恐れ知らずの私が恐いのは、私の潜在能力だ
「探せばというか、少し離れたところにも入り口らしきものは見える。だけど、全く根拠もないが、ここからなら近道のような気がするんだ。それに、何よりも、こういうひねくれた芸術に屈する我々怪盗団であってはならないんじゃないか?」
「確かにそうですね。だけど、レンガ風のコンクリートの壁をどうやって壊すんですか?」
「目には目をコンクリートにはコンクリートプラス怪力だ。ほら、あそこに出来損ないの銅像があるだろ。あれなら、おそらくコンクリート以上の強度がある。そして、今の私たちは、明智君のおかげで怒りのパワーがとてつもない。もしこのまま明智君と対面したなら、いずれ鬼のような説教をするというのはあっても、無意識に100発くらい殴ってしまうかもしれないだろ?」
「言われてみれば、確かに。無意識かわざとかは、その時になってみないと分からないですけど。どちらにしても、リーダーが100発と私が10000発殴ったなら、明智君は木っ端微塵になるか、もしくはパンパンに腫れ上がってしまいますね。でも、いいんですか?」
「何がだ?」
「だって、よくよく考えたら、明智君を救出するだけなら、美術館としては何の損害もないじゃないですか。だけど、壁に穴を開けてしまったなら、立派な犯罪ですよ。それに、まがりなりにも飾ってある銅像を使うなんて。無傷では済まないし、場合によっては原型を留めないでしょうね。それにより、絵を取り返した影の英雄から、無知な暴れん坊に転げ落ちるんですよ」
「それは考えた。そして閃いたんだ。壊れた壁と銅像を利用して、新しい芸術作品を作れば何の問題もない。価値もほとんどなく誰にも注目されないどこにでもある銅像を、値を付けるのが不可能で人目を引く世界に二つとない傑作にしてやろう。この私が」
「は、はあ。具体的にはどうするんですか?」
「ここから出るなんてありえないと誰もが思う壁の穴から今まさに怪盗が脱出しているさまを、私がダイナミックに作成してやるさ。題名は『怪盗の底力』で『リーダー作』と書いておけば、美術館は喜ぶぞー。なにせ本物の怪盗が作ったうえに、芸術的にも他に類を見ないものなんだからな」
「簡単に言うと、壁の穴を銅像で塞ぐと?」
「簡単に言うと……そうかもしれない。いや、私のセンスでリアルに見えるようにしてやる」
「でも、それだと、あの『ドアオンリー』のドアが閉まらなくならないですか?」
「そ、それは……た、確かに。フッフッフッ……またしても閃いたぞ。脱出しているさまではなく、今まさに私たちがしようとしていることを単純に芸術として残しておけばいいじゃないか。どうせドアがあるだけだろと思っている人が開けてみると、壁には人間が作ったとは思えない裂け目があって、その先に銅像を置いておけばいいだけだ。銅像には、私のこのお面を付けておけば完璧に芸術作品になる。題名は『怪盗の辞書に不可能はない』でいいだろ。こんなくだらない子供だましを作ったやつが、私に弟子入りしたいと言うだろうな」
「その手がありましたね。だけど、お面を付けていくんだったら、リーダーはここからは素顔で逃げるんですか?」
「あっ……。それはまずいな。でも、このお面があって作品が完成するし。うーん……ヒッヒッヒッ……阿部君、私たちは恐れ知らずの世界を股にかける怪盗団じゃないか。お面なり覆面なり飾ってあるはず。最悪、中世の甲冑の頭部だけいただくさ。甲冑はこういう歴史的な建物には付きものだからな。せっかくここまで来て手ぶらで帰るなんて、怪盗の風上にも置けないだろ?」
「えっ! でも、私たちは悪者からしか盗らないって決めてるじゃないですか」
「阿部君、私たちは親切にも、絵を返しに来てあげたよな? なのに、経緯は別として、私たちの仲間である明智君を軟禁しているんだぞ。恩を仇で返すやつらは、ずばり悪者だっ!」
「は、はあ。リーダーが何を盗むのかは知らないですけど、自己責任でお願いしますね」
「そんなことを言って、阿部君が欲しいものがあっても知らないぞ」
「あっ、そう言えば、今日の占いで臨機応変に動くべしと出てたんですよ」
「そうだろそうだろ。美術館としても怪盗に何かを盗られた方が、私が作る芸術作品に深みが出るというものだしな」
