第2段階 好きな人のことを知る
花火大会、当日。少しだけ怪しい天気…。でも、私も蘭も菜摘も浴衣を着て、電車に乗り、江ノ島に行った。
駅の改札口に、聖君たちはいた。時間や、待ち合わせ場所は、聖君、基樹君、それから蘭で決めたらしい。3人は、ちょくちょくメールのやりとりをしているようだった。
蘭は、大人っぽい浴衣を着ていた。顔も雰囲気も大人っぽいし、スタイルもいいし、とても高1には見えない。
菜摘は、白っぽい浴衣だった。日に焼けた肌に似合ってて、元気で可愛い感じのする浴衣だ。
私はといえば…。紺で、子供っぽい柄の浴衣で、ああ…、まるで、小学生みたいじゃない?って自分でも思った。
男性陣は、まず、蘭に目がいってた。それから、菜摘にも…。
「へえ。なんか雰囲気変わるね」
聖君は、そう菜摘に言った。
「え?どんなふうに?」
菜摘が聞くと、
「え?どんなふうにって言われてもな…」
と、聖君は困っていた。
聖君は、蘭とよく話をしてる。時々、菜摘とも話をするけど、まとを得ていないことを言ったり、口ごもっていたりする。なんでかな?
私には…。まったく、話しかけてこない。
私は、いつも5人から一歩後ろの方を歩いてた。背が1番小さくて、歩くのも遅いっていうのもあったんだけど、みんなの輪にいまいち、入れていなかったっていうのもある。
電車の中で、菜摘と蘭に、
「もっと、積極的に聖君に話しかけなよ!」
って言われた。でも、どうやって、話しかけたらいいのか、何を話したらいいのかもわからなかったし、そんな勇気もなかった。
そばにいるだけで、ドキドキしてたし、たまに目が合いそうになると、私は絶対に視線をそらしていた。
恥ずかしくて、目を合わせることもできなかったから。だけど、やっぱり聖君のことを、目で追ってて…。
嫌だな。こんなうじうじした性格。菜摘や、蘭が羨ましい。どうして、あんなにどうどうと男の子と話せるのかな。
海岸について、石段にみんなで座った。しばらくすると、花火が上がり出した。
「うわ~~。綺麗!」
みんなで、花火を見た。そのうちに、蘭と基樹君が、ふざけだした。菜摘もおもしろがって、二人に混じっていた。その横で、葉一君も、楽しそうに笑っていた。
めずらしいのは、聖君だ。そんな4人とふざけることもしないで、花火をただ、見ていた。だから、二人の間はちょっと離れていたけど、私は、しばらくの間、聖君と二人で並んで、花火を見ることができた。
時々、聖君の方を見ると、こっちはまったく向かずに、空を見上げてて、
「すげ~~」
って、目を細めたり、丸くしたりして、喜んでた。
花火、好きなんだな…。
「これ!柳っていうんだっけか?これが1番綺麗だよね」
突然、話しかけてきた。
「え?え?」
「今の、見なかった?」
聖君が私の方を見て、聞いてきた。
「見たよ。綺麗だった」
私はドキドキしながら、そう答えた。
「小さい頃から、毎年見に来てるけどさ。毎年感動するね、花火」
聖君がそう言った。すごい。私に話しかけているんだ。頭の中が真っ白で、心臓がドキドキで…。
「私は、海岸で見るのは初めて…」
私は、震えるような声しか出なかった。
え…?気がつくと少し合間があいていたのに、すぐ横に聖君はいた。びっくりした。なんで?
「他の場所では見たことあるの?」
と、聖君が、私に聞いてくる。
「う、うん。両親と、みなとみらいで」
「ああ、そっか。あそこも花火やるのか」
「うん…」
ドキドキだった。すぐ横に聖君がいる。
ヒュ~~~~~~。
また、花火が上がり、ドンって大きな音を立てた。
「わ、今のもでけ~~!」
私は、つい、聖君の方を見てしまっていた。
「え?俺の方見てもしょうがないじゃん。花火見ようよ。花火」
と言われて、慌てて空の方を見た。
「…あれ?もしかして今のが最後かなあ…」
しばらく待っても、花火はあがらなかった。
「あ~~あ。ほら、最後だったのに、桃子ちゃん、見れなかったでしょ?」
えっ?!ドキン!!
