怪盗団は永遠に
「無理だ」
この私がこんな控えめに頼んでいるというのに断りやがって。「地獄に落ちろ」と言いたいところだけど、まだ早いか。言い訳だけは聞いてからだな。
「ど、どうして?」
「私のレシピは一子相伝なんだ」
ああ、そういうことか。だけど、私はそんないわゆる企業秘密を知りたいわけではない。オーソドックスなフランスの家庭料理を教えてくれればいいだけなんだぞ。ネットで調べれば済むのは分かっているが、せっかくだから、星を一つ持っている料理長に聞いてやろうと思っただけだ。お前を立てたつもりだけど。調子に乗せて食材を提供してもらおうとは考えているがな。ささやかなゴマすりって必要だから。
「あっ、別にあなたの料理ではなく、一般的な家庭料理を教えてもらえれば」
「私は一般的な家庭料理の作り方を知らない。それに、仕入れた食材を、お前のようなバカ面の初老の日本人に扱わせたくない。私はプライドが高いからな」
な、なんだとー! こうなったら、力づくで……。いや、だめだ、こんな奴でも悪人ではない。性格が悪いだけだもんな。仕方がないから、他のシェフを当たるか。副料理長とかいないのだろうか。一緒になって料理長の悪口を言ってあげたら、料理長ほどの権限はなくても、少しくらいなら喜んで融通してくれるかもしれない。鬱憤が溜まっているヒラ料理人となれば、料理を作ってくれるまであるぞ。それでも、私より上手だろうし。と見渡しても、他に誰もいないな。まさか、こいつ一人で切り盛りしてるとは思わないが。
「あのー、他の人はいないのですか?」
「お前、まさか、他の奴に頼もうと思ったのか?」
「い、いえ、ままままさか」
「ふんっ、まあいい。教えてやろう。戒厳令が出たから自宅待機だ。ハハハハハハハハ」
「……」
こ、こいつ。待てよ。じゃあ、宿泊者の料理は誰が作るんだ? こいつは両手をケガしている。そして他に料理人がいない。ヒヒヒ。
「実は、私は日本一の天才板前なんです。そんな私とあなたの二人でコラボすれば、これまでにない素晴らしい料理が完成しますよ。おそらくですけど、星の数は増えるでしょうね。あの壊れた星のオブジェが数も増えて新しくなって戻ってくるんですよ。聞くところによると、もう何年も星は一つから増えていないそうじゃないですか」
「うっ……」
おおー。ハッタリついでにかましてみたが、図星のようだぞ。これは形勢逆転か。頼むからキレるのだけはやめておくれ。じっくり話し合おう。もう一押ししてみるか。
「私たち以外にも宿泊者は大勢いるんですよね? その人たちの分も、私が作ってあげますよ。この天才板前が」
「そこまで言うなら、私の家に代々受け継がれている一子相伝のレシピを教えてあげようじゃないか。もちろん食材だって好きなように使わせてやる」
一子相伝って大したことがないんだな。星の方が大事とは。こんな奴が本当に実力で星を取れたのだろうか。取れたのだろう。昨日食べた料理は星一つに値したからな。おそらくだけど、レシピがあれば、どんなバカでも最高の料理を作れるのだろう。だからこその一子相伝なのだ。
そのレシピさえあれば、私のような素人でも間違いなく最高の料理を作れる。だけど、星は増えないだろう。星を増やすためには裏技が必要だな。裏技は……後で私の部下たちに相談してやるか。より美味しい料理を得るためなら、強欲ぶりを遺憾なく発揮してそこそこのアイデアを提供してくれるはずだ。
「ありがとうございます。星が増えるといいですね」
「増えるといいですね、じゃないだろ。もし増えなかったら、分かってるだろうな?」
「ああ、分かってる」と、私は即答してしまった。ついついだ。もし期待に添えなかったなら、どんな恐ろしい罰則が待っているのだろうか。まさか、阿部君と明智君とトラゾウを一生安月給でこき使うのだろうか。そ、それは困る。
