我々怪盗団の芸術的センスは……
善は急げで、私たちは、世界中のどこにでもあるような売ってないようなものなどないと思われる雑貨屋さんに向かった。嬉しいことにトラゾウの入場も可能だ。さすが動物愛護の精神が溢れているフランスと言いたいところだけど、実際にそんなお店があるのかどうかは、各々で確認しておくれ。なかったからと言って、私にクレームを入れるのは、人として間違っているぞ。
それはさておき、買い物は阿部君に任せて、私はトラゾウを連れてついていくだけにした。支払いは、私だけど。阿部君がショッピングを楽しむのを恐れていたが、時間がないのを理解してくれていたようだ。なので、私とトラゾウは終始静かにしていた。意見を言ったところで、強制的に静かにさせられていただろうが。
思いの外、買い物は早く済み、必要最低限の物だけを買って、私たちはホテルに帰ってきた。そして休む間もなく覆面制作に取り掛かる。阿部君とトラゾウがドーナツやコーヒなどをたらふく味わったことを、私が問い詰めるわけもなく、私だけが空腹なのは黙っていた。なんといっても、私は崇高なリーダーだからな。言っても無駄とか阿部君が恐いとかではないからな。
警察学校で覆面の作り方なんて学ばなかった私は、まずは画用紙にあの最初に使っていたふざけたロボットのお面のつもりで絵を描いた。なぜ画用紙かと言えば、阿部君が私にあてがったからだ。文句なんてさらさらないぞ。文句はないが不安はある。雨が降ると、明智君救出作戦は延期になってしまうくらいかな。まあ、私は主役なので天気なんて私の思い通りになるけどな。
では、続けるぞ。画用紙にロボットを模写までは言ったな。あくまでも変装のためなので、できはどうでもいい。別に上手に描けなかった良いわけではないぞ。上手く描けるが、あんまり上手く描くと、著作権に触れるかもしれないだろ。公式の方の著作権もだけど、バッタモンの著作権にも触れたくないからな。
あんまり言い訳をしていても、覆面というかお面ができないから、次の工程に取り掛かろう。そのうち時間を作って絵画教室に通ってやる。その後で上手に描けば既成事実ができるぞ。あっ、私のひとり言は聞き流しておくれ。後生だから。わざと下手に描いたロボットヒーローをハサミで切り取り、目と口にあたる部分はおもいきって穴を開けた。メッシュにするのが面倒でもあったし、視界と呼吸を確保したかったのだ。おそらく今回はフランス警察を相手にしないといけないからな。今までとは比べものにならないくらいの強敵だろう。白イノシシ会の若い衆がナマケモノに感じるくらいの。一応補足しておくと、ナマケモノという動物だぞ。人間の怠け者ではないからな。同じようなものか。……。
まあ、そういう訳で、目と口を見られるリスクを冒してでも、この形にしたのだ。それから、両耳にあたる部分には小さな穴を開けて輪ゴムを通した。穴がちぎれないようにセロテープで補強したのは言うまでもない。その輪ゴムを耳にかけて装着する簡易的なお面だけど、時間も材料も技術も限られている状況なので、妥協するしかないだろう。せめて色を付けたかったのに、阿部君が色鉛筆を買い忘れたので、真っ白なお面が完成形となった。
私が傑作を作っている間、阿部君は何をしていたかと言えば、もちろん阿部君も自分の覆面を作っていた。私の邪魔をしている余裕なんてなかったのだ。ただ、残念ながら、阿部君も大学で覆面の作り方は学ばなかったようだ。それでも、最低限のプライドがあるのか、私と差をつけたかったのか、画用紙ではなく布切れを用意していた。お面ではなく覆面を作るしか考えていないということだな。
客観的に見て、阿部君はプライドはあったが、絵心は私以上になかった。布切れにはトラとは分からないトラが顔を出そうとしている。なぜトラだと分かったかと言えば、阿部君がトラを描くと言ったからだ。そのトラを見た私は、絵のできをからかってもいないし、逆にお世辞で褒めてもいない。言葉をかけること自体が厳禁なのだ。見て見ぬ振りが一番の対処法だな。私も少しは阿部君の扱い方が分かってきているということだ。
そんな私の見えない気遣いを意に介さず、阿部君は黙々と覆面を完成させた。覆面ではなく、私と同じ様にお面だったが。もちろん私はダメ出しをしない。なので滞りなく阿部君は意気揚々と布製のお面を装着した。柔らかい布切れを私のように輪ゴムで耳に固定しただけなので、頭の部分が垂れ下がってくるのは重力のある地球では当然だろう。唯一トラかもと思わせる耳の部分が、せっかく開けた目の部分を隠し、阿部君は恥ずかしいのかプルプル震えている。阿部君には悪いが、はっきり言って、おもしろい。
