第3段階 好きな人のために
次の週、蘭からメールが来た。夏が終わる前に一回、またみんなで会おうってなったって。
夏の最後の週の、聖君たちのバイトの休みの日、みんなでまた、海に行くことになり、蘭と菜摘と新百合ヶ丘で待ち合わせをして、電車に乗り込んだ。
「桃子、今日こそ、アタックだよ」
蘭に言われた。
「……」
私が黙っていると、菜摘が、
「もう、夏休みも終わるね。今年最後の海かな。楽しもうよ」
って言った。
「うん」
片瀬江ノ島の駅で、聖君たちは待っていた。6人で合流し、浜辺へと移動した。
「お~!今日は思い切り、泳ぐぞ~~!」
聖君は、浜辺に着くとそう叫んだ。
「じゃ、私たち着替えてくるね」
私たちは、海の家の更衣室に入った。
「なんか、聖君、張り切ってたね」
「一緒に泳ぎなよ~、桃子」
「でも、私泳げないから…」
「あ、じゃあ、浮き輪、借りない?」
「いいよ。いいよ。そんな…」
「借りていこうよ。大き目の。楽しそうじゃん!」
菜摘と蘭とで、浮き輪を借りてしまった。
浜辺に戻ると、葉一君がシートに寝そべってて、残りの二人はいなかった。
「あれ?聖君と基樹は?」
蘭が聞くと、
「泳ぎに行ったっきり」
って、葉一君は答えた。
「葉一君、荷物番?」
「うん。あ、みんな行ってきていいよ」
「じゃ、私が荷物番してるから、葉一君も行って…」
と、私が言うと、
「何言ってるの。なんのために浮き輪を借りたと思ってるの。さ、行くよ!」
と、蘭が強引に、私を引っ張った。
「ごめん、葉一君。もう少ししたら、戻って荷物番変わるね」
菜摘はそう言うと、後ろから私を押した。
浮き輪なんてなんか、恥ずかしい。それにできれば、パーカーも着ていたい。海に入るから水着でいないとならないし…。ああ、海に入っちゃえば見られないか。この貧弱な、うすべったい体。
蘭は私に浮き輪をつけた。そして蘭と菜摘が泳ぎながら、私の浮き輪を押したり引いたりして、沖に連れて行った。
「あ!いたいた。基樹!」
蘭が基樹君を見つけて、さけんだ。
「お~~~!あ、桃子ちゃんも来たの?あ、でかい浮き輪!いいじゃん、それ」
基樹君が、泳ぎながらこっちにやってきた。その後ろから聖君も、泳いできた。
あっという間に私たちに合流すると、蘭と菜摘に、
「もっと沖まで泳ぐの、競争しよう」
って聖君が、言い出した。そして4人で、沖に向かって泳ぎ出した。
私はそのまま、そこに浮いていた。どんどん遠ざかる4人を見ながら。
しばらくすると、また4人は泳いで戻ってきた。そして、
「今度は、浜辺まで競争な!」
と、基樹君が言った。4人が私を追い越して、どんどん浜辺へと泳いでいく。
「あ、追いてかれる」
私も、みんなのあとを追いかけようとしたけど、まったく動かなかった。もがいても、前に進まず、逆に波に流されてしまう。足を一生懸命動かしても、まったく前に進めていなかった。
「ど、どうしよう…」
どんどん4人は、浜辺に向かって行ってしまう。でも、4人の影の中から、一つ、こっちに向かってくる影があった。聖君だ。勢いよく泳いでくる。
そして、私のところまで来ると、浮き輪に腕を乗せて、
「ちょっと、休ませて…」
と、笑った。目の前に聖君の笑顔があって、私はそんな状態なのにドキドキした。
「さ。行くか」
って言うと、浮き輪を持って、浜辺の方に泳ぎ出した。私のために戻ってきてくれたんだ。
「あ、ありがと…」
「え?」
「ありがとう。戻ってきてくれて…」
「いや、この前、失敗しちゃったから」
「え?」
「桃子ちゃん、俺がおいてって、はぐれちゃったからさ。2度とそんなことはしないって、この前思ってさ」
「え?」
聖君は、浜辺の方を向いてそう言った。それからまた、泳ぎ出した。
嬉しかった。ちゃんと大事に思ってくれてるのかな…って思って嬉しかった。
浜辺に戻り、みんなのところに行った。
「ごめんね、桃子、おいてきちゃって」
菜摘がそう言った。
「ううん…。大丈夫」
と言うと、菜摘は、私と聖君にペットボトルを出してくれた。
「はい。聖君、お疲れ様」
菜摘にそう言われて、聖君は、少し照れくさそうに、
「サンキュ」
と、受け取っていた。
それを見てて、私っていつも、聖君に迷惑をかけてしまってるような気がした。何かの役に立ったこともないし、逆に足手まといになっている…。
蘭とトイレに行った時に、私が蘭に、
「やっぱり、私泳ぎに行かないほうが、良かったかな…」
って言うと、
「ええ?そんなことないでしょ。良かったじゃん、聖君と二人で泳げて」
と、蘭がそう言った。
良かったのかな…。いいことなのかな…。聖君と何か話していたわけでもない。私はただ、浮き輪の中に入ってて、その浮き輪を聖君がひっぱって泳いでただけだ。
なんか、私、邪魔なだけのような、気がする。
お昼を海の家で食べ、しばらくのんびりとした。
「やっぱり客で来る方がいいね~」
基樹君が、そんなことを言った。
「ほんとだよな~~」
聖君も、そう言った。
