘭のこと好きだったのか聞いたら、違うって言ってた」
「え?」
「良かったね」
「……。うん」
「今度一緒に行こうよ。二人で。それとも、桃子一人で行ってくる?」
「私が一人で?無理、絶対無理」
「でも、積極的にアタックしてみたら?蘭も言ってたよ。蘭から付き合ってって言ったんだって。そのくらいにしないと、なかなかこっちの気持ちになんて、気づいてくれないってさ」
「え?」
「ちょっとは、聖君を好きなんだってこと、アピールしないと。そうしたら、聖君も桃子のこと、意識するようになるって」
「いいよ。そんなの…。きっと、好きだなんてわかったら、迷惑だよ。聖君困っちゃうよ。優しいし、絶対困っちゃうよ」
「そうかな~~。桃子みたいな可愛い子から、好かれてるってわかったら、意識すると思うけどな」
「そんなことないって」
「まあ、とにかくさ。今度は二人で行こう。お店も可愛かったし、お母さんもすごく優しそうなお母さんだった。あ、そうだ。うちの親と、同じ会社に勤めてたんだって。びっくりしちゃった」
「そうなんだ」
「うん、行こうね。絶対」
「うん」
菜摘は、じゃあねって電話を切った。
一人で行けちゃうなんて、すごいな。あ、そうか。菜摘は別に、聖君のこと意識してるわけじゃないもんね。
でも、やっぱり今日、聖君と二人だったのが、羨ましく思えた。自分じゃ絶対に出来ないことなのにね。
アピールすることも出来ない。告白も出来ない。なのに、菜摘を羨ましがってる。なんか情けないな。本当に…。
蘭は、積極的だな。でも、蘭みたいな子だったら、告白されたら絶対に嬉しいよね。
ああ、また落ち込む。私は私のことを、どうしてこう、下げているのか。わざわざ落ち込むようなことを、考えちゃうんだろうか。
この前の海で、携帯で菜摘が撮った、聖君と基樹君の写真を、菜摘は、送ってくれていた。それを見ながら、私は、は~~ってため息をついた。
いつの日か、この横にいるのが、私になったりしないだろうか…。
そんな来る筈もない未来を、夢見たりした。
ハッピーエンドになる恋、両思いになる恋って、すごいな。本当にすごいな。好きな人に、好きになってもらえるって、どれだけ幸せなことだろうか。
そんなことを思いながら、私はずっとずっと、聖君の写真を眺めていた。
2日後、学校で菜摘が、蘭のいない時に、
「今度、蘭と基樹君をひやかす会をするのを、聖君と葉君とで、たくらんでるんだ」
と、言ってきた。蘭も、菜摘も葉一君のことを、葉君と呼ぶようになっていた。
「ひやかす会?」
「新百合まで出て来るって。それでカラオケに行って、二人にデュエット歌わせたりして、盛り上がろうって」
「カラオケ?」
私は、音痴だからカラオケも苦手だ。
「ああ、大丈夫。桃子は歌わないでも大丈夫だよ。だって、蘭と基樹君に歌わせるんだもん」
「あ、そっか…」
3人でカラオケに行っても、私は聞く専門。二人はけして私に歌えって無理強いをしないのが、いつもありがたかった。カラオケボックスに行くのは好き。ドリンクはフリーだし、最近の流行の歌を歌ってくれるので、楽しい。
「でも、聖君とは、話をするんだよ。少し、自分が聖君のことを好きなんだってことも、アピールするんだよ」
と、菜摘に言われてしまった。
「…できるかな」
「大丈夫。私は、葉君と話をするようにするから、桃子は、聖君とだよ」
「……」
そんな~って心の中で思ったけど、でも、なんとか話したい、近づけるようになりたいとも思っていた。聖君の家に行けなかったのも、やっぱり後悔したし。もっと好きな人のことを知りたいって、思っていたし…。
みんなでカラオケに行く日がやってきた。新百合で待っていると、3人が来た。菜摘が、3人に手を振って、出迎えた。
基樹君と蘭には、二人をひやかす会だということは、内緒にしてたけど、二人はさっさと、二人の世界を作り、二人で仲よさそうに並んで、歩き出した。
菜摘は、葉君の隣に行き、私に軽く目で合図をした。そして、葉君と歩き出した。
私と、聖君は、4人の後ろをとぼとぼと歩いた。聖君はいつもなら、蘭や基樹君と一緒になって笑ってるんだけど、今日はどうやら、二人に遠慮をしているようだった。
私は、聖君からちょっと離れて歩いた。でも、何か話しかけないと悪いよなって思って、一生懸命話しかける内容や、タイミングを考えていた。
「この前、菜摘ちゃんがうちの店に来た時、用事が入っちゃったんだって?」
といきなり、聖君の方から話しかけられ、
「え?!」
って、ものすごく驚いてしまった。
そして、おばあちゃんがぎっくり腰になり、お見舞いと手伝いに行っていたことを話した。
しばらく話しながら歩いていたら、すぐ横に聖君が来ていることに、気がついた。それに、私が話をすると、ちょっと耳を近づけてくることにも気がついた。
ああ、私、声小さいんだ。でも、聖君はそれを指摘もしないで、聞こえるように耳を近づけてくれてたんだな…。
聖君の、ちょっとした仕草で、優しさがわかる。
聖君と話をしていると、時々目が合った。そのたびに、私の顔は熱くなった。そして、下を向いてしまった。
ああ。情けないな…。こういう時に、明るく笑ったり出来ない…。下ばっかり向いてるし、声は小さいし、気の利いた話も出来ないし、聖君は、どう思うんだろうか。
カラオケボックスに入った。1番奥の席に、基樹君と蘭を座らせた。その横に菜摘が。聖君は、その横に行くのかなと思っていると、葉君を座らせていた。
「俺、ドアの付近の方が落ち着く」
と、言って…。
葉君の隣に私が座り、私の横に聖君が座った。菜摘は、いきなり二人にデュエットを歌わせ、盛り上げ始めた。葉君も、いつもは静かだが、今日はめずらしくさわいでいた。
それに比べて、1番おおはしゃぎをしそうな聖君が、今日は大人しかった。ちょこんと端っこに座ったまま、あまり話すこともなく、はしゃぐこともなく、歌うわけでもなく…。
でも、時々私に話しかけてきていた。
…どうしたんだろう?蘭と基樹君を、ひやかすんじゃなかったのかな?