トラゾウを故郷まで送るのが、白シカ組か白イノシシ会のどちらか忘れたが、約束だったのだ。私は律儀だから、悪党相手だからって蔑ろにはしない。奴らから大金を奪っておいて、提示された交換条件を達成できなかったのなら仕返しがあるかも……なんてこれっぽっちも思っていない。何より、トラゾウ本人が故郷に帰りたがっているのだから、その願いを叶えてあげるのが、世界中のチビっ子のヒーローである私の使命なのだ。トラゾウは、なりは大きくても子供だからな。
万が一、星が増えなかったなら、その原因がこの料理長にあったとしても、ひとまず阿部君と明智君とトラゾウを差し出そう。そしてすぐに、お涙頂戴の名芝居を私が披露すれば、トラゾウだけは解放してくれるに違いない。
交渉は大成功に終わり、私は阿部君と明智君とトラゾウが待つスイートルームに戻った。可能性は限りなくゼロに近いが、まずは阿部君に聞いてみるか。
「阿部君、料理はできるのかい?」と聞いてもいないのに、「できません」と阿部君は力強く宣言した。時間を無駄にせずに済んだようだ。それに、分かっていたことなので、全く落ち込まない。
もう一つ、無意味な質問をしないとな。どうせ「分かりません」と答えるのが目に見えていても、確認しておかないと前に進めないのだ。
「阿部君、私が日本一の天才板前になる方法を知ってるかい?」
「はい」
「……」
嫌な予感しかないが、もう後には引けない。阿部君のアイデアは大体分かっているし。だけど、それを下手に聞くと、私は自暴自棄になって一人で逃げ出すまである。なので、私は早速、料理に取り掛かかることにした。自分で自分を追い込んだのだ。予想通り、私の背後に私の部下たちが勢ぞろいしていた。阿部君は酔っぱらって包丁を私に向けている。明智君は笑顔で鋭い牙を私に見せている。トラゾウは私の自己犠牲的精神に感動しているのか涙目だ。例えるなら、ムチとムチとアメだな。アメが1個足りないような……料理に集中しよう。
料理長はレシピだけを残して、行方知れずとなっていた。私に気を使わせないためだと信じる努力だけはしておこう。例えホテル内の娯楽施設で遊んでいたとしてもだ。遊んでいるとは限りないが、戒厳令下の軟禁状態では他にする事なんてないからな。そういえば、手をケガしていたか。それでも、ゆっくりと皿洗いとか食材の下ごしらえくらいなら別室でできるが……いや、あの料理長の事は忘れよう。それが、このレシピの料理よりも美味しい料理を作る近道だ。
そして、私はやり遂げた。嘘でも感謝だけは伝えておくか。後で反省会の材料にされたら、いよいよ胃潰瘍になってしまうからな。
「阿部君、明智君、トラゾウ、君たちのおかげで最高の料理ができた。食べてごらん」
作る過程を見ていたからか、私に毒味もさせず、私を後押ししてくれた私の部下たちは、一目散に食べ始めた。私も一緒に食べたかったが、私には大勢の期待に応える義務がある。そう、宿泊者全員の分を作らないといけないのだ。ささやかなイタズラとして、料理長には完成を告げずにおこう。お腹が空いたなら自分で作りやがれ、なんて微塵も思っていない。武士の情けで私のレシピを提供してやる。
宿泊者全員の分のフルコースを作り終えたところで、阿部君と明智君とトラゾウは食べ終えた。表情から満足してくれているのが分かる。料理人冥利に尽きる……違う違う、私は怪盗を引退しないぞ。死ぬまで怪盗を続けるだろう。怪盗以外の仕事なんて……。
「リーダー、美味しかったです。私の酔いが覚めるほどに」
阿部君なりの最高の褒め言葉だろう。なにせ正直者だからな。
「ありがとう。余韻に浸りたいだろうけど、再度手伝ってくれないかい?」
「ああ、いいですよ」「ワンワン」「ガオッ」
料理を作る事を、頼むつもりも期待もしていない。1日3食同じ料理なんて出せないから、まだまだレシピを考えないといけないのだ。戒厳令がいつ解かれるか分からないので、さらに一週間分くらいはあった方がいい。単純に21コースだな、うん。……。やっぱり、とりあえず、3日分にしようか。戒厳令が3日で解かれるかもしれないからな、うん。
