かっちゅうゲッチュウ……はぁー
頭脳明晰な私の筋の通った推理は、見事に当たった。と同時に、『モニター監視室』で私を見て笑っているという、一抹の不安もなくなった。私が『関係者控室』に気づいて、あれやこれやを想定して一呼吸後に、明智君が反応したのだ。私の気配か匂いかオーラに気づいたのだろう。バカ犬丸出しの『ギャンギャン』と同時にドアドンドンが、私の耳に襲いかかってきた。想定していた私は、すかさず「静かにしないと、阿部君に……」を囁く。最後まで言わずとも静まり返った。
念の為に私は引き返し、モニター監視室のドアから耳をそばだてた。こんなに近いなら明智君の様子を直接見に行くかもしれないからな。そこまでするのは面倒でも、別のモニターを見て、私の存在に気づくかもしれない。今の時点で外部に連絡されると、甲冑を諦めざるを得なくなる。関係者控室のドアを開けるのに手こずりそうなら、明智君も諦めるがな。
中からは「うん? なんだ? バカ犬の気まぐれか」「ヒヒヒ……」とだけ聞こえて静かになった。モニター室にいる警備員は、今日の仕事は明智君の観察だけにしようと決めているのだ。こんな事件なんて滅多にないのだから、気持ちは分かる。雇い主も誰も、そして私も責めないから、安心して明智君を見て笑っていておくれ。これで、このモニター監視室には少なくとも2名の警備員がいることも分かったのだから……さほど意味がないか。このモニターにいるのが一人だろうが百人だろうが、立てかけた銅像を移動させないことには、私に直接手を下せないからな。そして、誰一人として、明智君以外を見ないのが確定している。
私は自信を持って、ようやく本格的に甲冑狩りに向かう準備が整った。目立たない服装に着替えられなかったのだけが心残りだな。でもまあ大丈夫だ。こっちが気にしてるほど周りは気にしていないのが世間の常識だから。せっかくだから、忘れる前に、もうお面は外しておこう。いつ何時、警察官が職務のついでに名画鑑賞や、もしくはトイレ使用のために館内に入ってくるか分からないからな。
ああー! お面を外してさっぱりしたら、思い出したぞ。あの警備員、明智君のことをバカ犬といいやがった。私のかわいい明智君をバカにしていいのは、私だけだ。あいつら……。今日の失態で、明日あいつらは上司から厳しく叱責される。だけど、そんな他力本願は、私は好きじゃない。直接思い知らせてやる。
晒した素顔を怒りの表情に変え、私は近くにあった監視カメラに中指を立ててみた。うん、モニター監視室は静けさを保っている。ふうー。明智君の仇討ちを果たした私は、いつも以上に恐いもの知らず感が増してきた。アドレナリンの出血大サービス状態だ。これは調子に乗る前兆のような気がする。だけどどうしようもない。手始めに、なぜか分からないが私は明智君が捕われている関係者控室のドアをおもいっきり「ガンッ!」と叩いて通り過ぎた。後で感想を聞くのが楽しみだ。
気分が高揚していても、私は寄り道をして名画に落書きをしようとまでは思わなかった。私はバカではないからな。なので、会心の笑顔で脇目も振らず正面入口に向かう。そう、甲冑があるであろう場所だ。
あったー! 今日の私は冴えている。いや、いつも冴えているがな。今日は特別冴えている、というべきだったな。私が常に冴えているという一般常識をいちいちアピールしている場合ではなかった。甲冑だったな。甲冑が本当にあったんだぞ。これで、私は阿部君に怒られずに済んだのだ。こんな嬉しいことはない。明智君説教大会で私が巻き添えになる確率がグーンッと下がったのだからな。意地でも主役の座を確保してやるぞ。
甲冑は、美術館に来るお客さんを、威嚇じゃなくて監視じゃなくて、まるで媚びるかのように、両サイドに合わせて10体ほど並んで飾られていた。といっても、ただ無機質に電柱のように立っているわけではない。オーソドックスに剣と盾を持っているものは、今にも見境なく誰でも切りつけそうだ。大きな槍を持っているものは、届きもしない上空のUFOに標準を合わせている。ムチを持っているものは、なんとかジョーンズのような帽子を兜の上から被っている。ペンを持っているものというよりは持たせたものは、負けず嫌いなのかちょっとインテリを自慢したかったのだろう。それから、手ぶらのものもいるが、棒立ちのものはいなくて、それぞれが様々なポーズをとっていた。私には分からないが、おそらく若者たちの琴線に触れるポーズなのだろう。
