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明智君という名の犬と見習い怪盗小娘と自惚れ初老新米怪盗の私  作者: バスバスキヨキヨ


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阿部君の傑作であるトラ風覆面が完成

 阿部君が描いたトラの絵が見事に美術館に馴染んでいるのを、私が想像している間に、憎まれ口を叩いてすっきりしたのか、阿部君はすぐに作業に取り掛かっかっていた。阿部君の芸術的センスのなさや幼少期のトラウマなんかを思い、私が心の中で笑っているのも、当たり前だけど一切気にしていない。まずは、材料や道具を確認して、ハサミがないのに気づく。そして、私に向かって投げつけ壁に突き刺さっているハサミを、トラゾウに取りに行かせた。もちろん、トラゾウには優しくお願いしたが。

 トラゾウは軽い足取りで壁に向かい、軽い足取りで戻って……来ない。トラのトラゾウがハサミを噛んで引っ張り、壁から引き抜くのに、思いの外手こずっていたのだ。よほど深く強く突き刺さっているようだ。もし万が一あれが私に命中していたならと、想像しない方がいいだろう。怪盗団の仲間の阿部君のものすごい能力に気づけたと、プラスにとっておけばいいのだ。うん。

 私が阿部君の潜在能力に気づきほんのちょっとだけ漏らしている間に、トラゾウは大汗をかきながらハサミを引き抜いていた。私は少し、トラゾウはたくさんの水分補給が必要なようだ。それでも、トラゾウは休む間もなく、ハサミを阿部君に届ける。なので、私も水を飲むのを後回しにする。阿部君は待っている時間を有効に使ったようで、鏡の前で何も描かれていない無地の布を頭からすっぽり被っていた。首の辺りにはヘアバンドのような大きめのゴム布を付けている。大きなてるてる坊主という感じだ。

 トラゾウが慎重にハサミを手渡すと、阿部君は素直に自然とお礼が口から出ていた。私のアドバイスに対してもあんな爽やかにお礼を言うことが、なぜできないのだろうか……なんて100万ミリも思ってない。仏の私の感情の起伏なんて、気にしなくてもいいからな、阿部君。

 と、私の心の中の言葉を阿部君は理解してくれたのか、ハサミ片手に次の段階に入ろうとしている。少し危険ではあるが、合理的なのかもしれない。なので、私はいちいち注意しない。したところで、ケガをするのが私だ。確実に。注意しなければ、阿部君がケガをするかもしれないが、しないかもしれない。五分五分だ。ただ、阿部君がケガをしたなら、私は八つ当たりされる。……。うん、静観だな。

 私は阿部君の作業が上手くいくように祈った。何気にトラゾウも祈ってくれている。トラゾウは優しいから純粋に阿部君がケガをしないようにだ。阿部君がケガをしたところで、トラゾウが八つ当たりされることはないしな。

 そんな優しさの塊の私とトラゾウに見守られながら、阿部君は慎重に取り掛かった。手が震えている。それでも私は止めない。理由は前述した通りだ。阿部君は、被っている布から、まずは目に当たる部分を軽く前に引っ張り、慎重にハサミで切り落とした。無傷だ。まつげも全く切れていない。瞳が潤んでいただけだ。阿部君なりに緊張していたようだな。だけどまだ終わりではない。

 ここで、阿部君の緊張感を無駄にしたくないので、私もトラゾウも石のように固まっている。次は口の部分だ。目を開ける時より遥かに簡単だけど、そんな油断が命取りになるのは、怪盗の私たちは痛いほどに理解しているのだ。なので、阿部君はまだまだ手を震わしながら、慎重に被っている布に口を作った。無傷だ。私は八つ当たりされないことを心から喜んだ。トラゾウは純粋に喜んだ。阿部君は、阿部君らしく、さも当たり前感を出している。一応説明しておくと、まだ簡易的な目出し帽ができただけだ。

 しかし、こんなてるてる坊主型目出し帽を作るだけで、なぜこんなにも命からがらの気分にされてしまうのだろうか。私が裁縫に関してはド素人だったのがいけないのか。それとも、悪の権化の阿部君が私に輪をかけてド素人だった時点で、私の不幸は決まっていたのだろうか。いや、そもそも明智君が……。前を見よう。エセ目出し帽ができたのは事実だし。

 そんな命をかけて目出し帽を作るくらいなら、やっぱり最初から買って、それに猫耳などの装飾を施せばいいのに、なんて言うやつは何も分かっていない。合理的が大好きな阿部君なんだからまで言ってしまうと、地の果てまで逃げることをおすすめする。確かに阿部君は合理的だけど、人に言われるのは好きではないからな。

 心無い野次を飛ばすのが好きな人と阿部君のような不器用な人のために、私がフォローしておこう。阿部君のようなできない人でも、何の根拠もない自信で何でも思い通りに作れると想像はできるのだ。それで、いざ作ろうとすると、何から始めたらいいのかさえ分からない。結果、近くにいる人に八つ当たりをして溜飲を下げるようになっている。絵を描くのが苦手な人は、この気持が分かると思うが、どうだろうか?

