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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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満足のトラゾウ、そして次は明智君だ

 2階は、簡単に言うと動物用の衣装全般が置かれていた。ただ、一般顧客用とは商品展示のコンセプトが大きく異なっている。まるでさっきの美術館をそのまま移設したかのようだ。商品は二つとして同じものがなく、さも芸術品かのように置かれている。所持したいというよりは、見て楽しむ感じになっている。購買欲という点ではマイナスかもしれない。そんなことを考えるのは庶民だな。私のような金に糸目をつけないで湯水の如くじゃばじゃばと使うような大怪盗は、購買欲なんてものはない。そこに商品がある限り、持っていくだけだ。こんな言い方をすると、盗むみたいにも聞こえるな。このお店では、もちろん、お金は払うぞ。悪人でもなければ、悪徳ペット用品店でもないからな。でも、少しでも私たちを陥れようとしたら……そんな事は、このコンシェルジュに限ってない。ストックホルム症候群のようなもので、私たちとコンシェルジュは、信頼性が限りなくゼロに近いあの観覧車から奇跡の生還を果たしたのだから。

 名実ともにすっかり地に足をつけた私たちは、トラゾウ用の衣装だけを選び始めた。物わかりのいい今回の明智君の目的はドッグフードだけなので、明智君は口を挟むだけだ。慎み深いトラゾウは、明智君がいないと遠慮してしまうかもしれないからな。明智君に厳しく言われたのだろう、コンシェルジュに勧められるがままに片っ端から購入を決めていく。そうは言っても商品数自体が少ないので、私は無言で頷き了承する。初めにコンシェルジュは試着を促したが、それだけはお断りした。コンシェルジュが本物のトラを前にして冷静にいられるかは未知数だからな。トラゾウの安全のためには、些細なリスクも背負いたくないのだ。

 ただ断るのも愛想がないので、トラゾウは恥ずかしがり屋さんだからと言っておいた。信用してくれたのか冗談だと思ったのかは別として、優秀なコンシェルジュは顧客に寄り添うのだ。何よりも、買うって言ってるのだから、わざわざ私やトラゾウの機嫌を損ねるような真似はしない。

 2階での買い物は、みんなが気持ちよく堪能できた。コンシェルジュもコンシェルジュ冥利に尽きただろう。購入した物を少し紹介しよう。お金を払うのは私なのだから……なんて卑しい考えではなく、トラゾウファンの皆さんのためだ。なんと、タイガーマスクとは全く別物の、どちらかと言えばかわいくデフォルメされたトラの覆面があるのだ。

 トラにトラの覆面というのが面白くて買ったのは言うまでもない。ただ、どんなにかわいくデフォルメしたところで、本物のトラのトラゾウの方がかわいいがな。リアルでもかわいいものはかわいいのだ。普通に考えたら、トラの顔はかわいいというよりかは勇ましいというべきなのかもしれない。それでも、かわいく感じる。トラゾウのかわいさは、内面から出てきているのだろう。

 かわいいトラゾウのための買い物は、まだまだ続く。次は1階のおもちゃ売り場だ。もちろん動物用だけど、動物が一人でも楽しめるものから、人間も共に楽しめるものまで用意してある。2階の衣装売り場同様にスペースに余裕はとってあるが、それでもあまりに多種多様なので、私は猫用をリクエストした。コンシェルジュは顔色一つ変えず案内してくれる。ここにいる明智君とトラゾウ以外に猫を飼っていると思ったのかもしれない。もしくは、別に犬が猫用で遊んでもいいという考えの持ち主なのだろう。線引なんてしないのだ。VIPルームのコンシェルジュは。

 なので、猫ゾーンとはいえ、ざっくりとしていた。コンシェルジュを信じてオススメを聞く。コンシェルジュは迷いなく、すごくリアルなニワトリのぬいぐるみを勧めてきた。先進的なおもちゃや高そうな宝石を散りばめた猫じゃらしではなく、見ようによっては貧相なニワトリに、私は首を捻る。だけど、このコンシェルジュが言うのだから信じよう。トラゾウの目が輝いているし。でも、最低限の確認だけはしておくか。それによって買う数が変わってくるからな。

「このニワトリのぬいぐるみは頑丈にできてますか?」

「自信を持って、『はい』と言えます。フランスが誇る頑固なぬいぐるみ職人が、一切の妥協を許さず心を込めて丁寧に作っておりますので。猫はおろかトラが、このニワトリのぬいぐるみをメッタメタのボッコボコのギッタギタにしたところで、新品同様の状態が未来永劫残るでしょうね」