その中に一つだけ私の興味を大いに引く甲冑があった。分かりやすかったからと言えば、それまでだ。それだけが片膝をつき体勢が低かったのだ。ただ、そのおかげで本当に嬉しい副産物までも見つけたのだから、やはり今日の私は特別に冴えていると念を押しておこう。その甲冑は片膝をついて、お客さんがたくさん入るように祈っていたわけではない。なんと、大型犬の頭を撫でていたのだ。犬用の甲冑を着た大型犬の。あっ、言うまでもなく、人も犬も中身は本物ではない。おそらくマネキンのようなものだろう。
標的はこれで決まりだな。と決めたと同時に、正面入り口付近でたむろしている警察官および、頑張って仕事してますよという感じをアピールするかのようにパトランプを高速回転させているパトカーが数台あるのに、この時になって初めて私は気づいた。別に私が鈍感ではなく、甲冑の吟味に集中していただけだからな。それに、私は気づいたが、警察官たちは誰一人として私に気づいてないのだから、勝敗を付けるなら私の勝ちだな。ここまでは。
愛犬を撫でている甲冑を愛犬ごと頂くのは確定していた。犬用は明智君へのお土産だ。喜ぶだろうな。着られることよりも金銭的価値に。日本に持って帰れるかどうかは……我々怪盗団に不可能はないのだ。あっ、でも、ラブラドールに変身する大義がなくなったかもしれない。いや、大義は、南国のインドネシア行きの飛行機に乗せる時に阿部君がぬいぐるみを抱えているようにしないといけないから、少しでも涼しくなるようにだったな。ちなみに、私はトラゾウを抱いて乗る。トラゾウの方が若干重いからだ。
話が逸れたようだ。ラブラドール明智君も面白いが、西洋甲冑明智君も面白いに決まっている。阿部君が欲しがっていたのは頭部だけだったけど、全身を持っていったなら、間違いなく着るに決まっている。こっそりと笑ってやるか。甲冑を着た阿部君と西洋甲冑明智君を、知らない人が見たなら、中世の騎士とその愛犬の幽霊がいると思って恐れおののき、私たちを捕まえるどころではなくなるだろう。良い事ずくしなので、意地でも二つとも持っていってやる。
後は、どうやって運ぶかだな。マネキンから外した方が軽くなるから、バラで運ぼうか。いや、バラだと持ちづらい。台車のようなものがないし。それに、一人よりは、みんなでバラす方が早く済む。阿部君と明智君は眺めるだけかもしれないが、少なくともトラゾウは真っ先に手伝ってくれるからな。それを見てから、阿部君と明智君も手伝ってくれるだろう。いや、着たい願望が強いはずだから、我先に自分の分だけは速攻でマネキンから外すか。
最悪、誰も手伝ってくれないかもしれないが、ここら辺でバラすよりはいい。いくら堂々としているとはいえ、警察官に見つかるリスクが高い所で時間を使うのは避けた方がいいだろう。さすがに音も立てずやるのは難しいし。
あっ、違う。明智君を救出するのは、すべての準備が整った後だった。ということは、明智君に着せる時間なんてない。だけど、着せた方がおもしろ……敵を撹乱できる。考えろ考えろ。明智君を救出しても、警備員は部屋から出られないし、警察官も裏口に来るまではいくらか余裕がある。よし、トラゾウで練習して、少しでも早く着せられるようになっておこう。
明智君を救出する前に、あの中指を立てた監視カメラを布か何かで見えないようにしておいて、その真下で明智君に甲冑を着せよう。それから、みんなで明智君を散髪する所まで逃げて、散髪が済んだら、阿部君の甲冑と明智君の甲冑を風呂敷に入れて持って帰る。デニム上下の私とヒョウ柄ワンピースの阿部君とライオンの覆面にヒョウ柄カッパのトラゾウとラブラドール明智君が、ちょっとした風呂敷包みを持っていても、まさか美術館から逃げてきたとは思わないだろう。完璧だ。
私は、密かに『わがままと強欲』と名付けた一組の甲冑に、まっしぐらに向かった。迷わず二つ同時に持ち上げる。お、重い。だけど、堂々と当たり前のように振る舞わないと、外にいる警察官に怪しまれてしまう。頑張れ、私。
