難攻不落の裏門を攻略
というわけで、裏口からの侵入は確定した、と言っても、鼻歌交じりで歩いて入るには障害がある。完全に開ければ車が並走しながら入れるほどの両開きの鉄製の大きな門が、私たちの鋭い視線をものともせずに、そびえ立っているのだ。説明するまでもなく、飛び越えられる高さではない。ロープがなくて本当に良かった。鉄製の大きな門も周囲の壁も、丈夫で鋭い槍のような泥棒避けが所狭しと取り付けられているのが、阿部君の視界には入らないからな。まあ、開け閉めできるであろう門があるのだから、ロープがあったとしても、私はこれまでにないくらいに阿部君悪魔に抗うが。
被害妄想になってないで、この鉄製の大きな門を開けよう。こういう大仰な門に限って、鍵はシンプルにできているものだし、例え複雑な錠前だとしても、私にかかれば時間の問題なのだ。なにせ私は怪盗の七つ道具を肌身離さず持ち歩いているからな。具体的にどんな道具かは言わないが、本当に七つあるのを信じておくれ。
しつこい奴が私のアラ探しをする前に、注意を他に向けよう。先程言ったように門を開けることは容易い。気をつけないといけないのは、その先にある監視カメラだ。本来ならな。だけど、私は自信満々に宣言しよう。今日に限っては、監視カメラなんて恐るるに足らずだ。
なぜなら、すべての監視カメラのモニターの前で陣取っている警備員は、はっきり言って、そんな血眼になって見ているわけではない。私の偏見なので、実際にこういう仕事についていて、すべてのモニターを四六時中一部始終を抜かりなく監視しているぞ、という人がいたら、黙っておくんだぞ。そして何行か飛ばして読んでおくれ。後で、大人としてしっかりと丁寧に謝ってやるから、アドレスを空に向かって大声で叫んでおくれ。きっと、私の耳に届く……かも。なので、私の偏見に賛同してくれている人にだけ、今日に限って、私が監視カメラを眼中に入れてないかを説明しよう。
暇で暇で仕方がない監視カメラのモニターをしている人たちが期待しているのは、平和よりも事件だ。これも、私の偏見だけど、真面目な監視員はここを飛ばして読んでいるから、もういちいち忖度しないぞ。そして今日は念願の事件があったうえに、その犯人であるバカ犬ジャン明智君が監視カメラのある部屋に閉じ込められているのだ。バカ犬が見せるバカな悪あがきを腹を抱えて笑っているので、他のモニターなんて見る余裕がない。
そういう訳で、明智君が閉じ込められている部屋までの道中にあるであろう何個かの監視カメラを、私たちはさほど用心しないで通れるのだ。いや、むしろ、用心どころか堂々と関係者風を装って行けば、簡単に明智君まではたどり着けるだろう。
頑張らないといけないのは、明智君と対面してからだな。ここからは時間との勝負だ。監視員は確実に私たちの侵入を見ることになるので、警報アラームを鳴らすと同時に自分たちも急いで私たちのもとに駆けつける。私たちは、来た道をそのまま退路として利用するのが最善の逃げ道なので、迷わず最短距離を突き進む。幸い裏口には警察も警備員もいないので、先回りはされていないはず。順当に行けば、楽に逃げ切れるだろう。だけど油断はしない。何かの間違いで、仕事をさぼるために美術館の目立たない所で隠れようとして裏口にいる警察官や警備員がいないとも言えないだろう。警察官時代の私がそうだったから、経験からありえると自信を持って言える。そういう輩は、サボっていたのを取り返すために、必要以上に頑張って、私たちを捕まえようとするはずだ。何か嫌な予感がしたから、裏口で張っていたんだとか、聞いてもいないのに言い訳をしながら。
