明智君救出作戦は決行されるのか
夜はすぐにやって来た。私とトラゾウの変装に抜かりがないかを徹底的に確認したからな。それと、明智君救出作戦がどのように転んでもいいように、あらゆる想定もした。そのあらゆる想定に対して私たちがどのように動くかも、もちろん考え答えを出したし。私とトラゾウは。
阿部君は……阿部君に怒られるのを覚悟で説明すると、ホテル内で受けられるあらゆるサービスを満喫して時間を潰していた。擁護するなら、大一番に備えて身も心もリフレッシュするためだ。決して明智君の存在を忘れてフランスを楽しんでいたわけではない。それに、明智君救出作戦が終われば、危険を回避するためにすぐにフランスを立たないといけないので、同情の余地はある。
とにかく、すべてにおいて万全の状態で、私たちは美術館まで歩いて5分のところまで来ている。トラゾウ以外は覆面もお面も付けていない。服装だけは、私がブルーのデニムの上下で、阿部君がヒョウ柄のワンピースという、お決まりのコスチュームでホテルを出た。本当はギリギリまで目立たない服装でいたかったが、着替える場所が確保できるかの不安もあったし、何よりも着替えという荷物を嫌ったのだ。できるだけ身軽で臨みたかったからな。ちなみに、トラゾウはライオンの覆面にヒョウ柄のカッパで、完璧な犬を演じながらホテルを出てここまで来た。
「阿部君、あの木陰の辺りで私たちは顔を隠して、トラゾウは犬の変装を解こうか?」
「そうですね……」「ワーン、ワンワワン、ワオンワンワンワワオンワッワワンワオンオンオンオーン?」
「お、おい、今のは明智君の鳴き声じゃないのか?」
「はい。どうやら明智君なりに集中していたようで、私たちの匂いに気づいたようですね」
「これは幸先がいいじゃないか。ちなみに、明智君は何と言ってるんだい?」
「うーん……知らない方が良いこともありますけど。でもまあ、リーダーに聞かれたから訳してあげますけよ。明智君は『金髪のきれいなお姉さんを見かけなかった? 名前はマリーで僕のことはジャンと呼んでくれたから、これからは僕をジャン明智と呼んでくれるかい?』と」
「…………、……」
「聞かない方が良かったでしょ?」
「ハハハ、明智君らしいじゃないか、うん。……。あ、阿部君、今回の作戦は私たちが怪盗団を結成しての一番困難なものだ。リスクだって今までとは段違いに比べものにならない。これまで相まみえなかった警察官だって、たくさんいる。それもフランスの警察官なのだから、遠慮なく発泡してくるかもしれない。銃を構えた大勢の警察官に囲まれたなら、逃げるもしく戦うよりは、大人しく捕まるを選択するのが正しいだろう。ただ、捕まったなら、結果によっては、わざわざ返しにきてあげた私たちが、あの絵を強奪した犯人にされるかもしれない。少なくとも共犯にはされるのが確実だ。白シカ組や悪徳政治家の話をして、奇跡的に絵の件に関しては濡れ衣だと証明されたとしても、美術館を襲撃はするのだから刑務所には入るだろう。だから、阿部君、聞いておこう。この作戦を実行するかい?」
「すごく迷ってます。ちなみに、リーダーは?」
「私は、むしろ、やる気が倍増だ。明智君を無事に救出したあかつきには、阿部君、明智君を一緒に明智君を説教してくれないか?」
「なるほど、そういうことですか。どちらかと言えば、このまま置いていく方に傾いてましたけど、リーダーのおかげで思い直せましたよ。どうせなら直接手を下せば、この怒りのやり場が路頭に迷わずに済みますね。今まで見たことのないような残酷な説教を、最低でも三日三晩続けましょうね」
「えっ! 何も私はそこまで……。いや、いい。阿部君、一つだけお願いが」
「なんですか?」
「どさくさに紛れて、ついでに私に説教しないでくれよ」
「そ、それは何とも言えないです。ワインを飲みながらだと、いつしか無意識に意図せず好き勝手に思いのまま何をしでかすか自分でも自信が……」
あ、阿部君、飲んでもいないのに、日本語が複雑怪奇になっている。飲むのを想像しただけでも酔ってしまう体質なのかもしれないな。こんなたちが悪い阿部君と一緒にワインなんて飲みたくないが、阿部君の説教にワインは付きものなのだろう。明智君の説教をしないと、私の果てしないストレスが発散されることはないしな。無駄な抵抗と言われようが、最善を尽くすのが私だ。
「阿部君、この旅行の費用を全額だしたのは私だということを、記憶にしっかり留めておいておくれ。アルコールに負けちゃだめだ。それに、明智君への残酷大説教大会の時には、旅行代金をはっきりしっかり書いた大きなTシャツを私は着て、さらに頻繁に涙目で阿部君に訴えかけるから」