「おーい、そこのデニムさん、何やってるんだ?」
ば、バレた。焦ってはいけない。でも、無視はだめだ。何か言わないと。難しくない。想定していたのだから。点検と言えばいいんだ。じゃまするなって感じを全面に出しながら言った方がいいだろうか。いや、今こそ、阿部君の作品を評価するような感じで、淡々とだな。
「点検に決まってるだろっ!」
あっ……言ってはだめだだめだと思っていたら、逆に言ってしまった。それも、顔まで作ってしまったぞ。まずい。相手の顔を見れない。走って逃げようか。こんな重いものを持って走るなんて不可能だ。それに逃げたら、もう完全に犯罪者と言っているようなものだ。どうしよう。向こうの動きを待つか。それしかない。少なくとも、順番的に次に話すのは向こうだからな。
「あっ、すいません。こんな時間に大変ですね」
おっ。信じてくれた。よし、落ち着いたから、普通に話せそうだ。でも、あいつ、私を小バカにした感じで『デニムさん』とか言ったな。ちくしょー、バカにしたやつには、100倍にして返すのが、我々怪盗団の掟じゃないか。
「いえ、全然。仕事なので。どうしても、お客さんがいる時にはできませんからね。それから、私は誰も見てないからって、サボるのは好きではないので、もういいですか?」
へへっ、なかなかの皮肉を言ってやったぞ。あっ、でも、これであいつらが改心して真面目に仕事を始めたら、困るのは私だな。あー、私のバカー。
「あー、はいはい。せっかくだから、少し話を聞かせてください。忙しいところ申し訳ないですけど、本日、妙な犬がここに来たのを知ってますか?」
まずい。本当にやる気を出しやがった。でも、それなら、横着せずにここまで来やがれ。来られたら困るけどな。しかし、この甲冑が重いな。ああ、これを言い訳に話を早く終わらせてやろう。
「いえ、知りません。あのー、この甲冑を早く点検したいから、もういいですか?」
「実はですね、あなたそっくりのバカ面のバカ犬が、過去に盗まれた絵を持ってきたんです。芸術とは何の接点がない感じのバカ犬がですよ。警察では、犯行グループで飼われていた犬が運搬途中にはぐれて、うっかり美術館に迷い込んできたと、そう考えているんです。この辺りで、バカ面のゴールデンレトリバーを見たことはありませんか?」
こ、こいつ。私が忙しい素振りをこれでもかと全身で表しているというのに、長々と話しやがって。それに、こいつも明智君をバカにしやがった。さらに、私が先に皮肉を言ったのもあるのかもしれないが、ついでに私をバカにしやがったな。許さん……。いや、落ち着こう。どうせ、こいつらには、ものすごい数の苦情が来るのだからな。なにせ、重要参考人ならぬ重要参考犬の明智君が忽然といなくなるだけじゃなく、美術館の裏口は壊され、珍しい甲冑をみすみす盗られるのだ。
でも、さっきも言ったが、やはり直接仕返しをしたい。私は人間ができているから我慢できるが、明智君は……。よし、明智君に代わって私が成敗してやる。
「そう言えば、あの北にある公園で、そんな感じのゴールデンレトリバーを散歩している人を見たような……」
「本当ですかっ! ご協力ありがとうございます。おーい、聞き込みにいくぞー!」
え? こんな時間に聞き込みに? まさか、あの辺りの住民一人一人を訪問して回るのか? 警察は案外暇を持て余していたようだな。だけど、住民の方はそうでもないぞ。寝ている人だって大勢いるだろうに。これは苦情の雨あられが確定したな。ちょっとやり過ぎたかもしれない。苦情を少しでも和らげるために、ありもしない感動話を創作して感謝の手紙を出してやるか。気が向いたらな。
それにしても、全員が行くなんて。警備員は部屋から出られないし、警察もいない。これじゃ、バカな迷子犬をただ引き取りに来ただけのような気がする。
あー静かだ……。甲冑、いらないか。いや、阿部君と明智君を喜ばせてやろう。私も笑いたいし。トラゾウも笑ってくれるだろう。フランス旅行の記念品だな。
アドレナリンも引いたようで、甲冑の重さが10倍くらいになったように感じながら、私はゆっくりと阿部君とトラゾウが待っている裏口に向かった。阿部君作の銅像はもうできていることだろう。せめて、阿部君作の銅像が美術館の客寄せになりますように。