だけど、私は頑張って堪えた。私もお面をしてるし、阿部君は視界が遮られているので、笑っても悟られないだろうけど、万が一があるのが阿部君だ。もちろん声だって出していない。
私がこんなに必死に笑わないようにしているのに、純粋なトラゾウが遠慮なく笑った。すると、なぜか、私に向かって何かが飛んできたような気がした。無意識にその何かが去ったであろう方を見て確認してみると、ハサミが壁に突き刺さっている。阿部君がお面を作るのに使っていたハサミに酷似だ。阿部君がノーモーションのノールックで投げたのが確定だな。まあ、阿部君はコントロールに自信があって、私の顔のすぐ横を狙って投げたのだろう。きっと。うん。
「チッ」
阿部君の舌打ちが聞こえたような気はするが、空耳に決まっている。でもこのままだと、阿部君が不機嫌のままミッションに臨むことになるので、私は何かしらのアドバイスをした方がいいのだろう。
「阿部君、お面のようではなく、思い切ってフルフェイスにしてみたら?」
「そうしようと思ってたとこですよ。これはあくまでも試作品なんだから」
機嫌が悪いなりに私の言うことを聞いてくれたので、よしとしておくか。ただ、そうは言っても、フルフェイスにしようとするなら、立体的になるように何枚かの布切れを繋ぎ合わせないといけない。果たして阿部君にそんなまねができるのだろうか。結論を言うと、無理だった。
最初に描いたトラかどうか分からないトラとずっとにらめっこをしているだけで、全く微動だにしない。材料の布切れは余るほどあるのにだ。これは、失敗を恐れて手を付けられないのではなく、何をどうしたらいいのか分からないのだろう。
だからって、阿部君よりもほんのちょっとだけレベルが上に過ぎない私が、これ以上のアドバイスなんてできるはずがない。もし私が覆面作りのプロだとしても、逆ギレして阿部君からの仕打ちが恐くてアドバイスをするのは躊躇うかもしれないがな。まあそれでも私なりに必死で考えを巡らせていると、閃いてしまった。問題は、その素晴らしいアイデアを披露した私が、このフランスの大地に永眠しないかどうかだな。
このまま黙っていても時間を無駄にするだけだ。勇気を奮い起こさないといけない。そのためには、冷静に現状を分析して、米粒並でもいいから自信をつけるか。
まずは、阿部君の手の届く所に飛び道具がないかを確かめた。油性マジックがある。まあ当たっても、せいぜい打撲で済むだろう。命中しないのが一番なので、少しでも俊敏に動けるように、手作りのお面は外しておくか。それから、声は届くが手が届かない距離も確保しておこう。あくまでも念の為でもあり、阿部君を殺人未遂などのような怪盗以外の犯罪者にしないためだ。決して私がビビってるのではなく、阿部君の将来のためだからな。誤解するなよ。私は恐いものなしなんだから。私にかかれば、阿部君なんて赤子の手をひねる……。あんまりダラダラと話している場合ではなかった。
「阿部君、てるてる坊主の要領でいいんじゃない?」
私は言うと同時に、阿部君の動きに全神経を集中させた。阿部君は明らかに凶器となるものを探したが、見つからなかったようだ。舌打ち混じりに握りこぶしを作っただけだった。憎まれ口を叩くことで妥協してくれたようだ。私は心の底から安堵した。物理的な攻撃と違って痛くも痒くもない阿部君の口撃なんて、私には日常茶飯事なので慣れたものだ。私の精神を鋼のように強くしてくれた阿部君と明智君に感謝だな。
「それを今からしようとしていたところなんだから、そんな自慢げに言わないでください。リーダーのくせに」
「ご、ごめん」
私は1ミリも自慢げに言ってないし、阿部君にプランがあったなんて120パーセント嘘だ。そして、もちろん私は口答えなんてしない。ただ、正直者の阿部君が、こんな分かりやすすぎる子供じみた嘘をついてまでしないと、私の助言を受け入れられないとは。憎まれ口だけではだめだったのだろうか。だめだったのだ。おそらくだけど、裁縫に対して何らかのトラウマがあるのだろう。阿部君の口から語られることはないだろうけど、私からも聞いてはいけないような気がする。想像だけど、学生時代の実習で本人は真剣に作った作品なのに、ふざけるなと先生に怒られたのだ。言うまでもなく、確かめないぞ。それどころではないというのもあるけど、私はまだ死にたくない。
阿部君も阿部君で、それなら素直に市販品の地味な目出し帽にしておけばいいのに。裁縫が下手ゆえに、オシャレには妥協したくないのだろうか。しかし、ここまで下手くそというか個性的なトラの絵が、オシャレと言えるのだろうか。見る人が見れば、芸術的と言えるのかもしれないな。忍び込むのも美術館だから、案外カモフラージュされるかもしれないし。