「俺、トイレ」
途中で、聖君が席を立った。
「あ、俺も。ちょっと前ごめんね」
葉君も、席を立った。両隣が空き、私は今がチャンスと、グラスを持ち、一階にあるドリンクバーに行こうと、部屋を出た。
階段を下りようとしたら、トイレの前で二人が話をしていた。それを聞くつもりはなかった。でも、大きな声で話しているから、聞こえてしまった。
「お前、菜摘ちゃんが好きなんだろ?」
葉君が、聖君に怒っていた。
え・・・?菜摘…?!
蘭じゃなくって、…菜摘?!
「桃子ちゃんがお前に気があるって知って、いい気になってるのかよ?」
葉君は、さらに、聖君を問い詰めていた。
え……?
血の気も引いた。なんで?私の気持ち、気づいてるの…?!
駄目だ。思考回路が真っ白だ。ああ…。立ち聞きしてるのがばれたら大変だ。ここを早く、どかなくちゃ!
でも、遅かった。聖君が私を見た。目が合った。
大変だ…。聞いちゃいけないことだったかもしれない。
私は慌てて、一階に下りて、グラスをバーカウンターに置き、聖君に見つからないよう、外に出た。
何?私、何を聞いちゃったの?菜摘のことを、聖君が好きで、私が聖君のことを好きなのを知ってて…。
えっと、まだ、他にも葉君は言ってた。なんだっけ?ああ、そうだ。
「お前、菜摘ちゃんのこと、もう、あきらめるのかよ」
…そうだ。菜摘は私の応援をしてくれてるだけで、私が聖君のことを好きじゃなかったら、聖君と菜摘は、付き合えるのかもしれないんだ。
ドアを開けて、聖君が出てきた。立ち去ろうとすると、
「あの…」
と、聖君に腕を掴まれた。
「離して」
と言っても、離してくれない。
「あのさ…。今の話聞いちゃったよね」
嘘がつけなくて、こくってうなづいた。
「菜摘ちゃんには、言わないでくれる?」
え?なんで…?
「菜摘、聖君は、蘭が好きなんじゃないかって、この前まで思ってたよ?」
「それ、聞いた」
聖君が、そう静かに言った。
「じゃ、菜摘は、聖君が菜摘のことを好きだなんて、思ったりもしないよ?」
「だろうね」
「私のために、私と聖君がくっつくのを、お膳立てしようとしてるよ?」
「そんなようなニュアンスのことも、この前聞いた」
「ばらしちゃったの?菜摘」
「いや、はっきりとは言ってないけど、なんとなく」
「だって、菜摘のこと好きなんでしょ?どうしてその時に言わないの?言わなきゃ菜摘、気づかないよ?」
私は、どうしてこうも、すらすらと聖君に話しているのか、わからなかった。でも、きっと必死だった。菜摘をあきらめようとする必要なんかないのに、あきらめようとしている聖君のために、私は必死になってたと思う。
「菜摘、聖君のこと、嫌いじゃないよ。でも、私の気持ち知ってるから、私と聖君をくっつけようとしているだけで」
「まいったな…」
「え?」
しばらく聖君は、黙ってしまった。そして、深くため息をした。どうしたんだろう?私は余計なことを言っているのだろうか。
「あ、ごめん、腕掴んだままだったね。痛くなかった?」
ああ、そんなことも私は、忘れていた。
「ううん」
「あのさ…。ちょっと、こっち…、いい?」
聖君は、駐車場の奥へと、私を連れて行った。
「こんなこと言っても、信じるかどうかわかんないけど」
「…うん?」
「この前、菜摘ちゃんがうちの店に来て、母さんと会ってわかったんだ。菜摘ちゃんのお父さん、俺の本当の父親なんだよ」
……え?!