桃子ちゃんって呼ばれて、心臓が飛び出るかと思った。私の名前、覚えてたんだ。
「お~~い、聖!もう花火終わったみたいだぞ!」
基樹君が、だいぶ遠くからそう叫んだ。
「おお!今そっち行くよ」
聖君はそう言うと、さっさと立ち上がり、行ってしまった。
私も慌てて、立って歩いたけど、はきなれない下駄で、鼻緒のところがすれて痛くて、あっという間に、聖君と差がついてしまった。
それどころか、花火が終わったからいっせいに人が動き出し、私の前にいっぱいの人が流れ込んできて、聖君の姿も、他のみんなの姿も見えなくなった。
「あ、あれ?」
どうにか、人混みを抜けようとするけど、なかなか抜けられない。それどころか、流されて行ってしまう。
「ど、どうしよ…」
みんなと、はぐれちゃうかもしれない。
やっと人混みを抜け出せ、少し広いところに出られたけど、辺りを見回しても、みんなが見当たらなかった。
暗いし、よくわからないし、私はいきなり、不安が押し寄せてきた。
どうしようか…。駅に行った方がいいんだろうか?
その時、携帯がなった。
「もしもし…」
「桃子~~?今どこにいるの?!」
菜摘からだった。
「どこって…。まだ、海岸」
「海岸なの?私たち、歩道の方にいるんだけど…。今、海岸の方、聖君たちが探しに行ってるから、そこで、待っててね」
菜摘はそう言うと、携帯を切った。
ああ、私、みんなを困らせてる。申し訳なさと、会えなかったらどうしようって不安で、その場に私は立ちすくんでいた。
「どうしたの?友達とはぐれた?」
二人連れの男性が、声をかけてきた。
ど、どうしよう…。怖い。
「それとも、家族で来てるのかな?迷子?」
「いえ…。だ、大丈夫です…」
と、言う声が、震えてしまった。
「一緒に探そうか?」
「いえ…。だ、大丈夫…」
「桃子ちゃん!いた!」
振り返ると、聖君が私の方へかけてきていた。
「あ、友達?良かったね、会えて。じゃ」
その二人の男性は、その場を立ち去った。な、なんだ。ほんとに、親切で言ってくれてたのか…。
「何?今のやつら」
聖君が、聞いてきた。
「あ、友達とはぐれたのって聞いてきて、それで、一緒に探してくれるって…」
「駄目だよ、そんなのについていっちゃ!」
「うん。ついていってない」
「はあ…。良かった、見つかって。あ、そうだ。みんなに知らせないと!」
聖君は、いっせいメールで、私が見つかったってメールをした。
「ごめんなさい…」
「え?」
「みんなに迷惑かけて…」
「こっちこそ。俺が、さっさと行っちゃったから…。おいていって、ごめん!」
「そんな…。聖君は悪くない…」
私は、震える声でそう言った。
「とにかく、みんなのところに行こう」
「うん…」
「もう、はぐれないようにしてね。俺についてきて」
「う、うん…」
少しだけ、ゆっくりと聖君は歩いてくれた。でも、鼻緒のところが痛くて、それでも私は遅れてしまう。
「足、痛いの?怪我した?」
聖君は、私が変な歩き方をしているのを、気づいたみたいだ。
「下駄、はきなれてなくて、すれちゃって痛くて…」
「なんだ、そっか。大丈夫?歩ける?」
「大丈夫…」
聖君の声が優しくて、私はすごく嬉しくなって、気持ちがまいあがった。
「じゃ、ゆっくり行こうね」
聖君は、本当にスピードを落として歩いてくれた。私は、痛かったけど、どうにか我慢をして、歩いた。
「あ…」
聖君は、いきなり立ち止まった。
「え?」
「俺がおんぶすればいいのか」
「え?!」
おんぶ?!
「桃子ちゃん、軽そうだし」
「重いよ!」
「そうかな~~。俺の妹よりは軽そうだよ」
「駄目、重い」
「じゃ、試しに…」
そう言うと、聖君は、私の前に背中を向けて、かがみこんだ。
「や、駄目。無理!」
私は必死で、顔を横に振った。
「俺じゃ、頼りにならないとか?まあ、基樹に比べたら体格よくないけど、おんぶくらいできるよ」
「そうじゃなくて、浴衣だし、はだけたら嫌だし、駄目!」
「あ…。そっか」
聖君は、体制を直した。
「じゃ、ゆっくり歩こうか。あ、下駄脱いじゃえば?でも、素足じゃあぶないか」
「うん。ゆっくりなら、歩けるから」
ほとんど、ケンケンをしているみたいに、私は歩いた。聖君は、
「じゃ、おんぶは無理でも、肩はつかまれるでしょ?」
と言って、私の手を自分の肩に乗せた。
わ~~~~~!