部下たちが待っているので、早速取り掛かろう。なんか癪な部分もあるけれど、私は追い込まれて初めて素晴らしい料理を作れるから、手伝ってもらうしかない。怪盗のミッションなら私一人で鼻歌交じりで完遂だがな。料理はどちらかと言えば不得手分野だから、補助が必要なのだ。
3日分のレシピは、あっという間に完成した。そこからが長かったが。私一人で宿泊者全員分を毎度毎度作らなければならなかったからだ。嬉しい誤算もあった。なんと、阿部君と明智君とトラゾウが、後片付けを手伝ってくれたのだ。言い出したのは、トラゾウだけど、手伝ってくれたみんなに感謝しよう。心の平穏のために、バカ料理長の存在は忘れるようにした。
戒厳令が解かれる気配を全く感じないで、3日過ぎた。なぜか私だけが不眠不休で3日間頑張っている。4日目の仕事を頑張るために、一人寂しくメインディッシュを味わい少しだけ休憩しようかと、久しぶりにスイートルームに帰ってきた。しかし、私は限界だったのだ。とうとう倒れるように眠ってしまった。時計の針が4日目にかかろうとしているのが、最後の記憶だ。阿部君も明智君も叩き起こさない。冷やかし程度のお手伝い以外は3日間適度に遊び、3食美味しい料理を食べ、夜ふかしもせずに健康的に既に寝ていたからだ。
4日めのレシピを完成できずに、料理長をはじめ阿部君と明智君に、私が火炙りにされそうになっている悪夢にうなされていると、トラゾウが起こしてくれた。トラゾウは、私がお礼を言っているのを無視してテレビを指差す。ニュース速報だ。真面目そうなキャスターが、「戒厳令が解かれたー。イエーイ」と何度も何度も大声で叫んでいた。
頑張った私に神様が微笑むのは、筋書き通りだった。神様はボーナスも付けてくれる。なんと都合が良いことに、宿泊者の中に、素知らぬ顔で訪れて料理店を上から目線で星を付けている調査員がいたらしい。戒厳令が解かれたお祝いに、中途半端な時期に急遽、星を発表してくれた。どいつか知っていたなら、脅して星を3つ獲得できたのだけれど、残念ながら2つ星止まりだった。それでも星の数が増えたことにはかわりがないので、いつの間にか姿を現した料理長は満足そうだ。星もレシピも増えたというのに、これからはいつでも無料で泊まらせてあげるとは言わなかったが。料理長であってホテルの支配人ではないからな。それでも……今回の宿泊代が1日分だけになった事と、阿部君と明智君を取られなかっただけで満足しておくか。どうせしばらくフランスには近づかない方がいいし。
戒厳令が解かれ、ほとんどのギャング団が滅びたので、警察も暇になっただろう。美術館での一件を蒸し返すかもしれないので、私たちはすぐに出発した。私としては、疲労困憊だったので、もう1泊くらいはしたい気持ちだったのが本音だ。ただ、そのためには、レシピをもう3コース分考えないといけない。酔っ払った阿部君が背後で包丁を持っていたらできなくもないが、これ以上あの料理長を喜ばせるのは、私の体が拒否反応を示したのだ。料理長に会ったこともない阿部君明智君トラゾウも納得してくれたし。
そしていよいよインドネシアだ。インドネシアは広い。トラゾウの故郷に真っ直ぐには行かずに観光を楽しんだ。トラゾウのためではなく、私のわがままだ。トラゾウとのお別れを少しだけ遅らせたかったから。阿部君と明智君も同じ気持ちだった。だから一緒に楽しんでくれた。といっても、お別れの時はやってくる。
「トラゾウ、さようなら……」
「ガオガオガー」
あっけなかった。ダラダラと話していると別れが辛くなるから、トラゾウが気を利かせてくれたのだろう。阿部君と明智君も、切り替えが早い。表面上は。なので、私も表面上はサバサバしよう。
「日本に戻ったら、早速、作戦会議だぞ」
「はいはい」「ワンワン」
「『はい』も『ワン』も一回だ!」
「はーい」「ワーン」
この先、どんな困難が待ち受けていようとも、私はかわいい部下たちを守らないといけない。例え囚われの身になろうとも、救出してやる。例えだからな。本当に捕まらないでおくれ。特に、阿部君。