「おおー。まさにウインウインですね!」の阿部君の言葉がゴーサインとなり、私は怪盗役の栄誉を賜る銅像の物色に向かった。阿部君とトラゾウが勝手に彷徨わないように、ここで待機するようにきつく懇願したうえで。はぐれると、二度と会えないからな。ほとんど故意で。
阿部君に対して半信半疑の気持ちを抱えているので、こまめに阿部君とトラゾウに目をむけながらも、私は銅像を睨みつけた。恨み言を浴びせながら。よくよく見ると、数々の様々な形態の銅像があったからだ。言いがかりだとは自覚していても、時間を無駄にしていたからな。
そんな訳で、私のような大怪盗の分身になりえるものを見つけるのに苦心した。大前提として価値がなさそうな銅像というのもあった。別に高そうな銅像を壊すのにビビったわけではないからな。どうせなら安物の銅像に私が息を吹き込んで価値あるものにしてあげようという親切心だな。だからこそ予想外に時間を要して、阿部君の冷たい視線と口パクの罵詈雑言に立派に耐えてみせた。
そして苦労は報われた。私の生き写しかのような誰がどう見ても大怪盗にしか見えない銅像が、今まさに降臨しましたよという感じのポーズで、私を見ていたのだ。作者は……『ミケランジェロ』って書いてあるが、私が知らないくらいなので、どうせ無名の学生が卒業記念で作ったはいいが処分に困り、勝手にこっそり美術館に飾ったに決まっている。喜べ、私が名作に生まれ変わらせてやるからな。
私が戻ってくると、トラゾウはもちろん阿部君までもが全くイライラしていなかった。私に口パクで罵詈雑言を浴びせている途中に、何か思いついたようで壁に向かって何かをして時間を上手に潰せたからだ。だから、私は阿部君のプレッシャーに負けずに、最後まで妥協せずに今回の役に最適の銅像を見つけられたのだ。ただ、阿部君が壁に私の悪口を書いていたのだろうと信じて疑っていなかったので、壁を見るのが恐い。それでも、恐いもの見たさで、壁をみると……文字ではない落書きがあった。私とトラゾウ以外の世界中の人は、この落書きを見て、落書きだと確信するだろう。しかし、私とトラゾウは違う。先例を見たのもあるし、阿部君が私の悪口よりも意味のない落書きを優先するわけがないからだ。
結論を言うと、阿部君は明智君とは全く一致するところがない明智君を描いていたのだ。私が120パーセントの力を発揮して壁を叩けるようにと、阿部君なりに考えたのだろう。ついでに、その明智君に見えない壁の明智君が木っ端微塵になるのを、阿部君は見て笑いたいのだ。後者の方が気持ちとしては断然に強いのは言うまでもない。ただ、阿部君は余計な事をしてしまった。そんな面白い明智君風の絵を見たなら、笑ってしまい逆に力が抜けるじゃないか。壁を壊せなかったなら阿部君にどんな酷い扱いを受けるかと想像してやればなんとかなるだろうか。
その前に一つ確認しておかないといけないことがあった。私は自分が壁を壊すつもりで勇んでいたが、阿部君もこの名誉ある役割を担いたいのではないだろうか。目立ちたがり屋さんだからな。まあ、譲ってやってもいいか。私は持て余すほどの広い心の持ち主だからな。それに、阿部君がサビサビの大きな鉄製の門を軽く開けるほどの力持ちだろうと、私にしたら、もやしっ子だ。壁の明智君の絵がちょっと消える程度で、涙を堪えながら私にこの栄誉を明け渡すのが目に見えている。
「阿部君が先にやるかい?」
「リーダーが先で」
「一撃で終わるかもしれないけど、構わないかい?」
「はい」
なるほど。万が一捕まった時のために、全責任を私に負わせるつもりだな。実に阿部君らしいじゃないか。怒りのパワーがみなぎってきたぞ。幼児が描くよりも下手くそなトラの顔が描かれたてるてる坊主風の覆面を被っている阿部君が描いた壁の明智君風の落書きがおかしくて力が抜けるかもと心配していたのが、杞憂に終わったようだ。
私は、明智君と阿部君に対する怒りを発散しながら、明智君風の絵が描かれた壁にミケランジェロとやらが作った銅像を叩きつけた。すごく気持ちが良い。これまでのすべての理不尽な扱いが、このためにあったのだと思えるほどに。ただ、これまでに溜め込んだ理不尽な扱いに対する怒りは、私の想像を遥かに超えていたようだ。