「わ、わかりましたよ。その時にならないと分からないので、今は善処すると言うしかないですけど、期待して残酷暗黒無慈悲大説教大会に臨んでください」
私が道連れになるのは確定路線だな、うん。阿部君が酔っ払うまで思う存分明智君を説教して楽しんでやるさ。その後は……考えないようにしよう。明智君救出作戦に影響が出てしまう。
「気を取り直して、明智君説教大会……じゃなくて、明智君救出作戦に入ろうか」
「そうですね。あまり先の事を考えても仕方がないし。まず目の前の事に集中しましょうよ。明智君は救出するとして、トラゾウもいることだし、旅行を楽しみましょうね。あっ、でも、すぐにフランスを立たないといけませんね。明智君のせいで。説教の内容がどんどん充実していくけど、三日三晩で終わるかな」
「あ、阿部君、確かに明智君のせいでフランスを予定外に早く出ないといけないけど、その分、トラゾウの故郷のインドネシアを楽しめばいいじゃないか。いわゆる怪我の功名だな。明智君のおかげだぞ」
「なるほど。インドネシアは美味しい食べ物がいっぱいあるから、食べ尽くそうと思ったら時間がたっぷり必要ですね。明智君のおかげかまでは賛同できないけど、説教に手心を加えるかどうかを考えておきますよ」
「それで十分だ。では、救出作戦開始といくか。せっかく明智君が気づいてくれたことだし、自力で出られるか一応聞いてみるか。あけちくーん、そこから出られるかい?」
「ワンワンワオンワーンオンオンワワンワワワオン」
「なんと?」
「聞きますか?」
「ああ、一応」
「『マリーがいるなら、喜んで』と」
「出られるってことだな。私たちが美術館に忍び込む大きな負担がなくなったのだから、素直に喜んでおくか。明智君へのお仕置きも説教もするのは変わらないがな」
「当たり前です。散髪セットは持ってきてますよね、リーダー?」
「ああ。いつでもどこでも明智君を変装できるようにな」
「では、ここで明智君が出てくるまで待機しましょう。合流する時は細心の注意で。それから、目立たない所に行って、散髪してあげたら堂々とホテルまで帰れますよ」
「危険を冒してまで何もここで待たなくてもいいんじゃないのか? 同じ待つなら、最初から目立たない所を合流地点にしようよ。明智君の鼻なら余裕でたどれるだろ」
「たどれますけど、私たちがそんな目立たない所で待っていたら、明智君は何かを察して近づいて来ないかもしれないので。結果、明智君を捜索のために時間を大幅に無駄にすることになります。確かに、明智君だけでなく私たちまでが、美術館を警備している人に見つかるリスクはあるでしょう。そのリスクを加味した結果、ここで確実に確保して、目立たない所に行ってお仕置き……じゃなくて、散髪です」
「なるほど。当初の作戦で散髪することにしたのが、トラウマのように明智君の中に残っているかもな。それなら、目立たない所に対して、珍しく明智君が感を働かせてもおかしくない」
「でしょ? なので、しっかりと確保してから、向こうにマリーさんとやらが待っているからと言えば、スキップでついてきます。そして周囲の目と監視カメラの死角にあたる所で、すぐにリーダーが散髪してください。ただ注意してほしいのは、怒りに狂って丸坊主にしてはだめですよ。逆に目立ってしまうので。あくまでもラブラドールの長さに留めておいてくださいね」
「ああ。今は努力してみるとしか言えないが……」
「あっ、リーダー、明智君が何か言ってるので、静かに……」
「ワンワワンワンワンワオン、オンワンワワン、ワワ」
「なんと?」
「『ドアが開かないから、迎えに来て、へへ』と」
「……。あのバカ犬は何をもって自力で脱出できると思ったんだ?」
「おそらくですけど、自分のような人気者を鍵のかかった部屋に閉じ込めておくわけがないと思ってたんでしょうね。それと、マリーさんとやらに、ここで大人しく待っていてねとか言われたんでしょう。だから今まで開けようともしなかったというかドアの存在すら気にしてなかったところで、初めて開けようとしたら、当たり前ですけど開かなかったという感じじゃないですかね」
「阿部君、明智君のことをよく分かってるねー。ハハハー」
「まあだてにたくさん遊んでこなかったですからねー。ハハハー」
「阿部君、考えがころころ変わって悪いな。あんなバカ犬よりも、もっと優秀で忠実で欲深くないかわいい犬なんて、世間にごまんといるだろ。明智君のことは良い思い出として、一区切りしてもいいんじゃないか?」
「うーん、うーん、うーん……そうですねー……そうしま……」
「ガガオガオンガー」
「トラゾウは何と?」
「『僕の大事な友だちを救ってください』と」
「よしっ、理由ができたから頑張ろう、阿部君?」
「はいっ。トラゾウ、明智君はきっと助けるから、安心して」
「ガオー!」




