第12段階 好きな人のことをまた好きになる
ああ、来て失敗だったかな。来るの嫌がってたもんな。悪いことをしたな…って私は思った。
でも、今さら後悔しても遅い。それに、歌を歌っているときの聖君、本当にかっこよくって、来て良かったなって思ったし…。
みんながカレーを食べ終わると、聖君は、
「あ、やべ。午後のリハーサルの時間になるや。ライブ終わったらまた合流しよう」
と言い、教室を出て行った。
「今度は前の方で見たいから、早めに体育館行かない?」
と葉君が言い出し、
「そうだね」
と、みんなで体育館に移動した。もう、ちらりほらりと人が来ていた。
前の方に座って、おしゃべりをしながら、ライブの時間まで待った。
「桃子ちゃん、ほんと、驚いたでしょ?あいつ、学校じゃ、あまり女子とも話さないし、彼女も作らないイメージあるんだよね。多分、彼女がいても、年上か、大人っぽいイメージあったんじゃないのかな」
葉君がそう言った。
「そ…、そうなんだ」
「でも、ま、もうばれたし。こうなったら、キャラも変えていけばいいんだよね。本来はおちゃらけてるし、アホだし、女の子好きだし、桃子ちゃんのことを可愛い可愛いって言ってる、でれでれなやつだしさ。学校でかっこつけすぎなんだよな~~」
と、葉君が言うと、
「それは無理なんじゃね?勝手にあいつのキャラ、周りが決めたところもあるしね」
と、基樹君がそんなことを言った。
「いいじゃん。かっこつけてる聖君も、かっこいいよね?桃子」
蘭が私に言ってきた。
「…うん」
「それに、今のままのほうが女子、寄ってこないんでしょ?」
蘭が葉君に、聞いた。
「まあね。それに、彼女がいるってわかった時点で、ファンはどっと減るだろうね」
葉君がそう言った。
体育館は、あっという間に人でいっぱいになった。そして、また、会場が暗くなり、ドラムの音、ギターの音が鳴り響き、スポットライトをあびて、聖君が登場した。
午前とは、違う曲を披露。さすが…。
ネクタイも外してて、シャツのボタンはほとんど全開。さっき、カレー食べてたときには、ちゃんとボタン閉まってたのにな。
女の子の黄色い歓声。午前中より増した気もする。
女子の目が、みんなハート。私もだ。目がハートで、見てるだけでドキドキしてた。
男っぽくて、かっこよくって、でも、綺麗で。こんな聖君は、本当に今まで観たことがなかったけど、きっと、もし、聖君との出会いが今日だとしても、一目惚れしてただろうな。
1番前のど真ん中で見ていたから、聖君からも、私たちが見えてたようで、何回か、蘭や菜摘が、
「聖君、かっこいい~~」
ってさわぐと、二人を見ていた。
でも、私はとても、恥ずかしくて声をあげられず、黙って目をハートにして見ていた。そんな私のことも、時々聖君は見た。
目がいつもとは違ってて、色っぽいやら、男らしいやらで、目が合うだけで、とろんって溶けちゃうんじゃないかと思った。これ、私以外のみんなも、同じように思ってるんだよね。きっと…。
ふたたび、アンコールも歌い上げ、聖君はステージを去った。
体育館から、人がどんどん減っていく中、スタージの横で、プレゼントを持ち、待っている女子が数名。
聖君が、出てくると、
「聖先輩、かっこよかったです。これ、使ってください」
と、手渡していた。でも、
「あ…。ごめん、受け取れない」
と、聖君は断った。
ええ?それもまた、衝撃的。ありがとって受け取ると思ったのにな。
そんな様子をぼ~~って眺めていたら、葉君が、
「あいつ、いつもあんなだから。ま、バレンタインのチョコは、ほとんど強引に渡されて、もらう羽目になってるけどさ」
と、私に言ってきた。
「え?」
それを聞いていた菜摘も、蘭も、意外だって顔をした。
聖君は、さっさとこっちに向かって歩いてきた。
「お前、前はだけたまんま」
葉君がそう言うと、
「あ、そうだった。わりい」
と言って、ボタンを閉めていた。良かった。ちょっと、目のやり場に困っていたんだ。
「それ、何の演出?」
と葉君が聞くと
「しらね~~。メンバーのやつらが、やれって言うからさ」
と、聖君が言った。いや、それ、かなりの女子が喜んでたと思う…けど。(私もか…)シャツを全開にして歌を歌ってる聖君、色っぽかったし…。
「は~~。終わった。来年は絶対に断るぞ。疲れた~~!」
聖君はそう言うと、大きなのびをした。
「さ、帰るか~~」
聖君がそう言うと、葉君が、
「え?」
って聞いた。
「俺のクラス何もしてないから、片付けもないし。ダンスパーティをこのあと、体育館でするらしいけど、出る気ないし、もう、帰ってもいいよな~」