 と、私が話を逸らしてあげてる間に、阿部君は鏡を見ながら真っ白のてるてる坊主型覆面に落書きを……じゃなくて、おそらくトラの顔を描いている。布切れをテーブルに置いている状態でも、トラだと認識できないトラを描いていたくらいだから、私の言いたいことは分かってもらえるだろう。言うまでもなく、私は表情も発言も無にして見つめるだけだ。

 いや、前言撤回だ。例え私が達観したお坊さんだとしても、無の境地を続けることなんてできない状況に追い込まれてしまった。なんと、阿部君のトラには、おでこに耳があるのだ。後で耳を縫い付けるという手間を惜しんだのか、それとも阿部君の目にはトラがそういう風に見えているのかもしれない。ただ、それはさすがの私でも堪えるのは難しかった。私が自分の体をつねって我慢したところで、トラゾウは確実に笑って、再び私に凶器が飛んでくる。危険を察知するが早いか、私はトイレに逃げ込んだ。

 そして、トイレの中で笑いながらも考えた。阿部君が覆面のできを聞いてきたら、どう答えるかを。ピカソがトラを描けばこうなると言えば、阿部君は褒め言葉として受け取ってくれるだろうか。いや、大胆に豪快に嘘八百でただただ意味なく褒め称えようか。阿部君の心には響かないだろうな。でも、正直に評価しようと思ったら、私はその前に遺書を用意しないといけない。

 よし、私らしくプラス思考で臨もう。阿部君が覆面のできを聞いてきませんように。

 再度無表情を作れる精神状態になったところで、私は勇気を振りしぼりトイレから出た。ゆっくり阿部君に近づきながら、念の為にトラゾウは無事かを確かめる。トラゾウは全く動かない。まさか……剥製にされて……そんなことがあるわけがない。トラゾウは阿部君の作業の様子をじっと見守っているだけだった。

 阿部君は阿部君なりに覆面のできに満足したのか、これ以上に手を加える余地がないと判断したのか、てるてる坊主型のトラ顔風覆面は、ゴミのようにトラゾウの横に投げ出されていた。ゴミだと思ったのは私の感覚に過ぎないので、ゴミ箱に捨てるような暴挙には出ないぞ。阿部君がせっかく覆面のできを聞いてこなくて命拾いしたというのに、冗談でもわざわざ自ら死を選ぶ行為をするわけがないからな。できは別として、頑張って作った作品をゴミ箱に捨てるような冗談は、冗談にもならないし。

 ゴミ風覆面……じゃなくて、トラ風覆面の話はこれくらいでいいだろう。忘れた頃に阿部君にできを聞かれても、この前言ったじゃないかとキレ気味にかつ恥ずかしそうに言えば、二度と聞いてこないだろう。なので、阿部君が今何をしているかの話に移ろうか。

 阿部君は、ゴミ風覆面……ウォフォン……トラ風覆面はそっちのけで、何やらヒョウ柄の布を前にして思案していた。私には、阿部君が何を考えているのか分かる。ヒョウ柄の布で覆面を作った方が、まだトラ感が出るとかではない。覆面はゴミのように置かれているもので、もう決まりだ。あまり、ゴミゴミ言ってると、ついうっかり阿部君の前でゴミだと言ってしまいかねないので、しばし覆面のことは忘れるか。それよりも阿部君が何をしているか説明しよう。阿部君は、日本でのミッション時に着ていたヒョウ柄のワンピースを作りたいのだ。だから、為す術もなく布とにらめっこをしている。

 生地を買った時はすっかりイメージができていたので、何の迷いもなく買ったのだろう。しかし、覆面を作ろうとした時と同様いやそれ以上に、どこからどういう風に手を付けていいのか全く分からない。それはそうだろう。取れたボタンを付ける程度の裁縫道具と一本の事務用ハサミだけで、センスが皆無で不器用でわがままでド素人の阿部君が……うん? わがままは服作りには関係ないか。まあいいか。そんな阿部君が一枚の布からワンピースを作れるわけがないのだ。トラゾウが自由自在に空を飛べるようになるよりも可能性は低いだろう。

 おそらく自己肯定感が世界一強い阿部君でも気づいているはずだ。てるてる坊主型覆面をなんとか作った程度の自分が、ワンピースをそれもミッションに使えるような丈夫で動きやすいワンピースなんて、100万年かかっても作れないと。万年は、私からの補足だ。いや、阿部君のことだから、作るのに3日はかかるとうぬぼれているかもしれないな。まあ、どちらにしても、このままだと阿部君が動き出すことはお腹が空くまでないだろう。そして、最終的には明智君とは永遠にサヨナラだ。

 はあー、またもや私が怒られる時が来たようだ。仕方がない。阿部君と明智君のために、私が一肌脱ごうじゃないか。これもリーダーの大事な仕事だからな。

「阿部君、まだ時間があるし、市販のワンピースを買いに行こうか? 大量生産の服なら、おそらく足がつかないよ」

「時間があるなら、ワンピースを作れるじゃないの」なんて言うはずもなく、「しょうがないですね。たまにはリーダーの意見を参考にしてあげますよ。だから、いつまでもふてくされてないでください」と渋々風を豪快に出して納得してくれた。真剣に迷ったのは、トラゾウを連れていくかどうかだけだった。トラゾウは行きたい素振りを見せたからだ。真剣に考えた阿部君は、真顔でトラゾウに謝り、一人で出かけることにした。トラゾウが入れない食べ物屋さんに入るつもりだからと正直に話しながら。トラゾウの欲望よりも己の欲望を優先するのは、我々怪盗団の一般常識だから、誰も異論を唱えなかった。

 私の言い訳もしておかないとな。もちろん私はふてくされてなどいない。もちろん私は否定しない。笑顔で「行ってらっしゃい」と言っただけだ。ちなみに、連れていってもらえなかったトラゾウは、全く落ち込んでいない。我々怪盗団は例え臨時の団員だとしても前向きだからな。私と遊ぶのも楽しいと思ってくれているのだ。本当だぞ。自分で言うのもなんだけど、トラゾウも明智君も何気に私と遊ぶのを楽しんでくれるのだから。

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