「HALF / ハーフ ~スケバンパイア ERIKA~
暗い空間を一人で歩く幼い女の子、少し先の光の差す空間で、しゃがんで泣いている男の子を見つけ、女の子が近づき話しかける。
「どうしたの、泣いてるの?」
「お腹空いて、死んじゃうの」
「じゃあこれあげる」
女の子は、胸ポケットからイチゴミルクのキャンディを取り出し手渡す。
「ありがとう」
「もう泣かないで!」
「……ボク血がいいの」
「ち?」
「血、知らないの?」
「血! 知ってる、エリカこけた時、出たことある」
「吸わせて!」
「エリカこけてないもん!」
男の子が急に泣き出す。
「泣かないで弱虫ね、エリカこけるから待っててね」
女の子は立ち上がり、男の子の前から後ずさり、走る構えをする。
「こけなくて良い!」
慌てて女の子を止める。
「死んじゃうよ!」
「いやだ! ……じゃあ、指噛んでも良い?」
「そしたら、死なない」
「うん!」
女の子は目をつぶり左手を差し出すと、男の子は両手で手を掴み小指に噛みつく。「うっ!」我慢する女の子、一心不乱に血を吸う男の子。
—吸い終わり、
「痛かった、ごめんね!」
「平気、もう死なない?」
「もう死なない、元気になった!」
すると女の子が急に苦しみ始め、「ううううっ」と地面に倒れ込む。
「どうしたの!?」
女の子に寄り添う男の子。
その時、数人の武装した兵士たちが二人の空間に入って来る。
兵士の隊長が駆け寄り、
「アラン王子、こんなところにいらっしゃったんですか、探しましたよ!」
傍らで苦しむ女の子に気づき、
「この子は!?」
「この子を助けて!」
「王子、まさか人間の子!」
「ボクに血をくれたんだ、だから助けてあげて!」
「王子、この子の血を吸ったのですか?」
「うん、お腹空いてたから」
隊長立ち上がり。
「この子は助かりません、さあ、お城へ戻りましょう!」
「ダメ、この子も連れて行く!」
「もう助かりませんよ王子、野生の人間の血なんて吸ってはなりません!」
「いっそこの場で殺した方が」兵士が言うと「そうだな」隊長が腰の剣を抜く。
「ダメ、殺さないで!」
王子は女の子に覆いかぶさり守る。
「王子、どいて下さい!」
「イヤだ!」
「おーい、おーい!」
遠くから大勢の人の声がする。
隊長剣をしまい、
「まずい人間だ、行くぞ!」
「この子は?」
「どうせ助からん、急げ!」
兵士たち王子を抱えて走り出す。
「イヤだー、行かない、あの子を助けて!」
泣き叫ぶ王子、兵士たちと共に亜空間へ消える。
「おーい、いたぞ!」「早く、早く!」数人の消防隊員と警察官が女の子に駆け寄る。—飛び交う無線の音。
× × × ×
病院のベッドで寝ている女の子、高熱を出しベッドでうなっている。
心配そうに見つめる女の子の両親「エリカ……」母親が呟く。
女の子の体の左半分が、血の気のないミイラのように変形し始めていた。
ベッドの傍らに立つ医者が、
「残念ですが手の施しようがありません」
「そんな、金ならいくらでも出す、助けてくれ!」
女の子の父親が、医者の両肩を掴みながら懇願する。
「体の左半分が壊死してしまう原因不明の奇病です、現在の医療技術では治療は不可能です!」
「そんな、わしの娘だぞ! この病院にいくら寄付していると思っているんだ!」
医者に掴みかかる、傍にいた警官が慌てて止めに入る。
「落ち着いてください!」と父親を引き離す。
「くそー放せ!」憤慨して部屋を出て行く父親、慌てて後を追う母親。
この後、少女は二週間ほど高熱が続くが、ある朝突然熱が下がり、噓のように回復する。実は王子の使者たちが、密かに病室を訪れ女の子に王子の血を輸血したのだ。
しかし、これで女の子の命は助かるのだが、
このことが、この女の子に大きな宿命を背負わせることになる。
それから十五年が過ぎた現在―
夜の繁華街を歩くセーラー服の少女。
鮮やかな紫色のロングヘヤ―にロングスカート、濃いメイクに薄い鞄、
いかにも昭和のスケバン風の高校生。
すれ違うチンピラ風の二人組の男が声を掛けてくる。
「ネーチャンかっこいいねー!」
「俺たちの好みにピッタリ」
「スキになっちまったぜ!」
周りを取り囲み、つきまとってくる。
「おい、無視かよ!」
「こっち向きなよ、ネーチャン!」と肩を掴む。
肩を掴まれピタッと足を止める少女、肩を掴んだ男の顔の方をゆっくり向き、鋭い目で睨む。
「おーっ、おっかねーな、そんな顔すんなよ、俺たちと楽しいことしようぜって誘ってるだけじゃねえかよ!」
少女は肩を掴んでいる男の手を掴む「うっ!」と驚く男。
その時「おい、コラ、お前たち何しているんだ!」と警戒中の警察官二人が走り寄ってくる。
「やべえ、行くぞ!」「じゃあな」と手をあげ二人小走りで逃げ去る。
少女に近づく警察官「大丈夫か!」と声を掛けるが、少女の姿をみて口調が強くなる。「キミどこの学校? こんな時間に、こんなところ歩いてちゃダメだろ!」
もう一人の警官もまじまじと少女を見て、
「その髪色に派手なメイク、きみ本当に高校生か? メイクを取って、髪も戻したらどうだ!」
今まで視線を合わせなかった少女、警官の目を見て、
「髪と顔は半分本物です」と答える。
「『半分本物です』って、どうゆう意味だ?」
「紫色の髪にハッキリした顔だち……あっキミ、ハーフか?」
「ええ、ある意味」
「ある意味……もういい、行きなさい」「気をつけてな」警官たちあっさりと去っていく。少女は何事もなかったかのように歩き始める。そしてさらに繁華街奥の雑居ビルの中へ消えていく。
ガシャンと鉄の扉が開き少女が入ってくる。
殺風景な生活感の無い少女の部屋。明かりを点けカバンを置くと、黒猫が「二ヤー」と迎えにくる。「マリー!」少女は抱き上げ「ただいまー、いま帰りまちたよー、淋しかった、ごめんね」と先程とは別人のような、十七歳の少女の顔を見せる。少女は黒猫を台所に抱えて行き、冷蔵庫からミルクを取りだし床のお皿に注ぎ「どうぞ」と黒猫を下ろす。「ミヤー」とミルクを飲み始める黒猫。それを見て安心した少女はパーッと制服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び始める。
シャワーにうたれ顔のメイクが剥がれ落ちる。蒸気で曇った鏡を手で拭いさり、鏡に映る少女の顔。右半分は可愛らしい少女の顔だが、左半分はつりあがった大きな目と大きく裂けた口、八重歯と言うには鋭すぎる歯、まるで悪魔か吸血鬼のような顔をしている。少女は鏡に映る自分の顔を見ながら「ハーフ……」クスクス笑い始める。シャワー室から聞こえる水の音と少女の笑い声、皿から顔を上げシャワー室を見つめる黒猫マリー。
実はこの少女が十五年前に難病で苦しんでいたあの少女、エリカである。
王子の血を輸血したお陰で左半分の壊死は防げたものの、その左側は顔も体も別人、髪の毛も左半分は紫色に変わり、何度染めても紫色に戻り、脳もしばらくの間は、左脳が異常な状態にあり、運動機能にも障害が出ていた。
あれだけ可愛がっていた両親もこの姿に気味悪がり、少女を施設に預けてしまう。そして実体のない養子縁組を組まれ親子の縁も切られ、天涯孤独となったエリカ。しかし、そんな彼女を養子にしたいと申し出る一人の女性がいた。都内の運送会社に勤める三十代の女性。施設側も厄介払いが出来ると、ろくな審査もせずにその女性に引き渡したのだ。
—そして、エリカは普通の女の子と同じように、その女性に育てられた。
エリカ六歳—小学校へ入学。