「と、トラが?」

 まさかトラゾウの正体を見破っているのだろうか。この優秀なコンシェルジュなら十分ありえるな。それでいて全く落ち着いて接客をできるなんて、最優秀コンシェルの称号を授けてあげようか。副賞として、ニワトリのぬいぐるみを、色違いでもう1個買ってやろう。

「はい。毎年、フランス国立動物園のトラにプレゼントするのが慣習になってるんですけど、未だに一つも壊れないんですよ。どれが古いぬいぐるみでどれが新しいぬいぐるみか分からない感じで、トラのゾーンにはニワトリのぬいぐるみが何十個も並んでます。お客さんは、トラを見てるのかニワトリを見ているのか分からないって文句を言うのが、動物園での恒例の楽しみになってるくらいで。もちろん本気で文句を言ってないですよ。トラは何十個もあるぬいぐるみで様々なゲームをして遊んでくれるので、何回訪れても飽きないんです」

「そ、そうですか。では、その白と黒のを1つずつください」

「ありがとうございます。サービスで、ヒヨコを1羽付けさせていただきますね」

 サービスは嬉しいが、かわいいヒヨコだな。ニワトリのぬいぐるみで遊んでいるトラゾウは、微笑ましく見えるだろう。だけど、ヒヨコは……うーん、痛々しく感じるかもな。人間って本当に身勝手な生き物だ。でもまあ、せっかくの行為は喜んで受けておこう。どうしてもなら、トラゾウのおもちゃではなく、インテリアの一つとして飾っておけばいいし。トラゾウなら、言えば分かってくれるからな。

 トラゾウのための買い物が終了したので、次はいよいよ明智君お待ちかねの、ごはんエリアの地下1階だ。観覧車よ、持ちこたえておくれ。なんか意味が分からない異音が段々と大きくなっていることを訴えたが、気づいているはずの誰もが、なぜか涼しい顔で当たり前に乗る。ヒヤヒヤしているのは私だけのようなので、みんなに倣うしかない。運動のために階段を使いたいと言ったなら、インドネシアに行く時に、おそらく私一人だけがトライアスロンで行くことになるからな。

 観覧車の恐怖を少しでも忘れるために、明智君の事を話そうか。明智君が今の今までトラゾウと私の買い物に大人しくついてきていることに驚いている人たちに説明しよう。明智君は小さな欲望は何も考えずにすぐに行動に移す。だけど、大きな欲望に対しては、冷静に考え緻密に計算するのだ。意地でも余すことなく獲得するために。

 すでに明智君は、私の支払い能力を計算しただろう。それから、このペット用品店の規模を、自分の都合が良いように推測した。希望的観測だったのが100パーセント実現できると、明智君の頭の中で変換されるのにそう時間は必要なかっただろう。結果、このペット用品店は、明智君が欲した物を好きなだけ確実に用意できると信じ切っているのだ。その上で全部頂くと決心している。なにせ盗るのではなく買うのだ。自分で持って帰らなくていい。運送業者がすべてをやってくれるのだ。そして、保管場所はアジトである大豪邸と、オプションで阿部君の家もある。

 問題は、かかるすべての費用を不甲斐ない私に払わせるのでは到底足りない。ドッグフード代だけでも心許ないかもしれない。理不尽だけどとりあえず謝っておくかと、私は明智君に目を移した。あ、明智君……

なんと明智君は、自腹も辞さないと強欲なりに覚悟していた。言葉では表していないが、雰囲気でひしひしと伝わってくる。言葉で言われたところで、私には分からないがな。だけど、明智君の気持ちに間違いはないのは自信がある。長年の付き合いもあるが、グルメの国のペット用品店のVIPルームに置いてあるドッグフードには、きっとその価値があるのだ。

 明智君の決意を目の当たりにしてすぐに、観覧車は地下1階に到着した。何らかの部品が落ちた音はしたが、私たちの誰一人として落ちた者もいない。地下1階から1階に戻る時は、階段かエレベーター……いや、私たちは初志貫徹しよう。地下1階からなら、落ちたとしても、ちょっと痛いで済むだろうし。

 明智君、トラゾウ、私の順番で観覧車から降り、最後にコンシェルジュが降りた。すると明智君が、なんと自腹でコンシェルジュにチップを渡したのだ。それもユーロだ。いつの間にユーロに……。トラゾウのカッパに隠してある私のお金を盗ったはずはない……と思うが。いや、明智君を信用しよう。少なくとも明智君には盗ったつもりはないのだから。私のお金は自分のものだと、当たり前に思っているからな。いやいや、明智君は日本を発つ前に銀行でユーロに……。まあ、明智君が自腹を切る覚悟があるのは本当だから、あのチップに関して考えないのが、私と明智君のためだな。