だけど、大丈夫だ。私たちにはトラゾウがいるのだ。隠し玉と言っていいくらいだな。最初に考えた作戦とは大幅に変化しているが、臨機応変に対応した結果だ。なんでも初志貫徹がいいものではないんだぞ。かっこよく言えば、作戦をアップデートするのだ。ヒヒッ、もう時代遅れの初老だなんて言わせないぞ。……。トラゾウの出番だったか。サボり癖のある警察官なのだから、本物のトラであるトラゾウを見たなら、どのように動くか誰でも想像できるだろう。
私と阿部君と明智君は、人目につかない所まで簡単に逃げられて、そこで明智君を散髪だな。トラゾウはチビリながら恥ずかしいくらいの悲鳴を上げて逃げ惑う警察官を、付かず離れずである程度追いかけたところで、踵を返して私たちに合流するだろう。トラゾウが合流した頃には、ジャン明智君はラブラドール明智君に完璧に変装できている。なので、トラゾウに再びライオンの覆面とヒョウ柄のカッパを着せて、そこから4人でホテルに帰還だ。明日には、インドネシア行きの飛行機のファーストクラスで勝利のどんちゃん騒ぎをしているのが目に浮かぶ。
随分と先まで想像してしまったが、まずはこの目の前にある大きな鉄製の門を開けるとするか。阿部君がどこかからロープを持ってくる前に。
「阿部君、ここから入ろう。鍵はかかっていると思うが……」
私が七つ道具を出すか出さないかで、ひよっこ怪盗の阿部君が門を押した。すると、人一人がやっと通れるくらいに開いた。スライド式ではなく両開きタイプの門だったことには驚かない。どう見ても両開きタイプだったからな。鍵がかかっていなかったことにも、さほど驚かない。実は鍵穴らしきものが見当たらなかったから、どちらかと言えば納得だ。七つ道具を使えなかったのは残念だけどな。
私が驚いたのは、華奢な阿部君がこの重そうな門を、いとも簡単に押し開けたことだ。これは、何か明白なからくりがあるに決まっている。どうせ、蝶番や門の底部についているタイヤには、普段からきっちり油を差してあるのだ。それでそよ風が当たったくらいでも開くようになっているのだろう。そうとしか言えない。
それなら、阿部君はなぜ人一人分しか開けないんだろうか。と思ったところで、阿部君が横にどいてくれたので、視界が開けた。こちらからは見えないが、門の美術館側に手動で開けられるように腰の高さに持ち手のようなものがあるのだろう。それをまたぐように、錆びた鎖と年代物の南京錠が掛けられている。
えっ! ということは、しばらく開けられたことがないのでは。改めて見ると、蝶番やタイヤ部分は錆び錆びだし、門が動いてタイヤ跡がついているが、タイヤが回ったというよりはタイヤを引きずったという感じだ。阿部君は軽く動かしたように見えたが……。まあ、今までの阿部君の暴力を顧みれば、これくらいのパワーがあっても不思議ではないな、うん。それにしても、あんな涼しい顔で……。考えないようにしよう。少なくとも今は仲間なんだし、良い事であって悪い事ではない。
それよりも、門の状況だ。開いたといっても、横歩きのスリムな人や子トラならなんとか通れるだろう。だけど、加齢が原因でほんのちょっぴりお腹が出ている初老には、ちょっとしたチャレンジかもしれない。南京錠を開け鎖を外し、門をもっと開けるしかない。と決断するかしないかで、阿部君とトラゾウが何の迷いもなく入ってしまった。なんて薄情な。阿部君だけなら、私に対する当てつけだけど、トラゾウまでとなったら、二人とも高齢者に対して敬う気持ちが希薄なのだろう。仕方がないか。年を取って初めて気づくこともあるからな。私だって若い警察官時代に、定年間近の嫌味な管轄の署長にエレベーターが故障中ですと嘘をついて階段を一緒に歩き、あざ笑って……いる夢を見たような見てないような。
当時の私の若気の至りは忘れておくれ。私は決断を迫られているのだ。3人とも入れない状況で南京錠を開けたなら、私への尊敬は爆上がりだっただろう。だけど、今開けたなら、私は中年太りが顕著だと自他共に認めることになってしまう。こういうのは、認めたところから、なし崩し的に悪化するものだし。まあそれは、自分を戒めることができる私なら踏みとどまれるだろう。