小学校はつりあがった左目と裂けた左の口を隠すために眼帯とマスクを着用し、ショートカットにした髪にかつらを着用して、紫色の髪を隠して通っていた。しかし、好奇心旺盛な中学生になると、一年中眼帯とマスクの不気味なエリカに興味を示す連中が現れ、授業中に後ろの席の二人が彼女の眼帯とマスクを外し、前の席にいた一人がスマホを構えて彼女の顔を連射した。エリカ慌てて顔を隠し教室から出ようとするが、後ろの一人に髪を掴まれ、かつらも取れ鮮やかな紫色の髪も見られてしまう。先生も驚いてエリカを止めるが、そのまま教室から逃げ出すエリカ。スマホに残るエリカの左半分の顔は手で隠されてはいるが、つりあがった目と裂けた口は隠しきれていなかった。「げーっ!」と驚く男の子たち。
この繰り返しで、中学校は転校を繰り返すことになる。
エリカ十六歳―高校に進学。
今度は紫色の髪は、残り半分の黒髪も紫色に染めロングヘヤ―に、つりあがった目と裂けた口を隠すため、濃いメイクで左右のバランスをとり、この顔との違和感を無くすために制服をロングスカートにして、スケバンを演じることにした。しかし、その昭和のスケバンスタイルが目を引き、上級生や他校のヤンキーからケンカを売られる日々が続くことになる。
そして、今回もケンカが原因で転校させられ、新しく来たばかりの女子高での昼休み。体育館の倉庫の中で三人の女子生徒が一人の女子生徒から財布を奪っている。「だりーなー」とタバコを吸いに体育館の裏へ行く途中のエリカが声に気づく。
「やめてください!」
「やめてくださいだと!」
「あたしたちに、生意気な口きくんじゃねえよ!」
「お願いします」
「少し借りるだけだろうが」
「ケチケチすんなよ、金持ちお嬢ちゃん」
エリカ、ガラッと扉を開け。
「お願いしますって頼んでんじゃねえか、やめな!」
「はあー、てめえ誰だよ!」
「見ねえ顔だな」
「ダッサいメイクしてんな!」
「おめえ、魔女見たいな顔してんな」
「ハロウィンかよ!」
「ホントだ、ハハハハハッ」
入口に立つエリカを笑いながら囲む三人。
脅されていた茜が叫ぶ、
「あっ、エリカさん!」
「何だ、同級生かよ」
「二年坊のくせに偉そうな口きくな!」
「おめえは関係ねえだろう!」
「それともこいつと一緒に痛い目にあいてえってか!」
「黙ってねえで、何とか言えよ!」
正面の女に胸ぐらを掴まれる、エリカ無表情のまま背にしている扉を後ろ手でガラガラと閉める。
「なに閉めてんだよてめー!」
髪を掴まれる。
「丁度いいさ、こいつらの悲鳴が外に漏れねえし」
エリカ、髪を掴んでいる女の手を掴み「その逆」とその腕をねじり上げる。「イテテテテ―」そのまま、エリカ顔面に頭突きをして後ろに吹っ飛ぶ女。左右の女が驚き怯んだ瞬間、右の女に左手で顔面パンチ、そのまま左腕を引き、左の女に顔面肘打ちを食らわす。左右に吹っ飛ぶ女たち、一瞬の出来事で強烈なダメージと驚きで声が出ない。
三人は尻もちをついた状態で寄り集まり、エリカを見つめたまま固まっている。慌ててエリカの後ろに回り込み抱き着く茜。エリカが倉庫の扉をガラガラと開けると、細長く伸びた外の光が、鼻血を出し座り込んでいる三人を照らし出す。エリカが扉から離れると「ちきしょー!」「お覚えてろ!」開いた扉から外へ走り去る三人、エリカに駆け寄る茜。
「エリカさんありがとう、エリカさんってケンカ強いんですね」
憧れの眼差しでエリカを眺める。
「じゃあな!」
エリカはそのままタバコをくわえ体育館の裏へ。
「ねえ待って下さい!」
後を追う茜。
放課後、薄い鞄を手に帰宅しているエリカ、その後をついて歩く茜。
「いつまでついてくんだ、おまえ!」
「いつまでも」
「いつまでもじゃねえよ!」
「今日のお礼がしたいから」
「お礼なんて良いよ、オレが気まぐれでやっただけだからさ」
「何かおごらせて下さい!」
「良いよ!」
「駅前に大人気のチョコパフェの店オープンしたんですよ!」
「ホントか!?」
「あ、行きます?」
「あ、別に……まあ行ってもいいけど」
「ありがとうございます」
「ありがとうはおかしいだろう」
「こっちです、こっちです」
茜に押されて駅前に歩き始めるエリカ。
× × × ×
夕暮れ、駅前のパフェ店から出て来るエリカと茜。
「美味しかったですね、エリカさん!」
「ああ、でも今どきのパフェは高っけーなあ、メシが食えるぜ! 二人分払って小遣い大丈夫か?」
「大丈夫です、うちお金持ちですから」
「ああ、それであいつらにカツアゲされてたんだな!」
「ええ、私友達いないから、友達になってくれるならって、何度かおごって差し上げたんですが……あんな感じになっちゃって」
「エリカさん! お友達になってくれますか?」
「……ともだち? ……ううーん」
「いいですよね、いいですよね!」
「あ、あ、うん」
「やったー」
飛び上がって喜ぶ茜。
駅前から外れた裏路地を歩く二人の前に、黒いワンボックスカーが急停車する。中から数人のヤクザ風の男たちが出て来て二人に襲い掛かる。茜を守ろうと抵抗するエリカの右肩を、後ろから男が金属バットで殴る。「うううっ」うずくまるエリカ、「あっ、エリカさん! やめて下さい!」エリカに抱き着く茜。二人はそのまま男たちに捉えられ、車の中へ押し込まれる。急発進するワンボックスカー。
町外れの廃工場の中に入って来るワンボックスカー、中央付近で止まる。車から降ろされるエリカと茜。エリカは金属バットを持った男に背中を蹴られ地面に倒れこむ、茜は倒れたエリカをかばうように駆け寄る。エリカたちの周りを取り囲む五人の男たち。
「うちのお嬢になめたマネしおって!」
「うちのお嬢!?」
右肩を押さえながら、片膝を付いた状態で身構えるエリカ。
倉庫二階の手すり越しに笑っている女、昼間のカツアゲ女子高生のリーダーの直美である。エリカ、女に気づき、
「おまえ、卑怯だぞ!」
「黙れ、私に逆らうとどうなるか教えてあげなさい!」
「へい!」
男たちエリカたちに近づく、エリカは右肩を押さえたまま茜を庇いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「こいつ魔女見たいな顔して不気味だけど、後ろの小柄なお嬢ちゃんは可愛らしい顔してんなー」
「ばか、そいつはオレがもらう」
「オレはこの魔女でいいぜ!」
エリカに襲い掛かるが、右にかわされ左の膝蹴りでボディを強打「うっ」となった後頭部を左のエルボーで殴られ「ああっ……」と倒れる男。「ふざけんな!」と金属バットの男がエリカに殴り掛かるが、左腕で受け止めガシッと鈍い音がする。
「バカか、腕折れるぞ! ……えっ!?」
平気な顔のエリカ、再び振りかぶり金属バットで殴るが、今度は左手で振り払い金属バットを弾き飛ばすエリカ、音を立てて転がる金属バット。
「こいつ化け物か!?」
驚く男の喉元を左手で掴みグッと絞める「うううっ!」苦しむ男。慌ててエリカに殴りかかろうと迫る男を左足で蹴り飛ばし、もう一人に掴んでいた男を投げつけ、二人とも地面に倒れこむ。茜の上に馬乗りになっている男の頭を左足で蹴り飛ばす。「茜、大丈夫か?」と茜を引き起こし、頷く茜に「どこかに隠れていろ!」と押し出す。茜の傍にいたもう一人の男は慌てて車に戻り、ゴルフクラブを数本手に戻ってくる。起き上がって来た二人に持っていたゴルフクラブを手渡し、三人でゴルフクラブを構えてエリカに迫る。
「てめえ本気で怒らせたな俺たちを」
「可愛がる程度じゃ済まねえぞ!」
二階から直美が叫ぶ。
「殺さない程度にしろよ!」