 コンシェルジュは、わざわざ膝をつき目線を合わし明智君にお礼を言ってくれた。この今、明智君とコンシェルジュの心が通っていると断言してもいい。チップの出どころなんてどうでもよくなり、なんか私まで嬉しくなってきた。所詮チップだからだなんて思ってはいない。チップの件は、いつか思い出した頃に、明智君を詰めるつもりだ。今は、明智君とコンシェルジュが作る感動的な場面に、私も溺れるとしよう。

 地下1階には、入ってすぐのところにシンプルにドッグフードコーナーとキャットフードコーナーあり、少ないながらも現物の見本が置いてあった。そのすぐ隣に、あらゆる動物のごはんのカタログも置いてある。動物ごとにカタログがあり、どれも百科事典のように分厚い。カタログの表紙には「すべての動物は平等だ」と言い訳のように書かれているし。すべての動物用のごはんを、それも最高のを用意する自信が満々のようなカタログだ。

 広大な空間に、商品に関する物はそれだけだった。かといって殺風景ではない。暖かみがあるからだろうか。有名なお城の舞踏会会場のようなのだ。部屋の説明は口下手な私ではこれが限界だし、明智君が早くしろと促しているので、商品の説明をしよう。

 その前に、引っかかっている人もいると思うので、どうしても言っておかないといけない事がある。すべての動物にニワトリは含まれていないのだろうかと、疑問に思った人は間違ってはいない。間違ってはいないが、食物連鎖の業の中では、きれいごとだけでは生きていけない。それぞれの動物の正義の基準に、人間の私が口出しをするべきではないのだ。なんか難しく言ったが、簡単に言うと、世界は厳しいということだな。

 そんな厳しい世界に生を受け、閉店間際のペットショップで危うく売れ残りそうになっていたところを私に救われ、その後は、すべての犬、いや、すべての動物の中で一番幸せにすくすくと育ってきた明智君に、話を戻そうか。そんな幸せな明智君に、さらなる幸せが舞い降りようとしているのだから。でも少しばかり、私の戯言を聞いてくれるかい? ほんの少しだけだ。明智君の我慢にも限界があるので、さくさくと行かないと、私が世界一の不幸者なるからな。だけど、言うべきことは言っておかないと路頭に迷ってしまう子羊たちが大勢出てしまうかもしれないのだ。

 世の中平等にできているだなんて儚い希望を持っている人に、忠告をさせておくれ。世の中は、平等……にはできてないぞ。ついでに、努力次第でなんとでもなるというのも嘘だ。どんなに努力したところで報われないことが多々ある。努力すらしていない奴に負けることなんてザラだ。それを片隅でもいいから頭に入れておかないと、いざ絶望の淵に落とされた時に対処できなくなってしまう。

 明智君は、売れ残っている間に、世の中は平等ではないと理解していた。幼馴染みや新入りが続々と売れて去っていくのを目の当たりにしているうちに、明智君は自分の命はこの閉店セールとともに終わりを告げると知っていた。あくもでも最悪の想定としてだけど、覚悟はしていたのだろう。だからって、ふさぎ込んで残り少ない時間を無駄にはしない。楽しむことにしたのだ。

 好き勝手してやろうと、欲望のままに食べ、欲望のままに遊び、欲望のままにペットショップを訪れるお客さんに嫌がらせをしていたのだ。一縷の望みに賭けて媚びを売るような、軟弱な明智君ではない。そんな明智君なのに、毎日のように訪れる私にだけは、何の嫌がらせもしなかった。相手にしないでもない。どちらかと言えば、好意的な眼差しを私に向けていたのだ。姿かたちだけでなく雰囲気も自分と似ていると思ったからなのか、自分よりもかわいそうな人をいじめるのは性に合わなかったのかもしれない。聞いたわけではないし、聞いても分からないので、私なりの想像だけど。

 一つ言えるのは、この私がなけなしのお金をはたいて買ってくれるような奇跡を、明智君は全く期待していなかった。これは自信がある。私が買うと店員さんに告げた時に、明智君は固まったのだから。自分の理解を超えて思考が追いつかなかった人の模範的な例だったな。おかげで、明智君の扱いを恐れる店員さんをよそに、私は鼻歌交じりで明智君を持って帰ることができたのは良かった。例え明智君は固まらなかったとしても、私の手を煩わせるような真似はしなかっただろうけど。

 そんな救世主の私に対してペコペコしないのが、明智君の良いところだ。図に乗って私を虐げることもしない。そんな事をしたなら保健所に連れて行かれるかもだなんて、微塵も思っていない。普通に、私と明智君は仲良しになっただけだ。対等に。それが崩れ去ったのは、あの悪魔の阿部君が……。ちがうちがう。この最高の舞台でネガティブ発言は似合わない。それに、私と明智君は永遠に対等だし。ついでに、阿部君も対等だぞ。

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