「ああ、帰れ、帰れ。くそ。俺は実行委員だから、最後までいなきゃならんのじゃ~~」
「くじ運が悪かったんだよ。じゃ、基樹君、がんばって」
聖君は、基樹君にそう肩をぽんぽんとたたきながら言うと、そのあと私に向かって、
「荷物とってくるから、教室まで付き合って」
と言ってきた。
「あ、じゃあもう、別行動しない?二人で行って来たら?私、蘭と葉君と、もう、帰るよ」
菜摘にそう言われて、私と聖君は二人だけで、教室に向かった。
何人かの生徒が、また、聖君に声をかけ、聖君は、それに答えていた。
そして、聖君の教室に入ると、誰もいなかった。私が入り口付近で立ち止ると、
「入って」
と、私を教室にいれ、ドアをがらがらって閉めた。
それから聖君は、自分の机に私を連れて行き、荷物をまとめ、ブレザーをはおってから、机の上にひょいと腰掛けた。
私はその前に立って、どうしたらいいものかって、目が泳いでしまった。
違う学校の教室…。どうも、きまずい。
聖君のクラスの周りは、何も催し物をしていないようで、とても静かだった。
「で、感想は?」
聖君が、聞いてきた。
「え?」
「今日の、感想」
「聖君のライブ?」
「そう、正直にね」
「かっこよかったよ」
「ほんとに?」
「うん」
「でも、驚いた?いつもと違って」
「うん、すんごい驚いた」
「いつもの俺とどっちがいい?」
「…。どっちも」
「どっちも?」
「うん。かっこいい聖君も、可愛い聖君も」
「可愛い?俺がぁ?」
「うん…。顔文字のメールとか、可愛い」
「あ、あれね…」
聖君が、少し照れた。それから、私の方を向き、私の背中に両手を回した。そして、聖君の方に引き寄せ、顔を近づけてきた。
キス…だよね…?
私は、この前のように、逃げるのは駄目だよねって、思い切り目をつむり、固まっていた。ドキドキして、体全体に力が入ってたと思う。
かすかに、聖君の唇が触れた。
一瞬、恥ずかしさのあまり、逃げようかとも思ったけど、ちょっと、引き気味になったのを聖君が感じたのか、背中に回している聖君の腕で、さらに私は引き寄せられてしまった。
キスが終わっても、恥ずかしくて目を開けないでいると、聖君が、もう一回キスをしてきた。
え…?あ!もしかして、私が目を開けなかったから?!
もしかして、催促してるように見えた?!ど、どうしよう…。
今度は終わってすぐに、目を開けた。でも、聖君と目が合って、ものすごく恥ずかしくなって、目をふせた。
「真っ赤だ」
聖君が、笑いながら言った。
え~~~!何か、言い返そうと思ったけど、何も言えなかった。
聖君は、
「誰かが入ってきたらやばいから、もう帰るか…」
って言って机から降り、鞄を持ち、私の手をひいた。でも、教室のドアをがらりと開けた瞬間、手を離した。
そして、両手をパンツのポッケにつっこみ、私の速度に合わせて、歩き出した。
廊下にはあまり人がいなかったけど、下の階に行くと、また人がたくさんいて、私と歩いている聖君を見て、
「聖君の彼女みたいだよ」
と、ひそひそ声が聞こえた。そんなの無視して、聖君は、歩いていた。
校舎を出て、校門を出て、ようやく人がいなくなった。
「疲れてない?」
聖君が聞いてきた。
「私は大丈夫、でも、聖君の方が疲れてない?」
「う~~ん。まあね。でも、けっこうライブで歌うと、発散できるんだよね」
「もう、芸能人みたいだったよ」
「まじで?あははは」
聖君は、少し照れくさそうに笑った。
「ほんと、プロになれるよ。絶対、売れると思う」
「あはは…。そうかな。でも、あんまし興味ないな」
聖君は、また笑ってそう言った。
そして、二人で並んで、駅まで歩いた。
駅で、逆方向だから、別々のホームにいた。前のホームに聖君がいて、こっちを見ていた。
私の乗る電車の方が先に来て、電車に乗り込んで、ホームに立っている聖君を見ると、私を見ながら手を振っていた。私も聖君に向かって、手を振った。
電車に乗っていると、メールが来た。菜摘だ。聖君のライブの時の写メが送られてきた。いったいいつ撮ったのかな?私は、くぎづけになっていたから、写メを撮る余裕さえなかったし…。
その写真の聖君をずっと見ながら、私は家に帰った。
夜には、聖君からもメールが来た。
>葉一が写メ送ってきた。見たい?
聖君のライブのだって思って、すぐに、
>見たい!
と送り返した。すると、送られてきたのは、私の写真だった。それも、目をとろんとさせた、横顔。
>俺のライブを見てる時の桃子ちゃん…だってさ。
と、説明が書いてあった。
うわ~~~~~~~~~!!
すごい恥ずかしい写真!!!なんで?いつ?いつ撮られてたの~~?全然気が付かなかったよ~~~。
>恥ずかしいから、消して!!!