「分かってますよ、お嬢さん!」
「死ねー!」とゴルフクラブを振りかぶり次々とエリカに襲い掛かる男たちだが、あっという間に倒されてしまう。エリカ髪をかき上げ「ふうっ」と見上げると二階に直美の姿はない。「逃げやがったな、くそー!」と奪い取ったゴルフクラブを投げ捨て、辺りを見回し「茜、もういいぞ、出てこい!」とエリカが叫ぶ。「エリカさん……」工場の機械の影から、直美にカッターナイフを突き付けられた茜が出て来る。
「お前のお友達の可愛いお顔に傷つけちゃうよ」
「てめえはどこまでも卑怯だな!」
「うるせい、勝てばいいんだよ!」
エリカ静かに右目を閉じ左目で直美を見る。
「目にゴミでも入ったか、あー!」
エリカの開いている左目が赤く輝きだし、その目を見た直美は操られているかのように、カッターナイフを自分の首に近づける。
「何だよ、何だよ、えっ、おい!?」
驚き自分の左手で右手を掴み止めようとするが、自分の首に刃が食い込みそうになる「やめて―!」茜が叫ぶ、その声に我に返り右目を開くエリカ、と同時に左目の赤い輝きが消える。右手が自由に戻り、慌ててカッターナイフを捨てる直美。
「魔女! お前魔女だな、ふざけんな! この街に居られなくしてやる!」
倒れている男たちを連れ車に乗り込み逃げ去る。
エリカのもとへ駆け寄る茜。
「エリカさん!」
「茜、大丈夫か?」
「うん!」
廃工場から猛スピードで走り去る車、それを見つめているエリカと茜。
翌朝、いつもの通り遅刻ギリギリで登校するエリカ、校内の廊下を歩くエリカを見てヒソヒソ話を始める生徒たち。
「何だよ、今さら、オレが珍しいかよ!?」
廊下ですれ違う生徒たちは、大きく道を譲り足早に通り過ぎて行く。
「なんだよ、お前ら!?」
教室に入り席に座ると茜が駆け寄ってくる。
「エリカさん、この動画見て!」
自分の携帯を見せる、SNSで拡散された動画には、昨日、廃工場で男たちと戦うエリカの姿が映っていた。画像はボカされていたが、紫色のロングヘヤ―にロングスカートのスケバンスタイル、誰が見てもエリカと分かる。「あいつ!」椅子から立ち上がるが、担任が教室をのぞき込み「おい川島、ちょっと職員室まで来なさい!」と言って去って行く。
「ああっ! 何だよ朝っぱらから」
「このことかな?」
「多分な!」
と職員室に向かうエリカ、着いて来ようとする茜を制して、
「大丈夫、心配すんなって」
職員室に向かうエリカを心配そうに見つめる茜。
ガラッと勢い良く職員室の扉を開け中へ入るエリカ、奥の校長室の扉の前で教頭が手招きしている。「けっ、腰ぎんちゃく」と呟き校長室へ。
校長室の扉を開けると正面の大きな机に偉そうに座っている五十代後半のかっぷくの良い男。その席の後ろの壁には『清廉潔白』と筆で書かれた校訓が飾られてある。
「君が川島エリカくんか?」
「ああっ」
「ああって、校長に対して、ハイと返事をしなさいハイと」
後ろに立っている教頭が、すかさずエリカを叱る。
振り向き下から目線で教頭を睨むエリカに校長が慌てて、
「まあいい、とにかくそこへ座りなさい」
椅子を促すが、座らず立ったままのエリカ、
「で!」
「で、じゃなくて、この動画は君かね?」
タブレットで例の画像を見せる校長、頷くエリカ。
「そうか、素直に認めるか、それで君は、こう言う人たちと交流があるのかね?」
「別に」
「あるんだね」とさらに大きな声で「別に!」と答えるエリカ。
「困るんだよ、うちの学校にキミみたいな子がいては……」
「ああ転校ね、OK、全然!」
「転校では済みませんね……君には死んでもらうしかありませんね」
「死んでもらう!? なに言ってんだてめえ!」
後ろにいた教頭がドアのカギをガチャリと閉める、身構えるエリカ。
「何んだお前ら!」
二人の目が赤く光る。
「お前ら人間じゃないな!」
校長と教頭の体を突き破り、中からコウモリ人間が現れ驚くエリカ、傍らにあった椅子を掴むと後ろに大きく振り教頭コウモリを殴り、そのまま正面の校長コウモリに椅子を投げつける。しかし一瞬怯むが、すぐにエリカに鋭い爪で襲い掛かるコウモリ人間たち、エリカはコウモリ人間の爪の攻撃を左腕でかわしながら扉の鍵を開け校長室を出るが、昼間の職員室がなぜか真っ暗な夜に「えっ!」暗い職員室に座っていた数人の教員たちが一斉に立ち上げり振り向く。闇に光る複数の赤い目「お前らも仲間か!?」次々にエリカに襲い掛かる教員たち。エリカ「くそ―!」と職員室の机に飛び乗り窓を突き破り中庭の芝生に転がり落ちる。「うっ!」後を追い「グワー!」と唸り声を上げて次々とコウモリ人間に変身しながら、窓を突き破り飛び出してくる教員たち、エリカを囲み威嚇するように空中を舞い始める。
「ちっ、こいつら飛べるのか!?」
見上げ身構えるエリカ、空中から鋭い爪で次々と襲ってくるコウモリ人間たち。さすがにエリカも左腕と左脚で攻撃をかわし反撃を仕掛けるが、右側の人間体にも鋭い攻撃を受け鮮血が飛び散る。すると空中でへらへら笑いだすコウモリ人間たち。
「何がおかしい!」
「王子の血が混じってようが所詮半分は人間、俺たちには勝てやしねぜ!」
「王子って誰だよ!」
「王子を知らねえのか!?」
「お前の命を救った奴だよ」
「オレの命を……!?」
「もう知る必要はねえ、半分野郎!」
再びエリカに鋭い爪で襲いかかるコウモリ人間たち、エリカの右半身だけを攻撃し始める、攻撃を受けてもすぐに再生する左側と違い、右側は人間体のエリカ、激しい攻撃を受け制服が赤く染まり始め、痛みに苦しむエリカ。
「クソ―、所詮オレは、半分野郎か……」
エリカ目を閉じる。その時「グエーッ」と数体のコウモリ人間が悲鳴を上げ地面に落ちて来る。
目を開けるとエリカの前に剣を持つ黒い影が現れ、コウモリ人間たちを次々と切り裂いていく。「えっ!」中庭の照明が黒い影を照らす、エリカその顔を見て驚く「お母さん!」コウモリ人間を切り裂いていたのはエリカの育ての親の富貴子であった。
エリカに駆け寄る富貴子、
「大丈夫かい、死ぬにはまだ早いよ、エリカ!」
「お母さんどうして!?」
「説明は後だよ、先ずこいつらを片付けなきゃね」と言うと、あっという間にコウモリ人間たちを切り裂いていく。しかし、最初に富貴子が斬ったコウモリ人間たちが、再生を始め起き上がってくる。「きりがない、行くよ!」と再生しはじめたコウモリ人間たちを再び切り裂きながら二人走り抜ける。
暗い闇を走り続ける二人、亜空間バトルゾーンから抜け出すと、再び朝の光が差す元の世界へ戻るエリカと富貴子。朝の繁華街の路地裏、裏口のドアのガラスが割られ店に入って来るエリカと富貴子。営業前の小さなスナック、照明を付けカウンターにエリカを座らせ、奥から救急箱を持ってくる富貴子。
エリカの制服を脱がせ傷を見て、
「大したことない、かすり傷だよ!」
手際よく手当を始める。息も荒くしばらく興奮が治まらないエリカだったが、治療が終わり制服を着ながら「お母さんどうして……」と訪ねるが、富貴子は厨房から皿に盛られた食べ物を持って来てカウンターの上にいくつか並べると、冷蔵庫からビールを取りだすが「おっと、あなたはこれだね!」とオレンジジュースを手渡す。富貴子は瓶ビールを一気にラッパ飲みすると「フーッ」と息をつき、カウンターの料理に手を付け始める。
「お腹すいたろ、食べな!」
「食べなって、勝手に持ってきて!」と言いながらも唐揚げを摘まんで口に入れ「あ、うまい!」と腹ごしらえして「ふうっ」と落ち着きを取り戻したエリカが再び富貴子に訊ねる。