明智君が描かれていたコンクリートの壁は粉々ではなく、まるで銅像で切り出したかのように人が通れるほどに抜け落ちていたのだ。ちなみに、ほんの少しお腹が出ている初老でもリラックスして通れるほどだ。もちろん横歩きだぞ。あまりの切れ味で、壁の明智君が驚いているように見えなくもない。まあ、見ようによってはどんな風にでも解釈できる絵だからな。そして切り出されたコンクリートは、向かいの壁に当たった衝撃が凄すぎて、まるで最初からそこにあったかのようにきれいに壁にめり込んでいた。ここを通る誰もが、全く気にならなだろう。
問題は、銅像の方だった。摩擦なのか、衝撃によるものか、はたまた核融合的なものなのか、熱のせいで面影が皆無のただの丸太になっていた。こんな丸太を、この裂けた壁の向こうでロボットアニメの顔が描かれた私のお面を付けて置いておいても、ただお面が掛けられていると思うだけだ。これはまいったな。
落ち込んでいる私は、とりあえず謝ろうと、阿部君に目を向けた。え? 下手くそなトラが描かれたてるてる坊主風のバカ丸出しの覆面越しでも、めちゃくちゃ喜んでいるのが分かる。私の人間離れしたパワーに恐れおののき、頭がおかしくなったのだろうか。いや、阿部君の足りない頭では、いくらありえない変形をしたコンクリートと銅像を目にしても、私の怪力に繋げることはできない。そういうもんだと思うだけだ。じゃあ、何がおかしいのだろうか。聞けばすむことだったな。一応、謝ってからか。
「すまない阿部君……」
「り、リーダー、その銅像は今なら簡単に加工できるんじゃないですか? どう見ても表面が柔らかそうですよね」
「あ、ああ。まさか、私にイチから人の像を作れっていうのかい?」
やるしかないか。私なら……できると信じるのが大事だからな。少なくとも丸太よりは人間に見えるものにできるだろう。
「何言ってるんですか。作るのは、私ですよ。私の作品がフランスのこの有名な美術館に飾られる日が来たんですよ。ああ、ちなみに、破壊したのは、リーダーですからね」
えっ! 芸術センスが皆無の阿部君が……。止めるだけ時間と労力の無駄遣いだな。一つだけ悪あがきをしてやるか。
「阿部君、作品ができたら、その頭部には、今阿部君が被っている覆面を着せてくれるかい? 私のお面ではなく。やっぱり銅像も覆面も作者が同じ方がいいだろ?」
「そうですね。では、私が芸術的な銅像を制作している間に、リーダーは手頃な顔を隠す何かを盗ってきてください。トラゾウは私の警備役なので、リーダー一人で行ってくださいね。明智君の救出はそれからしましょう」
「あ、ああ。先に聞いておくけど、甲冑の頭部でも構わないかい?」
「おおー! リーダーにしては冴えてるじゃないですか。じゃあ、それで。では、私は名作を作るので、できるまで話しかけないでください。いってらっしゃーい」
阿部君が銅像を作りたがるなんて以外だし、トラやライオンの覆面と違ってシンプルで無機質な中世のヨーロッパの甲冑で喜んでくれるなんて、嬉しい誤算だな。せっかくだから気を利かせて、頭部だけでなく全身を持ってきてやろうかな。頭部だけなくなるよりも、全身がなくなる方が違和感としては少ないかもしれないし。たくさん並んでいたなら、隣の甲冑を少しずらせば、永遠に気づかないかもしれないぞ。
明智君は待ちくたびれるだろうな。機嫌が悪くなるかもしれないな。怒れる立場でないことは、阿部君と再会した時に瞬時に気づくから、別に待たせておけばいいか。今回に限っては、私は阿部君側にいるのだ。何も恐れるものはない。まあ、犬用の甲冑があったなら、お土産に盗ってきてやるか。着せてみたら面白いかもしれないからな。ヒヒッ。
壁をぶった切ってストレスが完全になくなったところで、阿部君が皆無にもかかわらず芸術に目覚めて一時的とはいえ私に優しくなり、さらに甲冑姿の明智君を思い浮かべてご機嫌さんになった私は、甲冑探しに音もなく出発した。音を出したくなかったのは、無論阿部君の邪魔をしないようにだ。警備員や警察は恐くない。だって、まあまあの爆音がして壁に裂け目ができたというのに、何の動きもないのだから。
あっ、一つだけ注意しないといけないことがあった。戻ってきて阿部君の作品を見ても絶対に笑ってはいけない。一生笑えなくなるからな。大げさに褒めるのも違う。美味しいフランスパンを食べた時くらいの感嘆を述べればちょうどいい。