と送ると、
>や~~だよ~~~~
と、返信が来た。
ああ…。ほんと、目がもろにハートって感じで、うっとりしちゃってる。めちゃくちゃ、恥ずかしい写真!手なんて、両手を胸の前で組んじゃって、どっかにいっちゃってるって感じの写真。
>一生のお願いだから、消して。
>しょうがないな~~。
ああ、消してくれるの?良かった。
>消してもいいけど、俺の目には焼き付けとこうっと。
ええ~~~?!!
>この写真は、すぐに忘れて!
>しょうがないな~。じゃ、この写真は忘れる。
ほんと?良かった。と、ほっとしていると、
>でも、舞台から見えてた、桃子ちゃんの顔は忘れられないな~~。
とメールが来た。
>え?!どんな顔?
>この写真みたいな、うっとりして俺のこと見ていた顔(^^)
え~~~?ああ、そうか。まん前で見てたんだっけ、私…。私がどんな顔で見てたか、表情もまる見えだったんだ~~~~!!恥ずかしいよ~~~。
>それも、忘れて!!!!!
>忘れたくても、もう、脳裏に焼きついてるから無理。
と、すぐに返事が来た。
>一生のお願いはさっきつかったから、もう駄目だよ。
と、またすぐにメールが来た。
ああ~~~~~~~~。そうか。聖君の顔がよく見えたってことは、そうか。私の顔もだったんだよね。きっと、この写真みたいな顔でずっと、見ていたんだよね。私…。
しばらく、返信ができなかった。すると聖君から、今度は電話が来た。
「もしもし…」
「もしもし、桃子ちゃん?」
「うん…」
ああ、なんだか、恥ずかしくて、話すのも恥ずかしくて。
「返事全然来ないから、めいっぱい恥ずかしがっているんだろうなって思ってたけど…。そう?」
「うん…」
見抜かれてる…。
「あはは…。やっぱり」
「……」
笑われてる…。
「やっばいよね~~」
「え?何が?」
「俺のこと、惚れ直しちゃった?」
「うん…」
「あ?やっぱり?!」
「うん。でも、周りの女の子もみんな、目をハートにして見てたよ」
「そうなの?他の子なんて、わかんないや」
「……」
「帰り、なんかちょっと、桃子ちゃん変だったけど…」
「え?私が?」
「うん。なんとなく…。元気がなかったような…。だから、疲れたのかなって思ってたけど」
「疲れてないよ。圧倒されただけ」
「圧倒?」
「ごめん、違うかな。圧倒じゃなくって、えっと…」
なんだろう、なんて言えば1番いいかな。
「驚かせちゃった?俺、全然違ってたでしょ?」
「うん。びっくりした」
「やっぱりな~~」
「でも、本当にかっこよかったよ?」
「……」
聖君の方が無言になった。
「聖君、人気あるね。男子からも女子からも…」
「文化祭の時だけだよ」
「そうかな。実は影でこっそり見ているような、女の子がたくさんいたりして」
「あはは。そんないないって。俺、もてないから」
「そうかな…」
「……」
「私、そんな人気者の聖君の彼女でもいいのかなって、思っちゃった」
「へ?」
「なんか、不釣合いっていうか…」
「ええ?まじで言ってんの?周り、騒いでたじゃん。俺になんで桃子ちゃんみたいな、可愛い彼女がいるんだって。不釣合いなのは、俺の方じゃない?」
「ま、まさか!めちゃくちゃ、かっこいいのに」
「……」
また、黙ってしまった。
「桃子ちゃん、それ…」
「え?」
「照れるから、やめてね」
あ、照れてたのか…。
「うん…。でも、照れてる聖君は、可愛いよね」
「だ~~~!可愛いもやめて!」
「うん…」
やっぱり、可愛いい…。
「あのさ、じゃあ、俺のことあきれちゃったとか、印象悪くなっちゃったとか、そういうのは…、ない?」
「ないよ。全然」
「まじで?」
「ないよ。なんで?」
「あ…。うん、ちょっと心配だったから」
「何が?」
「いや、いつもと違う俺のこと見て、どう思うかなって」
「え~?どんな聖君だって、私好きだよ。それどころか、もっと好きになっちゃったかもしれない…」
と、言ってから、わあ、恥ずかしいことを言ったって、思った。聖君は、また照れるからやめてって言うかと思ったけど、
「サンキュ…」
って、照れくさそうに言った。
電話を切ったあと、私は菜摘が写メで送ってくれた、聖君を見た。いつもの聖君とは違う聖君。でも、やっぱりどの聖君も、聖君なんだな…。
こんな聖君も、大好きだな。
知れば知るほど、好きになる。嬉しいな。もっと、いろんな聖君が知りたい。写真もいっぱい取れたらいいな。
これからも、いろんな聖君を知っていくんだろう。そのたびに私は、こうやって驚かされ、そして、ドキドキするんだろうか。
もしかしたら、弱い聖君や、落ち込んでる聖君にも会うかもしれない。だけど、そんな時には、私が聖君の力になれたらいいなって思う。
聖君が、そばにいてくれるだけで、嬉しいように、聖君も同じことを思っててくれたら嬉しいな。
そんなことを思いながら、その日は、眠った。夢にも聖君が出てきてくれたらいいなって、そう思いながら。