「さっきの連中は何? 何であのタイミングでお母さんが助けに来たの? ……それにお母さん強いし、おかしいよ、何か変だよ!?」
「確かに変だよね、実は前からあなたに話そうと思っていたんだけど、話すタイミングが無くて……ただこうなっちまったら話すしかないんだけどね」
「こうなっちまったらって?」
「あなたの命を狙う連中が出てきたってことだよ」
「ええ、私の命を!?」
「そう、あなたの命、あなたが王国を継ぐ王女に、そして、それを快く思っていない連中が出てきたということ」
「ちょっと待って、王国ってなあに、王女って!? 確かあいつらも王子って言ってた……」
「いい、すべてはあなたが幼い頃に迷い込んだ、あの森から始まったのよ」
「待って、わたし迷子になった森のことは全く覚えていないの、施設にお母さんが迎えに来たことさえ、微かに覚えている程度だし」
「そうだよね、あなたまだ幼かったからね」
「あの森で野生のサルに噛まれて、正体不明のウイルスに感染して入院している間に、本当の両親が交通事故で亡くなったことと、私が退院後にウイルスの後遺症でこんな体になったことは、お母さんから聞いたわ」
「うん、でも本当はね、あなたを噛んだのはサルでは無くて、ブルタニア王国のアラン王子、ああ、わかりやすく言うとバンパイアの王子だよ!」
「えっ、バンパイアの王子、うそでしょ!」
「あのコウモリ男たちを見たろ、あいつらが王国と対立する反乱軍のクローン兵士だ」
「反乱軍のクローン兵士、でもなぜ私が王女なの?」
「実はあなたが入院したあと、アルベール国王の命令で、使者たちがあなたを助けるために病院に忍び込み、王子の血を輸血したの」
「王子の血、バンパイアの血を輸血したの、私に!!」
「それしかあなたを助ける方法がなかったのよ!」
「なんでバンパイアの血を私に、それでこんな体に……そのまま死なせてくれればよかったのに……」
「王子があなたを助けなければ、城から飛び降り死ぬといって国王に懇願したの、そして、将来のお妃としてあなたを向かい入れたいと」
「王子が、私をお妃に……」
「幼いなりに責任を感じたんだと思う、そんな王子も反乱軍の手に掛かり暗殺されたの」
「えっ、王子が暗殺、死んだの?」
「そう王子が暗殺され、国王が病に倒れ、王家の血を継ぐのは、あなただけとなったんだよ」
「なにを言ってるの、私は人間だよ! ……いまは半分だけど」
「半分だろうが何だろうが、あいつらには関係ないんだよ、とにかくあなたが邪魔なのさ」
「邪魔って……えっ、ちょっと待って、どうしてお母さんがそんなこと知っているの?」
「そうだね、本題はそこだよね……長い間あなたを偽っていて本当に申し訳なかったわ」
「なに、急に改まって、お母さんらしくないじゃない」
「その『お母さん』って呼ばれるのも実は心苦しいんだけどね」
「なんで、お母さんはお母さんでしょ、私を生んでいなくても、私を養女にしてくれて、ここまでちゃんと育ててくれた、立派なお母さんでしょ!」
涙声になるエリカ、それを聞いて言葉に詰まる富貴子。
「ごめんね、実は私、国王の命令であなたを監視していただけの存在なの」
「ええっ!」
驚き呆然となるエリカ。
「ごめんね、真実を話すことは禁じられていたの、それに私は王国の戦士、そして、人間じゃないの」
「なんで今そんなこと私に言うの、聞きたくなかった、そんなこと、聞きたくなかった」
カウンターテーブルから床に崩れ落ちるエリカ。
富貴子、慌ててエリカを抱き起そうとするが、その手を払いのけ、
「触らないで、全部国王の命令なんでしょ! これもそれもあれも、私のことなんか本当は心配していないんでしょ! 命令、命令、命令!」
「エリカ!」平手で頬を殴る。
エリカ、富貴子を睨みつけ、裏口から外へ走り出す。
「待ちなさい、エリカ!」後を追って店を飛び出す富貴子。
外は激しい雨、雨の中空を見上げ佇んでいるエリカ。
静かに後ろから抱きしめる富貴子。
「最初はね、任務で始めた母親役だったけど、あなたを育てているうちに、いつの間にかあなたが本当の娘に思えてきてね、任務なんかどうでも良いと思えるようになっていたの、あなたさえ幸せになってくれれば良いって」
エリカ向き直り富貴子を見つめ「お母さん!」
富貴子小さく頷き、エリカを抱きしめる。
二人の過去を洗い流すように激しい雨が降り注ぐ。
翌朝、昨日とはうって変わった晴天。
エリカの部屋の窓がガラガラっと開き、大きなクッションをパンパンと、はたく音がする。
「エリカ起きなさい、いつまで寝ているの、いい天気よ!」
「今日は学校休むし、もう少し寝かせて……それにケガ人だよ、私」
ヒーローにやられた地底怪獣のように、布団の中にもぐりこむエリカ。
それを見た富貴子は、持っていたクッションを必殺技のように投げつけ、
「こら、起きなさい、出かけるわよ!」布団を引きはがす、
「鬼!」とベッドの中央で惨めに縮こまるっているエリカ。
♢ ♢ ♢ ♢
アルベール国王の部屋、ベッドに寝ている国王と傍らに立つ側近エルベ。
「ラーダから連絡は入ったか?」
「はい、反乱軍の刺客から逃れて、エリカは無事との連絡が!」
「なら良い、ラーダに伝令を送れ、議会は彼女を王女として向かい入れることに決定した、彼女を連れて至急戻れと!」
「はっ!」
去っていく側近エルベ。
「アランが生きていれば……」
ブルタニア王国の国民は、人間に戻るために人の血を吸わずに人間のように生きようとして来た。しかしそれに不満を持ち王国の支配から逃れ、バンパイアとしての生き方を望む一族が反乱軍となり王国と対立していた。
つまり、彼らは人間を襲い、バンパイアとして生きることを望んだのだ。女王は王子を生んですぐに亡くなっており、国王が病に苦しむ中、王子の暗殺を企て王国の転覆を謀ったのだが、それに気づいた国王がエリカを王女として向かい入れることを議会に提案した。反対も多かったが、アラン王子を愛していた国民たちは、王子の望んだお妃でもあるエリカを王女として認めた。
♢ ♢ ♢ ♢
奥多摩山中、ひんやりとした空気―
『宅ネコ便』とロゴの入った二トントラックが山中に停まっている。
車から降りて来るエリカと富貴子。
「ここまで来ると、東京も空気がきれいね」
大きく深呼吸をするエリカ。富貴子頷き、
「そうね、あっ、傷の具合はどうだい?」
「それが朝起きたら、ウソみたいに治っているのよ」
「実はあの時、王国の特殊な傷薬を塗ったのよ」
「えっ、そうだったの、それで……あっ、それよりお母さん仕事は?」
「してない!」
「してないって、長距離トラックの仕事って、数日家を空けた時は?」
「王国に帰ってたの」
「騙された! じゃあこの車は?」
「あっこれ、これは……」
トラックの両サイドに貼られた『宅ネコ便』のシールを剥がし始める。
「えーっ!」
「これは王国が準備したものさ」
荷台のコンテナの扉を開けると中には宿泊設備と武器庫が装備してある。
「まるで秘密基地ね」
「さーて、そろそろ始めるわよ!」
トラックの武器庫から剣を二本取り出し、片方をエリカに渡す。
「えっ!」
「別に親子でハイキングに来たわけじゃないわよ」
「それは分かってるけどさ、少しくらい……」
エリカの言葉を無視して、
「さあ、かかってきなさい、王女さま!」
「むっ、王女じゃないから」
「じゃ、こちらから行くわよ!」
斬りかかって行く富貴子、「ちょっと待って」と慌てて剣でかわしながらも、すかさず反撃をするエリカ。二人の激しい剣の攻防、剣のぶつかり合う音が静かな森に響き渡る。