「…どういうこと?!」
「今の父さんに出会う前に、母さんが付き合ってた人で…。詳しくはわかんないけど、別れてから、俺の父さんと出会って、でもその時にはもう、俺、お腹の中にいたみたいなんだ」
「……」
「今の父さんとは、血がつながってない。俺の血のつながってる父さんは、菜摘ちゃんの父親なんだ。あ、もちろん、菜摘ちゃんはそれを知らない」
「……。そんな…。だって、聖君、菜摘のこと」
「うん。でも、それ知ったの、菜摘ちゃんが俺のこと、なんとも思ってないって知ったあとだから」
「え?」
「それって失恋ってことじゃん?まだ、救われるよね。もし、両思いだったりしたら、悲劇だよ」
「でも…」
「だから、俺が菜摘ちゃんを好きだったってことは、黙ってて」
……。じゃあ、じゃあ、聖君の気持ちはどうなるの?
私は、胸が苦しくなった。自分の好きな人が、妹だって知ったら…。もし、もし聖君が、兄だったなんて知ったら、私、耐えられない…、きっと。
「聖君は、辛くないの?」
辛いに決まってる。何を私は聞いているんだろう。
「大丈夫、なんとか、大丈夫だから」
「ほんとに?」
私は、涙が出ていた。でも、そんなの気にしてる場合じゃなかった。
「俺、どっちかって言うと、父さんと血がつながってないことの方が、ショックで…」
そうか…。それも初めて、わかったことなんだ。
「俺、父さんと仲良くて、だから、なんかショックだった」
「お父さんのこと、好きなんだね」
「え?」
「好きなんだね。だから、ショックなんだね」
ああ、私また、何を言ってるんだろう。でも、瞬間、そんなことを感じたんだ。
「そりゃ、まあ」
少し聖君は、黙ってたけど、
「尊敬もしてるし、俺、父さんの考え方とか、生き方とか全部好きでさ。自慢の父親だったんだ。父さんだけじゃなくて、父さんの両親とか兄弟とか、みんな好きでさ」
と、落ち着いた感じで、話してくれた。
「……」
素敵な、あったかい家族なんだ。
「だから、余計悲しかったのかな」
そうだよね。私だって、お父さんが大好きで、もし血がつながってないなんて知ったら…。
「私も、お父さんのことが大好き。もし、血がつながってないってわかったら、やっぱりショックだな。だから、なんとなくわかる気がするな」
私がそう言うと、聖君は、黙っていた。
「これ、誰にも言わないね。こんな話、私なんかにさせちゃって、ごめんね」
「え?」
「本当は、この話、したくなかったでしょ?」
「……。うん…。誰にもするつもりなかった」
「ごめんね…」
私が偶然、聖君と葉君の話を聞かなかったら、聖君は、私に話をすることは、なかったんだろうな。
「いいよ。黙っててくれたらそれで」
と、聖くんは言った。
でも、私はその時、考えてた。私に出来ることってあるのかな。何か、聖君の役に立てることあるのかなって。
部屋には、別々に戻った。菜摘が、二人で何処に行ってたの?ってひやかした。聖君は、笑っているけど、心では苦しんでいるんじゃないのかな。
今日だって、来るの辛かったんじゃないのかな。
ああ、そうか。だから、今日はこんなに静かで、いつもと違っていたんだ。
そういうのも、全部わかってきて、私はさらに胸が痛んだ。
聖君の今の、辛い気持ちを考えると、私には、何が出来るのかな、何が出来るんだろう…。そんなことばかりが頭をぐるぐるした。
いつも足手まといで、お荷物の私でも、聖君の役に立てること、あるのかな?
帰りに菜摘が、明るく、お母さんとお父さんが聖君のお家に行きたがってたと、聖君に言ってて、私は聖君が困った顔をしているのに、気がついた。
「聖君ちのお店に、今度行きたい!」
とっさに、私はそう言っていた。
そして、菜摘の腕を掴んで、さっさと聖君たちと、別れてしまった。
聖君たちと、別れたあと、菜摘が、
「どうしたの?いきなり、お店に行きたいなんて、あんなにはっきりと言うとは、思わなかったよ」
と、言ってきた。
「え?うん。だって、この前行けなかったから」
「そうだけど。もしかして、今日、聖君と何かあった?」
「な、何もないって。ただ、菜摘言ってたでしょ。アピールしないと駄目だって。だから、頑張って…」
「そっか~~。うん。頑張ってよ。じゃ、明日行かない?暇でしょ?こういうのは、早くに行動した方がいいんだよ」
「え?」
「私から聖君には、電話しとくから」
「でも…」
電話…?
「じゃあね。ここでね。私、買い物があるから」
菜摘はそう言うと、さっさとお店の中に入っていってしまった。
良かったのかな。聖君、大丈夫なのかな。菜摘と電話したり、会ったりするの、辛くないのかな。
私は、明日もできるだけ、聖君が辛くならないよう、頑張ろうって思った。そして、聖君の辛さを思うと、その日の夜は眠れなかった。