今の私が一番恐れているのは、阿部君とトラゾウに笑われることだ。阿部君は私に指を指し大爆笑するし、トラゾウは……気を使って笑わないか。見て見ぬ振りをしながら、頑張って堪えてくれる。肩を震わせるのは抑えようがないだろうが。それはそれで余計に辛いかもしれないな。選択肢は一つしかない。
南京錠は開けずに、この狭い幅を私も難なく通ってやろうじゃないか。簡単とまでは言わないが、ほんの少しの努力と神様の後押しと奇跡が上手くコラボできれば、数秒後には私も美術館の敷地内にいる。門の持ち手の位置がせめて頭上にあれば良かったのにと、持ち手の役目を全否定するような恨み言をクチパクで呟いてから、私は出来うる限り低く屈んだ。そしてお腹を引っ込ませる。立った状態の横歩きと比べようもないくらいに辛い。想像以上だった。ゆっくり動こうものなら、ちょうど南京錠の下を通過している時に限界を迎え、反射的に立ち上がり南京錠に頭を強打するだろう。急げ、私。
いつしか興味津々で見つめている阿部君とトラゾウにバカにされないためにも、私は踊るような華麗な動きで門を通過した。ありがとう、神様、私の運動神経、降って湧いた奇跡。
「ギャハハハハハー」「ガオオオオオー」
「何がそんなにおかしい! 私だってスムーズに通り抜けたんだぞ」
箸が転がっただけでも笑ってしまう年頃の阿部君が笑うのは、まだ分かる。悔しいが。だけど、トラゾウが何の遠慮もなく私を見てバカにしたように笑うなんて。悲しくないと言えば嘘だ。そもそも何がおかしいというのだろうか。私も二人と同じようにこの狭い所を通ったんだぞ。こんな苦労して笑われるなら、南京錠を開けた方が良かったじゃないか。狭い所を通れなくて笑われても、南京錠を鮮やかに開けて尊敬されるのだから、悪くても損得なしで上手くいけば二人の脳裏に天才鍵師として永遠に残ったのに。
「ギャハハハハハヒヒヒヒヒー」「ガオオオオオヒヒヒヒヒー」
「おい、いつまで笑ってるんだ! 何がそんなにおかしいんだ? 何も笑うことなんてないだろ!」
「だってえ、リーダーのそのダサいデニムの服に鉄製の門の汚れがたっぷりついて、汚いというよりは芸術的になってますよ。ハハハハハハハハヒヒヒヒヒー」
言われてみれば確かに汚れている。触れずに通れたと思っていたが。調子に乗って踊るように動いたのがいけなかったのだろう。だけど、汚れたくらいで、そこまで笑わなくてもいいだろ。何がそんなにおかしいんだ。服の汚れはある意味勲章のようなものだぞ。この汚れは違うがな。それでも、汚れたくらいで……。
もしや、私がこの門を通るまでの葛藤や心理を読んだのだろうか。それを踏まえて私が汚れてしまったのをバカにしているのだな。なんて酷いんだ。トラゾウまでも笑うなんて悲しいぞ。たまたまトラゾウのツボにはまったとしておくがな。阿部君と明智君の影響で悪の道に入ったのではないと信じているぞ。万が一、二人の極悪人のように性格が悪くなったのなら、故郷に帰っても村八分にあってしまう。故郷では、何があっても良い子を演じるんだぞ、トラゾウ。
被害者の私がトラゾウの心配をしている間も、阿部君とトラゾウは笑っていた。しつこいぞと目で訴えてみると、何かが違う。阿部君はいつもと変わらずに人を小馬鹿にしている笑いだけど、トラゾウは純粋に心から笑っている。これはと思って、私は自分の汚れた服をじっくり見てみた。ブルーと茶色の縞模様が鮮明に現れていた。色こそ違えど、トラゾウとおそろいのようだ。そうかそうか。トラゾウは嬉しくて笑っていたのだな。やはりトラゾウは純粋だった。
「私はお前たちをリラックスさせるために、あえてこうなってやったのだ。もう十分だろ? 作戦を続行するぞ」
「ハハハイィー!」「ガオオオンッ!」