× × × ×
エリカの通っていた女子高校。
授業中、空席のエリカの席を心配そうに見つめる茜。
「エリカさん……」小さく呟く。
× × × ×
山々に日が翔り始めるころ、落ち葉を踏みしめる音がする、木立の中を向かい合い走るエリカと富貴子。
「あなたの弱点はその右側の体」
「弱点じゃない、本当の私だから!」
その瞬間、富貴子の剣が右腕をかすめる「うっ!」エリカの右腕から血がにじむ。
「弱点だって言ったろ!」
「痛てえな、てめーふざけんな!」
「いいねエリカ、スイッチ入ったかい?」
「弱点じゃねえって言ってんだろうが!」
と富貴子に斬りかかる。
本気になったエリカは強いが王国一の剣士富貴子には敵わず、ことごとくピンチになる。「ちくしょう!」エリカ左腕に剣を持ち変える、左目が赤く反応し左の牙がうずく。「うわー」と先程とは別人のスピードとパワーで富貴子に襲い掛かる。富貴子が今度は劣勢となり驚く。「強い、もしかしたら私より……」その瞬間、剣を弾かれ「あっ!」と体制を崩した富貴子の喉元に剣をあてがうエリカ―緊張。そして「ふっ」とエリカが息を抜いた瞬間に、富貴子はエリカの剣を掴みそのままエリカに足を掛けてすくい倒す、「わっ!」地面に倒れるエリカ。剣を奪われ逆に喉元に剣をあてがわれる。「油断禁物!」と手を差し出す富貴子、「はい!」と起き上がるエリカ。富貴子、微笑みながら「何か美味しいものでも食べて帰ろうかね」「賛成!」と大喜びのエリカ。
♢ ♢ ♢ ♢
険しい山の上にそびえ建つ反乱軍の城―ブラックキャッスル。
窓から外を眺めていた司令官ギルダが振り返り、
「五人も兵を送り込んでなぜ倒せぬ、たかが半分の小娘を」
「申し訳ありません、ラーダが助けに入り……」
「くそう、ラーダが小娘のボディガード役か! それなら鉄人剣士を送り込め、先ずラーダを倒すのだ、小娘はそのあとでも問題あるまい」
「ははっ、かしこまりました」
部下去って行く。
♢ ♢ ♢ ♢
深夜、道の駅の駐車場にポツンと停まっている富貴子のトラック。
荷台コンテナ内の二段ベッドで横になっている二人。
「あの学校にはもう戻れないね、学校には未練はないだろう」
「未練……」
(エリカの頭に『友達になってください』とお願いする茜の顔が浮かぶ)
「おや、寂しそうだね、珍しく友達でも出来たかい?」
「えっ!? ……」
「でも、この件が落ち着くまでは、新しい学校も無しだね」
「うん」
天井を見つめ静かに目を閉じるエリカ。
翌朝、 道の駅の駐車場。
ガチャッと助手席の扉を開け車から降りると、エリカの足元にミヤーと擦り寄る黒ネコ。「えっ、マリー!?」驚くエリカ「お母さん、連れて来てたの?」富貴子はマリーを抱き上げながら「マリーご苦労さん!」と首輪に付いたカプセルから手紙を取りだしマリーを下ろす。
「ご苦労さんて、まさかマリーも……!?」
「王国と私との連絡役をお願いしてるのよ」
「えーっ、また騙された!」と足元のマリーを抱き上げる。
手紙を見て急に富貴子の顔が険しくなる。
「お母さんどうしたの、なにが書いてあったの?」
「王国の議会は、あなたを王女として向かい入れることに決定したと」
「えっ、ちょっと待ってよ! 私の気持ちは、誰も王女になるとは言ってないわよ!」
「議会で決まったことだから!」
「議会なんか私に関係ないじゃない、勝手なこと言わないでよ!」
「私はあなたを王国に連れて帰らねばならないの」
「帰らねばならないって、あなたは私のお母さんでしょ、任務より私が大事じゃなかったの、私の幸せは、私の人生は!」
言葉を返せない富貴子、沈黙が続き、
「そうね、二人で逃げる、王国から」
「えっ、待って、あいつらだけじゃなく、王国からも追われることにならない!?」
「おそらくね」
「ダメよ、お母さんまで追われることになる」
「覚悟は出来てるよ!」
その言葉を聞き下を向き考え込むエリカ。突然顔を上げ、
「お母さん、私ブルタニアに行くわ!」
「えっ!」
「でも勘違いしないで、私は断りに行くの、国王様にお願いするの、それなら、お母さんには迷惑かからないでしょう」
「それは、そうだけど……」
「はい、決まり、そう決まったら早く行きましょう。私、国王様に会いたくなっちゃった」
マリーを抱き上げ助手席に乗り込むエリカ、困惑の表情の富貴子、運転席に乗り込みトラックを走らせる。紅葉が色づく山道を走るトラック、トンネルに入りライトを点灯させる。
「お母さん、このトンネルこんなに長かったっけ?」
「しまった! バトルゾーンよ!」
「えっ!」
その時、トラックの前方にヘッドライトに照らしだされる一体の人影。
鉄人剣士が道路の真ん中に仁王立ちしていた。
驚くエリカ、
「なに、中世の騎士!」
「エリカ掴まって!」
富貴子、アクセルを踏み込みスピードを上げる。そのトラックに向かい走り出す鉄人剣士、そのままジャンプして剣を富貴子めがけて突いてくる。フロントガラスを突き破り富貴子の顔をかすめ運転席の壁に突き刺さる。運転席に剣を突いた状態の鉄人剣士を乗せたまま激走するトラック、フロントガラス越しに睨み合う富貴子と鉄人剣士、兜から覗く鉄人剣士の鋭い目。
富貴子、急ブレーキを踏む、そのまま前方へ飛ばされる鉄人剣士。しかし空中で後方に回転し着地、それを見た富貴子再びアクセルを吹かし鉄人剣士に迫るが、鉄人剣士スッと左にかわして、トラックの右前輪を切り裂く。右のタイヤがバーストしてトラックは大きくバランスを崩し横に一回転する。ボンネットからシューと白い煙が上がり、フロントガラスは完全に砕け、大きく左右に揺れる運転席。
「エリカ大丈夫かい!?」
「大丈夫、お母さんは?」
「大丈夫、エリカ、もし私に何かあったらマリーと王国へ行きなさい!」
「なに言ってるの、一緒にしか行かないから!」
二人運転席後ろの扉を開けコンテナの武器庫から剣を掴み外へ飛び出す、その二人めがけて向かって来る鉄人剣士。
「あなたは見てなさい!」
「えっ!?」
エリカを残し剣を抜き鉄人剣士に向かい走り出す富貴子。ガシッと激しい二人の剣のぶつかり合い、高速で剣を交える二人互角の戦い。しかしパワーでまさる鉄人剣士が徐々に攻め込んでくる、剣でかわし身を守るのが精一杯の富貴子。
「人間界に居過ぎて腕が鈍ったか、それとも本当の人間になっちまったか?」
「黙れ!人間を甘く見るな!」
と攻め込むがかわされ、返す剣を弾かれ脇腹を鉄人剣士に斬られる。
「うっ!」そのまま左肩を斬られ、一瞬動きが止まる富貴子。そこへとどめとばかりに飛び上がり剣を振り下ろす鉄人剣士。ガキンと剣がまじわる鈍い音、エリカが鉄人剣士の剣を跳ね上げた。弾かれバランスを崩す鉄人剣士、体制を整えながら、助けに入ったエリカに、
「おおっと、半分野郎の登場か!」
富貴子を抱き抱えるエリカ、剣を向け鉄人剣士を牽制しながら、
「大丈夫、お母さん!」
鉄人剣士がチャンスと再び斬りかかろうとした瞬間、バトルゾーンの亜空間の闇が小さく光り、その中から黒豹が牙をむき鉄人剣士に襲い掛かった。鉄人剣士驚きかわすのが精一杯、黒豹は離れて着地し身構えると、同じ亜空間の闇から無数の矢が鉄人剣士に向かい飛んでくる、剣で弾き返す鉄人剣士。そのあとを追うように「わーっ」と叫び声と共に数十人の王国兵士がなだれ込み、再び弓を引き構える。
「くそう邪魔者どもめ!」
鉄人剣士、マントを翻し亜空間へ消える。
鉄人剣士の消えた亜空間へ無数の矢が吸い込まれる様に消えて行く。