私は顔が思い切り、熱くなった。掴まれた手も、肩に乗せてる手のひらも、熱くなった。でも、聖君の優しさを無駄にしたら悪いって思って、そのまま肩につかまってケンケンをした。
やっと、みんながいる場所まで、着くことができた。
「どうしたの?怪我?」
菜摘が、心配そうに聞いてきた。
「鼻緒のところがすれちゃって…」
「わ、痛そう!皮向けてるよ!」
蘭が、私の足の指を見て、そう言った。
「私ばんそうこうあるから、貼ってあげる」
菜摘はそう言うと、ばんそうこうを取り出し、貼ってくれた。
「へえ。そういうのいつも、持ち歩いてるの?」
聖君が、菜摘に聞いた。
「うん。私もおっちょこちょいだから、怪我が多くって」
と、菜摘は笑った。
ばんそうこうを何枚も重ねたおかげで、少しさっきよりは痛みがひいた。
そこからみんなで駅に向かい、改札口で、別れた。
別れる時に、私は聖君にお礼を言った。
「さっきは、ありがとう…」
「ああ、全然、全然」
って聖君は、最高の笑顔を見せてくれた。
帰りの電車で、
「良かったね。大接近だったね」
と、菜摘が言ってきた。
「……」
私は、みんなに迷惑をかけてしまったし、何も言えなかった。
「今度は、いよいよ告白する?」
蘭が言ってきた。
「え?無理だよ!」
「無理ってことはないでしょ。告白しなかったら、進展はないよ?」
蘭にそう言われたけど、
「私、絶対にふられるから」
と、私は蘭に言った。
「でもね、さっき桃子がいなくなった時、聖君、すごく慌てて探しに行ったんだよ?」
「それは、きっと、責任感とか、そういうのだよ。先に私をおいて行っちゃったっていう…。聖君も言ってたもん。おいていってごめんって」
「そうかな~~。でも、肩を貸してくれたり、優しかったじゃない」
「あれはきっと、誰に対してもだよ」
「そうかな~~」
蘭はずっと、そうかなって言い続けて、私はずっと、そうだよって言い続けた。
家に帰り、浴衣を脱ぎお風呂に入ると、今日皮がむけたところが、ひりひりとしみた。でも、聖君の優しさや、肩のぬくもりを思い出して、湯船で幸せに浸っていた。
お風呂から出ると、タイミングよく、菜摘が電話をくれた。
「どう?足、大丈夫?」
「うん。お風呂入ったらしみたけど、大丈夫」
「そっか~~」
「うん。ごめんね、みんなに迷惑かけて」
「大丈夫だよ。迷惑なんて思ってないよ」
「うん、ありがとう…」
菜摘は、ちょっとそのあと、言葉をにごしていた。
「どうしたの?」
「いや、あのね…。蘭が帰りに、告白しなよって言ってたでしょ?桃子どうするのかと思って」
「しないよ、告白なんて、できないよ」
「どうして?」
「私、聖君は蘭のことが、好きなんじゃないかって思うんだ。1番話してるし、楽しそうだし」
「あ、桃子も思ってた?」
「え?」
「いや、私もそうかなって…」
「……」
やっぱり、菜摘から見てもそうなんだな。
「あ、わかんないよ!本人に聞いてみるまでは」
「うん…。あ、でもね、私の気持ちは絶対に、聖君には言わないで」
「なんで?」
「だって、絶対なんとも思ってないし…。もし、知られたら、気まずくなるだけだし…」
「でも、言わなかったら、何も始まらないよ?」
「いいの。今の関係さえ壊れるくらいなら、言わないほうがいいの…」
「ほんと?でも…」
「いいの。お願いだから黙っててね」
「わかった」
菜摘とは、それで電話を切った。
聖君は、きっと優しい。あれが私でなく、菜摘でも、同じことをすると思う。
私のことを、好きだからとか、そういうわけじゃない。それどころか、花火を見終わって、さっさと私をおいていってしまったのは、私のことを、そんなに思ってないからだと思った。
もし、好きだったとしたら、私だったら、そばにいることが嬉しくて、あんなにさっさとみんなのところには、行かないだろうし…。
見ててわかる。聖君を見てたらわかる。私のことは、なんとも思っていないことを。
それでも、そばにいられる今の関係がいい。告白なんかしたら、そばにすらいられなくなる。このまま、今日みたいに、ちょっとでもいい。聖君と話せて、聖君のことを一つでも多く知ることができたらそれでいい。
私は自分にそう言い聞かせ、ベッドに潜り込んだ。足がまだ、痛んだ。それは少し、胸の痛みとリンクした。
聖君の笑顔を思い出した。その笑顔も、見られたら、それでいい。
今日はちょっとだけでも、その笑顔は私に向けられていた。それだけでも、すごいことだ。そう思って、私は、眠りについた。