しばらく6人で、話をした。正確には、5人で…。私は1番すみっこにいて、みんなの話を聞いていただけだったから。
そのうちに、
「また、泳ぎに行く?それとも、ビーチボールで遊ぶ?」
と、菜摘が言った。
「泳ぎに行くのは、パス。けっこう疲れた。バレーやろうぜ」
基樹君がそう言って、みんなは海の家を出た。
菜摘が走って、ビーチボールを取りに行った。
「今度は、私が荷物番するから」
と、私が言うと、
「え?大丈夫だよ、このへんでバレーやってたら」
と、聖君が言ってくれた。
3人ずつ別れて、バレーをすることにした。私、聖君、葉一君のチームと、菜摘、蘭、基樹君のチーム。
「そっち、男二人って、ずるくね?」
と、基樹君が言うと、
「いや~、けっこう、蘭ちゃんと菜摘ちゃんは強いよ」
って、聖君が言った。
私は聖君と、葉一君の後ろにいた。内心、こっちにボールこないでって思いながら。だけど、聖君はボールが飛んでくると、たまに、
「桃子ちゃん!」
って、私に打たせようとする。そのたびに、私は慌てて、ボールを落っことしていた。
そのうちに、私の方に来たボールも、葉一君が取るようにしてくれた。
なんか、また、お荷物だ。私…。
蘭と菜摘は、本当に強くて、どんなボールも拾うし、たまに聖君が拾えないようなボールを、打ってきた。
しばらくして、息もあがってきて、6人で、シートに戻った。水やお茶を飲んでから、
「ゆっくりと泳いでこようか、もう、競争はなしで」
と、聖君が言いだした。
「おお、ぷかぷか浮いてこようぜ」
基樹君も言った。
「あ、私、荷物番するから、葉一君は泳ぎに行って」
私がそう言うと、葉一君は、
「悪い」
って言って、海のほうに向かった。
「じゃ、荷物番、よろしくね。あ、浮き輪持ってっていい?」
菜摘が、私にそう聞いた。
「いいよ」
菜摘は浮き輪を持つと、みんなのことを追いかけた。
遠くに見える沖のほうで、菜摘が浮き輪をしてて、浮き輪に聖君が、つかまっていた。なんだか楽しそうに笑っているのがわかる。
「……」
それを眺めてて、孤独を感じた。私はいつも、聖君のお荷物にはなるけど、あんなふうに楽しく笑いあうことってないな…。
私、聖君のために、何かしたこともなければ、役に立ったこともない。
自分が情けなくなった…。
肌がちりちりした。足の先まで、バスタオルをかけた。全身太陽の紫外線が当たらないように、私は体をまるめていた。
なんだか、寂しいな。周りにいる人が、すごく楽しそうにしてて、それを見ていると、ますます私は落ち込んでいった。ああ、今日も、地球の裏側まで落ち込んじゃうんだろうか。
だいぶたってから、5人は戻ってきた。
「大丈夫?」
葉一君が、私に声をかけた。
「え?」
「肌だよ。弱いんでしょ?日焼け止めとか塗った?」
「家で塗ってきたけど」
「海に入って、取れたんじゃない?」
「でも、パーカー着てバスタオル巻いてたから…」
「そう」
葉一君は、何気に心配してくれるんだな。他のみんなが気づかないことを、気づいてくれる。
「海の家で休まない?あそこなら、日に当たらないでしょ?」
聖君がそう、言ってくれた。
それから、6人で、海の家に移動した。
「腹減った~~。なんか食おう」
基樹君がそう言って、みんなでそれぞれ注文をしに行った。
私は、椅子にこしかけたままでいた。
「あれ?なんも食べないの?」
基樹君が聞いてきた。
「うん。お腹空いてないし」
「そう。小食だね。もっと食べないと大きくなれないよ~~」
と、笑われた。あははってそれを聞いて、聖君も笑ってた。
聖君が笑ってくれたのは、嬉しい。でも、大きくなれないっていうのは傷ついたから、私は複雑だった。
聖君には、どう私は写っているのだろう?
5時を過ぎて、帰り支度をして、私たちは駅に向かった。駅に着くと、
「もう、夏休みもおしまいだね」
と、蘭が言った。
「9月になっても、遊びに来たら?」
聖君が、そう言ってきた。
「海に?」
蘭が聞くと、
「海でもいいし…。あ、俺んちに来たら?」
「聖君ち?」
菜摘が聞いた。
「うん、俺んちカフェしてるんだ」
「え~~?そうなの?!行きたい、行きたい!」
菜摘が喜んだ。
「じゃ、9月になったら、来ようよ。ね」
菜摘が、私と蘭に言った。
「また、メールするよ」
聖君は、菜摘にそう言った。
「うん!そんとき日にちとか、決めよう」
それを聞いてて、また、羨ましくなっている私がいる。菜摘も、蘭も、聖君と普通にメールしたりしてるんだろうな。
私は、アドレスを知っても、一回もメールをしたこともなければ、きたこともなかった。
私たちは、改札を通り、改札口の向こう側で、手を振っている3人に手を振り、電車に乗った。
「あ~~~。疲れた。でも楽しかったね」
蘭が言った。
「桃子も、けっこう聖君としゃべって、接近できたんじゃない?」
と、蘭は私に言ってきた。
「え?どうかな…」
私は口ごもった。
「聖君の家のお店か~~。楽しみだね」
菜摘が言った。
「うん」
また、会えるのは嬉しかった。でも、どこかで、私は寂しさも感じていた。