「姫、ご無事で!」
エリカに駆け寄る兵士たち。
「えっ!? あっ、はい! あっ、お母さんが、お母さんが!」
意識を失いかけている富貴子を兵士たちにゆだねる。
富貴子に応急処置を施す兵士、心配するエリカの体にドンとすり寄る黒豹。
「えっ、まさかあなたマリー!? そう! あなたが助けを呼んでくれたのね、ありがとう!」
黒豹の顔を撫で回す。ゴロゴロと喉を鳴らし喜ぶ黒豹マリー。
「姫、急いで城へ戻りましょう!」
「はい!」
もとの亜空間へ兵士たちと消えて行く。
♢ ♢ ♢ ♢
ブルタニア王国―中世ヨーロッパの街並みに風力発電の風車が建ち並び、その下を馬車が走る不思議な都市空間。この国は人間界の近代文明の影響をほとんど受けることなく、独自の繁栄を続けて来たのだ。
国王の城―ホワイトキャッスルでアルベール国王と面会しているエリカ。
「君がエリカ?」
「はい」
「わざわざ遠いところまで、それも急に呼び出して悪かったね」
(思わぬ優しい言葉に戸惑うエリカ)
「ラーダ、いやお母さんは大丈夫か?」
「はい大丈夫です、いま手当を受けさせていただいています」
「そうか、それは良かった」
「ありがとうございます」
「エリカ、もう少し前に」
「はい、でも、私……お断りに来たのです!」
「まあいい、まず私の話を聞いてくれるかね」
エリカ頷く。
「そもそも我が国は中世ヨーロッパの小国であった。我々も元は普通の人間だったんじゃ」
「えっ、普通の人間!?」
「ああ、しかしある村から始まった謎のバンパイアウイルスが広がり、やがて我々すべてがバンパイアとなってしまった」
アルベール国王はすべてをエリカに伝えた―
ブルタニア王国のバンパイアウイルスの広がりを恐れた隣国のセルゲルが、大軍を引き連れブルタニア王国を焼き尽くしに来た。国王たちは戦火の中、生き残ったものたちを連れ小さな村へ逃げ込んだ。そして追手が迫る中、村の伝説に伝わる「時空の湖」まで逃れたのだった。迫りくる敵の大群、皆は奇跡を信じ湖に飛び込んだ。セルゲル軍は国王らが諦め身を投げたと信じて戻っていったのだった。しかし、そこは本当に亜空間への入口であり、国王はこの亜空間にバンパイアだけの新しい国、ブルタニア王国を作り上げた。
しかし、人間の血を吸わなければ生きていけない体になっていた国民たちは、お互いに殺し合いを始めた。国王は、みんなのために仕方なく亜空間から人間界へ抜ける秘密の亜空間トンネルを築き、そこから兵士を送り込み、多くの幼い人間の子供をさらい育て、人間牧場を作り上げたことを伝えた。
「ひどい、人間は家畜じゃないわ!」
「そう、人間は家畜ではない、我々は再び人間として生きるために努力を続けた、家畜を育て畑を耕し人間牧場の人たちも全て解放すると決めたのじゃ。そんな中、私はその中にいた美しい人間の女性に恋をした、そして生まれたのがアランだ!」
「えっ、王子は人間とのハーフなの!」
「ああ、これはアランと私しか知らぬ真実だが君にも伝えておく、私は彼女が人間であることを隠し王国に迎い入れたのだが、彼女はアランを産み落とすとすぐに亡くなってしまった。私は悲しみにくれた、そして彼女の面影を残すアランの成長だけが生きがとなった。だがその生きがいも私は失ってしまった……そして永遠に生きられるはずの我々だったが、人間と同じ生活を続けた結果、我々の寿命も短くなり、私は病ではなく人間のように寿命を迎えようとしているのだ」
「国王様……」
「自らが選んだ道だ、心配はいらんよ、しかし私に残された時間はあとわずかだ、だから私は君を呼んだ、幼いアランが君を噛んだ時に、彼の体の中にある人間の心が君を半分だけ人間に留めたのかもしれないね、君にとっては意味のなかったこと、いや、かえって君を苦しめる結果となってしまったのかもしれないね」
「……だから、だから私をもとの人間に戻してください、あなたのお力で」
「すまない、我々でも君を人間に戻すことは出来ない、しかし、考えて見てはどうかね、この美しい国の女王として生きることを」
「いやです、こんな体でも私は人間です!」
「君は母親を捨てて人間の世界に戻るというのかね」
「それは……」
「アランがいない今、反乱軍がいつ迫り来るかもわからぬ、一刻も早く国の体制を整えなければならないのだ。新しい王女を迎えて兵士たちの士気を高め、一願となって戦わねばこの国が滅びてしまうのじゃ、幼い子たちを再びバンパイアにしてはならない、人間としての人生を築いてあげたいのだ!」
「待って下さい国王様、アラン王子は生きています!」
「そんな気休めの言葉はいらんよ」
「いえ、本当です、この国に来てから王子を感じるのです、この私の半分の体が、必ず王子は生きています」
「ホントかね!?」
「国王様、兵士を貸していただけますか、私アラン王子を見つけ出して見せます、必ず!」
「その言葉信じるぞ、うそは無いな」
「はい!」
国王頷き、側近エルベを呼び指示を出す。
ホワイトキャッスル内の小部屋。
治療を終えベッドで眠っている富貴子。
扉が静かに開く、甲冑を身にまとったエリカが入ってくる。
「お母さん、行ってくるね」
富貴子にそう伝えると静かに部屋を後にする。
城門が開き数頭の馬に乗った兵士たちが駆け出してくる。先頭の馬に乗っているエリカ、町を抜け小高い丘の上に停まる。エリカはアラン王子を感じる森を指さし駆け出す、一斉に後を追い走り出す兵士たちの馬の群れ。
ホワイトキャッスル城壁にある見張り小屋。
無数のコウモリ兵が城に向かって飛んでくるのが見える。
「敵だ、敵襲だ!」
見張りの兵士が合図を送る。王座にすわっていた国王と傍らにいた側近エルベに知らせが届く、
「ついに来たか!」
「国王様いかがなさいますか?」
「エリカと王子が戻るまで、我々だけで何としても城を守るのだ!」
「はっ!」
王子を感じる森へ着いたエリカと兵士たち、馬を下り武器を手に森の中へ入って行く。
「この先です、王子を強く感じます」
エリカが兵士に告げると、兵士たち剣を抜きさらに進む。
森は奥に進むほど暗くなっていく。「うわっ!」突然、エリカの後から悲鳴が聞こえる。後方を守っていた兵士がコウモリ兵に襲われたのだ。声に驚きエリカを守るように囲み、身構える兵士たち。エリカ森を見上げ「上!」と叫ぶ、森の木の上に潜んでいた無数のコウモリ兵たちが一斉に兵士たちに襲い掛かる、次々と倒されて行く王国兵士たち、エリカはコウモリ兵を切り裂いて行くが再生してきりがない。そして徐々に崖の方へ追い詰められて行く。
「クローン兵……どこかに本体がいるはず」
と頭を過ぎった瞬間、コウモリ兵の撃ったボウガンの矢がエリカの左肩に刺さる「うっ!」後づさるエリカの足元の崖が崩れ谷底へ落ちて行く。エリカの後を追い谷底へ飛んで行く数体のコウモリ兵たち、エリカが激流にのまれるのを見て戻って行く。
× × × ×
暗い空間、水の滴る音。気を失って倒れているエリカが目を覚ます。左肩に刺さった矢を抜き取る「うっ」傷口は見る見るうちに再生する。あたりの肌寒い空気「ここはどこ?」はるか遠くに明かりの差す空間が見え、そこへ向かい歩き始めるエリカ。
暫く歩くとうつぶせに倒れている男を発見する。エリカ近づき倒れている男の顔を覗き込む、エリカその顔を見て忘れていたあの日の記憶が蘇る。「王子……」しかし死人のような血の気のない顔、エリカは王子に顔を近づけ呼吸を確認する、微かに呼吸が感じられる。王子を揺り起こすが反応もなく意識を取り戻さない。『ボク血がいいの』幼い王子のあの時の言葉が頭に浮かぶ、エリカ持っていた剣で左手の小指を切る。滴り落ちる血を王子の唇の上に垂らすと「うううっ」と王子が反応する。
目を開ける王子、しかし、もうろうとした意識の中で、エリカの顔が幼い日のあの女の子の顔に見え「あっ!」王子は慌ててエリカの手を両手で掴み小指に噛みつき血を吸い始める。「うっ!」一瞬驚くエリカ、しかし王子の顔に血の気が戻り始め安心する。
血を吸い意識が戻った王子、目の前に突然エリカの顔が見え、驚き手を放し、そのまま地面を転がりエリカから離れて起き上がろうとするが、体が言うことを聞かない。
「王子、動かないで!」
その声に起こしかけた上半身を静かに下ろし、再び仰向けに戻る王子。
エリカゆっくりと近づき王子の顔を覗き込む、暫く黙って見つめ合う二人。
「もしかしてキミはあの時の女の子、エリカ!?」
エリカはっきりと頷く。
「え、どうしてキミがここに!? ボクはまたキミの血を吸ったの?」
「ええ、王子が死にそうだったから」
「ボクたちはもう人の血は吸わないんだ! あっ、ごめん、ありがとう」
「いえ、他に手段が……」
「そして……キミに会いたかった……ずっと」
「えっ!?」
一瞬目をそらし戸惑うエリカ、再び王子を見つめ、
「それより王子、なぜこんなところに!」
「それが、森で狩りをしていたら突然、反乱軍に襲われて、戦っているうちに足を滑らせ谷底へ、気づいたらこの亜空間の谷間に流されていたんだ」
「私と同じ、とにかく早くお城に戻りましょう!」
急に背を向け黙り込む王子。
「どうしたのですか王子、何かあったのですか?」
「オレ実は戻りたく無いんだ戦いには、オレのこの体はみんなと違って再生しないんだ、そのことを知ってから怖いんだ戦うのが、オレはバンパイアと人間のハーフなんだ、どちらの世界でも生きて行けやしないんだ、なんでこんな体に産んだんだ、このオレを!」
泣き始める。
「甘えるのもいい加減にしろ!」
天井から垂れている水を手のひらに受け、顔のメイクを落とすエリカ。
「私の顔を見なさい!」
エリカの顔を見て驚く王子。
「えっ! ……ボクのせいで……!?」
「私はこの顔で生きて来たのよ、この瞬間まで!」
「あの時、ボクを助けたせいで……ボクは……キミの人生を……」
「あなたを恨んではいないは、これが私の人生だから、でも、こんな弱虫を助けるために、こんな体になったと思うと、私、私……」
両拳を握りしめ震え、悔しさでエリカの瞳から涙がこぼれ始める。
王子その姿を見て立ち上がり、エリカの両腕を優しく掴み。
「ごめん、ボクが間違っていた、逃げちゃダメなんだよね、どんな時も前に進まなければいけないんだ、何があっても!」
「そうよ、国民は強い王子を待っているの、反乱軍を倒しこの国に平和を取り戻す」
二人顔を見つめ合う。
「よし行こう!」
「はい!」
王子はエリカの手を取り亜空間を走り続ける。光の差す彼方へ―
× × × ×
ホワイトキャッスルでは、コウモリ兵の空中からのボウガン攻撃で攻め込まれている王国兵士たち、ついに城の中までコウモリ兵が侵入し始める。
王座に座る国王に、側近エルベが慌てて、
「国王様もう時間の問題です、一旦城をあけ渡して非難しましょう!」
「もう逃げることはしない、城を守るのだ、エリカを信じて待とう」
「しかし……」
その時、国王の部屋の扉が破壊されコウモリ兵たちが侵入してくる。
側近エルベが国王の前に立ちふさがり「貴様ら無礼だぞ、国王様に跪け!」無数のボウガンの矢が側近エルベの体に刺さり倒れる。国王慌てて抱き抱えるが床に崩れ落ちる側近エルベ。
「卑怯だぞ、武器も持たぬ相手を!」
ボウガンを国王に向けながら迫るコウモリ兵たち。
「わしが死んでも王子がこの国を継ぎ、立派な国王となる!」
「じじい頭もぼけたか、王子はすでに死んでいる」
「大好きな王子の待つ、あの世に送り届けてやる!」
とボウガンの引き金を引こうとした瞬間、
「王子はここにいるぞ!」と部屋の入口に立つコウモリ兵たちを切り裂き王子が入ってくる。「アラン!」国王が叫ぶ、慌てて国王に向けてボウガンを発射しようとするコウモリ兵たち「うっ!」と目を閉じる国王の前に倒れ込むコウモリ兵たち、目を開けた国王「エリカ!」と叫ぶ、ニコリと微笑むエリカ、エリカがボウガンを持つコウモリ兵たちを切り裂いていた。
エリカは残りのコウモリ兵たちも王子と二人で切り裂いていく。しかし再び再生するコウモリ兵たちに「くそ―、これではきりがない!」王子が叫ぶ、エリカ部屋の天井に潜む一体のコウモリ兵を見つけ、ボウガンを奪い取り発射する「グエー!」と命中し天井から落ちて来るコウモリ兵。
「王子、そいつがクローンの本体です」「わかった!」と矢が刺さったまま立ち上がったコウモリ兵を切り裂く。「グエー!」と倒れ込み消滅していくコウモリ兵の本体。再生し始めていたコウモリ兵たちが消滅していく。
王子は駆け付けた兵士たちに国王を任せると城の窓から下をのぞき、苦戦している兵士たちを助けに飛び降りる。「王子!」追ってエリカも窓から飛び降りる。次々とコウモリ兵を切り裂き兵士の助けに入る王子とエリカ、コウモリ兵たちは再生出来ずに次々と消滅して行く。
その戦いのさなか、突然、気を失い崩れ落ちるエリカ、驚く王子「エリカ!」倒れたエリカを襲おうとするコウモリ兵たちを切り裂き、エリカを抱き起こし静かに兜を外す。エリカの乱れた髪をかき分け驚く、エリカの左側の顔が右側と同じ本来のエリカの顔に戻っていた。
「エリカ!」その声に反応して「わたしは……あっ!」慌てて傍らの剣を掴み立ち上がろうとするが、王子、その剣を持つ腕を優しく掴む。「えっ!」と驚くエリカに王子は首を小さく横に振り微笑む。二人に気づいた兵士たち「王子と王女を守れ!」と駆け寄って来る。兵士にエリカを任せ王子は戦いへ「ウワー!」と声を上げ敵に向かう。王子の気迫に他の兵士たちも勢いを増し一斉に反乱軍を撃破して行く。
わずかに残ったコウモリ兵たちは、自らが再生出来ないことに気づき空へ逃げ帰る。城内に残った兵士たちは、傷ついた仲間たちの手当てを始める。王子は兵士たちにねぎらいの言葉をかけながらエリカを探す。王子に気づき駆け寄るエリカ、「王子ご無事で!」頷く王子。
「私、急に力が抜けてしまって」
王子はエリカの両肩を掴み、
「エリカ、キミは人間に戻ったんだ!」
「えっ!?」驚き自分の顔を手で触りながら近くの井戸を覗き込む、そこに映る本来のエリカの優しい顔、しばらくじっと水面に映る自分の顔を見つめ、そのまま井戸を背に寄り掛かるように崩れ落ちるエリカ。エリカの目から溢れる涙が止まらない。
「おそらく、あの亜空間でボクがもう一度キミの血を吸ったことで、今度はボクの中にある人間の血が、キミの体に影響を与えたんだと思う」
「……ありがとう王子」
王子に抱きつくエリカ。
「さあ、ボクはこれから逃げた反乱軍を追って行く、キミはここでボクの帰りを待っていてくれ」
「いえ、私も行きます!」
「人間に戻ったキミには、もう戦いは無理だ!」
「私もこの国のために最後まで戦わせて下さい!」
「……分かった、行こう!」
二人馬に乗り走り出し、反乱軍のブラックキャッスルに攻め込む。
城内の生き残った反乱軍の兵士とコウモリ兵たちを次々と倒して行く王子、そしてついに反乱軍の司令官ギルダを追い詰める。
「お前の野望もこれで終わりだな!」
すると柱の陰から鉄人剣士が現れる。
「王子、お久しぶりです」
「貴様か!」
「そいつは私に任せな!」
二人が振り返ると、そこには復活した富貴子が立っていた。
「お母さん!」
エリカに駆け寄り、
「ごめんね、遅くなって」
「ラーダ!」
「王子、こいつは私に」
「頼んだぞ!」
「はい!」
富貴子、すぐさま鉄人剣士との距離を詰める。
「人間なんぞに成ろうとするから再生が遅くなるんだよ!」
鉄人剣士が言い放ち富貴子に斬りかかる、再び二人のバトルが始まる。
王子とエリカは司令官ギルダに迫る。
ギルダ、薄笑いを浮かべ静かに話し始める。
「なあ聞かせてくれ、お前らはなぜ人間に戻ろうとするのだ、あの愚かな人間に、魔力も使えず100年やっと生きらるような生命力で何ができる。我々はバンパイアウイルスのおかげで永遠の命を手に入れた、なぜ人間へのあこがれを捨て、もっと高貴なバンパイアに成ろうとせんのだ!」
「黙れ、所詮バンパイアはバンパイアだ! 罪も無い人たちを襲い、その血を吸って手に入れた永遠の命、そんな命に価値は無い!」
「ほざくな、永遠を持たぬお前らに、永遠の素晴らしさが分かるものか!」
「分かるとも、人間にはお前らが失った愛という永遠の力がある!」
「笑わせるな小僧、どうやら我々は分かり合えないようだな」
ゆっくりと剣を抜き、稲妻のように王子に斬りかかる、王子素早く剣で弾きかえし、エリカを安全な場所へ遠ざける。一方、城内の廊下で戦っている鉄人剣士と富貴子、再び互角の戦いだが、今回はパワーでも負けていない富貴子が優勢に戦いを進めている。しかし王子は、まだ体力の衰えたままで思うように戦えない。「さっきの威勢はどうした、足元もおぼつかない様だが王子さま」と余裕で攻め続けるギルダ。油断したギルダに王子が捨て身の一撃で胴を切り裂くが、あっという間に再生してしまう。「くそ―!」大きく肩で呼吸をし始める王子、ギルダに斬られた傷から血が流れだしている。
「痛いか、再生できぬ貴様に俺を倒すことは出来ぬ!」
と再び王子に斬りかかる。エリカ、二人の戦いを見て何かに気づき、
「王子、奴を二本の剣で斬って、再生できないはず!」
エリカ、剣を王子に投げ渡す。
王子は剣を受け取り両手に持ちギルダに斬りかかる。反撃するギルダの剣をギリギリでかわし、ダブルソードで司令官ギルダを切り裂く「グワー!」と二枚の刃がギルダの体を引き裂く。
「馬鹿め、私は不死身だ、何度やっても同じだ!」
「ダメか!」
力尽き片膝を付き倒れ込む王子。
しかしギルダの体が徐々に消滅し始める。
「うっ、なぜだ、なぜ再生できぬ!? バカな、バカな―!」
もがきながら倒れ込む司令官ギルダ消滅していく。
そこへなだれ込んでくる富貴子と鉄人剣士。
王子が叫ぶ「ラーダ、ダブルソードだ!」富貴子頷き、王子と左右に分かれ鉄人剣士の体を斬り裂く。「グウェー!」鉄人剣士もがきながら消滅する。
エリカは王子と富貴子に駆け寄り「やったー!」と抱き合う。
「エリカ、なぜ分かったの、二枚刃で斬ると再生しないって」
「えっ、二枚刃攻撃は、スケバンの知恵よ!」
自慢げにエリカ。
「えっ、スケバン!?」
「あっ、いえ、王子忘れて下さい、今の言葉!」
真っ赤な顔になるエリカ、横で笑いをこらえている富貴子。
× × × ×
数日後、反乱軍を倒し平和が戻った王国。人間界へ繋がる亜空間トンネルのある洞窟の入口に立つ国王と王子、その前にエリカと富貴子がいる。傍らで静かに見守っている兵士たちと包帯だらけの側近エルベ。
「エリカが人間に戻ってしまったら、ボクにキミをお妃にする権利もなくなってしまった」
微笑む王子。
「王子……」
「エリカ、これでお別れよ」
「お母さん!」
「あなたは人間に戻れたのだから、元の世界へ戻りなさい!」
「いやよ、お母さんが居なければ、人間の世界に戻っても私一人っきり」
「そうじゃないは、あなたの本当のご両親は生きているのよ」
「えっ!?」
「騙してばかりでごめんなさいね」
「……本当のお父さんとお母さん!?」
「あなたを娘として受け入れてもらえるように、私がご両親とお話しするわ、良いでしょ」
「……良いよ、しなくて良いよ、そんな事!」
「あなたの本当のお父さんとお母さんよ!」
「本当も嘘もないから、私のお母さんは一人だけだもん!」
富貴子に抱き着くエリカ、別れを前に頭の中には、子供の頃の思い出が走馬灯のように蘇る。いじめられて泣いて帰ってくる幼いエリカの頭をなで慰めている富貴子。不良たちに絡まれて、ケンカに負けて帰ってくる中学生のエリカに、夜の公園でケンカのやり方を教えている富貴子、沢山の想い出、エリカの目からは涙が溢れ出す。しかし、富貴子は抱き着くエリカを引き離し、
「エリカ、これから、あなたの人生を取り戻しなさい!」
下を向いたまま首を何度も振るエリカ。
国王が椅子から立ち上がり、
「我々はこの亜空間トンネルを閉じ、これからは人間界への干渉を辞めることにする、二度と母には会えんぞ、お母さんのためにも、この国の王女とならないか?」
エリカゆっくりと顔を上げ、涙をぬぐい、
「国王様、もう少し私に時間を頂けませんか?」
「時間?」
「私はまだまだ未熟です、もっと沢山の人と出会って、もっと沢山の事を学んで、自分に自信をつけたいのです。それから、それから今度は真面目に学校へ行き勉強もします!」
「……スケバン!?」王子が呟く。
国王、少し考えて、
「良い考えじゃエリカ! この亜空間トンネルは暫く開けたままにしておく、母と一緒に戻るが良い」
「本当ですか!」
「国王様!」
エリカと富貴子驚く。
「ありがとうございます、国王様!」
エリカお辞儀をして、笑顔で富貴子と抱き合う。
「わしももう少し長生きせねば、それから、王子もエリカに負けぬよう成長せんとな!」
「はい!」
笑顔で答える王子、兵士たちから拍手と歓声が上がる。
♢ ♢ ♢ ♢
桜が咲き始める頃ーエリカの通っていた女子校の放課後、校門から出て来る茜。いつもの様に一人寂しく駅前商店街を歩いていると、商店街の柱の影から一人の女性が出て来る。
「茜、元気!」
「えっ!? ……はい、あの、どなたですか?」
「私よ、エリカ!」
「えっ、エリカさん!? えーどうしたんですか、急に居なくなったと思ったら、アイドル見たいに可愛くなって!」
長い黒髪をポニーテールにまとめ、青いブレザーの制服に白いハイソックス姿のエリカ。
茜はエリカの周りをグルグル回り始める。
「そんなにジロジロ見ないで、恥ずかしいから」
「ほんとにエリカさん!? スケバンは辞めたんですか?」
「えっ、スケバン……辞めたと言うか、それは色々と複雑で……」
「でも私、今のエリカさんも好きです!」
「あ、ありがとう、それで私、隣町の高校に転校したの」
「えっ、そうなんですか? じゃまた一緒できますね」
「うん」
「じゃ今度、私の推しのコンサートがあるから一緒に行きましょう!」
「推しってなあに?」
「エリカさん推し知らないの?」
「うん、スケバンやってたから」
「あー、ダメダメ私が最初から教えます、まずね……」
二人は普通の女子高生の普通の会話を普通にしながら歩いて行く。
暖かい春の日差しが二人を包み込む。
—エリカの青春は、今ここから始まる。
短編として書き始めた作品ですが、いざ書き終わるとエリカとのお別れが淋しくなり、長編にすることにしました。(笑)
「人間に戻ったはずのエリカだったが、実は・・・」的な感じで、第二章として考えています。これから書き始めますので暫く時間がかかりますが、楽しみに待っていて下さる方がいらっしゃれば幸せです。